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在宅勤務下での通勤の意義

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 テレワークによる在宅勤務が進む中、企業によっては8~9割の出勤削減を実現しているといい、2週間に1~2回程度の出勤が通勤に当たるのか疑義もなくはないことから、改めて、所得税法上の通勤の意義について整理した。

1 所得税法上の通勤手当と旅費

(1) 通勤手当

 所得税法上、給与所得を有する者で通勤するもの(通勤者)がその通勤に必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のために支出する費用に充てるものとして通常の給与に加算して受ける通勤手当(これに類するものを含む。)のうち、一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分として政令で定めるものについては、所得税を課さない旨規定されている(所法9①五)。

(2) 旅費

 給与所得を有する者が勤務する場所を離れてその職務を遂行するため旅行をし、若しくは転任に伴う転居のための旅行をした場合又は就職若しくは退職をした者若しくは死亡による退職をした者の遺族がこれらに伴う転居のための旅行をした場合に、その旅行に必要な支出に充てるため支給される金品で、その旅行について通常必要であると認められるものについては、所得税を課さない旨規定されている(所法9①四)。

(3) 非常勤役員等の出勤のための費用

 所得税基本通達9-5《非常勤役員等の出勤のための費用》では、給与所得を有する者で常には出勤を要しないものに対し、その出勤するための運賃等に充てるものとして支給される金品については、旅費(所法9①四)に準じて取り扱うこととされている。

 この取扱いの趣旨について、「所得税基本通達逐条解説・令和3年版」(樫田 明、今井慶一郎、佐藤誠一郎、木下 直人 共編、大蔵財務協会、以下「逐条解説」という。)によれば、次のように説明されている。

 「出勤に要する費用に相当する金額」を通勤手当として取り扱うべきかどうかには問題がある。すなわち、これらの者の出勤日数は一般の常勤者に比較して著しく少なく、その出勤状態が「通勤」といえるものではないこと、これらの者の住所がその出勤する場所からかなり遠隔の地にある場合も多く、その出勤の費用も多額に上ることなどの事情から、これを一般の通勤手当と同様のものとして取り扱うことは、かえって実情にそぐわないと考えられる。そのため、本通達ではこれをいわゆる旅費に準ずるものとして取り扱うことを明らかにしている。

 なお、実務的には、この非常勤役員等には、本項に例示されたものに限らず、例えば週3日程度の出勤をする一般の非常勤職員(例えば、非常勤の医師、大学の非常勤講師等)などについても同様に取り扱って差し支えないと考えられる。

2 労災法での通勤

 労災法(労働者災害補償保険法、昭和22年法律第50号)では、通勤について次のように規定している(同法7②)。

 通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。

一 住居と就業の場所との間の往復

二 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動

三 第一号に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)

 労災法は、労働者の福祉の増進に寄与することを目的とするものであり、所得税法とは目的が異なることから、所得税法に直接用いることのできるものではないが、その概念は参考となる。

 まず、本文で業務の性質を有するものが除かれているが、これは,所得税法では業務上の旅行として旅費でカバーされる部分である。また、第二号の「就業の場所から他の就業の場所への移動」についても、同様と考えられる。次に、第三号は、住居と就業の場所との間の往復に先行し、又は後続する住居間の移動であることから、これは、単身赴任者などが行う帰宅等の際の移動が該当する。

3 裁決で示された通勤の意義

 国税不服審判所平成28年4月5日付裁決(関裁(諸)平27第49号、以下「28年裁決」という。)によれば、通勤手当を非課税とする規定の趣旨について、「給与所得者に対して支給される通勤手当は、通勤に要する費用に充てられる実費弁償的なものであるために、一般の通勤者について通常必要と認められる範囲内のものは課税しないこととしたものである」とした上で、「上記の趣旨に照らせば、所得税法第9条第1項第5号に規定する通勤とは、給与所得者が居住して日常生活の用に供している家屋等の場所で、就業のための拠点となるところと就業場所との間の往復をいうものと解するのが相当である」との法令解釈が示されている。

