目次 I-1


 I 要件事実論の基礎


 1 要件事実論の基礎


1 要件事実論とは


Question  要件事実論とはどのようなものでしょうか。
ポイント

 民法、商法、所得税法や法人税法のような実体法では、事実の存在が証明できない場合にどのように条文を適用するのか不明である。
 事実の証明についての基準を考えるのが「要件事実論」である。
 要件事実論により再構成した実体法が「裁判規範としての法律」となり、訴訟に当たっての重要な拠り所となる。




Answer

1 問題の所在

 民事上の紛争が生じた場合、裁判官は、紛争当事者から出された主張に対して民法や商法などの実体法に照らして判断し、判決を下すことにより解決することになります。ここでいう実体法とは、紛争を解決するに際して人々の権利義務を判断するために照らしてみる法律のことを指します。すなわち、実体法とは裁判官が訴訟に当たって判断を下すための基準となるわけです。

 ところが、実体法の規定では、必ずしも裁判においてどのように適用されるかが明確ではありません。すなわち、民法をはじめとする実体法の条文は、特定の事実があったときは特定の法律効果が生じるというような規定のしかたをしています。しかし、裁判において誰がどのような事実を立証すれば特定の法律効果の発生を主張でき、あるいはどのような事実を立証すれば法律効果が発生しないことを主張できるかまでを規定しているわけではないのです。

 このことは、裁判の結果を直接左右します。なぜなら、ある者がある事実を立証すべき場合(これを「立証責任」といいます。)に、その事実の立証ができなければ、その事実は裁判上存在しないものとして取り扱われるからです。

 したがって、実体法の規定を、誰がどのような事実について立証責任を負うかという観点から構成し直す必要があります。これが要件事実論の必要性です。


2 事実の証明についての二側面

 で述べたように要件事実論においては、実体法について事実の証明という観点から改めて考えることとなります。
 民法においては、事実の証明について二通りの規定のしかたをしているものがあります。例えば、民法709条(不法行為責任)の場合のように条文どおりの形で事実の証明を考えればよいものと、民法415条(債務不履行責任)の場合のように条文とは反対の形で証明の対象となる事実を考えるものです。

 すなわち、民法415条では、債務者の責任に帰すべき事由があって履行できない場合には損害賠償責任を負う旨規定されていますが、事実の証明を念頭に置いてこの条文を考えると、「履行ができなかったときは、債務者は損害賠償責任がある。ただし、それが債務者の責任に帰すことができない事由に基づく場合はこの限りでない」というように考え、但書きの事由があったことが証明されない限り損害賠償責任があるとみることができるわけです。したがって、実体法については民法709条のように条文どおりに証明を考えるものと、民法415条のように条文とは反対の形から証明の対象となる事実を考えるものの二類型があることになります。どのような場合にどちらの類型を適用すべきかについて基準が必要なわけで、これが要件事実論です。

 要件事実論を踏まえた実体法は、事実の証明についての要件を踏まえたものですから、「裁判規範としての法律」となり得ます。すなわち、事実関係を考察したとき、どのような事実が法律的解決に関係あるのかないのか、これらの事実をどちらが立証すべきについての判断を与えてくれることになります。

 

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