投げ出す前の「少額売掛金」回収マニュア
   
作成日:02/20/2009
提供元:月刊 経理WOMAN
  


内容証明 支払督促 少額訴訟…やれることは全部やる!
投げ出す前の「少額売掛金」回収マニュアル




 会社が利益を上げるためには、商品を売ることも重要ですが、売った商品の代金を回収することもまた重要です。たとえば、ある商品の売掛金債権の支払期限が来たにもかかわらず、取引の相手方から、「支払期限を延長して欲しい」と頼まれたり、あるいは何の連絡もなく支払期限に支払いがなかったりした場合、どうしたらよいでしょうか。

 「売掛金の額が少額だから」などと言って、債権回収を放置すると、一つひとつは少額であっても、それが積もり積もれば大きな金額となり、売掛金が回収されることを前提として計画した会社の資金繰りが崩れてしまうかもしれません。

 そうなると、会社で必要な仕入れができなくなったり、買掛金の支払いができなくなったりといったことが起こる可能性もあるわけです。

 以下に少額売掛金について、債権者である皆さんの会社ができる主な債権回収の方法をご紹介します。

 債権回収の方法としては、大きく分けて、1)相手方との交渉による方法、2)裁判所へ申し立てる方法、とがありますので、それぞれの方法について説明します。


◆まずは内容証明郵便で請求しよう

 通常、期限までに支払いがない場合、まずは相手方に支払いの請求をします。その方法は、電話、FAX、メール、訪問などいろいろでしょう。しかし、電話やメールなどで請求しても埒があかない場合には、内容証明郵便で請求することになります。


 内容証明郵便とは、文書の記載内容及び差出日を、郵便事業株式会社が証明してくれる制度です。さらに、「配達証明」付きの内容証明郵便にすることで、相手方に到達した日も証明してもらえます。配達証明付きの内容証明郵便は、相手方の「そんな手紙は届いていない」などという反論を防ぐことができます。



 内容証明郵便それ自体には、支払いの強制力があるわけではありません。ただ、内容証明郵便を受け取った相手方は、通常、「支払いについて債権者から正式な強い催促を受けた」と感じるでしょうから、その心理的な影響は大きいものと思われます。

 内容証明郵便は、文具店などで市販されている用紙を利用して作成する方法もありますし、パソコンでも作成することができます。ただし、1行の字数と1ページの行数には制限があります(縦書きの場合には20字×26行、横書きの場合は13字×40行、あるいは26字×20行)。

 そして、同じ文書を3通作り、相手方宛ての封筒を1部作って、郵便局へ持って行きます。

 郵便局では、1通は相手方宛てに郵送し、1通は郵便局で保管し、1通は差出人に返却しますので、返してもらった1部を会社できちんと保管しておいてください。支払いの催促をしたという重要な証拠として使われることがあるからです。


◆合意ができれば公正証書の作成を

 相手方との話合いで支払いの合意ができたときには、その合意の効果をより強力なものとするため、公正証書を作成することをお勧めします。公正証書とは、法律の専門家である公証人が作成する公文書です。

 公正証書の作成には、必要書類を持って最寄りの公証役場へ行きます。ただし、公証人に支払う一定の手数料(100万円以下の債権の支払いの場合には手数料は5000円となります。詳しくは公証役場へお問い合わせ下さい)が必要です。




 公正証書を作成する最大のメリットは、公正証書の中に、「債務を履行しないときには直ちに強制執行を受けても異議はありません」という旨の文言(これを「執行認諾文言」などといいます)を記載することにより、支払いが行なわれない場合に、裁判を経ることなく、直ちに強制執行ができるようになるという点です。

 強制執行は、一般的には、「支払いがない→裁判所へ訴えの提起→勝訴判決を得る→それに基づいて強制執行」という流れで初めて行なうことができるのですが、執行認諾文言のある公正証書を作成しておけば、「支払いがない→公正証書に基づいて強制執行」ができることになるのです。


◆代金相殺も検討してみよう

 たとえば、皆さんの会社が取引先に対して20万円の債権を持っていて、逆に、取引先が皆さんの会社に対して30万円の債権を持っていた場合に、双方の債権を20万円の部分について消滅させることを相殺といいます。相殺は、簡便な債権回収方法として利用されています。

