譲渡制限付株式による退職金は退職所得に該当しないのか?

モチベーションアップなどを狙って、経営者や役員への報酬として株式を付与する方式は、従来、ストックオプションを付与する方式が多かったが、2016年の税制改正により、「特定譲渡制限付株式」に関する特例が創設されたことにより、特定譲渡制限付株式を付与する方式が普及してきた。
この特定譲渡制限付株式とは、個人が法人に対して役務の提供をする場合に、その役務の提供の対価として交付される「譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック)」で、一定の要件に該当するものを、所得税法及び法人税法上、「特定譲渡制限付株式」という(所令84①、法法54①、法令101の2①)。
当該株式による退職金の支給は、法人税法上、当初は「退職給与」に該当するとされていたが、その後、「事前確定届出給与」に該当するとして取扱いが変更された。
最近は、特定譲渡制限付株式を付与することによる退職金の支給が普及してくるに連れ、この退職金に関する所得税法上の退職所得の取扱いとの整合性に関して疑問を持たれることが多くなってきた。
1 譲渡制限を付した株式の交付
イ 譲渡制限付株式の意義
上記「譲渡制限付株式」とは、次に掲げる要件に該当する株式をいう。
ⅰ 譲渡についての制限が付されており、かつ、その譲渡についての制限に係る期間(譲渡制限期間)が設けられていること。
ⅱ 個人から役務の提供を受ける法人又はその株式を発行し若しくはその個人に交付した法人が「その株式を無償で取得することとなる事由が定められていること。
この場合の「その株式を無償で取得することとなる事由」とは、次に掲げる事由に限られることとされている。
・ その株式の交付を受けた個人が譲渡制限期間の所定の期間勤務を継続しないこと又はその個人の勤務実績が良好でないことその他その個人の勤務の状況に基づく事由
・ これらの法人の業績があらかじめ定めた基準に達しないことその他これらの法人の業績その他の指標の状況に基づく事由
ロ 特定譲渡制限付株式の意義
また、上記「特定譲渡制限付株式」とは、次に掲げる要件に該当する株式をいう。
ⅰ その譲渡制限付株式が役務の提供の対価として個人に生ずる債権(前払金銭債権)の給付と引換えにその個人に交付されるものであること。
ⅱ 上記ⅰのほか、その譲渡制限付株式が実質的に役務の提供の対価と認められるものであること。
特定譲渡制限付株式付与の方式の場合には、会社は、役員等への将来の報酬として前払いの金銭債権を支給し、役員等は、その債権を現物出資して、会社はそれに対して譲渡制限付株式を交付するという形式をとることになる。そして、その後一定の譲渡制限期間(一定の勤務期間)を経過したら、その時点で、会社はその譲渡制限を解除し、役員等は実質的にその株式を取得することになる。会社にとっては、金銭の授受を伴わないわけで、キャッシユアウトがないという特長がある。
2 会社側の処理・・・退職給与ではなく事前確定届出給与
イ 税務上の処理と一般に公正妥当と認められる会計処理との乖離
法人税法上の「退職給与」とは、退職したことによって支給され、かつ、在任期間中の継続的な職務遂行に対する対価の一部後払いの性質を有する給与であると解されている(東京地裁平成27年2月26日判決)。一方、所得税法上の退職手当等とは、退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与をいうこととされている(所法30①)。
このため、国税庁の令和元年6月25日の文書回答事例では、特定譲渡制限付株式の譲渡制限が退職に基因して解除されたことによる費用は、法人税法上、「退職給与」に該当するとされていた。
しかし、次のロにおいて解説する「あん分方式」が、会計処理上、一般に公正妥当と認められるとされたことから、令和3年6月25日付の法人税基本通達の改正により、法人税法上、退職給与に該当しない(職務提供期間に応じてあん分した株式報酬費用に該当する)旨の見直しがされた(法基通9--2--27の2)。
その結果、所得税法上は退職所得とされるが、法人税法上は退職給与に該当しないこととなった。
また、会社側の処理としても、一般に公正妥当と認められる会計処理と税務上の処理との間で齟齬をきたすこととなるため、申告調整を要することとなった。
ロ 一般に公正妥当と認められる会計処理及び税務上の申告調整
特定譲渡制限付株式の場合、会社は、役員等への将来の退職給与等に充てるための仕組みとして、前払いの金銭債権を支給し、役員等は、その債権を現物出資して、会社はそれに対して譲渡制限付株式を交付するという形式をとることになる。この場合の譲渡制限期間は、退職時までとなる。
会社は、その手順として、例えば、将来の勤務期間を6年とし退職時の退職給与等の額を6,000万円として設定した場合、その報酬額を6年に分割(あん分)して各1年間の報酬額を1,000万円として、その金額相当額を毎年現物出資したものとして会計処理をする。現物出資回数は6回で、譲渡制限期間は退職時までとする。この場合の会社の会計処理としては、毎年、次の会計処理をすることになる。
