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財産の戦略デザインの作り方 その4

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 社長の財産の戦略デザインでは、常に「まもり」から考えていくことが必要です。前回は、社長が、まず備えなければならないまもり、社長に突然の事態が生じたときへの戦略について述べました。
 社長の財産の戦略をデザインでは、社長の「会社のバランスシート」と社長の「個人財産のバランスシート」を作り、その情報をもとにして財産の戦略を考えていくことをこれまでに述べてきました。今回は、財産の戦略デザインづくりにおいて欠かせないもう1つのこと。「社長の思い」をどのように戦略デザインにあてはめていくかについて。「社長の思い」と「社長の事実(財産と家族のこと)」、この2つを理解しながら財産の戦略をデザインしていきます。

① 事業承継にむけた社長の思いの度合いは?

 後継者が決定したか、未決定か? まずは、事業承継にむけた社長の思いの確認から始まります。
 後継者を決めた社長は、承継の覚悟ができた社長です。覚悟が決まれば、承継に向けた戦略が必要です。社長の「思い」と「事実」を把握して、事業承継にむけた財産の戦略を社長に合わせてデザインしていきます。
 後継者へのバトンタッチに、社長はどのような不安や心配があるか? 財産の戦略をデザインする者は、社長の率直な思いを共有させてもらいます。迷いなく後継者に任せると覚悟を決めた社長ならば、その思いを引き受けて、効率的な事業承継をめざす財産の戦略をデザインすることができます。
 事業承継は、経営の承継(後継者を社長にして後継者が会社を経営)と、後継者への自社株承継、この2つを完了しなければなりません。迷いなく後継者に経営を承継した社長の自社株承継をどうデザインしていくか? 特に、自社株承継における一番の懸念事項である後継者の税負担について、専門家を交えて、その軽減方法を考えていきます。また同時に、後継者以外の家族の幸せを願って、家族に不満が生じないよう、社長の自社株以外の財産の分け方の戦略デザインも欠かすことができません。
 一方、後継者への承継に迷いがある社長は、後継者に自社株を渡してしまうことは不安です。社長が株主でなくなると、後継者を抑止することもできなくなります。自社株承継の税コスト負担を軽減すべく積極的に自社株承継を進めてしまうと、迷いがある社長には取り戻しのつかないことになるかもしれません。覚悟を決められない社長には、どのような戦略が必要か、社長の経営承継の覚悟の度合いを確かめながら、社長に合わせた戦略をデザインしていく必要があります。

② 社長のライフプランは

 社長は、自身の大半の時間を会社経営にあててきました。これまでは、社長の人生=会社経営でした。しかし、そんな社長にも会社以外に実現したいことがあると筆者は思っています。人生の後半、社長は、会社経営以外に実現したいことがあるか? 社長の財産の戦略をデザインする者は、社長の思いを理解して、社長の豊かな人生を実現する財産の戦略デザインをつくっていきます。
 たとえば、時間をかけゆっくりと世界一周旅行をしたいと思う社長には、高齢になり体力が低下する前に実現するようその計画を立てていきます。社長が元気なうちに後継者に経営をバトンタッチして、社長を退き、社長の功績に応じた役員退職金を得ていく。こんな計画を社長の思いに合わせて考えていきます。会社が社長に退職金を支払えば、社長が持つ自社株の価額は下がります。後継者の税コスト負担の軽減を考えれば、社長が退職金を得るタイミングは自社株承継によいタイミングにもなります。
 仕事以外に社長の希望を実現していくという観点からも、社長の財産をどう形成していくか。社長の思いに応じたデザインが必要です。

