中小企業でありがちな「労務トラブル」
   
作成日:07/23/2007
提供元:月刊 経理WOMAN
  


中小企業でありがちな「労務トラブル」
─こう解決するのが現実的です!




 労務の担当者がいてシステムもできあがっている大企業と比べて、中小企業の場合は、人の採用や解雇でトラブルになってしまうケースが少なくありません。そんなとき、ありきたりの法律書を読んでも現実的な解決方法は書いていないものです。そこでここではありがちな労務トラブルを取り上げ、法律の解釈だけでなく、より現実的な解決方法をアドバイスしていくことにしましょう。

●意外と多い労務トラブル

 まず最初に、現在どのような労務トラブルが起きているのかを見てみましょう。厚生労働省の調べによると、平成18年度に全国約300ヵ所の総合労働相談コーナーに寄せられた相談件数は18万件(民事上のトラブルに限る)を超えており、年々増加傾向にあるとされています。

 これらはあくまで、労働相談コーナーに寄せられた数字ですので、この件数以上に実際には、労務トラブルが起きていることは、容易に推測できます。職場内での労務トラブルは、大企業、中小企業などの規模に関わらず起こりうるものです。大企業と中小企業を比べた場合、中小企業の方が法律の整備(就業規則の作成)がなされていないことや、労務トラブルについての対策や解決方法を知らない場合が多いこと等から、労務トラブルが多く発生しています。

 そして、組織上仕方のない面もありますが、中小企業の場合は、社長に権限が集中してしまうことから、社長の判断がすべてとなる傾向があります。その結果、従業員が同じような問題を起こした場合でも、その従業員の性格・態度等で結論が大きく違ってしまい、それが思わぬトラブルにつながってしまいます。

 また一部の中小企業では、残業割増賃金を支給しなかったり、パートタイム等臨時社員に対して有給休暇がないと説明したり、突然の解雇をしたりするケースもあります。しかし現在では、従業員の方も労働問題に詳しくなり、労働基準監督署や公共職業安定所に気軽に相談に行くようにもなりました。ですから中途半端な回答をした場合には、かえって大きなトラブルに発展してしまいかねないのです。

 一方、大企業等では、正社員就業規則、臨時社員就業規則、賃金規則、退職金規則等の諸規則及び、人事考課、資格等級制度等の人事制度が整備されており、諸規則に則った問題の解決や人事考課等による適正な評価が行なわれ、問題が生じても客観的に判断を下せる体制ができています。

 今後は、中小企業においても、会社の規模は問わず就業規則、賃金規則等の諸規則及び従業員を正しく評価するための評価制度、人事制度の整備が必要になるのではないでしょうか。


●家族的雰囲気でもトラブルは起きる

 これまで大企業は、新卒を採用し社内で新人を教育し、終身雇用を基本に考えてきました。一方中小企業は、中途採用者や中途退職を前提とした人事政策をとることが多かったのです。したがって、中小企業が大企業の人事管理を模倣したところで、どうしてもひずみがでてくることは否めません。

 また、先に述べたように大企業は各種の諸制度・諸規則が整備されており、いろいろな労務問題に対しても、それぞれの諸規則に則り、客観的に判断を下せる体制にあります。

 一方、中小企業の場合は、諸制度・諸規則が十分整備されておらず、社長イコール人事部長であり、どうしても社長の主観で問題解決を図ろうとしてしまいます。また、いろいろな問題に対して、社員のためにと思い、つい社長の情が入ってしまい、そのことが思わぬトラブルを招いてしまいます。

 中小企業の経営者の労務管理に関する考え方は、おおよそ次のようなことになります。


1)

できるだけ教育をしなくてもいい人材の採用をしたい。

2)

労務問題も自社では、それほど問題になるようなことはない。

3)

就業規則等は自社ではまだいらない。

4)

自分は社員のためにと、いつも考えているので問題はない。

5)

家族的な雰囲気の中で仕事をしているので労務問題など起こるわけがない。

 しかし実際には次のようなトラブルが生じています。


1)

人員不足のために、つい採用してしまったが勤怠状況が悪い。

2)

経営状況が思わしくないが、なかなか従業員を解雇できない。

3)

パートタイムから有給休暇の付与を要求された。

4)

突然、残業時間の割増賃金を要求された。

5)

昇給やボーナスの査定基準が不明確だと指摘された。

 つまり、社長や担当者が思っている以上に労務トラブルに見舞われる可能性が高いということなのです。

 以下に具体的な労務トラブルについてQ&Aで見てみましょう。



 「何時間残業しても残業代は一律支給」でいいのか?

