財産の戦略デザイン 実践事例編 自社株の評価額が気になっていた社長の財産の戦略デザイン(その1)
今回から、財産の戦略デザインの実践例を紹介していきたいと思います。これまでに本稿で述べてきたことをふまえて、筆者が実際にどのように財産の戦略をデザインしているか、その実践例をお伝えし、戦略デザイン作成のポイントについて言及していきます。
筆者が関与することになった経緯
筆者は、専門家の方々からの紹介を得て、社長の財産の戦略をデザインさせていただいています。専門家とは、各分野の専門家の方々です。税理士、不動産関係のお仕事をされている方、生命保険の募集人の方、司法書士の方、ファイナンシャルプランナーの方など、多岐にわたっています。
今回、実践例として紹介させていただく社長のケースは、生命保険募集人の方からのご紹介でした。会社契約の生命保険を担当している募集人の方で、法人の決算状況をふまえて、会社の財務と税務対策としての生命保険を社長に提案してきた方です。
年齢は57歳、卸売業の会社の社長です。社長の母の相続が心配なので相談したいとの相談を受けたことから始まりました。
思いと事実の把握
・母の財産について社長の心配
生命保険募集人の方の紹介により、筆者は社長と面談をしました。
社長は、東京都内の地主の家系です。ご両親は、父が既に亡くなっていて、母のみとのこと。不動産を所有する母の相続では、社長は相続税の負担が大きくなりそうと思っていることと、高齢な母の認知症を懸念していて、不動産を売買するなどの対策ができなくなるのではと心配していました。
社長は、紹介者の生命保険募集人の方を信頼していました。信頼している人からの紹介のため、筆者とは初対面であるものの、ご家族のこと、母が持つ資産の概要などを説明してくれました(図1:家系図を参照)。
社長の話しをよく聴くと、父の相続の際に、二次相続もふまえた父の遺産分割がなされていました。母が不動産を所有しているのではなく、母と社長が株主の会社が不動産を所有し、会社が不動産賃貸業を行っていることがわかりました。兄と妹は、父の相続で不動産を相続し、社長は一部を兄と妹の共有で相続した土地があるものの、母の相続で不動産を引き継ぐという家族の話し合いができていることがわかりました。
社長が心配していた母が認知症になることで不動産の売買ができなくなることについては、会社が所有する不動産なので、社長がその会社の社長に就任すれば不動産の売買は可能ではと説明しました。母の財産内容から、確かに社長には相続税の納税が必要になると思われましたが、母の資産は、預金・有価証券・生命保険などの流動資産の割合も高く、納税への対応は可能と思われ、急ぎ不動産を売買するまでの対策は必要ないだろうということになりました。
・社長の事業承継への思い
筆者は、母の相続対策も必要だが、社長の財産承継について考えたことがあるか、社長に質問をしました。社長はまだ57歳で、社長の相続における課題を考えるのはまだ早いと思うかもしれないが、社長ゆえに準備は欠かせないことを、筆者は説明しました。そして、社長の個人財産の状況、会社の決算状況、株主、会社定款について、その情報を開示してもらえるよう社長に依頼しました。
筆者が、57歳の社長に相続対策は今から必要と説明したのは、後継者が未定と聞いたからです。未定のままで社長に万が一のことが起きると、会社経営は一気に不安定になります。健康状況が良好な社長は、今から心配する必要もないと思うでしょうが、すべての社長は万が一の事態への備えは不可欠と、筆者は必ず伝えるようにしています。
そして筆者は会社の成長の経緯を社長に聞きました。社長の売れる商品を見極める力、リスクを覚悟し、そのリスクをヘッジすることもしながら社長が会社経営をしてきたことが、会社の成長につながったことがわかりました。このようなことは、おそらく長男にはできないだろうと、社長は言います。長男もリスクは負いたくないと社長に話していると。現状から、会社の後継者はすぐに見つかりそうもありません。できれば会社は残していきたいという社長の思いも、筆者は聞きました。
財産の戦略デザインの作業工程1にあたる「社長の思いと事実を知る」で、筆者が把握したことは図の情報となりました(図2:会社バランスシート、図3:会社の状況、図4:社長の個人財産のリスト)。