採用時にありがちな労務トラブルQ&A
   
作成日:11/25/2005
提供元:月刊 経理WOMAN
  


試用期間中の待遇から解雇まで、「社員の採用時」にありがちな
労務トラブルQ&A




 ひと口に労務トラブルといっても、給与や人事異動に関するものからセクハラまでいろいろありますが、その中の一つとして「採用時」の取扱いが挙げられます。

 そこでここでは、採用時に起こりがちな労務トラブルについて解説します。

 社員の採用時は、採用する側とされる側の考え方の相違や行き違いなどが起こりやすく、さまざまなトラブルが発生する恐れがあります。

 ここでは、よくありがちなトラブル事例を挙げて、どう対処すればよいのかをみていきましょう。




1.採用した社員が、履歴書に書かれた経歴を詐称していたことが分かりました。これを理由に解雇することはできますか?


 採用した社員が、履歴書に書かれた経歴を詐称していたことが分かりました。これを理由に解雇することはできますか?

 まず、解雇について少しご説明しましょう。
 会社が社員を解雇する場合は、客観的に見て合理的な理由が必要になります。この「合理的な理由」とは、次のような場合です。

1)社員の労働能力・適格性が欠如・喪失している場合
2)社員が規律違反行為をした場合
3)解雇をしなければならない経営上の必要性が存在する場合(工場閉鎖、事業縮小など)

 このように、どのような場合に解雇できるのかという明確な解雇事由が就業規則に示されていることが必要なのです。

 しかし、このような解雇事由があるとしても、会社は常に社員を解雇できるわけではありません。具体的な事情を考慮して、解雇することが合理的であり、社会通念上相当なものであると認められなければならないのです。かなり難しい言葉のいい回しになりますが、解雇とは、社員の意思に関係なく一方的に会社を辞めさせることですから、それ相応の理由が必要となるわけです。

 このような厳しい基準のもとでは、単に履歴書に書かれた経歴に嘘があったというだけでは解雇できません。経歴を詐称していたことを理由に解雇をするためには、それが採用の条件となっていたり、企業秩序を乱すような重大な詐称であることが必要となるのです。

 ですから、たとえ経歴を詐称していたとしても、それがその社員の行なう業務に直接の影響を及ぼす場合は別として、一般的に勤務能力とは関係ない性質の事項の詐称であれば、解雇は認められません。たとえば、「本当はやっていないのに、履歴書には過去に○○のアルバイトをしていたと書いた」「1週間だけ勤務していた会社名を履歴書に書かなかった」などという軽微な経歴詐称は、解雇の理由としては認められないということです。

 逆に、解雇理由となりうる経歴詐称とは、「前の会社で使込みなどをして懲戒解雇を受けていたことを隠していた」とか、「ハレンチ罪を犯して刑事処分を受けていたことを隠していた」などという場合です。また、「簿記の知識がまったくないのに、簿記2級の資格を持っていると偽った」というような詐称も、それが業務に支障を来す場合は解雇の理由となる可能性があります。




2.試用期間中の賃金を、本採用後の賃金に比べて低く抑えることはできますか?


 試用期間中の賃金などの労働条件は、本採用後と同じく、就業規則や個別の労働契約によって決まります。したがって、試用期間中の賃金を採用期間後の賃金に比べて低く抑えたい場合、就業規則や労働契約書にその旨を明記すればよいことになります。

 ただし、試用期間中の賃金が低くなることは、採用時に本人に明らかにしておくことが必要です。というのも、「そんなことは知らなかった」といった具合に、採用後にトラブルにつながりかねないからです。

 なお、試用期間だからといって賃金を無制限に低くできるわけではなく、都道府県別に決められている地域別の最低賃金を下回ることはできません。また、試用期間中といえどもあまりに低い賃金にしてしまうと、よい人材を採用できない恐れも出てきますので、試用期間中の賃金額を設定する際には注意が必要です。




3.試用期間中にトラブルを起こした社員を解雇したいのですが、正社員と同じような解雇理由や手続きが必要なのですか?


