知っておきたい「売掛金の時効」にまつわる法律知識
   
作成日:05/20/2008
提供元:月刊 経理WOMAN
  


時効中断の手続きから対処法まで
知っておきたい「売掛金の時効」にまつわる法律知識




 売掛金は商取引の債権なので、時効は5年と勘違いしていませんか? 民法では2年で時効になると規定されています。ただし、民法には「時効の中断」という規定があり、相手が債務の承認をしたり法的措置などの強い請求を行なった場合には、時効が中断されることになっています。売掛金を取りはぐれないために「時効」の知識をおさらいしておきましょう。

放置しておくと権利がなくなる

 日ごろのビジネスでは、売掛金がなかなか回収できない事態が時々起こります。売掛金の回収ができないというのは、要するに約束の期日までに販売代金が支払われない、ということです。

 その原因として、買い主側が単に忘れていたり、経営が悪化して支払う能力がない場合などのほか、さらに進んで破産や民事再生の申立をしていた場合、商品に欠陥などの問題があったり価格面でトラブルがあったりして、買い主が意図的に支払いを拒んでいる場合などが考えられます。理由はともかく、支払いがない以上は「回収できない」という状態になります。

 このような、本来支払われるべき代金の回収ができない状態は、長期間放置することはできません。なぜなら「時効」という制度があり、一定期間支払いがないまま後述の「時効中断措置」をとらないと、債権(売掛金を請求する権利)が消滅してしまうからです。

 民法上、一般的な債権の消滅時効は支払いを請求できる日から10年と定められています。また、商法では商取引に関連する債権の時効は5年と定められています。

 さらに民法には「短期消滅時効」という制度があり、日常頻繁に発生するような債権については短期間に処理すべきという前提で、いく種類かの債権について短い時効期間を定めています。商品売買の代金もこの短期消滅時効の債権に含まれており、2年間権利を行使しないと消滅してしまいます。

 ちなみに病院の代金は3年、弁護士の報酬は2年、運送賃、ホテルやレストランの料金、芸能人の報酬などは1年の短期消滅時効が定められています。


時効の中断とは?

 しかし時効とは、何も権利を行使しないまま放置していたときに債権が消滅する制度であり、権利を行使していれば消滅しません。ただ、権利行使といってもいろいろな方法があり、何をもって権利行使をしたかが不明確となるため、民法では権利行使をしたと認める場合を限定して定めています。少し専門的な言葉になりますが、これを「時効中断事由」といいます。

 時効中断事由は1)裁判上の請求(訴訟を提起すること)、2)支払督促の申立、3)民事調停等の申立、4)破産・民事再生・会社更生手続きへの参加、5)差押え・仮差押え、6)債務の承認、があり、さらに6ヵ月間だけ債務消滅を免れるものとして7)催告があります。

 それぞれについて説明しましょう。

1)裁判上の請求

 まず裁判上の請求では、訴訟を提起すれば、その裁判が何年かかっても、その期間中、時効は進行しません。そして判決が出れば、短期消滅時効ではなく判決による債権として10年間の時効期間となります。

2)支払督促の申立

 支払督促は、簡易裁判所に申し立てるもので、とくに理由を付けずに売掛金があること、支払って欲しいことを裁判所に申し立て、代金を支払わない側に裁判所からこれを通知する制度です。

 裁判所は理由の審査をしませんから、単に仲介役のような形で通知をするのですが、これに対して相手が何の対応もせずに放置すると、債務を認めたのと同じことになり、判決と同じ効果が得られます。相手が対応をすれば通常の裁判に移行します。

 つまり、いずれにせよ裁判と同様の時効中断の効果を得ることができるのです。本格的な訴訟は弁護士に依頼しないと難しいですが、支払督促であれば市販の説明本を参考にすれば特別な法的知識がなくても十分に作成できます。ただし相手がこれに対応してきた場合は訴訟に移行するので、その時点で弁護士が必要になってきます。

3)民事調停等の申立

 調停等の申立は、民事調停等を簡易裁判所に申し立てるものです。裁判よりも申立書に書く内容が格段に少なく、ほとんどは調停の際に調停委員に口頭で説明すればよいので、弁護士に依頼しなくても申立が十分可能です。

 ただし、この調停には相手に出頭の義務がありません。裁判の場合は呼出しに応じないと、相手の主張を全部認めたことになって敗訴しますから、請求をする側はそれで判決による時効中断を得ることができます。しかし調停は出頭義務がないので、その場合は「不調」といって、何の判断もできずに終了した、ということになってしまいます。

 そのため、調停不調の場合は1ヵ月以内に訴訟等のほかの時効中断事由を行使しないと、調停申立によって中断した時効中断の効果が継続しないことになります。

 具体的には、売掛金支払日から1年11ヵ月経過した時点で調停申立をし、時効を中断しても、相手が出頭せず2年1ヵ月後の時点で不調になってしまった場合、1ヵ月以内に訴訟などを起こさないと中断の効果を維持できず、2年間の時効期間が満了してしまう、ということになります。この点は注意が必要です。

