「中小企業の会計に関する指針」
   
作成日:12/19/2005
提供元:月刊 経理WOMAN
  


小さな会社の経理担当としてこれだけは知っておこう
最近耳にする
「中小企業の会計に関する指針」
―簡単にいえばこんな内容です




 2005年8月、日本税理士会連合会他3団体より「中小企業の会計に関する指針」が公表されました。これは、中小企業で計算書類を作成するにあたって準拠するべき会計処理を示したもので、今後はこの指針に沿って会計を進めていくことになると予想されています。

 そこでここでは、経理担当者が最低限知っておきたい「中小企業の会計に関する指針」の内容を分かりやすく解説します。

 2005年8月1日に「中小企業の会計に関する指針」が確定し、8月3日に公表されました。この指針は、日本税理士会連合会、日本公認会計士協会、日本商工会議所そして企業会計基準委員会の4団体が、共同で作成したものです。

 これがどういうことを示すかというと、中小企業の会計に関する統一的な基準ができたということです。そこで以下にこの指針について、作成の経緯や目的、内容の概略、そして経理担当者のみなさんが注意しなければならない点等について、Q&Aで分かりやすく解説していきましょう。



1.「中小企業の会計に関する指針」ができたのはなぜですか?

 「中小企業の会計に関する指針」が作成される前は、中小企業庁、日本税理士会連合会、日本公認会計士協会の3団体が、それぞれ独自に中小企業の会計基準を出していました。これらの基準は、中小企業の会計の信頼性を高める上で有意義なものではあったのですが、三つの基準があるということで、かえって混乱してしまうという問題が以前から指摘されていたのです。

 そんな中、新会社法が2005年6月に成立しました。これにより会社の新たな役員として「会計参与」が導入されることになり、中小企業の会計基準が三つもあることがますます問題視されるようになったわけです。そこでこれを機に、三つの会計基準を統合し、指針という形でまとめることになったというのが作成の経緯です。




2.「中小企業の会計に関する指針」の目的は何ですか?

 新会社法第431条は、「株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする」と定めています。

 実は今まで、中小企業が適用できるような公正妥当な会計慣行というのは、必ずしも明確になっていませんでした。むしろ中小企業にとっては、「税法に沿った会計処理」が会計慣行になっていたともいえます。

 ところが、最近の相次ぐ商法改正や会計基準の変更によって、税法と会計との距離は遠ざかるばかりとなっています。つまり税法だけに沿った会計処理では、とても企業の正しい姿を表わすことができなくなってきてしまっているということです。そのような意味で「中小企業の会計に関する指針」は、中小企業にとっての「公正妥当な会計慣行」が明確な形となったという点で期待されているのです。

 また、この指針は新会社法で導入される「会計参与」が、取締役とともに決算書を作成するときの拠り所として活用しようという目的もあわせ持っています。

 いずれにしても、今まで信頼性の乏しかった中小企業の会計の信頼性を向上させること、それがこの指針が作成された最大の目的です。




3.「中小企業の会計に関する指針」の大きな方針は何ですか?

 この指針は会計処理マニュアルではありません。これは、決算書などを作成するにあたっての基本的な考え方を示しているものです。したがって、指針ではすべての会計処理について触れているのではなく、中小企業において、とくに必要と考えられるものについてのみ取り上げています。

 また、株式公開会社と同様の会計基準を中小企業に求めるのは、目的やコスト面から考えて必ずしも適切ではないことから、公開会社よりも簡便的な
方法も認めるようにしています。

 さらに、中小企業の経営者がタイムリーかつ正確に経営実態を把握するための会計といった、実践的な点も考慮して作成されています。




4.指針の内容はどうなっているのですか?

 それではさっそく、気になる「中小企業の会計に関する指針」の中身を見ていきましょう。ただし誌面の都合上、詳しく解説することはできませんので、指針の中でもポイントになる点をピックアップして解説していきます。

ポイント(1) 時価評価が求められる

 中小企業ではほとんどの場合、取得原価で貸借対照表の科目が計上されています。

 しかしこの指針では、さまざまな科目において時価評価が求められています。たとえば、金銭債権(預金、受取手形、売掛金、貸付金等)、有価証券などです。基本的に時価があるものは時価で計上する必要があり、評価損益は原則として損益計算書に表示されることになります。評価損が税法上の損金になるかどうかとは関係なく、会計処理はこのように行なうことが求められているのです。

 さらに、未公開会社の有価証券であっても、発行会社の財政状態が著しく悪化したときには減損処理を行なわなければならないなど、個々の資産の価値に厳しく目を向けていく必要もあります。

ポイント(2) 引当金を計上しなければならない

 税法上、引当金はほとんど認められず、損金に算入できないものが多いのですが、この指針では将来費用負担が見込まれる引当金は、すべて計上しなければならないとされています。

 例を挙げて説明しましょう。まず貸倒引当金は、個別の算定法を示しながらも、税法による繰入額を認めています。税法上は認められていない賞与引当金も、以前の繰入額計算(支給対象期間基準)に基づいて引当金を計上することができるとしています。

 さらに、退職金についても引当金を計上する必要があります。この指針では簡便的に、期末に自己都合で退職した場合の要支給額の合計で、退職給付引当金を計上できることとしています。

