「健康保険・厚生年金保険の加入要件の拡大」⑤
加入要件の2番目、雇用期間要件については、「適用除外要件としての2ヶ月要件の改正」という観点からすでにお伝えしました。今回は、3番目の要件である月額賃金の要件を見ていきます。その要件は「月額賃金が88,000円以上であること」と定められています。
【○○○円の壁】のナゾ
パートの税や社会保険についての制度やルールが語られる際に、よく【○○○円の壁】という表現を目にします。こういう見出しをつけると一見わかりやすく感じられるのか、なぜか後を絶ちません。しかしその内容を読むと、あまり正確性が高くないものが見受けられることがあります。なぜかと言うとそもそも【○○○円の壁】という表現が制度の内容を正確に表しているものではないためです。税と社会保険そして配偶者手当それぞれの【壁】について見ていきましょう。
配偶者(特別)控除の対象か否か
税の扶養については、主として配偶者が配偶者控除または配偶者特別控除を受けられるかどうかという点が考慮されますが、この点については多くの方がご存知のとおり、段階的にその額が決められており、例えるとすれば「壁」ではなく「階段」です。
社会保険はまず本人が被保険者になるか否か
税と比べると段階的ではないため、社会保険については一見【壁】のようにも見えますが、一つの壁というよりは複合的なものになっています。簡略化すると下表のようになります。
被保険者の基準 |
被扶養者の基準 |
健康保険 |
年金 |
---|---|---|---|
該当 |
- |
健康保険の被保険者 |
厚生年金保険の被保険者 |
該当しない |
該当する |
健康保険の被扶養者 |
国民年金第3号被保険者 |
該当しない |
国民健康保険に加入 |
国民年金第1号被保険者 |
まず自身が被保険者の加入要件に該当するか否かが判断されて、該当すれば、被保険者として加入しなければなりません。被保険者の要件に該当しないときに、被扶養者としての基準を考慮することとなり、その基準に該当すれば被扶養者となり、該当しなければ自身が国民健康保険に加入をしなければならないということになります。年収130万円未満であれば扶養に入れるといった単純なものではないのです。
配偶者手当の対象か否か
もう一点、配偶者の勤務先から家族手当が支給されなくなることが【壁】として捉えられることがあります。しかしまず、配偶者が勤める会社に家族手当制度があるのか、そしてその家族手当は配偶者を対象とする内容のものなのか、という点の確認が必要です。国が、パートタイム労働者の就業調整の要因となっている配偶者手当の廃止を推奨する中、配偶者手当を廃止し、子どもを対象とする手当をより手厚くする傾向が見られ、今後も続いていくことが予想されますので、一般論としてではなく個別に状況を把握する必要があります。
月額賃金要件と労働時間要件の相関
話を元に戻しましょう。月額賃金要件は、その方の時給の水準によって大きく左右されます。例えば、同じ月額賃金でも、下表のとおり、労働時間要件を満たす場合と満たさない場合が出てきます。時給が高い方は月額88,000円以上であっても労働時間要件を満たさないため、加入要件から外れるケースがあるということです。
時給 |
週労働時間 |
月額賃金 |
|
---|---|---|---|
1200円 |
18時間 |
93,600円 |
要件を満たさない |
860円 |
25時間 |
93,167円 |
要件を満たす |
基準は月収なのか年収なのかという点についても、よく見られる【106万円の壁】という表現はざっくりとし過ぎていて、短時間労働者に対する健康保険 ・厚生年金保険の適用拡大 Q&A集 (令和4年 10 月施行分)(以下Q&Aという)問39では、「あくまでも参考値」であるという説明がなされています。
より具体的に見てみましょう。資料(時給と週労働時間の相関)をご参照ください。
時給が1,050円を超えるあたりから、週労働時間が20時間未満でも月額88,000円以上となることがわかります。こうしたことから、実務的には、賃金額ではなく労働時間の確認がまず先であって、週20時間以上のときに月額賃金額を確認するという流れになるでしょう。
月額賃金額の具体的な算出方法
被保険者要件を見るときの月額賃金の具体的な計算方法は、ふだん資格取得届や算定基礎届を作成する際に報酬月額を算出する際の方法と少し異なるので注意が必要です。Q&Aでは、割増賃金や通勤手当は算入しなくてよいとされていますので、詳しくお知りになりたい方は、問41をご参照ください。