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「契約者(名義)変更プラン」税務改正にみる法人契約市場と生命保険業界

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 本年6月25日、所得税基本通達36-37の一部改正が公表された。適用は令和3年7月1日である。これに先立って本年4月28日から5月27日まで行われた国税庁による『「所得税基本通達の制定について」(法令解釈通達)の一部改正(案)(保険契約等に関する権利の評価)に対する意見公募の結果について』が6月18日に示されている。ここで公表された「ご意見の概要及びご意見に対する国税庁の考え方」には、国税庁の問題意識と今後の方向性を読み解くカギが明瞭に示されたと考えられる。この点について整理しておきたい。

1 保険契約の権利の評価に関する改正のポイント

 これまで(6月25日改正通達前まで)の税制では、生命保険法人契約を法人から個人へ契約者(名義)変更を行った場合、その契約の権利の評価額は当該契約の解約返戻金であった。そのため変更時点での評価額(解約返戻金の額)によりその契約が新たな契約者へ変更される。新しい契約者はその額で買いとる、あるいは課税(所得税)されるなどの扱いとなっていた。その後、その契約を引きついだ新しい契約者には保険料支払い義務が生じ、以降、その契約の一切の権利義務を持つことになる。

 これに対して決定された改正内容は「改正前は法人契約から個人契約に名義変更する際の保険契約の評価額を一律解約返戻金額で評価しているが、これを、解約返戻金が資産計上額の7割未満の場合は資産計上額で評価する」というものである。(改正前後の数値例については、本サイト税金コラム4月20日「契約者変更-名義変更プランに関わる税制問題」を参照されたい)この改正により低コストで資産移転するプランは、相当程度制約されたことになる。

「ご意見の概要及びご意見に対する国税庁の考え方」

 令和3年6月18日に示された国税庁の見解を改めて整理しよう。この方向性は令和元年法令解釈通達(定期保険及び第三分野保険に係る保険料の取扱い)から一貫したものと思われる。以下、示された区分について主要な項目を取り上げる。

「支給時資産計上額での評価」

 この項目に関わり提出された意見(国税庁により整理されて発表された内容)は、今般の改正内容に反対を示す意見内容と整理できる。すなわち改正内容について「支給時資産計上額は支給時の帳簿価格にすぎず、時価ではないため評価方法として合理性がない」「名義変更時の生命保険契約の実質的な価値は、処分価値であり、その時点の解約返戻金相当額であることは明らか」とする内容である。

 この意見は、規定を設けたのであればそれは普遍的なもので、どのような取引であってもその規定を適用するべきとする考え方と整理できる。これに対して国税庁は(※低解約返戻期間)『第三者との通常の取引において低い解約返戻金の額で名義変更を行うことは想定されないことから「支給時解約返戻金の額」で評価することは適当でないと考え』と述べている。(※)は著者追記部分

 国税庁のこの考え方は、規定を設けるにあたっては取引の実情を考慮すべきであるとする考え方と整理できる。すなわち、その取引が特定の者(「第三者では通常行われない取引が行われる、つまりは第三者とはいえない特定の者)との間でしか想定できない以上、それに即した規定を設けるべきとする考え方となっている。
 ある中小企業が、翌年に保険料を支払えば解約返戻金が跳ね上がることがわかっている契約を、低い解約返戻金の段階で契約者変更する。このような名義変更が第三者との間で、通常行われることはない。したがって、第三者でない人とだけ、このような名義変更が行われている。これを含めて普遍的に「評価の額は解約返戻金」とすることは妥当でないとの見解といえる。
 さてすると、当然、「第三者との通常取引」と「そうでない取引」において行われる生命保険契約の線をどこかで引く必要がある。その線が「解約返戻金と資産計上額との割合(70%未満)」である。

「保険契約の範囲」

 この区分における公募での意見は、以上とは逆に改正により制約をかける範囲をさらに広げる必要があるとする意見内容である。すなわち「一部の介護保険について、解約返戻金のないものではあるが、第三者への名義変更が行われているケースが散見される」「低解約型の終身保険を利用した節税スキームも想定されるが、これについてどう対応するのか」「(※今回の通達の)対象外である終身保険や養老保険での低解約タイプの商品開発がされてまた販売が過熱することは容易に想像できるので、全契約を対象にすべきで」等である。(※)は著者追記部分

 これに対して国税庁は『今回の見直し対象は、法人税基本通達9-3-5-2の適用を受ける保険契約等に関する権利としていますが、法人税基本通達の他の取り扱いにより保険料の一部を前払保険料に計上する「解約返戻金の低い定期保険等」及び「養老保険」
などについては、見直しの要否を検討することとし』と述べている。