 そして、通勤への該当の有無について、「本件勤務医らは、本件病院に連続して勤務する3日ないし5日間、本件病院の近辺にある請求人が用意したマンション等で生活し、当該マンション等と本件病院との間を往復して勤務していたことが認められる」として該当するとする一方、「本件勤務医らのそれぞれの自宅については、本件勤務医らが居住して日常生活の用に供している家屋等の場所には該当するものの、本件勤務医らは、その週の勤務の前日又は当日に請求人が用意したマンション等又は本件病院に移動し、その週の勤務を終えた後にそれぞれの自宅に帰宅していた」ことから該当しないと判断している。

 ここで、本件勤務医らのそれぞれの自宅については、「本件勤務医らが居住して日常生活の用に供している家屋等の場所には該当するものの」とした上で通勤には該当しないと判断していることからすると、「就業のための拠点となるところ」に該当するかどうかがポイントとなっている。

 この28年裁決の法令解釈によれば、所得税法にいう通勤とは、労災法第7条第2項第1号に定める「住居と就業場所との間の往復」のうち、その住居が「就業のための拠点となるところ」であるものということができ、換言すれば、「就業のための拠点となる住居と就業場所との間の往復」ということになる。

4 就業のための拠点となるところ

(1) 遠隔地の場合

 住居が遠隔地の場合には、毎日就業場所との間の往復をすることは、一般的には、時間的、経済的に困難で不合理と考えられるが、出勤日数が少ない場合には、2か所での居住に比較して、必ずしも不合理とはならない場合も考えられる。

 そして、住居が1か所のみの場合であれば、勤務のためその住居と就業場所との間の往復につき一定の規則性をもって行っている限り、その住居は、遠隔地であっても就業のための拠点となるところとして通勤手当の非課税の対象と考えられることからすれば、住居が遠隔地であることは、就業のための拠点となるところに該当しない理由にはならないと考えられる。

(2) 住居が複数の場合

 国税庁ホームページに掲載されている質疑応答事例「数か所に勤務する者に支給する通勤費」によれば、「それぞれの営業所等への通勤日数に応ずる合理的な運賃等の額の合計額を1か月当たりの合理的な運賃等の額として計算し、これを一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分の通勤手当として非課税限度額の計算をする」とされており、サテライトオフィスなど複数の就業場所がある場合についても通勤手当の非課税が認められることが明らかにされている。

 一方、就業のための拠点となるところが複数の場合については,必ずしも明らかではない。

 しかしながら、例えば、関東周辺の実家で老親と同居しながら介護をしている者が、介護の関係から毎週、月、水、金は実家から出勤し、火、木については都区内に有する自宅マンションから出勤することを繰り返しているようなケースについては、就業のための拠点となるところが2か所とみることに特段の問題は考えられない。

(3) 往復の規則性等の判断

 所得税基本通達9-5の取扱いは、非課税限度額のある通勤手当としてではなく、いわば非課税限度額のない旅費に準じて取り扱うものであることからすれば、通勤に該当するかどうか、すなわち往復の規則性、反復性及び継続性(以下「規則性等」という。)の判断に当たっては、通勤とはいえないことが明らかである場合を除き、その往復につき、ある程度の規則性等がある場合には、所得税法上の通勤とみることに消極的であるべき理由は考えられない。

 したがって,就業のための拠点となる住居と就業場所との間の往復につき、ある程度の規則性等がある場合には、通勤に該当するとみて差し支えないものと考えられる。

5 通勤への該当性

 以上からすれば、「就業のための拠点となるところ」に当たるかどうかは、就業場所や住居が複数であるかどうかにかかわりなく、住居と就業場所との間に、規則的な反復継続した往復があるかどうかにより判断するのが相当と考えられる。

 なお、仮に、2週間に1~2回程度の往復が「通勤」の概念に該当しないとみる場合には、所得税基本通達9-5の取扱いにより、その出勤のために直接必要であると認められる限り旅費として非課税と扱われるべきものと考えられる。

執筆者情報

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税理士 阿瀬 薫

昭和53年大阪国税局入局、国税庁法人課税課勤務等を経て、平成24年税務大学校研究部教授、27年沖縄税務署長、31年熊本国税不服審判所長を歴任し令和2年退官、税理士登録(麹町支部所属)

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2021.06.22 17:07:27