目次 I-10


10 推計課税と要件事実


Question  白色申告者が推計課税による更正処分を受けた場合の税務訴訟における、その訴訟物と要件事実について教えてください。
ポイント

 所得の実額を捕捉できない事業者について、間接的な資料によって所得を認定して更正又は決定を行うことがあり、これを推計課税という。
 課税庁が推計課税の必要性及び合理性を立証すれば、納税者は実額により立証することとなるが、これを実額反証という。
 要件事実論からは、推計課税の性格をどのようにとらえるかによって結論が異なる。




Answer

1 推計課税

 申告された又は無申告の所得税や法人税の課税標準等に対して税務署長が更正又は決定をするに当たっては、所得等の実額によることを原則としていますが(国通法24、25)、所得を納税者の資料により捕捉できない場合には推計課税が行われます(所法156、法法131)。推計課税とは、所得税や法人税について更正又は決定をする場合には、その者の財産の状況や債務の増減、収支状況、生産量などの間接的な資料から所得を認定して更正又は決定を行うことです。

 課税庁が推計課税による更正又は決定をするためには、推計課税の方法によらなければ所得を算出できないという「推計の必要性」が認められるとともに、採用した推計計算について「推計の合理性」を課税庁が立証する必要があります。

 これに対する納税者側の対抗措置としては、課税庁が計算した推計額が、実額により計算した課税標準額及び税額と異なることを主張・立証することになります。推計課税の要件事実に与える影響は、推計課税と実額課税との関係をどのように把握するかによって異なってきます。


2 推計課税の法的性質

 推計課税の法的性質を実額課税との関係でどのように説明するかによって、大江忠弁護士はその著書のなかで「推計課税は実額課税の事実上の推定に位置する」という同一説と、「推計課税はそれ自体独立した一つの課税方式である」とする別個説、「実額課税とは別個独立の課税要件を定めた」とする別世界説とに分かれると説明しています。このうち、同一説及び別個説においては実額反証が認められますが、別世界説によれば実額反証が認められないことに注意する必要があります。


3 推計課税と要件事実との関係

 推計課税の法的性質をどのようにとるかで、要件事実論への関わりも変わってきますが、ここでは同一説に立って説明していきます。

 まず、推計課税の場合における訴訟物は「更正処分の違法性」です。

 同一説では、推計課税は信頼し得る調査を欠くため実額調査ができない場合に、適切な推計の方法をもって所得金額を算定する「事実上の推定」と理解します。これに対して別個説では、実額課税と異なる別個の課税方法であるとします。別個説において推計課税は、実額課税をすることができない場合に、税負担の公平性の見地から補充的に適用される代替措置ですから、被告に推計の必要性及び推計の必要性を基礎付ける事実の主張・立証が要求されると解されます。実額課税が伝票類や帳簿書類などの直接資料を使って課税標準を算出するのに対し、同一説では、伝票類や帳簿書類以外の間接資料によって算出するにすぎないことから、真実の所得がいくらかということが問題視されます。

 そして、推計課税は、真実の所得についての「事実上の推定」に位置付けられることなります。つまり、推計の必要性と推計の合理性が認められれば、特段の反証がない限り、推計の方法によって算出される課税標準等の額が真実の課税標準等の額に合致するものと事実上推定されるわけです。

 その結果、実額反証は推計課税の抗弁に対する間接反証になります。

 

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