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未成年者の特別代理人、配偶者居住権

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 ある日、知り合いのS税理士さんから電話で相談があった事例を紹介しよう。
 すなわち、まだ50歳代のAさんが亡くなり相続が生じた事例である。
 相続人は,妻Bさんと15歳の娘Cさん。相続財産は、わかりやすいように、亡Aさん一家が自宅として居住しているマンションと高額の銀行預金だけとしておこう。
 まだ若い夫亡Aさんが突然なくなって、妻Bさんは途方に暮れて、誰にも相談せずに、ひとまず、司法書士Xさんの事務所へ行き、自宅マンションをBさん単独取得とする相続登記手続をしてもらった。
 その後、マンションも高額で、かつ銀行預金も多額であり、基礎控除3000万円+(600万円×法定相続人数2名)=4200万円を超えて、相続税の申告が必要だとわかった。
 そこで、妻Bさんは、司法書士Xさんの紹介でS税理士の事務所を訪れて、同税理士に相続税の申告手続きをしてもらうことになったとのことである。
 S税理士は、妻Bさんと15歳の女の子Cさんを共同相続人とする、被相続人亡Aさんの相続税申告手続に際して、税務署に遺産分割協議書を提出するに際して、家庭裁判所に対し,Cさんにつき特別代理人を選任してもらうように請求する必要があると考えた。
 なぜなら、妻Bさんは未成年者Cさんの母親であり、Cさんの親権者となる(民法818条1項)。
そして、被相続人亡Aさんの相続に関して、BさんとCさんは共同相続人となり、二人の行う遺産分割協議は、BさんとCさんの利益が相反する行為となり、親権を行う者であるBさんは、その子Cさんのために特別代理人の選任を家庭裁判所に請求しなければならないとされている(民法826条)からである。
 家庭裁判所に対し特別代理人選任の申立をする場合、添付書類として、家庭裁判所から「利益相反に関する資料」の提出を求められる。
 本件の場合には、「遺産分割協議書の案」が考えられる。
 S税理士は、依頼者Bさんに特別代理人選任の手続が必要だとアドバイスした。
 Bさんたちは全く法律の素人、当然、S税理士がたより。S税理士は、Bさんからいろいろとアドバイスを求められる。
 そこで、S税理士は、当職の事務所に電話をかけてきたものであろう。
 以下は、S税理士と当職の電話でのやりとりである。
 
 S税理士
「夫Aが亡くなり、相続人は妻Bと夫婦間の15歳の女の子C、二人の間で遺産分割協議書を作成するには、特別代理人の家庭裁判所による選任が必要ですね。二人の遺産分割協議書の分割割合は、子に遺留分くらいは認めてやらないとまずいでしょうね?」
 
 当職
「もちろん、特別代理人の選任は必要、分割割合は、遺留分では不十分、やはり法定相続分、すなわち妻2分の1,15歳の女子2分の1にしとかないと家庭裁判所は通らないのではないか?」

【説明】

 家庭裁判所では、提出された「利益相反に関する資料」、例えば「遺産分割協議書の案」を検討して、未成年者Cの利益が十分に守られているかを考慮して、その裁判所が選任する特別代理人を指導することがあると想像される。
 したがって、「利益相反に関する資料」としての「遺産分割協議書の案」はただ裁判所に提出すればよいというわけにはいかない。内容も、ちゃんと未成年者の利益保護を図ったといえるものでなければならない。うかつにいいかげんな内容では,家庭裁判所や選任された特別代理人は納得してくれないだろうと思って,当職は「家庭裁判所は通らないのではないか?」と電話で言ったのである。

 S税理士
「それでは、15歳の女子に高額な預金を取得させることになってまずい」

 S税理士によると、不動産は自宅のマンションだけであとは銀行預金、全部を合計すると4200万円(基礎控除額3000万円+600万円×相続人数2名)を超えるので、相続税の課税があり、相続税申告も必要で、その申告をS税理士が頼まれたそうである。
 夫A死亡による相続を一次相続、妻B死亡による相続を二次相続と呼ぶとすると、配偶者の税額軽減特例は今回の一次相続にしか使えないので、今回相続財産全体の2分の1か又は1億6000万円のいずれか大きい金額を妻Bに取得させたいとのこと。

 当職
「別にそんなに心配しなくても良いのではないか? マンションを15歳の女子に取得させて、妻Bに銀行預金を相続財産全体の2分の1か又は1億6000万円のいずれか大きい金額を取得させれば、15歳の女子はそれほど多額の預金を取得させなくても良いのではないか。」
と答える。