 この国税庁の見解は、今回初めて示されたわけではない。令和元年法令解釈通達時においても同様の方向性としての見解が示されている。令和元年のパブリックコメントに対する見解をまとめた別紙1「御意見の概要及び国税庁の考え方」において、

 「国税庁としては、予測可能性の確保等の観点から、支払保険料の損金算入時期の取扱いについて、御意見のように、長期的に持続可能なものとすることが望ましいと考えています。その一方で、保険会社各社の商品設計の多様化、長寿命化その他の経済環境等の変化などに伴い、その取扱いの見直しが必要と認められた場合には、適時適切に対応していく必要があると考えています。 国税庁としては、御意見のような保険商品やその利用実態も含め、保険商品全般の実態を引き続き注視し、必要に応じて取扱いの適正化に努めてまいりたいと考えています。」と述べている。

 令和元年法令解釈通達時におけるこの見解の延長線として、今回の所得税基本通達36-37の改正を位置づけることができる。その観点から、同様の見直しが今後も行われる可能性を認識できる。

2 生命保険業界のこれまでの対応

 生命保険業界は、これまで保険商品を提供し、これを中小企業(法人)が利用した場合、「その時点の既存税制が適用される」という流れの中で行動してきたと考えられる。この流れの中で、税制の想定する商品を超える(逸脱する)商品を提供し、実質的なインセンティブ税制を作り出してきたといえる。これは王道ではなく、いわば「潜脱」に(「である」と断定できるほどに)近い。

 この流れの中での生命保険業界の交渉相手は、国税庁であった。すなわち、既存税制の枠内で、解釈論として余地を探ることを模索していたといえる。しかし令和元年以降の国税庁の方向性は、保険税務を保険取引に中立な税制とする原則的考え方の徹底にある。当然、生命保険業界のお目こぼしとしての「余地を探る」動きは意味をなさない。

 生命保険法人契約における保険税務が、何らかのインセンティブ税制としての内容を持つ必要性があり、それが社会政策的に認められるべきと考えるなら、生命保険業界の交渉相手は国税庁ではない。すなわち、税法の立案段階の話まで工程はさかのぼる必要がある。これはいわば生命保険業界が王道としての交渉を行うかどうかの問題である。今までのところ生命保険業界がそのような動きを示した形跡はないと思われる。したがって大きな流れとしては国税庁の方向性の中で、今後、保険税務の必要な改正が行われていくものと考えらえる。

3 新型コロナウイルス感染症による企業活動への影響と生命保険業界

 新型コロナウイルス感染症のリスクを引き下げるための施策により、事業の実質的な中断を余儀なくされた企業は多い。その意味で感染症の影響は大きい。資金繰りに窮した企業に対する様々な取り組みも行われている。

 企業に対する感染症リスク引き下げ施策の影響といっても、個々の企業にはそれぞれ財務的な耐性がその時点のスタートラインとしてある。したがって結果の相違は生じている。中小企業(法人)の一部では、これまで社会的に指弾された「節税保険」を解約し、事前確保していた含み益を吐き出して財源にあてているケースもある(生命保険業界の解約の動向)と思われる。これは社会的に役立ったということではないのだろうか?

 もしこれを社会的に役立ったと考えるなら、生命保険業界は王道として「生命保険法人契約が含み益を持つ、すなわちインセンティブ税制を確保し、中小企業の財務体質強化に役立つ生命保険法人契約」を主張する道はあるかもしれない。道のりは長いが、少なくとも決定された通達を読み、それを潜脱するような商品を作り出して提供している裏街道から、王道への変化にはなる。

 ただし、今回の所得税基本通達36-37の改正をもとにもどすような考え方は、どう整理しても王道と主張することはできないのではないか。特定の中小企業経営者だけが利用できる資産移転手段としてのインセンティブの大義は王道の中には見いだせないと思われる。

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執筆者情報

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小山 浩一

著者略歴

生保会社勤務を経て2010年コンサルタントとして独立。
2017年3月 法政大学大学院政策創造研究科より「生命保険加入行動の実証分析」により法政大博士(政策学)。専門は、保険加入行動 リスク認知と対処行動 販売チャネルの消費者への影響等。
現在 法政大学大学院策創造研究科 兼任講師
(社)東京都食品福利共済会相談役
2020年10月(株)資産とリスク研究所設立、代表取締役。
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2021.07.15 09:42:42