4)破産・民事再生・会社更生手続きへの参加

 破産等の手続き参加は、お金を払わない債務者が破産や民事再生になった場合に放置せず、適切に債権届出をして手続きに参加することを意味します。

 ただ、相手が破産してしまうと売掛金は破産管財人が会社財産を精算して配当できる範囲内しか回収できません。民事再生の場合でも、債務を大きく削減して一部だけを弁済し、何とか会社を破産させないようにするケースがほとんどですので、満額の回収は期待できなくなります。これも債権の届出だけですから、弁護士は必要ありません。

5)差押え・仮差押え

 差押え・仮差押えは、お金を払わない相手の財産に対して行ないます。ただ、差押えというのは裁判の判決や民事調停調書、公正証書など、公的に強制執行が認められる権利を持っている場合にのみ行なうことができます。

 不動産については競売の申立、相手の預貯金などについては差押え命令を取って直接取り立てることができます。

 差押えについては、ちょっと難しいですが、内容が複雑なわけではなく、必要書類を集めたり書式を整えたりするのが難しいだけですから、市販の本を参考に弁護士に頼まず自分でやることも可能です。

 仮差押えは、このような公的な権利を持っていない場合でも自分の売掛金債権を裁判所に証明し、直ちに押さえなければ財産が流出する危険性を裁判所が認めた場合にのみ、裁判所から命令を出してもらえる制度です。

 多くの場合は、これから裁判を起こすにあたって、相手が裁判中に財産を隠したりしないように、先に財産を仮に押さえておき、裁判で勝訴したらそれに前述の差押えをして回収を図る、という使い方をします。

 ただし仮差押えは、申立の理由をキチンと書かないと通りませんし、東京や横浜・千葉・埼玉では全件面接といってすべての件について裁判官と面接して事情説明をしなければなりません。ですから、これについては弁護士を依頼しないと事実上難しいでしょう。

6)債務の承認

 債務の承認は、要するに支払い義務のある者が自分の支払い義務を認めればよいのですが、あとで時効が完成したかどうかが争いになった場合に備え、明確な日時を記載した書面に、「○○の代金○○円の支払い義務があることを認めます」などと書いてもらい、会社の実印を押してもらって、書面作成日直前に取った印鑑証明書を添付してもらうと良いと思います。

 これは弁護士に依頼する必要はありません。このような書面を取っておくと、単に時効中断だけでなく、その後に支払い請求の裁判をする場合にも非常に有効です。

7)催告

 最後に催告ですが、これは完全に時効を中断するものではなく、一時的に6ヵ月間だけ延長する効果のみがあります。時効期間の直前で時効に気づいた場合などに、とりあえず催告、つまり請求をしておけば、6ヵ月間猶予が与えられる点に意味があります。

 この催告にはとくに書式はありません。ただやはり6ヵ月という期間が限られたものですから、催告を出した日時を明確にする必要があります。そのために、内容証明郵便を用いるのが一般的です。

 文書の内容は、「○月○日取引した○○の代金○○円が未払いなので払ってください」という程度の簡単なもので大丈夫です。


時効中断の効果とは

 時効が中断されると、中断の日の翌日から再び時効期間が進行します。債務承認の書面を取ったときなどが典型的です。再び進行する時効の期間は前と同じで、売掛金なら2年です。このような承認書による時効中断は何回でもできます。

 訴訟を起こした場合、訴訟継続中は中断の効果が持続し、判決が出て確定したときから再び時効が進行します。この場合には判決による債権となり、時効期間は10年に延びます。この10年の時効を再び中断することも可能ですが、裁判で確定した以上、再び裁判を起こすことはできないので、今度は判決を用いて差押えをしていくことになります。

 このように、理論的には最終的な支払いが完了するまで、債権の時効を中断しながら回収を図ることができるようになっていますが、とくに短期消滅時効の場合、うっかり放置しているとすぐに時効になってしまいます。

 決算時は時効にかかりそうな売掛債権を発見する良い機会です。決算に際しては、売掛債権の金額だけでなく、(本来の)支払予定日を必ずチェックし、2年に近づいていたら、直ちに中断措置を取るべきでしょう。

 ところで、時効が完成してしまったら売掛債権は消滅することになりますが、じつは自動的に消滅するわけではありません。時効は「援用」といって、金銭を支払うべき者が「この債権は時効にかかっているので払いません」という意思表示をしてはじめて活用され、売掛債権が消滅することになるからです。

 したがって、時効期間経過後でも、一応、売掛先に請求を出し、相手が時効を援用したら債権が消滅したものとし、援用せずに支払う意思を示してきたら、債務承認の書面を取っておくべきでしょう。裁判例では、債務者が一度債務承認をしたあとは、改めて時効を援用することができない、としたものがあります。

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 時効の管理にはうっかりミスが多いものです。そこで金融機関では、債権をデータ化する際に必ず時効期間満了日を書き込んで、その日に近づくと通知が出るようなシステムを取っているようです。

 中小企業でそこまでシステム化することは難しいと思いますが、少なくとも個別の売掛債権を帳簿に記載する際に、時効期間満了日を記載するなどの工夫をすれば、多くの場合、時効を回避できるのではないでしょうか。

〔月刊 経理WOMAN〕