 これに対し、S税理士によると、依頼者妻Bが自分のところに相続税申告を頼みに来る前に、司法書士にマンションの登記を相談したら、すぐにマンションにつき妻Bの取得として、妻Bの単独取得の相続登記をやってしまったとのことである。
 当職は、思わず、登記手続を済まして手数料さえもらえば良いのかと言って、それ以上は絶句。
 遺産であるマンションについて、妻Bと15歳の女子Cの間で妻B単独取得と定めたのは、遺産の一部分割となり、利益相反行為であり、特別代理人選任なしの遺産分割協議自体、違法かつ無効となるのではないか? 法務局でチェックされなかったのか?
 ある研究会で、司法書士さんに聞くと、そんなこと法務局が通したのだろうかと言われた。
 これにつき、S税理士の説明によると、15歳の子は、被相続人Aの生前、事実上多額の生前贈与を受け取っており、今回の遺産分割においては、相続分が実際上ないという、いわゆる「相続分のないことの証明書」(別に「特別受益証明書」ともいう。)を出したので、特別代理人のことを法務局にうるさく言われなかったとのことである。
 ものの本には次のとおり書かれている(「登記のための税務」第2版、民事法研究会114頁)。
 すなわち、「登記実務では、『私は被相続人の生前中に相続分以上の贈与を受けているのでこのたびの相続開始に際しては,相続分として受け取るべき権利のないことを証明します』という趣旨の文言の定型文書を利用しているのが一般的なようです。」とういうこと。
それで本件のようなB単独取得の登記手続きをしてしまって法務局から文句が出なかったのであろう。
 よく、嫁にいった相続人の娘が嫁入りの時多額の持参金や新居を建築するにつき多額の援助を受けたとして、今回の相続に際して、もはや自分には相続分がないとして、相続分のないことの証明書に署名・押印して、それを法務局に出すようなことは決してめずらしいことではない。
 しかしながら,15歳の女子は、そんな多額の生前贈与を受けた事実はないので、担当司法書士は、虚偽のことを書いたと言わざるを得ない。担当司法書士は、遺産分割全体のバランスを考慮せず、自分の仕事、マンションの登記手続で特別代理人なしに済ませることだけを考えたと言わざるを得ない。
 とはいえ、司法書士さんを責めるのは無理。
なるほど、未成年者とその法定代理人親権者が共同相続人となる場合、被後見人と成年後見人が共同相続人となる場合に利益相反となることから特別代理人の選任を考慮しない弁護士は皆無。
 ある調停事件で、認知症で後見開始となって被後見人おばあちゃんとその成年後見人となっている長男の二人から、亡くなったおじいちゃんの相続税の申告を頼まれた税理士さんが特別代理人選任なしで、被後見人おばあちゃんと成年後見人の長男の二人の共同相続として遺産分割協議書を作成して、どうも相続税申告の時に違法・無効な遺産分割協議書を税務署に提出したらしいという話を聞いたことがある。
 それに相続税がからむ登記手続や相続税の申告手続では、一次相続、二次相続を通して、シミュレーションをしてみて、全体のバランスや配偶者税額軽減特例や小規模宅地の軽減特例の要件があるかどうかの検討など、やはり税金の専門家税理士さんでないと難しい。
 まして税金の専門家でもない司法書士さんに税金に関する考慮を求めるのは無理な注文。

 S税理士
「依頼者である妻Bは、15歳の女子Cに居住している自宅マンションを単独相続させると、大きくなったCから母親であるBが追い出されるのを心配したのでは」
という。

 当職
「そんな心配をしないで済むように、相続法改正で配偶者居住権の制度が出来たはず。」

 S税理士
「それでも、娘Cが第三者に対し自宅マンションを売り飛ばしたら」

 当職
「確か、配偶者居住権には、登記手続が認められているから、追い出されるのが心配なら今から配偶者居住権について登記しておけば良い。さらに、居住用不動産を妻Bに取得させず、15歳の女子Cに取得させれば、妻Bは、居住用不動産を取得しない代わりに、それだけ多額の銀行預金を取得できるから夫Aを早くに失った妻Bの生活 資源にもなる。
 特に、配偶者居住権は、高齢の母親と成人の息子や娘が共同相続人となる場合、高齢の母親は終生の配偶者居住権で居住が保護され、比較的に多額の銀行預金を取得できるから高齢者の保護にも役立つ。
 亡き夫A,妻B及び15歳の子Cは、A生前に3人同居していたから、B,Cいずれにマンションを取得させても、小規模宅地の軽減特例の適用は可能。
 さらに弁護士ドットコムタイムズ56巻16頁によると、一次相続において配偶者が配偶者居住権を相続するケースの方が、一次相続において配偶者が自宅の土地建物を取得するケースに比べて、一次相続、二次相続の合計額で考慮すると、前者が後者よりも相続税額は少なくなるそうである。
 そうすると、一次相続における配偶者居住権の利用は一次、二次相続を全体的に考えると相続税対策にもなる。」

 S税理士
「居住用不動産のマンションを妻C単独取得にしているから、法定相続分2分の1のとおりにすると、15歳の女子Cにそれだけ多額の銀行預金取得となる。母親Bとしては、子供にあまりに多額の銀行預金を取得させるのは、大金を子供の自由にさせるのは好ましくない、子どもが浪費するのではないかと心配している。」
 
