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水商売のキャストの所得をめぐる東京地裁判決

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 半世紀ほど近い記憶をたどると、税務署の個人事業者の業種分類には、接客サービス業として「ホステス」という分類があった。現在もそうかもしれない。この人たちはお店とは独立した個人事業者であると認識されていたわけであるが、いわゆるスナックで働くアルバイトさんと大差のない就労形態のホステスさんも多かったと思う。

 両者の大きな違いは、カウンターから出てお客さんと同席できるか否かだったように思うが、しかし、時が流れるにつれ、キャバレー、ナイトクラブとかも出現し、ホステスさんなのかアルバイトさんなのか容易に区別できなくなったようである。ただし、現状、個人事業者といえるようなホステスさんは少ないように思われる。

 今年9月1日、東京地裁において、某店舗のキャストの所得について、事業所得ではなく給与所得に該当するとの判決があった。

1 所得税法の規定

 所得税法は、報酬又は料金に係る源泉徴収義務を定めており、その中に「キャバレー、ナイトクラブ、バーその他これらに類する施設で、フロアにおいて客にダンスをさせ又は客に接待をして遊興若しくは飲食をさせるものにおいて、客に侍してその接待をすることを業務とするホステスその他の者(以下「ホステス等」という。)のその業務に関する報酬又は料金」が含まれている。水商売のキャストは上記の例示に含まれていないが、実態としてみるとホステス等と同じと解されるので、その報酬等はこの源泉徴収の対象となる。

 ただし、それらの報酬等のうち、給与所得に該当する給与等については、その源泉徴収の規定は適用しないこととしているので、ホステス等の業務に係る報酬等であっても、給与等に該当するものは、この源泉徴収の対象とならず(所法204①②)、別途、給与等として源泉徴収の対象となる(所法183)。

 したがって、所得税法上の所得区分として、水商売のキャストの所得には事業所得になるケースと給与所得になるケースがあることになる。しかし、お店側としては、いろいろ事情があって、当局からの指摘が具体化するまでは事業所得として頑張りたいのが実情のようである。その事情を整理すると、次のようになる。

2 ホステス等の所得区分と税負担等の事情

 事業所得及び給与所得の区分については、法令上それぞれ定義規定は存在するものの(所法27、28、所令63)、現実問題としては、裁判例・裁決事例等を参考にして個別に判定することになる。そして裁判例等によれば、事業所得の基因となる「事業」とは、一般的に、営利性・継続性があり、かつ、事業としての社会的客観性を有するものであるとか、自己の危険と計算において、独立性をもってなされるものであるとかいわれている。前者は、事業所得と雑所得などとを区分する上での基準とされており、後者は、事業所得と給与所得とを区分する上で基準とされている。

 ホステス等の業務に係る所得が事業所得に該当するか給与所得に該当するかは、このような裁判例等を参考にして個別に事実認定をして判定することになるが、いずれに該当するかによっては、次のように課税関係などに大きく影響するので留意を要する。

イ 源泉徴収税額

 ホステス等の報酬等が、事業収入として源泉徴収の対象となる場合には、その報酬等の1回に支払われる金額から「5千円にその支払金額の計算期間の日数を乗じて計算した金額」を控除した残額に10.21%の税率を乗じて計算した金額を源泉徴収することとされている。したがって、例えば30日の月分として1回に支払われる場合には、15万円を控除した残額に10.21%の税率を乗じて計算することになる。

 一方、その報酬等が給与等に該当する場合には、例えば甲欄月額15万円で扶養親族等がゼロの場合には、2千980円を源泉徴収することとされている。
 要するに、事業所得に該当する場合には、月額15万円までは源泉徴収の対象にならないことになる。したがって、その限度内であれば、ホステス等にとって、源泉税を天引きされることはないし、その配偶者の配偶者控除が否認されることも事実上ない。

ロ 申告所得税の必要経費実額控除と給与所得控除

 ホステス等の報酬等が事業所得に該当する場合には、ホステス等が自主的に確定申告をすることになるが、所得金額の計算上、そのホステス等の業務に関する必要経費の実額を全額控除することができる。しかし、その所得が給与所得に該当する場合には、所定の給与所得控除額だけを控除することになる。

ハ 消費税等の課税及び仕入税額控除

 ホステス等の報酬等が事業所得に該当する場合には、その報酬等の支払の際に消費税等の課税対象になるが、その報酬等の支払をする事業者の消費税額等の計算上は、その消費税等の金額を仕入税額控除の対象とすることができる。
 一方、その報酬等が給与所得に該当する場合には、その報酬等は消費税等の課税対象にならない反面、その報酬等の支払をする事業者の仕入税額控除の対象にもならない。

 したがって、事業者の消費税等の税負担の面では、その差は大きい。人件費が業務費用に占める割合が大きい水商売系の店舗の場合はなおさらである。

ニ 社会保険及び労働保険の適用関係

 ホステス等の業務に係る所得が事業所得に該当するか給与所得に該当するかによって、社会保険及び労働保険の適用関係に少なからず影響する。一昔前ならともかく、近年は社会保険や労働保険の適正化が重要視されており、社会保険労務士の活躍が目覚ましい時節となっている。