 機械メーカーA社は、ほぼ全員が1ヵ月に20~30時間の残業をするのが常でした。会社としては残業代がかさんでしかたがありません。そこで社長の出した案が「残業代は実際の残業時間に関係なく一律1ヵ月10時間分の支給とする」というものだったのです。「本来の勤務時間中にまじめに働けば、残業する必要はないはずだ」というのがその理由です。

 これに猛反対したのがBさんでした。Bさんの仕事はどうしても勤務時間内に終えることができない種類のものです。毎月30時間の残業が避けられません。残業代の支払い方法が変わると、サービス残業が大幅に増えることになります。

 この場合はどちらのいい分が認められるのでしょう。



 従来どおり、時間数に応じた残業代の支払いが必要になります。つまり、実際には、10時間以上残業したのであれば、超えた部分の時間外手当の支払いが必要になります。

 就業規則などで時間外労働があり得るとされ、実際に従業員が残業を行なうのであれば、その時間に見合った賃金が支給されなければならないのは当然のことです。また、どうしても所定の勤務時間ではこなすことができないほどの業務を社員に与えておきながら、もう片方で残業時間を規制するのはナンセンスです。

 仮にご質問のように残業の規制を行なうのであれば、会社はまず、適正な業務量を与えるように調整をしなければなりません。

 これは、社員の心身の健康のためにも大切なことです。また、社員の健康管理に十分配慮することも大切です。こうした措置をとらず、業務量が多いままで実質的に賃金をカットすることは、到底認められないでしょう。

 ただし、これはあくまでも労働者が労働時間に実労働をしていた場合のことです。つきあい残業やたばこ休憩などを頻繁に繰り返していたのならば、その時間は時間外手当から差し引くべきです。

 また、残業については許可制とし、必ず届出をすることを義務付けるのも一法です。記入内容は、1)届出日、2)届出者氏名、3)残業の開始及び終了時間、4)作業内容及び理由、5)上長の確認印(残業を認める権限を持った方の印)です。

 ちなみに、そもそも労働時間とは、使用者又は監督者の指揮・命令の下で労務を提供する時間を指します。

 またA社の社長のねらいである人件費の抑制を図るためには、たとえば変形労働時間制を導入する方法も考えられます。

 なお、変形労働時間には次の4種類があります。


1)

1ヵ月単位の変形労働時間制(1ヵ月の期間内で、月初、月末または特定の週において繁閑の差がある事業所において使用します)
1ヵ月以内の一定期間を平均して1週間あたりの労働時間が、週の労働時間を超えない定めをした場合において、法定労働時間の定めに限らず、特定の週や日において法定労働時間を超えて労働させることができます。
 

2)

フレックスタイム制
労働者が、一定期間のなかで一定時間数(契約時間)労働することを条件として、1日の労働を自由に開始し、終了できる制度です。労働時間は管理されており、労働時間の総計は契約時間にならなければなりません。
 

3)

1年単位の変形労働時間制(季節によって業務に繁閑の差がある事業所において使用します)
1年以内の期間を平均して、1週間当りの労働時間を法定労働時間以内に決めて、期間が3ヵ月以内ならば1日10時間まで、1週の労働時間は52時間を超えない範囲で、3ヵ月を越えて1年以内ならば1日9時間まで1週の労働時間は48時間を超えない範囲で、特定の日の労働時間を変形できます。
 

4)

1週間単位の変形労働時間制
対象になる事業は、「日ごとの業務に著しい繁閑の差が生ずることが多く、就業規則その他これに準ずるものにより、各日の労働時間を特定することが困難な従業員が30人未満の小売業、旅館、料理店、飲食店」になります。1日の所定労働時間は10時間まで、週平均40時間以内となります。




 長年勤務しているパートタイムを突然辞めさせることができるか?

 A社でパートタイム社員として働くBさんは、11回の契約更新をしているベテランです。6ヵ月の期間を定めた労働契約で、これまで5年以上勤務し、仕事も正社員と同様の仕事を任されていました。

 しかし、今年になってA社の業績が急速に悪化。やむをえず、A社はBさんを含めたパートタイム社員の全員を、次回の期間満了時に雇い止めとすることにしました。

 Bさんがこれを知ったのは期間満了の5日前でした。次の就職先を探す時間もなく、雇用の継続を求めましたが、A社は契約をたてにこれをはねつけました。果たして契約打ち切りは有効なのでしょうか。



 このケースでは「所定の期間が終わったから」という理由だけでは、契約を終了させることはできないと考えられます。どうしてもA社が契約を終了させたいのであれば、Bさんには解雇の手続きが必要となります。

