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IV 事案によるケーススタディ |
ケーススタディ |
「『認知に係る価額支払判決の確定』を理由として相続税法32条2号の規定による更正の請求をすることはできないとされた事例」 第一審:東京地裁平成13年5月25日判決(全部認容) 控訴審:東京高裁平成14年11月27日判決(棄却)
原告(控訴審の被控訴人)Aの父Bは昭和63年9月18日に死亡し、Bの嫡出子であるCら3名は平成元年2月28日に遺産分割を行い、各遺産を取得、同年3月29日に相続税の申告書を提出した。 非嫡出子であるAは、平成元年12月25日にAがBの子であることの認知判決の言渡しを受け、同判決は平成2年1月9日に確定した。AはCらに対して、民法第910条に基づく遺産分割に代わる価額金の支払いを求める訴えを提起し、平成8年11月26日、CらがAに対し各自1585万1399円および遅延損害金を支払うよう命じる判決がなされた。 平成9年2月24日、CらはAに対し価額金の支払いを行い、同年3月21日、この支払いにより申告相続税額が過大となったとして、相続税法第32条第二号に基づき、更正の請求を行った。被告(控訴審の控訴人)D税務署長は、同年6月3日、この更正の請求に基づき、Cらの相続税について、減額の更正をした。 被告は、平成10年1月27日付けで、Aに対して、相続税法第35条第3項に基づき、課税価格4755万4000円、納付すべき税額を1810万1900円とする決定処分(以下、「本件決定」という)をした。 Aは、本件決定を不服とし、適法な不服申立てを経て、平成11年8月16日、本件決定処分の取消しを求めて提訴した。
本件の争点は、Cらのした更正の請求が、相続税法第32条所定の期間内にされたものか否か、すなわち、相続税法第32条第二号の「民法第787条(認知の訴え)の規定による認知により相続人に異動を生じたこと」との規定は、原告が主張するように、文言通り、認知判決が確定し民法第910条に規定する価額請求権を有することとなったときのみを指すのか、または、被告が主張するように、価額金の支払額が具体的に確定したときも含んでいるのかという点である。 〔原告の主張〕 原告は、租税法律主義に則り文言通り解釈すべきとの姿勢で、次のように主張した。
〔被告の主張〕 これに対し、被告は、主として課税上の弊害を挙げて、次のように主張した。
1 東京地裁(藤山判決) 一審において、藤山雅行裁判長は、次のように判示して、納税者の主張を認容した。 (1)結 論 認知の裁判が確定した日において、被認知者は、価額支払請求権を取得しており、その価額の相続財産全体に占める割合はすでに確定しているのであるから、その割合を基礎として、納付すべき税額を計算して、申告すべきものである。 その時点において、価額支払請求権の内容に争いがあり、その係争をめぐる判決等において当初の申告等における計算の基礎となった事実が異なることとなったときは、被認知者および他の共同相続人は、当該判決等の確定の日の翌日から起算して2か月以内に、国税通則法第23条第2項第一号に基づき、更正の請求をすることができるのである。 (2)被告の主張に対する反論
2 東京高裁(濱野判決) 控訴審でも、租税法律主義の原則から文言を忠実に解釈すべきとし、次のように判示して、原判決を維持した。 租税法規については、租税法律主義の見地から、納税義務者の不利益になる場合と利益になる場合とを問わず、文理から乖離した拡張解釈をすることには慎重であるべきことが要請されている。民法第787条の規定による認知に関する裁判の確定という文言に被認知者による民法第910条の価額支払請求権の行使あるいは被認知者以外の共同相続人による価額金の支払が含まれると解することは、文理上の乖離があまりにも大きいというべきである。 相続税法第32条所定の期間の経過後に被認知者の価額支払請求権が行使され、他の共同相続人が価額金の支払をした場合の相続税額の過大を是正する方法は、国税通則法第23条第2項第一号の更正の請求以外にはなく、被認知者に対する課税漏れが生じるが、それらは立法問題として解決されるべきものである。
本判決は、単に納税者勝訴が確定した判決であるというだけでなく、判決において立法の不備を指摘された課税庁側が、すみやかに法令改正を行ったという点において、極めてまれな、また、非常に大きな意味を持つ判決である。 東京高裁の判決の確定を受けて、平成15年税制改正により、相続税法第32条第五号が改正(内容としては新設)され、相続税法第32条第一号から第四号に規定する事由に準ずるものとして、次の事由が追加されることとなった(相続税法施行令第8条第二号)。
この改正により、平成15年以降は、本件のような事案が発生した場合、価額金を支払った納税者については、相続税法32条第五号による更正の請求を行うことが可能となった。そして、課税庁は、当該更正の請求に基づいて減額更正を行うと同時に、価額金を受領した納税者に対して、相続税法第35条第3項による更正または決定を行うことが可能となった。ただし、相続税法第32条第二号の規定はそのまま残されたため、実務上、認知判決の確定(a)と価額支払判決の確定時(b))のいずれにおいて更正の請求を行えばよいかという問題が生じる。 これについては、改正に合わせて新設された相続税基本通達32−3において、原則としては(a)と(b)それぞれにおいて更正の請求を行う必要があるが、(b)において一括して更正の請求を行った場合でも、各々期限内請求があったものとして取り扱うとされている。また、(a)と(b)それぞれにおいて、判決確定より2月以内であれば、国税通則法に基づく更正の請求も理論上可能ではあるが、相続税法第32条は、国税通則法第23条第2項の特別規定であるという関係から、「国税通則法第23条に該当するとしてなされた更正の請求であっても、相続税法第32条の規定に該当することとなれば、同条の規定による更正の請求と位置づけられることとなる」旨が、平成15年8月8日付けで平成15年度の「相続税・贈与税の改正のあらまし(情報)」として公にされ、課税庁の取扱いが明らかになっている。 なお、本件の改正に併せて、相続税法第32条第三号の遺留分の減殺請求についても、「減殺の請求があったこと」(改正前)とはいつの時点かを明らかにするため、「減殺の請求に基づき返還すべき、または弁償すべき額が確定したこと」(改正後)のように、厳密な記載に改められた。 本判決は、租税要件明確主義を厳格に適用し、課税庁による文言の拡大解釈を厳しく批判した、画期的な判決といえるだろう。 |