労務担当者が知っておくべき「労働契約法」の基本知識
   
作成日:08/25/2008
提供元:月刊 経理WOMAN
  


平成20年3月施行 雇用ルールが明文化された
労務担当者が知っておくべき「労働契約法」の基本知識




 企業と従業員が労働条件を決める際の基本ルールとなる「労働契約法」が今年の3月から施行されています。「労働契約法」は、いわばこれまであいまいだった雇用ルールを明文化したものですから、トラブル回避のためにも労務担当者としてはこの法律の中味を知っておく必要があります。そこで、法律ができた背景からその中味までを、わかりやすく解説します。

◆労働契約法とは?

 平成20年3月1日、「労働契約法」が施行されました。この法律は、使用者と労働者の間で締結される労働契約について、基本的なルールを定めたものです。

 近年、産業構造の複雑化・就業形態の多様化に伴って、労働条件が個別に定められるケースが増加し、労働関係をめぐるトラブルも増加の一途をたどっています。労働契約法は、このような紛争を解決するための一般的な基準になるものです。

 労働契約に関するルールというと、真っ先に労働基準法を思い浮かべるのではないでしょうか。ところが、労働基準法は「労働条件の最低基準」を定めた法律ですから、「最低」とまではいえない労働条件をめぐる紛争の場合には、解決基準になり得ませんでした。そんな中、裁判所は個別の紛争ごとに判例を積み重ね、その結果として蓄積された考え方が、紛争解決基準とされるようになっていきました。

 とはいえ、判例は個別の紛争に応じて出されるものですから、やはり不十分であり、労使が前もって確認すれば足りるような明確な基準とはいえませんでした。

 このことから、労働契約に関する明確な包括的ルールを定める必要性が叫ばれ、今般、労働契約法の施行に至ったのです。


◆労働契約法の制定で何が変わった?

 このように、労働基準法とは別の基本的ルールができたと聞くと、「突然まったく新しい法律ができたの」と慌てる方もいらっしゃるかもしれません。書店にも、労働契約法の解説本が多く平積みされているようです。

 しかし、労働契約法は、現在までに裁判所が積み重ねてきた紛争解決基準を、改めて法律の形にまとめたものに過ぎません。ですから、基本的には、解決基準は今までと変わらない、と考えていいでしょう。

 以上を踏まえながら、労働契約法には何が定められているのか、とくに重要と思われる規定を確認していきましょう。


◆使用者の安全配慮義務

 労働契約法は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命・身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」と定めています。これを、「使用者の安全配慮義務」といいます。

 もしも使用者が労働者を劣悪・危険な環境で労働に従事させて、その結果労災事故等が発生した場合、使用者に何らかの責任を負わせなければ不公平だと感じるでしょう。ところが、労働契約の条項に、使用者が労災事故を防ぐという義務が明記されることはほとんどありません。そうだとすると、たとえ労災事故が起きたとしても、使用者は「労働契約に定められた賃金を払っており、それ以上に何も定められていないのだから、責任はない」と言い出しかねません。

 そこで、現在までに裁判所は「使用者は労働契約に伴って当然に安全配慮義務を負う」という考え方を確立させてきました。労働契約法は、このような裁判所の考え方を初めて明文化したのです。

 具体的な「配慮」の方法は、個々の職種・労務の内容等によって異なります。たとえば、工事現場での労務であれば「現場で事故が発生しないような安全管理体制を整える」配慮が必要になりますし、24時間営業の店舗での労務であれば「勤務時間が不規則にならないようにシフトを組む」配慮が必要でしょう。

 このように、具体的な職種等に応じて使用者に求められるべき相当な配慮がなされず、その結果労働者が損害を被った場合、労働者は使用者に安全配慮義務違反として損害賠償を請求することができます。

 過去には、自衛隊員が駐屯地内で作業中に交通事故にあって死亡した事例、倉庫番をしていた労働者が強盗に襲われて殺されてしまった事例、長時間労働せざるをえない環境に置かれた労働者が過労によりうつ病にかかってしまった事例、などにおいて、安全配慮義務違反による損害賠償請求が認められています。

