今すぐやるべき「労基署対策」
   
作成日:12/24/2008
提供元:月刊 経理WOMAN
  


増え続ける労使トラブル 中小企業も無縁ではない!
小さな会社で今すぐやるべき「労基署対策」




 今日もいつもと変わらず働いている社員たちを見て、「手当も出せないけど、うちの社員は文句もいわず、毎日残業頑張ってくれているなぁ」などと思っている社長さん。ある日労基署から、「そちらの会社では残業代を払っていないそうですね」という電話がかかって来ないとも限りませんよ。ここでは、小さな会社で今すぐやるべき「労基署対策」をアドバイスします。

◆こんなケースにご注意

 最近「労働基準監督署」という言葉がテレビや新聞紙上を賑わせています。

 「労働基準監督署」(以下、「労基署」といいます)とは、労働者の労働条件・労働環境を保護するために設けられている国の行政機関です。

 労働者を保護するための法律には「労働基準法」をはじめ、労働安全衛生法などの労働関連の法律があります。そして法の番人でもある「労働基準監督官」(以下、「監督官」)が、このような法律がきちんと守られているかどうか調査にあたり、法令に違反している場合には、適正な指導をしていきます。

 では、実際にどのような調査、指導が行なわれているのか、まずはA社の実例を挙げてご紹介しましょう。

 
【ケース1:未払い残業によるもの】

 「○○労基署の山田と申します。じつは先日、御社を退職されたHさんから、未払いの残業代のことでこちらに相談がありまして…」

 A社にこのような電話がかかってきて、後日、監督官が直接会社に赴いての調査となりました。調査においては、出勤簿(タイムカード)、賃金台帳、労働者名簿、就業規則などの提出を求められました。
 

 一般的に調査の結果、労働基準法等に違反していれば、「是正勧告書」が出され、指定期日までに指摘事項を改善し、その旨の報告書を提出するように求められます。「是正勧告書」は、法律に違反している内容と是正措置について書かれている、いわば、「警告書」のようなものです。

 A社は、タイムカードの残業時間とそれに対する残業代の未払いに対して指摘を受け、過去3ヵ月間に遡っての支払いを命じられました。

 これに対しA社は、「うちは社員のほとんどが営業なので、成果主義の賃金体系になっています。営業実績に基づいて営業手当が出ています。それが残業手当にあたるものです」と主張しましたが、賃金規程で「営業手当=残業手当」と定義されていないことなどを理由に、結局A社の言い分は認められませんでした。

 A社のように、労基署から残業代の未払いについて是正勧告を受けた場合、ほぼ間違いなく過去に遡って、未払残業代の支払いを命じられます。中には、是正勧告によって、大手上場企業が過去2年間に遡って数億円の手当を支払ったというようなケースもあります。

 実際の現場では、過去数ヵ月分の未払残業代の支払請求に止め、将来に向けた労務管理の改善を求められることが多くなっています。とはいえ、たとえ数ヵ月分であっても過去に遡っての未払残業代の支払いは、中小企業にとっては大変な痛手です。

 そんな思いをしないためにも、残業代対策として、以下の基本事項をしっかり押さえておきましょう。

対策1

(36協定の締結・届出等)

 労働時間については労働基準法で原則「1日8時間、週40時間」という枠が定められており、使用者はこれを超えて労働者を働かせてはなりません。

 この法定された労働時間を超えて労働させる場合には、「時間外・休日労働に関する労使協定」(法律の条文番号をとって「36協定」と呼ばれます)を締結し、労基署に届け出ることが必要になります。

 36協定は、使用者と労働組合または労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との間で締結されます。中小企業においては、労働組合がほとんどありませんから、多くの企業では過半数代表者を選任することになるでしょう。

 この「過半数代表者」はどんな立場の人でもいいわけではなく、「監督または管理の地位にある者でないこと」が要件とされています。よって事業場全体の労働条件などについて管理する立場にある人=使用者側の立場に近い人(部長など)は、過半数代表者としては適しません。

 このような立場でなければ、正社員に限らず、パートタイマーであっても構いません。

 「過半数代表者」は、投票、挙手等の手続きを経て選出された者であることが必要です。使用者が一方的に総務の女性などを指名して過半数代表者になってもらうような方法は、適正な選出方法とは認められませんので、ご注意ください。

 また、36協定の届出以外に、個々の労働契約書または就業規則に、「時間外・休日労働を命ずることがある」という旨の規定が記載されていることも必要となります。これにより、36協定の範囲内で時間外労働・休日労働が法的に可能になります。

対策2

(割増賃金の支払い)

 36協定の締結・届出等とは別に、法定労働時間を超えた分においては割増賃金を支払うことが義務付けられています。

 次のように、割増率に基づいて、適正な金額を支払う必要があります。

●時間外割増賃金
 原則、1日8時間・週40時間を超えたとき……25%以上
●休日割増賃金
 法定休日に勤務させたとき……35%以上
●深夜割増賃金    
 22時から5時までの間に勤務させたとき……25%以上

 次にB社の実例を見てみましょう。

 監督官の話によると、先日解雇したSさんが、「不当解雇された」と労基署に駆け込んできたというのです。ことの経緯は、以下のとおりです。

 
【ケース2:不当解雇によるもの】

 営業担当であるSさんは、営業成績が振るわないばかりか、日頃から取引先からのクレームも多く、社長もほとほと困り果てていました。そしてある日、Sさんのうっかりミスで取引先に大きな損害を与え、契約を打ち切られてしまいました。

