I−7 |
7 取締役の義務と責任 |
1 取締役の義務 (1) 一般的義務 会社と取締役とは委任関係にあるため、取締役は一般的義務として、善良なる管理者としての注意をもって職務を行う義務、すなわち善管注意義務を負います(民644)。善管注意義務とはその者が具体的にもっている能力や注意力にかかわらず、その者の職業、その属する社会的、経済的地位等において一般に要求される程度の注意であって、その者の能力に応じた注意とは異なるものです。 さらに、取締役は法令および定款の規定ならびに株主総会の決議を遵守して、会社のため忠実にその職務を遂行する義務、すなわち忠実義務を負います(会355)。 善管注意義務と忠実義務との関係は、通説によると、忠実義務は善管者の注意義務を会社について具体的かつ注意的に規定したもので、両者は表現が異なるだけで内容的には特別な差異はないとされています。 (2) 競業避止義務 取締役が自己または第三者のために会社の事業の部類に属する取引をするには、取締役会においてその取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けることを要します(会356i、365)。その立法趣旨は、取締役が自己または第三者のために、会社の事業の部類に属する取引をすることは会社の利益を害するおそれがあるので、これを防止しようとするものです。 (3) 利益相反取引回避義務 取締役が会社の製品その他の財産を譲受け、会社に対し自己の製品その他の財産を譲渡し、会社より金銭の貸付を受けその他自己または第三者のために会社と取引をするためには取締役会の承認を受けることが必要です(会356ii、365)。 さらに、取締役の債務を保証し、その他取締役以外のものとの間において会社と取締役との利益が相反する取引をするときも同様です(会356iii、365)。 この規定は、取締役が会社自体との取引を自由に行えると、会社の犠牲において自己または第三者の利益を優先させるおそれがあるので、そのような取引自体を禁止するものではないが、取引をする場合には、取締役会の承認を要す ることにしたものです。 2 取締役の責任 (1) 会社に対する賠償責任 会社と取締役は委任関係にあり、一般的な善管注意および忠実義務を負っていますので、この2つの義務に違反し会社に損害を与えた場合には、債務不履行の一般原則により、会社に対しその損害を賠償しなければなりません(民415)。しかし、取締役の地位が強化されてきており、この一般原則だけでは十分とは言えません。外国においても取締役の責任を加重する傾向にあるなか、わが国においても取締役の権限の濫用防止のため、次の個別の責任を取締役に課したものです。なお、取締役は会社に対して連帯して賠償する責任があります(会430)。会社法では、取締役の責任を生じさせた行為が取締役会決議に基づくものである場合に、その決議に賛成した取締役も当該行為を行ったものとみなすという旧商法の規定は削除され、賛成という判断について十分な善管注 意義務を尽くしたかという点から責任が問われることになりました。
|
[1] | 違法配当の議案の提出 |
違法な剰余金の配当がなされた場合には、会社または債権者は違法配当金を受領した株主に対して返還請求することができます。しかし、多数の株主に返還請求の訴訟を提起することは訴訟手続や費用の点からも実際上困難であり、結局会社は違法配当に相当する損失を受けることになります。そこで、取締役に連帯責任を負わせ、会社の資本維持を図ろうとするものです。 違法な剰余金の配当に関する職務を行った業務執行取締役または執行役および所定の議案提案取締役または執行役は、会社に対して交付した金銭等の帳簿価額に相当する金額の賠償責任を負います(会462)。 |
|
[2] | 株主権の行使に関する利益供与 |
昭和56年改正の旧商法は、総会屋の撲滅を目的として、会社は、誰に対してでも、株主の権利の行使に関して財産上の利益を供与することを禁止する規定を設けました。したがって、これに違反して財産上の供与がなされたときには、その供与を受けたものは会社にこれを返還しなければなりませんが、実際上その実現は容易ではありません。そこで、この返還義務について、当該財産上の利益供与をした取締役およびそれが取締役会の決議に基づいて行われた場合は、決議に賛成した取締役および議案を提案した取締役に対して連帯して弁済する共同責任を認めたものです。 当該利益を供与した取締役は無過失責任ですが、それ以外の関与した取締役はその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合には、責任を負いません(会120)。 |
|
[3] | 利益相反取引 |
これは、取締役が会社法356条1項2号の規定を遵守し取締役会の承認を得て自己取引した場合の規定です。たとえ取締役会の承認を得て自己取引したとしても、結果的に取締役の責任不履行などにより会社が損害を被ることがあります。このような場合には、その取引をした取締役のみならず、当該取引を承認した取締役に対しても連帯してその損害を賠償する責任を負わせたものです(会423)。 |
|
[4] | 任務懈怠責任 |
旧商法の下では、委員会設置会社以外の会社について法令・定款違反行為に係る責任が規定されていましたが、会社法では、機関設計にかかわらず任務懈怠責任として整理されました。これは、取締役は会社と委任関係にあるため、善管注意義務・忠実義務を負っていますが、その任務を怠ったことにより会社に損害を与えた場合に責任を負うものです。この場合、他の取締役も損害賠償責任を負うときには、連帯責任となります(会430)。 |