 なお、使用者の安全配慮義務は、たとえ労使が合意したとしても、免除することはできません。


◆労働契約と就業規則の関係

 労働契約法は、「使用者が合理的な労働条件を定めた就業規則を労働者に周知させていた場合、労働契約の内容は、就業規則で定める労働条件による」「但し、就業規則の内容と異なる労働契約を締結した場合は、この限りではない」と定めています。

 就業規則の制定には「労働者の過半数の代表者(または過半数が属する労働組合)からの意見聴取」が必要とされるだけで、労働者側との「合意」は必要とされていません。このように使用者が一方的に制定する就業規則と個別の労働契約の内容が異なった場合にどちらが優先されるのか、今まで法律に定めがなく、解釈に委ねられていました。

 この点裁判所は、「就業規則の作成によって労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは原則として許されない」としつつ、「合理的な内容の就業規則については、個々の労働者の同意を要しない」と判断しています。

 労働契約法は、このような裁判所の考え方に従って、原則として個別の労働契約が優先するとしながら、「内容の合理性」と「周知」を要件として、就業規則の内容を労働契約の内容とすることを認めました。

 就業規則の周知義務は労働基準法にも定められていますが、労働契約法は、周知によって初めて就業規則が労働契約の内容となる、という形で周知を促しているのです。

 周知の方法は、作業場への掲示・備置・書面の交付・パソコンでの周知その他、労働者がいつでも内容を知ることができるような状態に置くこと、とされています。

 なお、労働基準法では、就業規則の作成・届出義務を負うのは「常時10人以上の労働者を使用する使用者」とされていますが、このような義務を負わない小規模業者であっても、合理的な規則を定めて周知しなければ、規則の内容を労働契約の内容とすることはできません。

 逆に、届出を行なっていない就業規則であっても、周知された合理的な内容の規則であれば、労働契約の内容とすることができます。

 また、「原則として労働契約が優先」といっても、就業規則で定めた基準に達しない労働条件を定めた労働契約は、その部分に限って無効(=就業規則に従う)になることに、注意が必要です。


◆労働契約・就業規則の変更

 労働契約法は、「労働者と合意することなく就業規則を変更することによって労働者の不利益に労働条件を変更することはできない」「但し、労働者に変更後の就業規則を周知させ、かつ、1)労働者の受ける不利益の程度、2)労働条件の変更の必要性、3)変更後の就業規則の内容の相当性、4)労働組合等との交渉の状況その他の事情に照らして変更が合理的といえる場合には、労働契約の内容は変更後の就業規則に定める労働条件による」と定めています。

 労働契約は民事上の契約ですから、その内容を変更するためには、原則として労使の個別の合意が必要です。

 ただし裁判所は、就業規則の作成の場合と同様に、「変更の合理性」と「周知」を要件として、就業規則の変更によって労働契約の内容を変更することを認めてきました。

 労働契約法は、1)~4)の事情を考慮した上で合理的な変更であれば、個別の合意をしなくても就業規則を変更することによって、労働契約の内容を変更することを認めました。1)~4)の基準は、従来裁判所が「変更の合理性」を判断するときに用いていた基準と同様ですから、労働契約法は従来の裁判所の考え方に従ったものといえます。

 以上を前提に、就業規則を変更する手続きは、労働契約法制定の前後で変わりありません。使用者は、1)規則の変更原案を作成し、2)労働者代表に開示して意見を聴取し、3)聴取した意見を検討して新規則を決定し、4)所轄の労基署に意見書を添付して届け出て、5)新規則を労働者に周知させる、という段階を踏んで規則を変更することになります。

 なお、あくまで個別の労働契約が就業規則よりも優先しますから、労働契約において「就業規則の変更によっても労働条件は変更されない」という条項がある場合には、就業規則を変更しても労働契約の内容は変わらないことになります。


◆使用者が行なう処分について

〈出向命令〉

 労働契約法は、使用者が行なう出向命令・懲戒・解雇の各処分について、「権利を濫用したものは無効となる」ことを、共通して定めています。

 従来、これらの処分の有効性をめぐる労使紛争は頻繁に発生し、判例も十分に蓄積されていました。裁判所は「具体的状況に照らして相当性を欠く処分は権利の濫用となり、無効」という考え方を採っており、このような考え方が労働契約法で明文化されたのです。