 なお、賞与引当金や退職給付引当金の繰入額は、法人税の申告書では全額否認されることになりますから、注意が必要です(表1参照)。

表1 引当金の区分
分類
商法
種類
税法






評価性引当金
貸倒引当金損金算入限度額あり





債務性引当金条件付債務返品調整引当金
賞与引当金、退職給付引当金製品保証引当金、売上割戻引当金、工事補償引当金 等損金不算入
非債務性引当金商法施行規則第43条の引当金※修繕引当金、特別修繕引当金
債務保証損失引当金
損害補償損失引当金
※引当金の部に計上しない場合、法的債務と区別するため注記が必要

ポイント(3) 表示方法が細かく規定される

 指針では、貸借対照表の表示方法について細かく規定しています。

 もっとも基本的なところでは、ワンイヤールールの遵守が挙げられます。貸付金などは1年内に返済するものであれば流動資産、それ以外は投資その他の資産に表示します。これと同じように借入金も、流動負債と固定負債に明確に分ける必要があるのです。

 また、売掛金や受取手形は当然流動資産に計上しますが、破産債権等で1年以内に弁済を受けることができないものについては、投資その他の資産に表示するなど、実態に基づいた表示を求めています。

 さらに、間違えやすい経過勘定(前払費用、前受収益、未払費用、未収収益)の使い方、表示の仕方についても提示しています(表2参照)。

 一方、損益計算書についても、何をどの区分に表示するかが随所に示されています。

 たとえば貸倒損失が発生した場合、それが営業上の取引に基づくものであれば販売費の区分に、臨時かつ巨額のものについては特別損失に、それ以外のものは営業外費用に表示するなど、具体的に記載されているのです。

 現在の中小企業の決算書は、こうした  表示区分がかなりいい加減になっているので、こうした点は指針でも力を入れているところではないでしょうか。

表2 経過勘定の貸借対照表への表示
項目
表示科目
表示箇所
前払費用
前払費用
流動資産
長期前払費用
(決算日後1年を越えて費用となる部分)
投資その他の資産
前受収益
前受収益
流動負債
長期前受収益
(決算日後1年を超えて収益となる部分)
固定負債
未払費用
未払費用
流動負債
未収収益
未収収益
流動資産

ポイント(4) 会計処理の明確化

 現在、会計処理があいまいな部分について、指針ではいくつかその処理を明確にしています。

 たとえば中小企業では、減価償却費をその期の損益の状況によって計上しなかったり、一部だけを計上したりといったようなことをよく行なっています。しかし当然のことながら、指針では毎期継続して規則的な償却を行なうことを求めています。

 また指針では、ソフトウエアについて研究開発費などで費用計上することを原則としており、資産計上する部分は条件に該当するものに限られることとなりました。この点は、税法の判断とは食い違ってくる可能性があります。

 棚卸資産の評価基準も、税法の法定評価は最終仕入原価法(事業年度の最後に取得したものの単価で評価する方法)ですが、指針において同方法は例外的な位置付けとされ、先入先出法(先に入荷したものから順に払い出されたと仮定して期末商品を評価する方法)や移動平均法(取得するたびにその平均単価を計算して取得価額を評価する方法)などを推奨しています。ここでも食い違いがあるというわけです。

 さらに外貨建資産等については、その換算方法を資産の種類別に明確に定めています。その中には、税法の換算法と違ってくる資産もあるので、場合によっては税務署に換算方法の届出を行なう必要も出てくるでしょう。

ポイント(5) 注記を記載する

 決算書の注記は現在、ほとんどの中小企業がやっていないと思います。

 しかし指針では、財産および損益の状態を正確に判断するには、注記が必要であるとして、これを求めているのです。まずは指針に沿って決算書が作られていること、そして重要な会計方針として、各種資産の評価方法や引当金の計上方法、減価償却の方法などを注記します。さらに親会社や子会社、取締役との取引や債権債務の残高、また減価償却の累計額や担保に供している資産、そして一株当たりの当期純利益なども注記することになります。

 以上、「中小企業の会計に関する指針」の概要を紹介してきましたが、その詳細はとてもこの誌面に収まるものではありません。日本税理士会連合会のサイトから指針の全文を見ることができますから、ぜひダウンロードして一読してみることをお勧めします。




5.「中小企業の会計に関する指針」にはどのように対応していけばよいのですか?

 この指針は、中小企業に対して決して強要されるものではありません。

 ただ、中小企業の会計に関する公正妥当な会計慣行として、この指針が今後認知されていくのであれば、中小企業としても無視することはできないでしょう。どの程度認知され、これに沿った会計処理が行なわれていくかどうかはこれから明らかになっていきますが、かなり広がる可能性はあります。

 その理由の一つは前述のとおり、この指針が新会社法で導入される「会計参与」の拠り所になるということがあります。そしてもう一つは、中小企業が借入れを行なう際などに、銀行から指針に沿った会計処理が求められるのではないかと予想されることです。

 会社に「会計参与」を置けば、財務的な信用度は増します。しかし、置かない会社でも、この指針に沿った会計処理をしていれば、それだけで会社の信用度が増す可能性があるのです。中小企業にとっての実利的なメリットはそこにあるでしょう。

 また、この指針が作成されたことによって経営者も貸借対照表を厳しく見ることになると思います。中小企業の経営者としても、今までより経営に真剣に取り組む考え方が強まるのではないでしょうか。

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 経理担当のみなさんはまず、指針をよく読み、勉強していってください。分からないことがあれば顧問税理士に聞くなどして、少しずつでも指針に沿った会計処理を行なうように心掛けて欲しいものです。

〔月刊 経理WOMAN〕