 まず解雇理由についてご説明しましょう。

 先述したとおり、通常の雇用契約において社員を解雇するためには、とても厳しい基準をクリアしなければなりません。

 これに対し、試用期間の法的性質は「解雇権が留保されている雇用契約」といわれており、会社が試用期間中の社員の能力を観察し、社員としてふさわしくないと判断した場合には、本採用を拒否したり解雇をすることができる契約なのです。ですから、試用期間中の方が、正社員として採用した後よりも比較的広い範囲で解雇が認められます。

 たとえば、試用期間中の解雇として次のケースが挙げられます。

 試用期間中、上司の指示に従わず、注意されても聞き入れないばかりか上司に反発し、文句をいう。その上、言葉遣いや接客態度が悪く、顧客を怒らせ営業成績も上がらない。さらに、先輩社員や同僚社員に対する言葉遣い、態度も悪く、きわめて協調性がない。

 これは裁判所によって、試用期間中の解雇権の行使が正当であると認められた例です。

 このように、「うちの会社には合わない」「この仕事には向いていない」といった抽象的な理由ではなく、社員として適性がないと判断するに至った根拠(勤務成績や態度不良など)を具体的に示す必要があります。

 次に、解雇の手続きですが、正社員を解雇する場合には、少なくとも30日以上前にその予告をするか(解雇予告)、予告をしない場合には、30日分以上の平均賃金を支払わなければなりません(解雇予告手当)。そしてこれは、試用期間中であっても基本的には同じです。

 ただし、労基法(第21条)では、試用期間中の社員を解雇する場合、当該社員が14日を超えて引続き雇用されていた場合には、先述の解雇予告制度が適用されると定めています。ですから、勤務14日までの試用期間中の社員に対しては、解雇予告あるいは解雇予告手当の支払いは必要ないということになります。

 つまり、同じ試用期間中でも、14日を超えて雇用した場合は、正社員と同様の解雇手続きが必要となりますが、14日以内の勤務であれば、不要ということです。




4.試用期間中の職務態度に問題があると思われる場合、試用期間を延長することはできますか?


 試用期間を延長するには、基本的には就業規則に試用期間を延長するための規定が設けられていなければなりません。

 しかし、過去の判例の中には、長年にわたって試用期間の延長が当たり前のように行なわれていたため、就業規則に規定がなくても試用期間の延長が認められたケースもあります。

 ただ、先述のように、試用期間中は解雇権が会社に留保されている状態ですので、試用期間中の社員の地位は不安定であり、賃金が低いなど正社員に比べて不利な面が少なくありません。また、試用期間の目的は社員の適性を見ることですから、試用期間の延長については慎重に判断することが大切です。

 試用期間を延長しようと考えるということは、その社員に対して何らかの不満があるわけですから、本採用は控えた方が無難かもしれません。




5.採用した社員が2日勤務しただけで、辞めてしまいました。後日、この2日分の給与を日割りで支払って欲しいといわれたのですが、支払わなければならないのでしょうか?


 雇用契約とは、社員が会社の仕事をしたことへの対価として会社が給与を支払う契約です。つまり、会社がいったん社員を採用して勤務してもらった以上、その分の給与を支払う義務が会社に生じるということです。

 これは、たとえ勤務したのが試用期間中であったとしても同様です。試用期間といえども、会社と社員との間に雇用契約が結ばれていることに変わりはないからです。

 したがって、採用担当者が立腹するのは分かりますが、この場合、会社は2日分の給与を支払わなければなりません。そして、なぜこのような社員を採用してしまったのかという点を今後の検討課題にしてはいかがでしょうか。




6.社員を解雇する場合に、後々トラブルにならないための心得はありますか?


 先に述べたように、社員を解雇する場合は客観的に見て合理的な理由が必要です。また、やむを得ない事情で事業の継続が不可能となった場合や、長期に無断欠勤が続くなど労働者の責に帰すべき理由で懲戒解雇する場合を除いて、解雇予告手当を支払わなければなりません。法律的にはこの2点が解雇に際してとくに重要です。

 ただ、たとえ正当な理由があっても、解雇が原因で労使間のトラブルに発展することは十分考えられます。そうなると、会社側にとっても大きなダメージになってしまいます。

 その意味では、社員を解雇せざるを得ない状況になったときは、具体的な理由を説明し、本人とよく話し合うことが大切です。そして、本来解雇予告手当が必要でない場合でも、何らかの名目で金銭を支払うことを条件に退職願を出させて自己都合退職の形を取るなどして、後日の紛争を避けるようにしたいものです。

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 人材は中小企業の宝ですから、採用にまつわるトラブルは、会社にダメージをもたらしかねません。無用なトラブルを避けるためにも、日頃から勉強して、法律のルールを身に付けておきましょう。