 まず出向命令について労働契約法は、「出向命令の必要性、対象労働者の選定にかかる事情その他に照らして権利濫用と認められる場合」には無効となる、と定めています。たとえば、使用者の感情的な理由で特定の労働者を「左遷」することは、権利の濫用として無効とされる可能性が高いでしょう。

〈懲戒・解雇〉

 次に、懲戒・解雇について労働契約法は、「客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合」には、権利濫用として無効となる、と定めています。

 ここにおいて、「客観的合理性」「相当性」を判断する基準が問題となりますが、懲戒・解雇は労働者にとって極めて深刻な処分であることから、裁判所は、以下のとおり解雇の種類ごとに細かく基準を定めてきました。

 まず普通解雇の場合、1)相当の理由はあるか、2)不当な動機・目的によるものでないか、3)解雇理由と解雇処分は均衡がとれているか、4)同種事案との均衡がとれているか、5)使用者の対応に問題はないか、6)相当な手続きが踏まれているか、等が基準とされます。

 次に、懲戒解雇をはじめとする懲戒処分の場合、1)あらかじめ就業規則に懲戒の種別と事由が定められ、2)同種の違反には同種の取扱いが平等になされ、3)就業規則で定めた手続きを遵守し、労働者に弁明の機会が与えられていることを前提に、4)対象となる非違行為と懲戒処分の均衡がとれているかについて、判断することになります。

 たとえば、1回の遅刻で懲戒処分がされた場合には「均衡が取れていない」ことになるでしょうが、何度指導しても大幅な遅刻を繰り返す場合に懲戒処分がされるのは、「均衡が取れている」とされる可能性があるでしょう。また、客商売で遅刻が絶対に許されない職種の場合と、多少遅刻しても業務に影響がない職種の場合とでは、異なる判断をすることになるでしょう。

 このような総合的判断の結果として、合理性・相当性を欠く懲戒処分は、権利濫用として無効となる可能性があります。

 整理解雇の場合には、1)経営上の必要性があるか、2)解雇回避に向けた別の手段を尽くしたか、3)解雇対象者の選定基準は客観的合理的か、4)労働者側との協議・説明が尽くされたか、等が基準とされます。

 いずれにしても、これらの基準は既に裁判所が確立していた基準であって、労働契約法が制定されたからといって、使用者が行なう処分の効力を決する基準が変わったわけではありません。


◆期間の定めのある労働契約

 労働契約法は、契約社員・パートタイマーといった「有期労働契約」について、「やむを得ない事由がなければ、期間満了前に解雇することができない」「使用者は、必要以上に短い期間を定めて契約を反復更新することのないよう配慮しなければならない」の二つを規定しました。

 これは、使用者が「有期労働契約」という労働形態を悪用して安易な雇止めなどを行なうことを避けるため、新たに明確な規定を置いて規制したものです。とはいえ、このような考え方自体はもともと民法や判例で確立されており、とくに新たな規制とはいえないでしょう。

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 以上のとおり、労働契約法は、労働契約に関する紛争の増加に対応してようやく制定された「労働契約の基本的ルール」です。

 とはいえ、その内容は決して目新しいものではなく、また、あくまで民事上のルールですから、罰則や行政処分を予定したものではありません。しかし、労働契約をめぐる紛争解決基準を明文化したものですから、労務担当者としては、労使間紛争を防ぐために、労働契約法の内容をよく理解して、その内容に従った労務管理に努める必要がある、といえましょう。

 たとえば、労働契約を締結する際には、内容をできるだけ詳細に定めた書面の作成・交付を行なうことが望ましいですし、もしも就業規則によって労働契約の内容とするならば、作成・変更に際して就業規則を労働者に確実に周知させておく必要があります。

 また、安全配慮義務を尽くすために、個々の労務の実態に即して、労働者の生命・身体の安全を確保するための措置を十分講じなければなりません。

 労働者に何らかの処分を行なうときには、相当性のある処分といえるのか、それぞれの項目において列挙した基準にあてはめて、一つひとつチェックしないと、後から権利濫用・無効を主張されるおそれがあります。

 「そんなこと当然じゃないか」と思われるかもしれませんが、そんな「当然のこと」を誠実に行なうことを、労働契約法は求めているのです。


〔月刊 経理WOMAN〕