目次 1.1.1


1.1.1 宗教法人の納税の義務と納税者としての権利

ポイント
 宗教法人は納税者として、憲法や税法のもとで納税義務の履行を求められると同時に、一定の権利を有しています。一方、課税庁は、税法にしたがい課税権限の行使をし、その権限の行使にあたっては、納税者の権利を尊重するように求められます。
 納税義務や納税者の権利は、憲法の租税法律主義、租税条例主義などを基本に決めることになっています。また、税法は、大きく実体税法(租税実体法)と手続税法(租税手続法)に分かれます。納税者の納税義務の履行と手続上の権利、課税庁の課税権限の行使と納税者の権利尊重のあり方は、手続税法(租税手続法)に大きく関係する課題です。


◎宗教法人の納税の義務と納税者としての権利

 宗教法人は、「宗教的側面」ないし「聖」の面と、「世俗的側面」ないし「俗」の面をあわせ持った法人です。わが国では宗教活動非課税制を採っています。これは、宗教活動に係る各種税法上の非課税措置は、政教分離の原則、聖俗分離の原則を典拠としていると解されます。つまり、宗教法人の「聖」の面、すなわち宗教活動に対する課税というかたちでの公権力行使が抑制されるべきである、とされることが理由です。このように、世俗の課税権の行使はあくまでも宗教法人の「俗」の面に限定されているわけです。

 宗教法人は、もっぱら宗教活動を行っている場合であっても、「俗」の面において、国税では源泉所得税などの納税義務を、地方税では住民税の特別徴収義務などを負います。加えて収益事業を行う宗教法人は、国税では法人税や消費税など、地方税では住民税や固定資産税などの納税義務を負います。宗教法人は、こうした法律に基づいた納税義務をしっかり果たすように求められます。一方、課税庁は、宗教法人がこうした納税義務を履行しているかどうかを確認する手段として、税法により「税務調査」をする権限が与えられています。ただ、学問上“税法は権利侵害規範”であるとされ、課税庁は憲法の租税法律主義の原則などのもと、税法令に従って手続を尽くし、納税者の権利を護ったうえで課税権を行使するように求められます。

 納税者の納税義務の履行と手続上の権利、課税庁の課税権限の行使と納税者の権利尊重は、バランスを保つことが難しい場合も少なくありません。このバランスについては、常に憲法の定めるところにしたがい精査される必要があります。


◎納税義務

 国民が国に租税を納付する義務を「納税義務」といいます。納税義務は、教育の義務(憲法26丸数字2)、勤労の義務(憲法27丸数字1)と並んで憲法上の三大義務の一つです。

 憲法30条は、「納税の義務」という標題で「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」と定めています。この規定により、宗教法人は国に租税を納付する義務を負うこととなります。しかし、「法律の定めるところにより」という条件が付されていることにより、納税義務の限界についても明示していると考えられます。したがって、法律の定めがなければ納税の義務を負うことはありません。


◎租税法律主義とは

 憲法は、租税に関する直接的な規定として、30条の他に「課税」という標題で「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする」(憲法84)と定めています。これらの規定が租税法律主義の根拠になっています(最判昭60.3.27・判時1149号30頁)。

 租税法律主義の原則とは、租税は公共サービスの資金を調達するために国民の財産の一部を国家の手に移すものであるから、租税の賦課・徴収は必ず法律の根拠に基づいて行われなければならないというルールです。つまり税法とは、おカネのかたち(貨幣形態)で国民の財産を侵害する規範(権利侵害規範)であるから、国民の代表者で構成する国会で定められた法律の根拠に基づくことなしには、国家は租税を賦課・徴収することはできず、国民は租税の納付を要求されることはないということです。

 したがって、この租税法律主義の原則により、租税に関する重要な事項については、すべて法律で定めなければならないということになります。租税に関する重要な事項としては、納税義務者、課税物件、課税標準、税率など納税義務が成立するための課税要件の他に、租税の申告、納付、課税処分、滞納処分の手続が含まれます。

 なお、このような租税法律主義に対する例外として、地方税と関税があるといわれています。

 また、租税法律主義との関係で最も問題になるのは、命令への委任です。租税に関する事項を法律の委任に基づき命令で定めることを禁じていないとしても、一般に、個別的・具体的委任は許されますが、特に課税要件に関して概括的・包括的委任は許されないとされています。


