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求償権のゆくえ 令和2年7月14日最高裁判決を参考に

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 以前,このコラムで公務員の勤務関係についてお話しいたしました。今回は,公務員が故意・過失で不法行為を行った際に,誰がどういった責任を負うのかを考察したいと思います。

 国家賠償法という法律があり,公務員の不法行為については,その公務員が所属する国又は公共団体が賠償しなくてはならないとされています。その結果,公務員個人に対して賠償を求めることは一般にできません。ただし,公務員の行為が故意または重大な過失でなされた場合は,国又は公共団体が自ら賠償をしたのちに,その金銭を当の公務員から取り戻すことができる仕組みとなっています。これを求償権と呼びます。

 行政の内部で法務に携わると,この求償権を行使すべき事案であるか,判断に苦慮することも少なくありません。典型的なのは重過失といえるかどうかの判断です。こうした場合には重過失に当たる,という明確な基準が乏しいことが要因の一つです。

 さて,今回紹介する最高裁令和2年7月14日判決は,ある自治体で行われた教員採用試験の不正に関するものです。教育委員会の職員が受験者の得点を操作するなどの不正を行っていたという事案なので,故意に当たります。よって,重過失か否かは問題となりませんが,次のような点が争点となりました。

 まず,不正をした職員の1人が,不正発覚前に受給した退職手当を(返納命令を受けて)全額返納したため,自治体がこのぶんを控除して求償したことです。自治体の言い分は,職員だけでなく教育委員会にも落ち度があったことを考慮すべきというものでした。しかし,裁判所(前記最高裁の原審)はこの言い分を退け,仮に組織として不正を防止する体制に不備があったのだとしても,それ以前に得点の操作が禁じられていることは職員にとって自明であり,返納命令も正当なものであるから,求償権が制限されることはないと結論付けました。
 裁判所は,一般論として過失相殺や信義則の観点から求償権を行使しない余地がないとまでは述べていません。しかし,あえて求償権を行使しない場合には相当の理由が求められることになろうと考えられます。

 次に,不正をした職員が複数いたことから,自治体がどの職員にどの割合で求償できるのかが争点となりました。この点は原審である高裁と最高裁で判断が分かれました。高裁は,求償債務は分割債務であるとして,各職員の職責や関与の度合いに応じて債務が分割されるとしました。この結論を採る場合,もし財産を持たない職員がいれば,回収不能のリスクは自治体が負うことになります。ところが,最高裁は,これとは異なり,求償債務は各職員が連帯して負うものであるとし(不真正連帯債務),賠償を行った自治体はいずれの職員に対しても全額を求償することができる(全額を払った職員が他の職員にさらなる求償をする)としました。この場合には,特定の職員の無資力のリスクは,他の職員が負うことになります。
自治体が支払う賠償金の原資が税金であることや,複数の公務員が共同して故意の不法行為に及んでいるという事案に照らせば,最高裁の結論には納得がいきます。もっとも,これは複数の公務員が共同して故意に加害行為に及んだ場合についての判断であり,重過失のケースだとどうなるかは別途検討しなくてはなりません。

このように国家賠償法における「求償」は様々な論点を含み,なかなかに複雑な問題です。求償権の不行使に対して厳しい目が向けられる昨今,自治体は専門家も交えつつ十分に協議して結論を出すべきといえましょう。

執筆者情報

弁護士 鷲見 賢一

弁護士法人ALAW&GOODLOOP

会計事務所向け法律顧問
会計事務所向けセミナー

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 以前,このコラムで公務員の勤務関係についてお話しいたしました。今回は,公務員が故意・過失で不法行為を行った際に,誰がどういった責任を負うのかを考察したいと思います。 国家賠償法という法律があり,公務員の不法行為については,その公務員が所属する国又は公共団体が賠償しなくてはならないとされています。その結果,公務員個人に対して賠償を求めることは一般にできません。ただし,公務員の行為が故意または重大な過失でなされた場合は,国又は公共団体が自ら賠償をしたのちに,その金銭を当の公務員から取り戻すことができる仕組みとなっています。これを求償権と呼びます。 行政の内部で法務に携わると,この求償権を行使すべき事案であるか,判断に苦慮することも少なくありません。典型的なのは重過失といえるかどうかの判断です。こうした場合には重過失に当たる,という明確な基準が乏しいことが要因の一つです。 さて,今回紹介する最高裁令和2年7月14日判決は,ある自治体で行われた教員採用試験の不正に関するものです。教育委員会の職員が受験者の得点を操作するなどの不正を行っていたという事案なので,故意に当たります。よって,重過失か否かは問題となりませんが,次のような点が争点となりました。 まず,不正をした職員の1人が,不正発覚前に受給した退職手当を(返納命令を受けて)全額返納したため,自治体がこのぶんを控除して求償したことです。自治体の言い分は,職員だけでなく教育委員会にも落ち度があったことを考慮すべきというものでした。しかし,裁判所(前記最高裁の原審)はこの言い分を退け,仮に組織として不正を防止する体制に不備があったのだとしても,それ以前に得点の操作が禁じられていることは職員にとって自明であり,返納命令も正当なものであるから,求償権が制限されることはないと結論付けました。 裁判所は,一般論として過失相殺や信義則の観点から求償権を行使しない余地がないとまでは述べていません。しかし,あえて求償権を行使しない場合には相当の理由が求められることになろうと考えられます。 次に,不正をした職員が複数いたことから,自治体がどの職員にどの割合で求償できるのかが争点となりました。この点は原審である高裁と最高裁で判断が分かれました。高裁は,求償債務は分割債務であるとして,各職員の職責や関与の度合いに応じて債務が分割されるとしました。この結論を採る場合,もし財産を持たない職員がいれば,回収不能のリスクは自治体が負うことになります。ところが,最高裁は,これとは異なり,求償債務は各職員が連帯して負うものであるとし(不真正連帯債務),賠償を行った自治体はいずれの職員に対しても全額を求償することができる(全額を払った職員が他の職員にさらなる求償をする)としました。この場合には,特定の職員の無資力のリスクは,他の職員が負うことになります。自治体が支払う賠償金の原資が税金であることや,複数の公務員が共同して故意の不法行為に及んでいるという事案に照らせば,最高裁の結論には納得がいきます。もっとも,これは複数の公務員が共同して故意に加害行為に及んだ場合についての判断であり,重過失のケースだとどうなるかは別途検討しなくてはなりません。このように国家賠償法における「求償」は様々な論点を含み,なかなかに複雑な問題です。求償権の不行使に対して厳しい目が向けられる昨今,自治体は専門家も交えつつ十分に協議して結論を出すべきといえましょう。
2021.03.30 17:39:48