目次 I-4


4 出向に関する従業員の同意(2)


Question

 次のような場合に、従業員本人の個別的同意なく出向を命じることができるでしょうか。

(イ)  就業規則に「業務上の必要がある場合、従業員に対し出向を命じることがある」との規程はあるが、その他就業規則、規程等に出向に関する定めは何もない場合

(ロ)  就業規則中の休職事由の一つとして出向が規程されている場合

(ハ)  「会社は、従業員を出向させるときは、その取扱いについて組合と協議して決める」との労働協約が存する場合

(ニ)  就業規則等に出向に関する規程は全くないが、従来出向を命じて従わなかった従業員はいなかった場合(労使慣行を理由とする出向命令)



Answer

 いずれも従業員本人の個別的同意なく出向を命じることは難しいと思います。


 ◆出向を命じ得る要件

 前問で述べましたように、従業員本人の個別的同意なくとも出向を命じ得るか否かは種々の要素を総合的に考慮して判断せざるを得ません。従業員本人の個別的同意なく出向を命じようと思えば、以下のような要件をできるだけクリアしておく必要があるでしょう。

(1)  就業規則や出向規程の整備
 就業規則に業務上の必要がある時には出向を命じるとの規定をおき、出向先の特定、出向期間、出向後の従業員の労働条件等に関する規定を整備すること。

(2)  出向によって労働条件が大きく低下しないように配慮すること
 格差補償は法律上の義務ではありませんが、所定労働時間の延長、賃金の低下が生じる場合には、格差補償をしておく方がベターです。格差補償が充実しており、出向による従業員の不利益が少なければ少ないほど大きなプラス材料となります。

 したがって、(イ)から(ニ)の質問に関しても、他の要素の内容によって結論は変わり、単純に画一的な回答をすることはできませんので、その点をまず念頭に置いておいてください。

 ◆ 就業規則に「業務上の必要がある場合、従業員に対し出向を命じることがある」との規程はあるが、その他に出向に関する規定は何もない場合

 就業規則に「業務上の必要がある場合、従業員に対し出向を命じることがある」との規定があることは、会社に有利な要素ではありますが、それだけで従業員本人の個別的同意が不要ということにはなりません。特に出向規程等がない場合は、具体的な出向先、出向を命じられた場合の労働条件等は従業員は事前には何も知らない場合が多く、そのような場合に、就業規則の前記規定だけを根拠にして従業員の同意なく出向を命じる、というのは無理があります。

 なお、出向企業先まで特定したような詳細な出向規程等はないケースで、例外的に従業員の個別的同意を不要とした判例があります。JR東海出向事件(大阪地決昭62.11.30判時1269号)のケースにおいては、一応従業員に出向を命じる就業規則等がありましたが、出向先までは具体的に特定しておらず、「関連企業等」とのみ記載されていました。従業員側は、これでは出向先が特定されていない、したがって、個別的同意なくしては出向を命じることはできないとして争いましたが、裁判所は出向元と関連性の強い出向先企業であること、実際それまでの出向実績があったこと、そのことは種々の方法で従業員に周知されていたことなどの特殊事情を認定し、「関連企業等」との記載でも、従業員は出向先を十分予測できると判断し、従業員の個別的同意がなくても出向を命じ得るとしました。

 しかし、出向規程等はできるだけ詳細に、そして、できれば出向先についても具体的に特定しておいた方が無難であることはいうまでもありません。

 ◆就業規則中の休職事由の一つとして出向が規程されている場合

 就業規則中の休職事由の一つとして出向が規程されていても、それを根拠に従業員に出向を命じることはできません(従業員本人の個別の同意なくとも出向を命じ得ると考える根拠にはなりません)。

 この点は日東タイヤ事件(最判昭48.10.19労判189号53頁)も同様に述べています。

 ◆ 「会社は、従業員を出向させるときは、その取扱いについて組合と協議して決める」との労働協約が存する場合

 「会社は、従業員を出向させるときは、その取扱いについて組合と協議して決める」との内容の労働協約が存する場合、それは出向する場合に会社と労働組合が協議することを定めたものにすぎず、そのような労働協約を根拠にして従業員に出向を命じることはできません(従業員本人の個別の同意なくとも出向を命じ得ると考える根拠にはなりません)。

 この点は神戸高速鉄道事件(神戸地判昭62.9.7労判503号23頁)も、「文理からしても、出向する場合の条件を取り決めたものにすぎず、従業員の出向応諾義務を定めたものと解することはできない」として同様のことを述べています。

 なお、労働協約に「会社は、業務上の必要がある場合、組合員に対し出向を命じることがある」との定めがあれば、従業員に出向を命じる根拠となると考えられます。出向に応じる義務を定めるという意味で、組合員に不利な内容の労働協約ですが、組合員に不利な労働協約であっても、明らかな労働組合法、労働基準法の精神に反する特段の事情がない限り有効であると考えられるからです(日本トラック事件=名古屋地判昭60.1.18労経速1233号)。

 ◆ 就業規則等に出向に関する規程は全くないが、従来出向を命じて従わなかった従業員はいなかった場合(労使慣行を理由とする出向命令)

 就業規則等に出向に関する規程は全くないが、従来出向を命じて従わなかった従業員はいなかった場合でも、それだけで出向に同意しない従業員に出向を命じ得ると判断するのは困難です。

 この点は日立電子事件(東京地判昭41.3.31判時442号16頁)も、従来から系列会社への出向が事実上多数行われ、そのことを他の従業員も知っていたとしても、そのことから直ちに出向の慣行が存するとはいえない、従業員が従来出向命令に同意してきたのは、それを拒否すれば将来不利益を被るであろうとの危惧に基づく自主的判断によると推認され、従業員一般が出向の義務を是認していたとは考えられない、という趣旨のことを述べているとおりです。

 就業規則、出向規程、労働協約の整備は基本中の基本であり、それらの規程や協約がなければ、従業員本人の個別の同意なくして出向を命じることは困難と思われます。

 

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