◎租税法律主義から派生する納税者の権利保障原則

 租税法律主義の内容としては、「課税要件法定主義」、「課税要件明確主義」、「合法性の原則」、「手続的保障の原則」、「遡及立法の禁止」および「納税者の権利保護」などが挙げられます。これら租税法律主義から派生する納税者の権利保障原則は、課税庁が法律に基づかないで気まぐれに課税したり、法律に定められた手続を踏まないで税務調査を行うことを禁止することがねらいです。これにより、納税者の法的安定性や予測可能性を確保するわけです。

 憲法の租税法律主義から派生するさまざまな原則をおおまかにまとめると、次のとおりです。

●租税法律主義から派生する納税者の権利保障原則
(1) 課税要件法定主義  課税要件法定主義とは、「課税の作用は貨幣形態による国民・納税者の財産権への侵害であるから、課税要件のすべてと租税の賦課・徴収の手続は法律によって規定されなければならない」という原則です。税法を作る際の国会に対する要請です。現行の宗教法人などが行う収益事業の課否基準は広く税務通達にゆだねられており、学問的には課税要件法定主義の要請とぶつかるのではないかが問われています。

(2) 課税要件明確主義  課税要件明確主義とは、「法律またはその委任のもとに政令や省令において課税要件および租税の賦課・徴収の手続は、できるだけ詳細かつ明確に定められなければならない」とする原則です。税法を作る際の国会に対する(立法上の)要請です。したがって、税法の解釈・適用(執行)にあたり、例えば宗教法人の活動が、宗教活動か収益企業かの判定基準として「対価 対 寄附(喜捨)基準」のような概括基準または不確定概念、さらには「イコール・フッティング(equal footing/民間企業との競争条件の対等化)」論(→1.1.2)のような立法上の原則を用いることは避けられなければなりません。

(3) 合法性の原則  合法性の原則とは、「租税法は強行法であるから、課税要件が充足されている限り、租税行政庁には租税の減免の自由はなく、また租税を徴収しない自由もなく、法律で定められたとおりの税額を徴収しなければならない」という原則です。また、「課税庁は、恣意的な判断で税法を解釈・適用してはならない」という原則です。税法を執行する課税庁への要請です。したがって課税庁は、課税の範囲を広げるために、税法の拡張解釈や類推解釈をすることは許されません。例えば、宗教法人の愛玩動物(ペット)葬祭を、宗教活動としての非課税取扱いを税法の規定を拡張または類推解釈し課税することなどは、合法性の原則からして許されないと解されます。なお、個別に納税者を救済するために、不文の税法上原理としての「信義誠実の原則」が認められるべきであり、この場合には、その範囲で合法性の原則は制約を受けると解されます。

(4) 手続的保障原則  手続的保障原則とは、「租税の賦課・徴収は公権力の行使であるから、それは適正な手続で行われなければならず、また、それに対する争訟(不服申立てや税金裁判)は公正な手続で解決されなければならない」という原則です。
 この手続的保障原則は、憲法31条に保障された「適正手続の保障(法定手続の保障)【何人も、法律の定めるところによらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。】」の適用との関係が問われています。かつて憲法31条の適用は、刑事に関する手続に限定されると解されていました。しかし今日では、憲法31条は刑事手続を予定したものであるが、行政手続にも準用・類推適用すべきであるというのが判例、通説の考え方です。
 したがって、税務調査手続に関する課税庁と納税者との間での紛争に対する手続的保障原則は、憲法84条から派生するものとしてはもちろんのこと、直接憲法31条の適用の問題としてとらえることができると考えられます。

(5) 遡及立法の禁止  遡及立法の禁止(不遡及の原則)は、「租税法規は、施行以後の事実や行為にのみ適用され、遡及して適用してはならない」という原則です。この原則は、納税者の不利益を防止するためのものですから、過去の事実や取引から生ずる租税債務の内容を納税者の利益に変更することは許されると解されています。

(6) 納税者の権利保護  納税者の権利保護とは、特に租税争訟に関連して違法な租税の確定または徴収が行われた場合に、納税者がそれを争い、その権利保護を求めることが保障されていなければならないということです。