この場合、毎年、役務提供期間が終了すると考えられるので、この会計処理とともに、毎年、次の会計処理をして、損金経理をすることになる。
この「あん分方式」は、職務提供期間に応じてあん分した「株式報酬費用」とするものであり、退職給与とするものではないが、企業会計上、一般に公正妥当と認められる会計処理と解されている。
しかし、役員等は、毎年、勤務を継続することになるものの、あくまでも前受収入の現物出資であり譲渡制限が付されているので、金銭等を受給することはないし、給与所得も発生しない。また、実際に退職するわけではないので、退職所得として個人課税が発生するわけでもない。このため、税務上、会社は損金算入は認められないので、毎年、次の申告調整をすることが必要になる。
上記の会計処理をした場合には、それまでの間、会計処理上は毎年費用算入されているので、退職年に新たな会計処理の必要はないが、税務上は毎年費用算入を否認しているので、退職年に次の申告調整をして、税務上も費用の計上をすることが必要になる。費用として計上する金額は「消滅する債権の価額」である。
このように法人税法上は、「退職給与」として損金算入できないこととされたが、この申告調整をすることにより、「株式報酬費用」として計上することとされた。しかし、この株式報酬費用が全く損金算入されないことになったかというとそうではなく、「事前確定届出給与」に該当するものであれば、法人税法上損金算入が認められることになる。
その点、その費用を事前確定届出給与として損金算入するためには、原則として、事前確定届出給与の届出が必要である。しかし、その提出を要しないものの中に、株主総会等の決議により事前確定届出給与に関する定めをした場合のその決議に基づいて交付される特定譲渡制限付株式による給与が掲げられているので、この要件に当てはまるものであれば届出の必要がないことになっている(令和4年2月14日「週刊税務通信」48頁奥田芳彦参照)。したがって、その費用は、事前確定届出給与として損金算入することができることになる。
3 役員等側の処理・・・退職所得及び譲渡所得として課税処理
イ 譲渡制限の解除と所得税の取扱い
一定の勤務期間が終了し、実際に退職することとなった場合には、特定譲渡制限付株式の譲渡制限が解除されることになる。
所得税法上の退職手当等とは、退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与をいうこととされている(所法30①)。更に、所得税基本通達において、特定譲渡制限付株式の譲渡制限が退職に際して解除されたことによる所得の所得区分は、退職所得に該当するとされている(所基通23~35共—5の2)。
(特定譲渡制限付株式等の譲渡についての制限が解除された場合の所得区分)
23~35共―5の2 令第84条第1項⦅譲渡制限付株式の価額等⦆に規定する特定譲渡制限付株式又は承継譲渡制限付株式(以下23~35共―5の4までにおいて「特定譲渡制限付株式」という。)の同項に規定する譲渡についての制限(以下23~35共―5の4までにおいて「譲渡制限」という。)が解除された場合の所得に係る所得区分は、当該特定譲渡制限付株式等を交付した法人(以下23~35共―5の4までにおいて「交付法人」という。)と当該特定譲渡制限付株式等を交付された者との関係等に応じ、それぞれ次による。
(1) 特定譲渡制限付株式等が、交付法人との間の雇用契約又はこれに類する関係に基因して交付されたと認められる場合は、給与所得とする。 ただし、特定譲渡制限付株式等の譲渡制限が、当該特定譲渡制限付株式等を交付された者の退職に基因して解除されたと認められる場合には、退職所得とする。
(2) 特定譲渡制限付株式等が、個人の営む業務に関連して交付されたと認められる場合には、事業所得又は雑所得とする。
(3) (1)及び(2)以外の場合は、原則として雑所得とする。
(注) この取扱いは、交付法人が外国法人である場合においても同様であることに留意する。
改正注記:平28課個2-22、課審5-18追加
したがって、所得税法上は、譲渡制限が解除された場合に生じる所得は、退職所得に該当することになる。ただし、その退職所得の収入金額は、上記の6,000万円ではなく、その株式の退職時の価額(譲渡制限解除時の時価)となることに留意する必要がある。
ロ 実際に株式を譲渡した場合の取扱い
特定譲渡制限付株式の譲渡制限が解除されたことにより、役員等に対してその株式の退職時の価額(時価)に基づいて退職給与等として課税処理されたその後に、その株式を実際に譲渡する場合には譲渡所得が生じるが、その譲渡所得の収入金額は、次により計算した金額になることに留意する必要がある。
ハ 勤務実績が良好でないなどの事由に該当した場合
上記1のイのⅱに記載したとおり、譲渡制限株式の要件の中に、「個人から役務の提供を受ける法人又はその株式を発行し若しくはその個人に交付した法人がその株式を無償で取得することとなる事由が定められていること」とあるため、譲渡制限株式の発行後にその事由に当てはまることとなった場合には、譲渡制限は解除されないことになり、会社は、その株式を原則として無償で没収することになる。役員等に経済的利益は発生しないことになる。