 ただし相殺をするには、法律上、次のような一定の条件が定められています。


1)

双方の債権が弁済期にあること(ただし相殺を主張する側は、相手方から自分に対する債権については期限の利益を放棄することができるので、その債権については弁済期が来ていなくても相殺できるという例外があります)。つまりわかりやすく言えば、皆さんの会社が取引先に対して持っている20万円の債権の弁済期が来ていれば、取引先が皆さんの会社に対して持っている30万円の債権の弁済期が来ていなくても、皆さんの会社は20万円の部分について相殺を主張することができるということです。
 

2)

相殺の禁止されている債権ではないこと(不法行為による損害賠償請求権などが相殺禁止とされています)

 したがって、相殺を行なう場合は、双方の債権がどのような性質のものか、確認が必要です。

 相殺は、債権者からの一方的な意思表示で行なうことができ、相手方が相殺に同意する必要はありません。相殺の意思表示は、口頭で行なっても効果を生じますが、後々の「言った・言わない」という紛争を避けるためにも、文書を送るのが一般的です。その際には、前で述べた内容証明郵便(配達証明付き)を使って、相殺の意思表示をしたことを証拠として残しておきましょう。具体的な文例は表のとおりです。


◆法的手続きでは支払督促の検討を

 ここまでは、法的手続きによらずに、相手方との話合いで解決を図る方法についてご説明してきました。しかし、こうした方法で何ら誠実な対応もない相手方に対しては、法的手続きをとることもやむを得ない場合があります。

 そこで、ここからは、少額債権の回収に有効と思われる法的手続きについてご説明します。まずは支払督促についてお話ししましょう。





 支払督促とは、債権者が簡易裁判所の書記官に対して支払督促の申立てを行ない、書記官が相手方に対して金銭の支払いを命ずる手続きです。支払督促は、相手方を裁判所に呼び出して事実関係を聞く、というような手続きを経ずに、申立人が裁判所に提出した書面の審査のみで出されるものです。

 したがって、通常の訴訟のように当事者が何度も裁判所に出頭することも、証人尋問を行なうこともありません。そのため、通常の訴訟の手続きより労力も時間もかからず、裁判所への手数料(申立書などに貼る収入印紙のことです)も、通常の訴訟の半額で済むというメリットがあります。

 また、このような簡易な手続きですので、弁護士に依頼しなくても申し立てることが可能です。

 支払督促は、原則として相手方の住所のある地区を管轄する簡易裁判所の書記官に対して申立てをします。弁護士に依頼せずに申立てを行なう場合には、どのような申立書を書いたらいいのか分からないと心配かもしれませんが、各地の簡易裁判所には、支払督促の書式が備えられていますので、それを利用するとよいでしょう。

 申立書の主な記載事項は、1)どのような債権か(売買代金か、貸金か、など)、2)請求金額(元金及び利息)、3)申立人と相手方の住所・氏名、です。

 申立書を提出すると、簡易裁判所の書記官が、申立てどおりの債権があるか審査し、申立てどおりの債権があると認めると、相手方である債務者に支払督促を発付します。

 ただし、相手方が、支払督促を受け取った日から2週間以内に異議を出したときには、支払督促は効力を失い、通常の訴訟の手続きに自動的に移るので注意が必要です。つまり、異議が出た段階で通常の訴訟手続きがスタートしますので、そこからは、期日には裁判所へ出頭し、主張や証拠を出し合うという訴訟手続きとなるのです。

 したがって、相手方が支払いについて異議を述べることが明らかであるような場合には、支払督促を使うメリットは低くなります。

 支払督促は、それのみでは支払いを強制する効力はありません。支払督促を受け取った相手方が任意に支払いをしてくれればよいのですが、それがない場合、申立人は、仮執行宣言の申立てをします(仮執行宣言の申立ては、2週間以内に相手方から異議が出ない場合のみ可能です)。仮執行宣言とは、裁判所がただちに強制執行できる効力を与えることです。仮執行宣言が与えられると、申立人は相手方に対して強制執行をすることができます。