 堪忍袋の緒が切れた社長が、つい「君はもういらない。明日から来なくていいよ!」と即時解雇の言葉を口走ってしまったのです。Sさんは翌日から出社してきませんでした。
 

 労働基準法上、原則、会社が社員を解雇するときは、解雇する30日前までに解雇予告をしなければなりません。もし解雇予告を行なわないで解雇した場合、解雇前3ヵ月の平均賃金の30日分を支払わなければならないとされています。また予告をしても、予告期間が30日より短い場合は、予告日数が足りない分だけ平均賃金を支払わなければなりません。

 また、会社が解雇をするためには、就業規則に根拠となる定めがなければできません。解雇にあたっては、「正当な理由」が必要で、就業規則に定めのない事由による解雇は「解雇権の濫用」と判断されます。

 そのため、就業規則の作成を行なっていないB社においては、民事訴訟になったときに、「不当解雇」と判断されてしまう可能性がとても高いのです。

 こういった解雇に至るまでの手続き及び就業規則上の規定において、労働基準法に違反していると、労基署から是正勧告を受けます。

 B社においては、30日分の解雇予告手当の支払いを命じられ、就業規則を整備するように求められました。

 解雇するにあたっては、不当解雇だと言われないためにも、以下のことを守るようにしましょう。

1)労働基準法に定められた解雇予告を行なうこと(即時解雇できる場合を除く)

 実際に解雇予告を行なっていても、双方の認識の違いによって従業員側が解雇予告だと受け止めていなかったことによるトラブルがよく見受けられます。口頭ではなく、必ず書面(解雇予告通知書など)で本人に伝えてください。本人の署名・捺印をもらっておくとより安心です。

2)就業規則に解雇事由の記載があること

 解雇の事由は、客観的かつ合理的なものであることが前提となります。普通解雇事由と懲戒解雇事由を分けて記載しておくことが望ましいでしょう。

 普通解雇は、従業員の能力不足や健康上の問題などにおける債務不履行を理由とする解雇です。これに対し、懲戒解雇は、長期の無断欠勤や金品の横領などの企業秩序違反に対して罰則として解雇するものとなります。

 懲戒解雇の場合には、退職金の全部または一部を不支給とする規定を設けている会社が多いようです。


◆見落としがちな点も見直しを

 以上、2社の事例で主な労基署調査及びその対策についてお話しさせていただきましたが、会社としては他にも、日頃からいろいろと準備しておく必要があります。

 以下に労基署から指摘されがちな項目を挙げておきますので、もう一度見直してみてはいかがでしょう。

1)長時間労働の問題

 長時間労働に伴う「過労死」が問題となっていますが、会社には社員の健康に配慮する義務があります。具体的には、「時間外労働が発症前1ヵ月間で100時間、2~6ヵ月間の月平均が80時間を超える場合には、労働時間と発症との関連性が強い」とされています。

 1ヵ月の残業時間が80時間を超えるような場合には、注意が必要です。

2)就業規則の作成

 常時使用する労働者が10人以上いる場合、労基署への届出義務が労働基準法で定められています。労働者が10人未満であっても、会社のルールという位置付けで、労使間の無用の争いごとを未然に防ぐためにも、就業規則は是非とも作成しておいたほうがいいでしょう。

 なお、この場合の「労働者」には、正社員のほか、パートタイム労働者や臨時のアルバイト等も含まれます。

3)労働者名簿・賃金台帳・出勤簿(タイムカード)の整備

 労働基準法で定められている法定3帳簿にあたります。労基署の立入り調査のときには必ず確認されるものですので、日頃からしっかり揃えておきましょう。

 これらの帳簿は3年間の保存が義務付けられていますので、退職した従業
員のものもきちんと保管しておきます。

4)労働条件通知書などの交付

 労働契約を結ぶ際、労働基準法で定められた労働条件を労働者に明示しなければなりません。たとえば、・労働契約の期間、・就業の場所及び業務内容、・就業時間、・休日・休暇、・賃金に関する事項などです。もちろん、パートタイマーにも適用されます。

 平成20年4月の「パートタイマー労働法」の改正により、事業主は、パートタイム労働者を雇い入れたときは、労働基準法により定められている事項に加え、「昇給の有無」「退職手当の有無」「賞与の有無」の三つの事項を文書などで交付することが義務付けられました。これらの事項が盛り込まれているか、要チェックです。

5)定期健康診断の実施

 労働安全衛生法で、常時勤務する労働者において、年1回(深夜業労働者等は6ヵ月ごとに1回)の健康診断を実施する義務が使用者に課せられています。この定期健康診断の結果は、従業員に通知する義務があります。

 また、会社は従業員の「健康診断個人票」を5年間保存しなければなりません。常時50人以上の労働者を使用する事業者においては、定期健康診断を行なったときは、遅滞なく「定期健康診断結果報告書」を所轄労働基準監督署長に提出する必要があります。

◇   ◇

 労基署が調査に入った場合、事業主は指摘された部分について迅速に対応しなければなりません。

 ただし、残業代について指摘を受けたとしても、たとえばタイムカードに打刻されている時間と実際の労働時間のズレなどに対し、きちんと説明・証明できれば、指摘された残業代の全額を支払わなくて済むケースもあります。

 ですから、実際にそういった調査の場面に遭遇した場合は、自社のみで対応するだけではなく、労務管理を専門とする社会保険労務士等にご相談の上、対策・対応を考えられることをお勧めします。

〔月刊 経理WOMAN〕