労働審判制度
   
作成日:07/24/2006
提供元:月刊 経理WOMAN
  


労働審判制度
―あなたの「ここが知りたい!」に答えます!




 今年4月から労働審判制度がスタートしています。すでに、この制度を利用して審判が出たケースもあるようです。

 今後も労使トラブルで利用が増えると予想されるこの制度。会社としては日頃からどんな対策を講じておくべきなのでしょうか。経理・人事担当者の「労働審判制度のここが知りたい」にお答えします。


 労働審判制度とはどんな制度なのですか?
 

 労働審判制度とは、人を雇って事業を行なう事業者と労働者の間に生じた「労働関係に関する紛争」を解決するための新しい制度です。ひらたくいえば、会社と社員の間でトラブルが起こったときに、双方から意見を聞いて解決を図るための制度といってよいでしょう。



 なぜこういう制度がつくられたのでしょうか?
 

 そもそも労働問題のトラブルは基本的には民事紛争ですから、民事調停や民事訴訟により解決するのが原則です。また、賃上げ交渉や労働条件に関する交渉は、事業主(以下会社)と労働組合の団体交渉で行なわれることが多く、かつては労働者側が盛んにストライキを行なっていました。

 しかし最近では労働組合の組織率も低くなり、ストライキなどの団体行動もあまり行なわれなくなってきました。その一方で、いわゆるバブル経済の崩壊後、景気の低迷を反映して解雇や残業などに関する個々の労使間のトラブルが増加してきました。

 これらの個人的な労使紛争は、話し合いで解決できなければ民事訴訟になることが多いのですが、日本の民事訴訟は時間が掛かるという問題があります。

 通常の民事訴訟は訴訟を起こした後、1ヵ月に1回くらいのペースで弁論期日が入ります。1回目に訴状が出され、2回目はこれに対する相手の反論、3回目は反論に対する再反論、4回目は再々反論、というふうに何回か主張を交わします。そうした経緯を経た後に証人尋問を行ない、判決になります。

 平均すると訴状を出してから判決まで10ヵ月くらいかかります。判決までの間に和解の可能性について話し合う場を数回設けることもありますが、そうなると1年を超えてしまうのが通常です。

 しかし、たとえば何の理由もなく解雇を通告された場合などで、不当解雇を理由に労働者側が「解雇の無効」を裁判で争ったとして、1年以上経ってから労働者側のいい分どおり解雇が無効だったとの判決を受けたとしても、その労働者がもう一度会社に戻ってやり直すことは困難になります。仮に雇用が復活しても、周りの人との人間関係など、大変な苦労が予想されます。

 また長引けば、経済的にも労働者に不利になります。そして会社にとっても紛争を早く解決することに異論はないはずです。

 そこで、紛争解決の迅速化を図るための労働審判制度が導入されたのです。



 労働審判制度の特徴はどんなところにありますか?
 

 このような経緯で誕生した労働審判制度ですから、迅速かつ公平を図る工夫がなされています。

 まず審判は「労働審判委員会」が行ないます。これは、裁判官1名(労働審判官といいます)と、民間から選ばれた「労働関係に関する専門的な知識・経験を有する」労働審判員2名の合計3名で構成されます。

 民間から選任された人が審判に加わる点で、裁判官だけが裁判を行なう従来の裁判と大きく異なります。

 労働審判員は労働団体で長年経験を積んだ人や会社で労務を長年担当していた人、労働法などの学者、労働事件に経験の深い弁護士などから選ばれると思いますが、出身母体に影響されず、中立公正に審判が行なわれることになります。

 労働審判の申立は、相手の住所地、または労働者が最後に勤めていた会社の住所地の地方裁判所に申し立てます。そして、労働審判法には迅速な処理をすべきことが明文で定められており、さらに特別な事情がない限り3回以内の期日しか開けないことになっています。

 おそらく各回の間隔は1ヵ月以内になると思います。そして3回の間に問題点を絞り、書面を提出したり証人尋問をやったりして、必要な証拠調べをやってしまいます。

 一方で、この3回の中でできるだけ話し合いによる解決も図ります。したがって、各回は非常に中身が濃くなります。この話し合いによる解決ができなかったときには、「労働審判委員会」が多数決による「審判」を行なうことになるわけです。



 もし審判に不服がある場合はどうなるのでしょう?
 