◆話合い解決を目指すなら民事調停で

 債権回収の方法としては、民事調停による方法もあります。民事調停とは、裁判所で行なう当事者同士の話合いの手続きです。民事調停の申立てをする裁判所は、原則として相手方の住所地を管轄する簡易裁判所です。

 話合いがまとまらなければ、そこで調停は不成立(不調)となり、債権回収は達成できないことになりますが、公的な機関である裁判所を話合いの場とし、紛争解決の専門家である調停委員が双方の話を聞きますので、折合いをつけた妥当な解決に結びつきやすいというメリットがあります。

 裁判所へ納付する手数料も、通常の訴訟と比べて低額です。また、話合いがまとまったときに作成される調停調書には、判決と同じ効力がありますので、この調停調書に基づき強制執行もできます。

 したがって、訴訟のような厳しい対立関係となることを望まない場合や、双方が柔軟な話合いに応じることができる場合などに適する方法といえるでしょう。


◆債権額60万円以下なら少額訴訟を活用する

 少額訴訟とは、請求する債権の額が60万円以下という少額の場合にのみ使える方法です。少額訴訟の特徴は、原則として1回の審理で、当事者双方の主張を聞いたり証拠を調べたりして、直ちに判決が出されるという点にあります。

 少額訴訟は、このように簡易迅速な手続きですので、1)60万円以下の金銭の支払いを請求するものに限られ、2)証拠書類が手元にそろっていて、証人を呼ぶのであれば期日に裁判所に出頭できる場合、などに適する手続きと言われています。

 手続きとしては、60万円以下の金銭債権を有する債権者が、相手方の住所地を管轄する簡易裁判所に訴状を提出します。訴状の書式は簡易裁判所に備えてありますので、弁護士に依頼しないで訴状を作成することも可能です。

 訴状の主な記載事項は、1)原告の住所、氏名など、2)相手方である被告に対する請求の内容などです。

 ただし、相手方の所在が分からない場合、少額訴訟は原則として使えません。また、債務者が少額訴訟の手続きに同意しない場合や、裁判所が少額訴訟で審理することが相当でないと判断した場合などには、通常の訴訟に自動的に移ってしまいます。したがって、1回の審理で決着できないことが明らかな事案などについては、最初から別の手続きを利用する方がよいこともあります。

 また、同じ債権者が、同じ簡易裁判所において少額訴訟を利用できる回数は、1年間に10回までと定められていますので、注意してください。

 少額訴訟の判決に対しては、相手方は、異議申立てをすることができます(通常の訴訟のように控訴することはできません)。異議申立てが出された場合には、通常の訴訟の手続きによる審理が行なわれます。

 なお通常の訴訟は、地方裁判所に訴状を出すことによって始まります。売掛金債権についての訴状は、契約書などで特別の定めがある場合を除き、相手方の住所ではなく、債権者の住所地を管轄する地方裁判所(債権の額が140万円以下の場合は簡易裁判所でも可)に出すことができます。

 ただし、訴訟の手数料は支払督促の倍の額が必要ですし、弁護士が代理人となることが多いため、弁護士費用も別途必要となります。

 また、一般的に、判決が出るまでに長い期間がかかることも少なくありません。

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 以上、お話ししてきたように、債権回収にはケースに応じた様々な方法があります。いずれの方法を取るべきか迷うようなときは、できるだけ早く専門家へ相談することが有効です。というのも、相手方に財産的な余裕がある早期の段階で債権回収に着手することができれば、結果的に多くの債権の回収が見込めるからです。

 効果的な債権回収を行なうために、経理担当者としては、取引先に対する債権の額や弁済期限を日ごろから把握しておき、何かあった場合にすぐに債権の状態を確認できるようにしておくとよいでしょう。

 そして、書面の証拠、たとえば売掛金債権であれば、相手方との取引基本契約書、納品書、受領書、見積書、請求書などの発行及び受領を確実に行ない、しっかり保管しておきましょう。これらが、メール・FAX・電話などで行なわれているのであれば、それをデータか紙で保管しておきます。

 このような心構えで日ごろから準備をしておくことが、緊急の債権回収の場面において強力な支えになることは、間違いありません。

〔月刊 経理WOMAN〕