 人件費が業務費用に占める割合が大きい水商売系の店舗の場合は、その適用を受けるか否かにより、法定福利費の負担が大きくのしかかってくる。

 ホステス等にとっても、給与等とされる場合には目先の手取りが少なくなるため、心情としては事業収入扱いのままの店舗への鞍替えをしたくなるわけで、社会保険等の適正化により人材確保の店舗側の手間も増えることになる。

3 ホステス等に係る所得区分の判定基準

 上記2のような課税上の相違点等があるわけであるが、ホステス等の業務に係る所得が事業所得に該当するか給与所得に該当するかについての実務的な判断基準は、あいまいな現状であるといって差し支えないであろう。

 そこで、所得区分の取扱いが明らかにされている業種をみてみると、プロ野球選手や外交員又は集金人のケースがある。プロ野球選手の参稼報酬の所得区分については、次のようなことから、すべて事業所得として取り扱うこととされている(昭和26年直所2-82、5-23)。

① 選手は球団の指定する野球試合に出場することを約し、これに対して球団から出場契約料、試合出場料の支払を受けるものであり、かつ、当該選手の進歩又は人気の高低に応じてその出場料も増減せられるべき性質を有し、一般芸能人の出演契約と何らの差異が認められないこと。

② 試合出場に要する用具等は、特定のものを除き、すべての選手の個人負担であること。

(注) ホステス等も、プロ野球選手同様、時間的・空間的な拘束性・従属性があるものの、人気や成績によって報酬等のランク付けがなされるなどの点や費用負担の点で共通している。

 また、外交員又は集金人の業務に係る報酬又は料金が固定給とそれ以外の部分とに区分して支払われる場合には、固定給の部分は給与所得とし、それ以外の部分は事業所得として取り扱うこととされている。ただし、固定給として支払われるものであっても、一定期間の募集成績等によって自動的にその額が定まるもの及び一定期間の募集成績等によって自動的に格付けされる資格に応じてその額が定まるものは、事業所得として取り扱うこととされている(所基通204-22)。

(注) ホステス等の報酬等の額は日給額をベースに計算した上で加減算されるケースが多いと考えられるが、その日給額は、外交員等の固定給と同様、お店への貢献度等によってランク付けがされるなどの点で共通している。外交員等の場合は、販促等のための個人出費が多い人もいるようである。

 ホステス等に係る所得区分に当たっては、以上のプロ野球選手の参稼報酬や外交員等の報酬等の取扱いを参考にして、個別に判定することとなろう。

4 水商売のキャストの所得をめぐる東京地裁判決

 今年9月1日、東京地裁において、某店舗のキャストの所得について、事業所得ではなく給与所得に該当するとの判決があった。本件は、水商売のキャストの報酬等に対して給与所得として源泉徴収されたことの適否が争われている。水商売のキャストはホステスに該当するか否かといったことも争われているようである。

 判決では、①雇用契約又はこれに類するものに基づいており、②退店等の時間について店長の指揮命令に服し、空間的・時間的な拘束を受けており、③客の売掛金の回収責任を負うことがなく、自己の計算と危険において労務等の提供をしていたとはいえないとして、本件の水商売のキャストの報酬等は給与所得に該当するとしている。

 判決内容について細部にわたり分析する必要はあるものの、根底には上記2のような事情があるわけで、実際問題として事業所得に該当する事例は少ないのではないかと考えられる。

 なお、平成26年7月1日の裁決では、数人のスナックの店員につき、就労状況の別に、事業所得に該当するものと給与所得に該当するものとに区分して、次のように裁決している。

イ 事業所得に該当するもの。

 Aについては、本件店舗において接客業務に従事していたところ、請求人との関係において空間的、時間的な拘束を受け、請求人の指揮命令に服していたとまではいえない上、Aに対する金員は、Aの客の売上の50%相当額に当該客のほとんどの者が支払っていたホストチャージ及び同伴料等が加算される支払体系であったこと、及び接客のために費用負担していたことが推認されることからすると、請求人がAに支払った金員は、給与等には該当しないと認められるとしている。

ロ 給与所得に該当するもの。

 B及びCらは、出勤表や各タイムカードにより出勤日や入退店時間、従事時間、同伴、遅刻、及び欠勤等を請求人によって管理され、請求人の指揮命令に服して、空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務を提供し、その対価として、日給又は時間給を基本とし、これに、各人が接客業務を行ったか否かに関係なく飲食代金に応じ決定された金額とホストチャージ・同伴の実績等に応じ決定された金額が加算された金額を、月払により支給されていたものとするというべきであるから、請求人がB及びCらに支払った金員は、いずれも給与等に該当すると認められるとしている。

執筆者情報

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税理士 小田 満

 国税庁勤務22年の後、町田・横浜南・板橋の各税務署長を経て、平成19年税理士登録。
 主な著書は、「図表でわかる新税制による金融商品課税の要点解説」、「Q&A プロ選手・開業医・芸能人等の特殊事情に係る所得税実務」など多数。

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2021.06.16 13:06:49