目次 I-7


 2 税務訴訟と要件事実


7 処分理由の差し替えの可否


Question  要件事実論とはどのようなものでしょうか。審査請求、訴訟の審理過程において原処分の理由とされた課税要件事実が存しなくなった場合に、処分理由の差し替えが認められるかどうか教えてください。
ポイント

 「処分理由の差し替えが認められるかどうか」の論点は「総額主義」と「争点主義」といわれるものである。
 「総額主義」によれば処分理由の差し替えが認められ、「争点主義」によれば処分理由の差し替えは認められない。
 白色申告の場合には処分理由の差し替えが認められている。
 青色申告の場合、処分理由の差し替えについて判例は分かれている。




Answer

1 総額主義と争点主義

 課税庁の行政処分に対して審査請求・税務訴訟の審理過程を経るのですが、その過程において原処分の理由とされた課税要件事実が存在しないことが判明することがあります。この場合であっても、処分庁にはその処分の適法性を維持して、別の課税要件事実を提出して原処分の不備を取り繕いたいという欲求があります。そもそも、このような処分理由の差し替えができるのかどうかが問題です。これは租税争訟の対象ないし税務訴訟の訴訟物と密接な関係を持っており、総額主義と争点主義といわれる論点です。

 総額主義は、確定処分に対する争訟の対象はこれによって確定された税額の適否であるとする見解で、審査請求の審理又は訴訟における口頭弁論の終結時までにおいて処分理由の差し替えは原則として自由にできるとされます。

 総額主義の考え方は、「取消訴訟の訴訟物は行政処分の違法性一般であるとする行政法の通説、更には、租税確定処分における取消訴訟はその実質においては租税債務の不存在確認訴訟に他ならないとする見解に沿ったもの」(金子宏「租税法第9版増補版」より)です。

 これに対し争点主義とは、確定処分に対する争訟の対象は主文理由との関係における税額の適否であるとする見解で、処分理由の差し替えは原則として認められないことになります。なお、国税不服審判所では争点主義的運営が基本方針とされているといわれています。


2 申告内容により異なる考え方

 更正処分に際して理由の付記が求められない白色申告においては総額主義の考え方が採られ、審査請求の場合、取消訴訟の場合を問わず、理由の差し替えが認められています。

 問題となるのは、更正処分に際して理由の付記が求められる青色申告の場合です。そもそも理由の差し替えを自由に認めると、理由付記なしに更正処分を認めたのと同様の結果となり、せっかく課税庁に理由付記を求めて納税者の手続保障原則を認めた法の趣旨がないがしろになりかねません。

 また、租税処分に対する取消訴訟には不服申立前置主義が要求され、裁判所の負担を小さくするため、不服申立て段階で事実上・法律上の争点を整理することになっていますが、理由の差し替えが無条件に認められると、不服申立前置主義の趣旨がないがしろにされる結果となります。

 すなわち、理由の差し替えは手続保障原則の観点から問題があり、その可否については争いのあるところです。

 そこで理由の変更について、一般的な結論は留保した上で、「当該事案における追加的主張は、被処分者に『格別の不利益を与えるものではないから』許される」として、理由の差し替えを認めた判例(昭和56年7月14日最高裁)のほか、納税者に格別の不利益を与えない場合という限定付きで認めた判例(平成10年10月28日大阪地裁)があります。また、理由の差し替えを一切認めないとする判例(昭和43年6月27日大阪高裁、昭和55年9月29日東京地裁)もあります。

 

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