目次 I-3


3 出向に関する従業員の同意(1)


Question

 この度、当社の従業員に対して出向を命じることになりました。事前に従業員本人から個別的同意を得なければならないのでしょうか。



Answer

 就業規則等が完全に整備され、出向により労働条件が低下しなければ、当該従業員の個別的同意がなくても出向を命じることができます。


 ◆従業員本人の個別的同意なくとも出向を命じ得るとした判例

 これに関しては、興和事件(名古屋地判昭55.3.26労経速1045号)が参考となります。これはグループ会社間の出向の事案です。

 従業員は、出向については出向を命じられる者の同意が必要であり、その同意は入社時の包括的同意では足りず、出向先等を明示した会社側の個別的、具体的条件の提案に対する個別的同意でなければならないと主張しましたが、裁判所は「真に同意に値するものである限り、明示とか個別的なものに限る理由なく、暗黙あるいは包括的態様のものでも足ると解すべきである」として、従業員本人の個別的同意がなくても出向を命じ得ることを認めています(もっとも有効な合意とみるためには、それが労働者の十分な理解のもとでなした真意に基づくものであることが必要であり、また内容が著しく不利益なものや、将来不利益を招くことが明白なものであってはならないことは当然ですし、同意をした当時と出向命令時との間に関連会社(出向先)の範囲に変動があったり、出向先の労働条件に変化があって、労働者に不利益な事情変更があったような場合には、包括的同意を根拠として出向を命令することは困難と考えられます)。

 ◆いかなる場合でも従業員本人の個別的同意なく出向を命じ得るのか

 以上のような判例があるからといって、どのような場合でも従業員本人の個別的同意がなくとも出向を命じ得ると考えるのは誤りです。上記判例の事案では、(1)入社時に関連会社の一体性が強いこと、(2)関連会社間では人事交流が頻繁に行われていることなどが説明されていた、(3)出向規程も完備していた、(4)出向先は関連会社3社に共通していた、(5)関連会社3社間では労働条件は大部分が共通であり、出向によって特に経済的不利益はない、などの事情があったという点が裁判所の判断を左右しています。

 ◆結 論

 結局、従業員本人の個別的同意なくとも出向を命じ得るか否かは種々の要素を総合的に考慮して判断せざるを得ませんが、従業員本人の個別的同意なく出向を命じようと思えば、以下のような要件を満たす必要があるでしょう。

(1)  就業規則や出向規程の整備
 就業規則に業務上の必要がある時には出向を命じるとの規定をおき、出向先の特定、出向期間、出向後の従業員の労働条件等に関する規定を整備すること。

(2)  出向によって労働条件が大きく低下しないように配慮すること
 格差補償は法律上の義務ではありませんが、所定労働時間の延長、賃金の低下が生じる場合には、格差補償をしておく方がベターです。格差補償が充実しており、出向による従業員の不利益が少なければ少ないほど大きなプラス材料となります。

 なお、(1)、(2)の要件を満たす場合であっても、例えば仕事上のミスの多い従業員について制裁の意味で出向を命じたり、組合の活動家であるが故に出向を命じたりするなど、本来の出向の目的を逸脱する場合には出向命令が違法とされることもありますので、注意が必要です。

 

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