 具体的にいえば、会社が社員を解雇しようとする場合は、1)少なくとも30日前に予告をするか、2)30日分以上の平均賃金の支払いが必要となります。

 ただし、次の場合には解雇制限があります。1)業務上の傷病による療養のため休業している期間及びその後30日間。2)産前産後の女性が労基法65条の規定により休業している期間及びその後30日間。

 正社員を雇い入れる場合には、労働契約の期間を定めないのが一般的であり、これを解雇するのは難しいものとなっています。

 一方でいわゆる臨時社員やパートタイム社員を採用する場合には、期間を定めた労働契約を締結することがほとんどです。これは、正社員よりも労働契約を終了させることを容易にして、労働力の調整を行なえるようにするためだといえます。

 原則として、労働契約の期間が過ぎれば、自動的にその契約は終了します。労使のお互いがこれを承知のうえで契約を結ぶ限りにおいては問題ないのですが、ご質問のケースのように同じ契約が何度も更新されていくと、多少事情は変わってきます。

 契約が繰り返されるにつれ、パートタイム社員が「形式的には期間のある契約だが、実質的にはいつまでも働くことができる」といった期待を持つようになるのは当然だからです。

 こうなるとある日突然に「契約期間の満了」を理由に、会社から雇い止めを通告されたパート社員は途方に暮れてしまいます。

 つまり、パート社員からみて「雇い続けられるだろう」と期待するに足りる十分な事情がある場合には、会社としては、所定の期間が終了したからという理由だけでは契約を終了させることはできないのです。ですから、このケースの場合も、先に述べたようにBさんには解雇予告またはこれに代わる解雇予告手当の支払いが必要となるわけです。

 こうしたトラブルを防ぐには、契約の終了前ではなく、更新するときに「次回は更新しない可能性がある」ことを明らかにしておくべきです。




 アルバイトにも年次有給休暇を与えなければならないのか

 1週間旅行に行くため有給休暇を取ろうと思ったB君ですが、「アルバイトには有給休暇はない」といわれてしまいました。

 正社員並みの労働時間で働いているのに、本当に有給休暇は取れないのでしょうか。



 「アルバイトには年次有給休暇を与える必要はない」と勝手に解釈している使用者はいまだに多いようです。アルバイトであっても、労働日数と労働時間に応じた有給休暇が発生します。社員とほぼ同じ労働時間で働いている場合は、有給休暇日数は正社員と同じ付与日数になることもあります。

 なお、年次有給休暇の取得については、次のような取扱いがされますので、必ずしもアルバイト等の申し出た日に休暇を与える必要はありません。

1)有給休暇は、労働者の請求する時季に与えなければならないが、使用者としては、請求された時季に有給休暇を与えることが、事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季に変更することができます。

2)使用者は労使協定(届出不要)により、年次有給休暇を与える時季について定めをしたときは、年次有給休暇の5日を超える部分について、その定めにより計画的付与をすることができます。




 求人広告と異なる条件で労働契約を結ぶことができるか?

 A社は、「賃金が月額30万円から35万円」とした求人広告を掲載しました。この求人広告を見たBさんが採用試験を受け、最終面接まできました。そこで、採用時の賃金について「Bさんの技能は、当社が望む技能に達していないので、賃金は月額25万円です」と説明をしましたが、Bさんはおかしいと考え、会社と争いになりました。どちらのいい分が正しいのでしょうか?



 求人広告に記載された賃金額はあくまで見込みであり、A社は必ずしも広告どおりの労働条件でBさんを雇い入れる必要はありません。

 一般に、会社が社員を雇い入れようとする際には、新聞や求人誌に求人広告を出したり、公共職業安定所に求人票を提出したりします。

 面接の申込みを受けた事業主が、採用面接などの段階を経て採用を決定した時点で、はじめて労働契約が成立します。ですから、求職者が応募してきた時点では、まだ労働契約は結ばれたわけではないのです。

 このケースでも、求人広告に記載された賃金の額はあくまで見込み額なのであり、A社としてはかならずしも広告に示した条件で、Bさんを雇い入れるということではありません。

 ただ、広告や求人票などの条件は一応の目安ですが、なるべく実際の労働条件もこれに合わせることが望ましいといえます。

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 従業員の方は、人事労務関係の実務担当者より、人事労務問題について、インターネットでの検索、公共機関への相談及び問合わせ、関連の書籍等により情報収集を行なっています。従業員から質問を受けた際には、内容をよく聞き、中途半端な回答をしないように心掛けてください。


〔月刊 経理WOMAN〕