◎地方自治体の課税権

 憲法は、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める。」(憲法92条)と定めています。さらに、「地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる」(憲法94条)と定めています。

 これは、憲法が地方自治を保障し、地方団体(「地方公共団体」、「地方自治体」、単に「自治体」ともいいます。)に、その事務を、住民の民主的統制のもとに自らの責任で自主的に処理することを認めたためと理解されています。

 地方団体が地方自治の本旨に従ってその事務を処理するためには、必要な財源を自ら調達する権能が不可欠となります。その意味で、地方団体の課税権は地方自治の不可欠の要素であり、地方団体の自治権の一環として憲法によって直接に地方団体に与えられていると考えられます。そして住民自治のもとでは、前記のように地方税の賦課・徴収は、住民の代表機関である地方議会の制定した条例に基づいて行われなければなりません。

 地方団体は、憲法で認められた自治権の一環として課税権を有しています。しかし、地方団体ごとに税制が大きく異なることを防ぐため、また、住民の税負担が著しく不均衡になるのを防ぐために、地方団体の課税権について、国の法律で統一的な準則や枠を設ける必要がでてきます。そのような準則や一定の枠を設定した法律として、地方税法があります。


◎実体税法、手続税法とは

 税法はその内容からみて、学問的には「租税実体法」と「租税手続法」、さらには「租税処罰法」や「租税制裁法」という体系に分けることができます。税務調査については、「租税手続法」が特に重要になります。

(1)実体税法とは

 実体税法は、租税実体法ともよばれます。実体税法は主に、どのような税を、誰が、いつ、どれほど負担することになるかを定めるものです。このような実体税法は、納税義務者が負担する租税債務の内容を規律するものですから、「租税債務法」ともいわれます。

●実体税法の概要
≪納税義務が成立するための要件に関する法≫
 ・ 納税義務の主体である納税義務者
 ・ 納税義務の物的基礎をなす課税物件(課税対象)
 ・ 納税義務者と課税物件との結びつきを意味する帰属
 ・ 納付すべき税額算定の基礎をなす課税標準
 ・ 納付すべき税額算出のために課税標準に適用される税率
≪納税義務の成立時期、成立した納税義務の承継、消滅などに関する法≫

 実体税法は、国税の場合、所得税法、法人税法、相続税法、消費税法などの個々の税法律およびその関係命令において定められています(国通法5〜9、15丸数字2、72、73など)。

(2)手続税法とは

 手続税法は、租税手続法ともいいます。手続税法は、実体税法の定めるところにより成立した納税義務の確定、履行のプロセスに関する法です。

●手続税法の概要
≪税金の確定手続≫
 ・ 成立した納税義務の納税者による申告、納付
 ・ 課税庁の調査手続
 ・ 納税者の申告がなかった場合または納税者の申告が正しくなかった場合など、課税庁による納税義務の確定のための課税処分(更正・決定・再更正)、修正申告の勧奨(慫慂しょうよう
 ・ 納税者からの更正の請求
 ・ 納税者による納税義務の履行がない場合等になされる課税庁による督促、滞納処分の手続
≪納税者権利救済手続≫
 ・ 不服申立て(異議申立て・審査請求)、訴訟といった税務争訟の手続

 このような手続税法は、国税の場合は主として、一般法としての国税通則法および国税徴収法、行政不服審査法、行政事件訴訟法などで、その一部について個々の税法律およびその関係政省令のなかに定められています。

(3)地方税の手続税法とは

 地方税に関しては、実体税法も手続税法(争訟法を除きます。)も、すべて、原則として地方税法のなかに規定されています。そして、各地方公共団体が地方税法の定めに沿って条例、規則において定めをなすことになります。ただし、手続税法中の滞納処分については原則として国税徴収法が、犯則事件の調査については原則として国税犯則取締法が準用されます。

●租税手続法が関係するプロセス
●租税手続法が関係するプロセス
〔注記〕 *1 銀行その他取引のあるものに対する「反面調査」
  *2 青色申告の更正など一定の場合には、異議申立てを経ずに直接審査請求ができます。
  *3 不服申立前置主義の適用のない場合(国通法115丸数字1)は、不服申立てを経ずに直接裁判所に提訴できます。

(石村耕治)

 

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