(2) 第三者に対する損害賠償責任 取締役がその職務を行うにあたり、悪意または重大な過失があるときは、その取締役は第三者に対しても連帯して損害賠償をしなければなりません(会429)。 取締役は会社とは委任関係にあり、上記(1)のとおり、取締役は会社に対しては善管注意義務、忠実義務および個別の賠償義務がありますが、第三者に対しては特別の関係を有しません。したがって、取締役がその任務懈怠により第三者に損害を被らせたとしても、不法行為である場合以外は、当然に損害賠償の責めを負うものではありません。 しかし、取締役の職務執行は第三者との間において重要な影響を与える場合があり、不法行為の規定のみでは不十分であるので、取締役の第三者に対する責任を規定したものです。ただし、取締役は広範な職務執行を要し、過度な責任を求められるものではないため、悪意または重過失の場合に取締役の責任を 限定しています。 (3) 株主代表訴訟 取締役の会社に対する責任は本来、会社がその責任を追及すべきですが、会社がその追及をしない場合、個々の株主が会社に代わって会社のために取締役の責任を追及することができます。これが株主代表訴訟で、この訴訟を提起できるのは6カ月(定款で短縮可)以上引き続き株式を有する株主です(会847)。 株主は一律13,000円の手数料で代表訴訟を提起することができるようになりました。これにより株主は株主としての権利を行使し、代表訴訟を提起しやすい基盤が確保されました。 ただし、会社法においては、責任追及等の訴えが当該株主もしくは第三者の不正な利益を図り、または、当該株式会社に損害を加えることを目的とする場合には、その訴えは却下されることになりました。 (4) 取締役の責任の軽減 上記(3)により代表訴訟を起こしやすい素地ができ、代表訴訟が増加するとともに、取締役の責任の限度額がなく、個人の支払能力や報酬から大きく乖離した高額の請求および判決が行われるようになったため、経営が萎縮し、取締役が積極的な職務執行を行えなくなるといった弊害も発生してきました。 この弊害を解消すべく、平成13年の旧商法改正で取締役の責任を軽減する規定が設けられました。すなわち、任務懈怠に関する取締役の会社に対する責任は、善意にして重過失がない場合に限り、一定の手続により軽減できることとなりました(会425)。 |
[1] | 最低責任限度額 | |||||||||||||||
各取締役が負うべき最低責任限度額は、退職慰労金を含む職務執行の対価(使用人兼務分を含む)の2年から6年分とストックオプション行使による利益の合計額で、以下のA、Bの合計額として計算されます(会425、会規113、114)。 |
||||||||||||||||
A | 以下のイ、ロの合計額に、aからcに掲げる区分に応じた数を乗じた額 |
|||||||||||||||
イ | 取締役がその在職中に報酬、賞与その他の職務執行の対価(執行役または使用人を兼務している場合、その執行役または使用人の報酬、賞与その他の職務執行の対価を含む)として会社から受け、または受けるべき財産上の利益(下記ロを除く)の額の事業年度(注)ごとの合計額(その事業年度の期間が1年でない場合は、1年当たりの額に換算した額)のうち最も高い額 |
|||||||||||||||
(注 )a | 取締役の会社に対する責任免除の株主総会決議を行った場合は、その株主総会の決議の日を含む事業年度およびその前の事業年度 |
|||||||||||||||
b | 取締役会決議などによって責任免除する定款の定めに基づいて責任を免除する旨の同意を行った場合は、その同意のあった日を含む事業年度およびその前の事業年度 |
|||||||||||||||
c | 責任限定契約を締結した場合は、責任の原因となる事実が生じた日(2以上の日がある場合は、最も遅い日)を含む事業年度およびその前の事業年度 |
|||||||||||||||
ロ | i をiiで除した額
|
|||||||||||||||
B | 取締役が会社の新株予約権を有利な条件(会238)で引き受けた場合における財産上の利益に相当する額であり、以下のイまたはロの額となる。 |
|||||||||||||||
イ | 取締役が就任後に新株予約権(職務執行の対価として会社から受けたものを除く)を行使した場合 新株予約権の行使時における時価から新株予約権の行使に際して出資される財産の価額および払込金額(募集新株予約権1個と引換えに払い込む金銭の額)を控除した額 |
|||||||||||||||
ロ | 取締役が就任後に新株予約権を譲渡した場合 譲渡価額から払込金額を控除した額 |
|||||||||||||||
[2] | 手続 | |||||||||||||||
取締役の責任を軽減するには、次の3とおりの手続があります。
〈イの手続について〉 事後的に株主総会において、次の事項を開示し、特別決議を得る方法です(会425、309viii)。 (イ) 責任の原因となる事項および賠償責任額 (ロ) 免除を受けられる限度額およびその算定根拠 (ハ) 責任を免除すべき理由および免除額 〈ロの手続について〉 あらかじめ定款で一定の場合に取締役の責任を取締役会決議をもって軽減できる旨を定めておく方法です(会426) 〈ハの手続について〉 会社は定款で社外取締役と責任を軽減する契約を締結できる旨および責任の限度額を規定し、社外取締役と賠償責任を限定する旨の契約を締結することができます(会427)。この場合責任の限度額は、予め定款で定めた額と[1]の最低責任限度額とのいずれか高い額です。 |