③ 社長の財産承継における家族への思い

 後継者以外の家族への財産承継について、社長の思いを把握することも必要です。もし社長が妻より先に亡くなるようなことになれば、社長は、妻の生活をどうしてあげたいと思っているか? 社長の思いを聴いていきましょう。さらに高齢となることで財産管理が難しくなる妻に、管理に手間がかかる財産を渡してあげるのは得策ではないでしょう。また、配偶者の税額軽減の制度を利用して、家族の相続税負担を減らすことも必要でしょう。社長の妻への思いをふまえ、社長の個人財産の状況から、どのような財産承継がよいか、戦略をデザインしていきます。
 また、後継者以外の子どもたちにどのように財産を承継したいと思っているか? 子ども以外に孫にも財産を残してあげたいという思いもあるでしょう。
 財産の戦略をデザインする者は、社長の思いを聴く際に工夫が必要です。「どう思っているのか」と社長に単刀直入に質問をするのでは、社長が表現する思いも限定されるでしょう。いろいろな思いの例を並べてみて、その例のうち社長の思いと合致するようなものがあるか? と、社長に選んでもらうようなことなど、社長の思いの引き出し方を工夫する必要があります。思いは表に現れづらいものです。潜在しているものを顕かにするヒアリングの仕方についてはテクニックが必要です(別の機会にヒアリングのテクニックについて取り上げてみたいと思います)。

④ 社長の思いを理解し社長に伴走する支援者が必要

 筆者は、全ての社長に財産の戦略デザインを作っていただきたいと思っています。しかし、後継者に経営を引き継ぐ過程では、社長も迷いながら進んでいきます。迷いが生じるたびに、「承継はまだ早いのではないか」という思いが社長に湧き出てきます。これまで会社のすべての指揮を執ってきた社長の迷いを傍で聞き、社長とともに後継者を見守れる役割が必要です。経営が後継者に完全にバトンタッチされるまで、社長の財産の戦略をデザインする者は、客観的な立場で社長の思いを聴いてあげられるとよいでしょう。社長が後継者に渡しかけている指揮権を、社長の迷いが原因となって社長が取り戻さないよう、「後継者を信じて見守ろう」と社長に話し続けることも求められるでしょう。

⑤ 後継者への承継を決めきれない社長の方が多い

 筆者は経験から、社長は次の4つのタイプに分かれると思っています。
 経営の承継方針が明確に決まった社長、方針は決まったもののまだ迷いがある社長、方針を決めたくても決められない社長、承継のことを考えるのはもっと先と今は経営承継のことを考えようとは思っていない社長、この4つのタイプです。
 後継者が決まった社長には、経営承継に関する思いを具体的に聴いていくことができますが、筆者の経験から、後継者が決まった社長は、全社長の3分の1程度かと思います(注)。方針を決めたくても決められない社長と、承継のことは今考えようと思っていない社長の数の割合は、全体の3分の2と、こちらのタイプの社長の方が多いでしょう。このタイプの社長には、突然に起こるかもしれない社長の死に備える「まもり」が必要で、筆者はまずは「まもり」を備えることを提案しています(「まもり」については前回の稿をご覧ください)。


(注)中小企業白書(2020年)のデータから考えてみます。
 中小企業の社長の年齢分布は、50代が23.3%、60代が30.3%、70代以上が28.1%となっています。50歳以上の社長の数は、中小企業の社長の80%を超えています。
 また、後継者を決定した社長の年齢分布では、50代が28.4%、60代が50.5%、70代が60.1%、80代が68.2%です。
 これらのデータをもとにすると、後継者を決定した社長の割合は全体の4割程度と推測することができます。このデータによる推測から、筆者の経験による推測は大きく外れていないと考えられるでしょう。

執筆者情報

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石脇俊司

株式会社継志舎 代表取締役

証券アナリスト協会検定会員、CFP®、宅地建物取引士資格取得

外資系生命保険会社、日系証券会社、外資系金融機関、信託会社を経て2016年株式会社継志舎を設立。
継志舎では、企業オーナーや資産家の民事信託を組成するサポートサービスを行うとともに、不動産会社、証券会社、保険会社などに信託を活用したビジネスに関するコンサルティングを行っている。信託の組成を支援するコンサルティングプラットフォーム【信託の羅針盤トラコム®】の開発し、税理士、司法書士、FPなどに提供している。
これまで組成に関与した民事信託は110件を超え、上場企業オーナー、中小企業オーナー、地主など幅広く民事信託を活用した相続・事業承継の対策をサポートしている。
また、一般社団法人民事信託活用支援機構の設立(2015年)に関与し、同法人の理事を務めている。

主な著書
・中小企業オーナー・地主が 家族信託を活用するための基本と応用(共著 大蔵財務協会)
・税理士が提案できる家族信託 検討・設計・運営の基礎実務(共著 税務経理協会)
・パッとわかる 信託用語・法令コンパクトブック(執筆者 第一法規)

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2023.03.24 17:06:28