「公的年金受給者」に働いてもらうときの留意点
   
作成日:09/26/2006
提供元:月刊 経理WOMAN
  


目の前の高齢化社会
あなたの会社も無関係ではない
「公的年金受給者」に働いてもらうときの留意点




 今年の4月に改正高年齢者雇用安定法が施行され、65歳未満の定年を定める事業所は、少なくとも年金の支給開始年齢(特別支給の老齢厚生年金の定額部分の支給開始年齢、以下同じ、図表1参照)まで高年齢者の雇用を確保できる仕組み作りが義務付けられました。それに伴ない、今まで以上に60歳以降の年金受給者を雇用する機会が増えています。

図表1 60歳の誕生日を定年と定めた会社の
    雇用確保措置・年金の支給開始年齢(男子)

青年月日は男性の場合(女性の青年月日は5年遅れだが、雇用延長の措置は男性と同様)
厚生年金保険の加入期間が44年以上(長期特例)、障害年金の3級以上の障害の状態にある等(障害特例)に該当する場合で、厚生年金保険に加入していない場合は、支給開始年齢前でも定額部分が支給される

 年金受給者を雇用する場合は、通常の労働者と異なる事務手続きを行なうことがあります。ここでは、事務手続き上の留意点について解説します。


◆改正高年齢者雇用安定法の概要

 まず、会社が改正高年齢者雇用安定法に対して、どのように対応しているかを確認する必要があります。

 この法律で義務付けられているのは、少なくとも年金支給開始年齢に合わせた高年齢者の雇用確保の仕組み作りです。年金支給開始年齢は生年月日によって異なりますので、60歳定年制の会社は、生年月日に応じて図表1の年齢まで雇用確保の仕組み作りが必要です(以下、「雇用確保措置」)。

 雇用確保措置は、次の3種類です。

1)定年制の廃止
2)定年の引上げ
3)継続雇用制度の導入

 厚生労働省が今年の5月19日までに300人以上規模の会社で導入状況を取りまとめた結果によると、雇用確保について対応済みの会社は95・6%で、導入した仕組みの93・2%が継続雇用制度の導入でした。300人未満規模の会社の導入状況についても現在取りまとめを行なっている状況ですが、導入した仕組みの多くは継続雇用制度になると思われます。

 導入した仕組みが継続雇用制度であれば、これから説明する事項に留意しながら、事務手続きを進めましょう。


◆継続雇用制度とは

 雇用確保措置の継続雇用制度は、原則として希望者全員が対象で、「勤務延長制度」と「再雇用制度」があります。勤務延長制度は、定年に達しても引続き雇用を延長するもので、労働条件は定年までと大きく変わることはありません。

 一方の再雇用制度は、定年に達した者をいったん退職させて再雇用するもので、新たな労働条件を設定することができます。

 対象者を選別したい場合は、労使協定(労働協議が整わない場合は就業規則)に対象者の一定条件を定めることが可能です。

 再雇用制度のメリットは、いったん退職という形を取るため、労働時間、日数、給与や賞与について新たに設定しやすくなり、今までの期間の定めのない雇用から期間を定める有期雇用に切り替えられることです。

 再雇用される労働者にとっては、60歳以降のワークライフバランスを考えて、従来のフルタイム労働から、時間的に余裕のある働き方に切り替えることも考えられます。そして、給与のほか、年金と雇用保険の公的給付によって、年金の定額部分が支給される年齢(図表1参照)までの収入を確保することができるのです。

 退職金制度がある場合は、定年退職扱いで退職金を受けられるケースもあります。


◆再雇用時の労働条件

 再雇用制度の対象者の労働条件は、定年前と比較すると、仕事の内容や役割、本人の希望や会社の意向によって、給与や労働時間が異なるケースが多くあります。そのため、定年前の正社員対象の就業規則とは別の就業規則(例…嘱託社員就業規則)や個別の雇用契約書や雇入れ通知書などで労働条件を定めることになります。

 なお、年次有給休暇の権利は継続されますので、未消化の休暇の消化も有効期限内なら可能ですし、今までの勤続年数も通算して次回の休暇の付与日数が決定されます。

 労働時間と労働日数は、社会保険と雇用保険の加入基準に関係します。また、給与や賞与の金額は、在職中に受ける年金や、雇用保険の高年齢雇用継続給付の金額に関係します。

 いずれも手続きに直接関係することですので、労働条件をまず確認しましょう。


◆再雇用時と再雇用後の各種手続き

1)加入する社会保険の確認

 まず、再雇用時の労働条件から加入する社会保険を確認します。

 通常の労働者と同様または所定労働時間や所定労働日数が正社員の4分の3以上であれば健康保険と厚生年金保険に引続き加入します。ただし、給与が下がる場合は、定年退職日の翌日に健康保険・厚生年金保険の資格喪失・取得手続きを同時に行なうことが可能で、これにより再雇用時の給与を健康保険料・厚生年金保険料にすぐに反映させることができます。また、この手続きによって、在職老齢年金(後述)の支給停止額を早めに小さくできます。