 審判の告知を受けた日から2週間以内に異議の申立ができます。

 異議を申し立てると、労働審判の申立をした時点から民事訴訟が提起されたものとみなされます。申立の時点にさかのぼるのは、時効の問題などがあるからでしょう。その後は、通常の民事訴訟手続きにしたがって裁判を行なうことになります。



 会社として、労働審判制度ではなく最初から裁判で争ってもよいのですか?
 

 労働審判制度は最終的な解決手段ではありません。日本では憲法で「裁判を受ける権利」が保障されているので、通常の裁判を受けられないような解決方法は憲法違反になるのです。

 そうすると、たとえば労働者側から労働審判の申立があった場合、会社側が通常の裁判で争ったほうがよいと思えば、労働審判を無視して出席しない可能性もあります。そして労働審判で不利な審判を受けたとしても異議申立をして、それから本格的に訴訟の対応を始める、ということが考えられます。

 そこで労働審判法では、当事者が労働審判に正当な理由なく欠席した場合には5万円以下の過料に処すことを定めています。

 ただし、逆にいえば5万円払うつもりで意図的に欠席しても、異議申立後の裁判を起こすことは可能だということです。もし、通常の民事訴訟を無視して欠席すると相手のいい分を全部認めたことになって敗訴してしまうので、これにくらべれば労働審判を無視した場合の制裁は比較的軽い、といえるでしょう。



 労働者に有利な制度だといわれているようですが…?
 

 労働審判制度は労使に中立な制度であり、迅速な解決が労使双方の利益になることを前提にしています。しかし、現実には、会社側は長期の争いに耐えられる体力があることが多く、労働者側が経済的理由で時間と費用の掛かる訴訟を断念することが多いので、3回以内で終了して一定の判断を出して貰える労働審判法は、労働者のための制度といえるでしょう。

 今までは、個別的な紛争の訴訟以外の解決手段は民事調停しかありませんでしたが、民事調停は一方が欠席すれば「調停不調」となります。これは、「話し合いができなかった」ということで、何の解決にもなりません。

 これに対し、労働審判法は仮に相手が欠席しても審判を出すことができ、相手が2週間以内に異議申立をしなければ、審判が民事訴訟の判決と同じく確定的な効果を生じることになります。もちろん異議申立をすれば訴訟になりますが、その前に裁判所が一定の判断を下す、という点が心理的にも、後の訴訟での有利不利を判断する上でも非常に重要になります。



 労働審判法により、今までは訴訟を諦めていた労働者側から、審判の申出が数多く出される可能性があります。
 

 労働審判法により、今までは訴訟を諦めていた労働者側から、審判の申出が数多く出される可能性があります。

 会社側は、従来の調停であれば意図的に無視して訴訟になったら対応する、という態度を取ることができましたが、労働審判では当初から対応せざるを得なくなると思われます。なぜなら、いかに異議申立てにより訴訟になるとしても、労働審判の段階で裁判所の公式見解が出る以上、ここで負ければ訴訟で不利になるのは目に見えているからです。

 不出頭で過料の制裁を受けることも、過料は軽いとはいえ正式な刑罰ですから、会社として好ましいことではありません。したがって、会社は否応なく、労働審判に対応しなければならないのです。



 この制度ができたことにより、会社としてどのような心構えが必要でしょうか?
 

 労働審判制度の「迅速性」は、審判が始まった後の問題です。申立までにじっくり時間を掛けて準備することは可能です。仮に、労働者側が時間を掛けて準備をし、労働審判を申し立てると、会社側は短い期間に証拠を集め、証人尋問の準備をしなければならなくなります。

 このように、労働審判制度の「迅速性」は、申立を起こされた側の不利に働く面もあります。したがって、会社としては今まで以上に個別の労働紛争が起きないように注意を払い、またトラブルが発生したときには十分に話し合い、法的な紛争を未然に防ぐ必要があります。

 十分な話し合いをすることは、トラブル内容の正確な把握にもつながりますので、労働審判申立を受けた場合の迅速な証拠集めにも役立ちます。

 制度開始から約2ヵ月の現在、労働審判が劇的に増えているわけではないようです。しかし今後、制度の認識が深まれば申立が増えることが予想されます。

 会社としては労使間のトラブルを未然に防ぎつつも、もしトラブルが発生しても迅速な手続きに耐えられるよう、証拠集めを怠らない配慮が必要となるでしょう。

〔月刊 経理WOMAN〕