 これに対し、当職は次のとおり助言した。

 当職
「15歳のときは問題ないと思うが、Cが17,8歳の生意気盛りになって、亡父の遺産分割で多額の銀行預金取得の事実を知れば、何を言い出すかわからないという母親Bの心配は理解できる。
 しかしながら、家庭裁判所に納得してもらうには、マンションと銀行預金の合計金額について法定相続分のとおり2分の1を未成年者Cに取得させるのが安全。
 子に大金を持たせる場合の母親Bの心配に対しては、娘Cが相続財産の2分の1取得として、多額の銀行預金は、Cが18歳となって成人になるまで、法定代理人親権者母であるBが管理することとし、Cは自分の預金であっても払い戻すためには、管理者母親Bに申し出て、払戻手続きをしてもらわなければならないという定めをするとか工夫してはどうか。
 払戻金額についても1か月にいくらの金額を上限とするとかの工夫をするのはどうか。」

 しかしながら、税理士さんや司法書士さんの一部には利益相反問題に無関心で、特別代理人選任必要の問題意識がない方もいらっしゃる。
 S税理士の話から、どうも担当司法書士Xは、特別代理人が必要だということはわかっていたようである。
 とにかく特別代理人選任なしにマンションの登記だけ済ましたいと考えて、「相続分のないことの証明書(別名、特別受益証明書)」を利用して手続きをしてしまったのであろう。
 後で税務署への相続税申告のときには、特別代理人なしには済まないことを考慮すれば、マンション登記だけに特別代理人なしに済ますための虚偽の説明で法務局の手続きをしてしまったのは問題である。
依頼者Bもつまみぐい的に遺産の一部について登記をするようなことをせず、遺産分割全体のバランスを専門家の税理士や家裁の手続全般を知っている弁護士などの専門家と相談したうえで事を運ぶべきであったと言わざるを得ない。
 今回の一次相続でマンションを15歳の子に相続させておけば、将来、母親Bの二次相続のときには、相続対象としては、そのときの母親Bの預貯金のことだけを心配すれば良いというメリットもあったのにと思われた。   

以 上

何かご質問があれば、当職所属事務所(電話093-967-1652)にお電話下さい。

執筆者情報

弁護士 永留 克記

弁護士法人ALAW&GOODLOOP

会計事務所向け法律顧問
会計事務所向けセミナー

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 ある日、知り合いのS税理士さんから電話で相談があった事例を紹介しよう。 すなわち、まだ50歳代のAさんが亡くなり相続が生じた事例である。 相続人は,妻Bさんと15歳の娘Cさん。相続財産は、わかりやすいように、亡Aさん一家が自宅として居住しているマンションと高額の銀行預金だけとしておこう。 まだ若い夫亡Aさんが突然なくなって、妻Bさんは途方に暮れて、誰にも相談せずに、ひとまず、司法書士Xさんの事務所へ行き、自宅マンションをBさん単独取得とする相続登記手続をしてもらった。 その後、マンションも高額で、かつ銀行預金も多額であり、基礎控除3000万円+(600万円×法定相続人数2名)=4200万円を超えて、相続税の申告が必要だとわかった。 そこで、妻Bさんは、司法書士Xさんの紹介でS税理士の事務所を訪れて、同税理士に相続税の申告手続きをしてもらうことになったとのことである。 S税理士は、妻Bさんと15歳の女の子Cさんを共同相続人とする、被相続人亡Aさんの相続税申告手続に際して、税務署に遺産分割協議書を提出するに際して、家庭裁判所に対し,Cさんにつき特別代理人を選任してもらうように請求する必要があると考えた。 なぜなら、妻Bさんは未成年者Cさんの母親であり、Cさんの親権者となる(民法818条1項)。そして、被相続人亡Aさんの相続に関して、BさんとCさんは共同相続人となり、二人の行う遺産分割協議は、BさんとCさんの利益が相反する行為となり、親権を行う者であるBさんは、その子Cさんのために特別代理人の選任を家庭裁判所に請求しなければならないとされている(民法826条)からである。 家庭裁判所に対し特別代理人選任の申立をする場合、添付書類として、家庭裁判所から「利益相反に関する資料」の提出を求められる。 本件の場合には、「遺産分割協議書の案」が考えられる。 S税理士は、依頼者Bさんに特別代理人選任の手続が必要だとアドバイスした。 Bさんたちは全く法律の素人、当然、S税理士がたより。S税理士は、Bさんからいろいろとアドバイスを求められる。 そこで、S税理士は、当職の事務所に電話をかけてきたものであろう。 以下は、S税理士と当職の電話でのやりとりである。  S税理士「夫Aが亡くなり、相続人は妻Bと夫婦間の15歳の女の子C、二人の間で遺産分割協議書を作成するには、特別代理人の家庭裁判所による選任が必要ですね。二人の遺産分割協議書の分割割合は、子に遺留分くらいは認めてやらないとまずいでしょうね?」  当職「もちろん、特別代理人の選任は必要、分割割合は、遺留分では不十分、やはり法定相続分、すなわち妻2分の1,15歳の女子2分の1にしとかないと家庭裁判所は通らないのではないか?」
2020.10.26 16:41:54