 雇用保険については、週の所定労働時間が30時間以上であれば引続き加入します。週20時間以上30時間未満の場合は、短時間労働被保険者になりますので、区分変更手続きが必要になります。

2)再雇用時の会社の手続きと本人への通知

 加入する保険が確定したら、会社として必要な手続きを行ない、本人がやるべき手続きについて通知しましょう。とくに、再雇用時の労働時間と日数が減って健康保険と厚生年金保険に加入しない場合は注意が必要です。

 下の、図表2を見てください。これは、再雇用後の労働条件によって加入する保険を表わしたものです。Aのケースは、フルタイムの労働条件で今までどおりすべての保険に加入します。

図表2 再雇用後の社会保険と雇用保険


 労働条件が加入基準を下回る場合は、通常の退職と同様に資格喪失手続きを行ないます(BとCのケース)。資格喪失後の取扱いについては、いくつか注意点があります。

 収入があると年金の一部または全額が支給停止となる在職老齢年金の仕組みが適用になるのは、Aのみです。「在職」とは「厚生年金保険に加入している」という意味です。BとCは厚生年金保険の資格を喪失していますので、給与収入があっても年金の支給停止はありません。在職老齢年金に該当する場合は、まず、標準報酬月額(給与に相当)と直近1年の賞与の額によって年金の支給停止額が決まります。そして、雇用保険の高年齢雇用継続給付(後述)を受ける場合はさらに年金の調整があるのです。

 なお、障害年金や遺族年金は、厚生年金保険に加入していても支給停止の対象になりません。たとえば、遺族年金を受けている女性の場合は、65歳になるまでは自分の老齢年金と遺族年金のどちらかを選択して受けますが、遺族年金を選択すると、厚生年金保険に加入していても年金の支給停止はありません。

 年金に関してもう一つ注意したいのは、60歳未満の配偶者を扶養している場合です。厚生年金保険に加入中は、扶養されている配偶者は国民年金の第3号被保険者の届出をすることよって、保険料を払ったものとみなされます。

 しかし、厚生年金保険の資格を喪失すると扶養されている60歳未満の配偶者は国民年金の第1号被保険者となり、配偶者自身が市区町村の国民年金課で種別の切換え手続きを行ない、自分で保険料を納める必要があります(図表3参照)。

図表3 厚生年金保険の切り替え


 また健康保険についても注意が必要です。図表2のBとCのケースでは、再雇用後の医療保険は労働者自身が加入手続きをします。選択肢は市区町村で手続きをする国民健康保険と社会保険事務所(健康保険組合)で手続きをする任意継続被保険者があります。

 国民健康保険の保険料は前年の所得が基準になるため、再雇用直後に加入すると保険料が高くなるケースがあります。一方、任意継続被保険者は、保険料は資格喪失時の2倍(上限あり)なので、再雇用直後は任意継続被保険者を選択することもあります。

 任意継続被保険者のメリットは、保険料の面だけでなく、万が一、病気やケガで仕事を休んだ場合の傷病手当金制度を利用できる点です。再雇用時に健康保険の資格を喪失し(たとえば87ページ図表2のBとCのケース)、再雇用後に傷病で仕事を休み給与の支給がない場合等には、標準報酬日額(給与に相当する標準報酬月額の30分の1)の60%が支給されます。

 ただし、健康保険法の改正により、平成19年4月からは任意継続被保険者に対する傷病手当金の支給は廃止となります。

 雇用保険の高年齢雇用継続給付は、雇用保険の被保険者期間が5年以上あり、再雇用時の賃金が60歳時点の75%未満になったとき等の要件を満たしたときに受けられる給付です。失業給付を受けて再就職したときの給付もありますが、ここでは定年後に引続き再雇用された場合の「高年齢雇用継続基本給付金」について説明します。

 この給付金は、再雇用時に低下した賃金を補うという意味で有効な制度です。給付金を受けるためには、ハローワークで60歳時に被保険者期間が5年以上ある等の受給資格を確認する手続きから始まります。そして、賃金が60歳時点の75%未満になった月は給付金を受けられますので、会社が2ヵ月に1回支給申請を行ないます。


◆定年で退職したときの注意点

 本人が継続雇用を希望しない等の理由で定年退職する場合は、通常の退職手続きを行ないます。

 なお、この場合、失業給付を受けるための離職票作成では注意が必要です。まだ雇用確保措置が導入されていないため、就業規則にその記載がない場合は、離職理由は定年扱いではなく(本人の再雇用の希望有無に関係なく)会社都合退職となります。助成金を受けている場合は、受けられなくなる等の影響を受けることがありますので注意しましょう。

〔月刊 経理WOMAN〕