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シリーズ「法人税・グレーゾーンの税法解釈」(承前)

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<その3 修繕費と資本的支出の区分>

1 法令及び通達の規定

 固定資産の修理、改良などの支出について、それが資産の取得とされる「資本的支出」に当たるか、それとも一時の損金として処理される「修繕費」に当たるかという問題は、理論的にはともかく実務的には判断が極めて困難なジャンルの一つと言える。税務調査などの際に課税当局との間で解釈に相違が生じやすいなどグレーゾーンの広がる領域と言える。

 法人税法施行令第132条は資本的支出に関して

「① その支出する金額のうち、その支出より、その資産の取得の時においてその資産につき通常の管理又は修理をするものとした場合に予測されるその資産の使用可能期間を延長させる部分に対応する金額
 ② その支出する金額のうち、その支出により、その資産の取得の時においてその資産につき通常の管理又は修理をするものとした場合に予測されるその支出の時における資産の価額を増加させる部分に対応する金額は、資本的支出に当たる」

旨を規定し資本的支出の意義および範囲を定めている。

 一方、修繕費に関しては、法人税法は、特段の規定を置いていない。これは修繕費として支出されたものが実質的に修繕費としての性格を有するものである場合には、法人税法第22条に規定する「原価又は販売費及び一般管理費」に該当し、支出した事業年度の損金に算入されることによるもので、いわば自明のこととして特段の規定はされていないものと解されるところ。

 しかし、いかなる支出をもって修繕費とするのか、上記の資本的支出との違いはどこにあるのかという問題は残る。

 この点に関し、法人税基本通達7-8-2は「法人がその有する固定資産の修理、改良のために支出した金額のうち当該固定資産の通常の維持管理のため、又はき損した固定資産につきその現状を回復するために要したと認められる部分の金額は修繕費となる」とし、修繕費の意義を通達の形で示している。

2 修繕費と資本的支出の区分とポイント

 上記の法人税施行令の規定振り及び法人税基本通達による解釈基準からみると、修繕費と資本的支出を区分するキーワードは、次の4つに集約されることになる。

 ① 資本的支出…「使用期間の延長」又は「価額の増加」
 ② 修繕費…「通常の維持管理」又は「現状の回復」

 従って、固定資産に対する支出がその固定資産の使用可能期間を延長させたり、その固定資産の価額を増加させるようなものであれば「資本的支出」に該当し、一方、その支出が通常の維持管理のためや、き損した部分の現状回復のための支出であれば「修繕費」に該当するということになる。

3 通達による具体的な例示等

(1) 資本的支出と修繕費の例示

 以上の政令の規定及び通達による解釈基準については、理論的には首肯できるとしても、多種・多様にわたる支出が具体的には「資本的支出」に当たるか「修繕費」に当たるかの判断基準としては抽象的という感は免れないところ。このため法人税基本通達では、それぞれより次の具体的な例示を示している。実務上は、これらをガイドに個々の事例について判断を行っていくことになる。

イ 資本的支出の例示
 次のような金額は、原則として資本的支出に該当する(基通7-8-1)
① 建物の避難階段の取付けなど物理的に付加した部分に係る費用の額
② 用途変更のための模様替えなど改造または改装に直接要した費用の額
③ 機械の部分品を特に品質または性能の高いものに取り替えた場合のその取替えに要した費用の額のうち、通常の取替えの場合に要すると認められる費用の額を超える部分の金額。なお、建物の増築、構築物の拡張、延長などは、資本的支出ではなく、建物等そのものの取得に当たる。

ロ 修繕費の例示
 次に掲げるような金額は、修繕費に該当する(基通7-8-2)。

① 建物の移えい又は解体移築に要した費用の額。ただし、解体移築にあたっては、旧資材の70%以上がその性質上再使用できる場合であって、当該旧資材をそのまま使用して従前の建物と同一の規模及び構造の建物を再建築するものに限る。

② 機械装置の移設に要した費用の額(集中生産のための移設費等を除く)。

③ 地盤沈下した土地を沈下前の状態に回復するために行う地盛りに要した費用の額。ただし、次に掲げる場合のその地盛りに要した費用の額を除く。
 イ 土地の取得後直ちに地盛りを行った場合
 ロ 土地の利用目的の変更その他土地の効用を著しく増加するための地盛りを行った場合
 ハ 地盤沈下により評価損を計上した土地について地盛りを行った場合

④ 建物、機械装置等が地盤沈下により海水等の浸害を受けることとなったために行う床上げ、地上げ又は移設に要した費用の額。ただし、その床上工事等が従来の床面の構造、材質等を改良するものである等明らかに改良工事であると認められる場合のその改良部分に対応する金額を除く。

⑤ 現に使用している土地の水はけを良くする等のために行う砂利、砕石等の敷設に要した費用の額及び砂利道又は砂利路面に砂利、砕石等を補充するための費用の額。

4 修繕費と資本的支出の区分に関する形式基準

 修繕費と資本的支出の区分については、理論的には上記政令や通達の考え方に沿って判断することになるが、現実の具体的事例に即して判断するとなると判断に迷うケースも少なくない。このため法人税基本通達では、一定のケースについては次の様な形式基準や金額基準を示し、実務処理の便宜を図ることとしている。

(1) 少額又は周期の短い費用の損金算入

 次の少額又は周期の短い費用は修繕費とすることができる(法基通7-8-3)。

① 一の修理、改良のために要した費用の額(2以上の事業年度にわたって行われる場合は各事業年度毎に要した額)が20万円に満たない場合
② 修理、改良等がおおむね3年以内の期間を周期として行われることが既往の実績その他の事情からみて明らかである場合

(2) 形式基準による修繕費の判定

 固定資産について支出した費用の額のうち資本的支出であるか修繕費であるかの区分が明らかでない金額がある場合には、次に述べる基準をもってその区分を行うことが認められる(法基通7-8-4)。

① 一の修理、改良等のために要した費用の額のうちに資本的種出であるか修繕費であるかの区分が明らかでない金額がある場合において、その金額がいずれかに該当するときは、これを修繕費として損金の額に算入することができる

② その金額が60万円に満たない場合

③ その金額がその修理、改良等に係る固定資産の前期末における取得価額のおおむね10%相当以下である場合。

④ 一の修理、改良等のために要した費用の額のうち資本的支出であるか修繕費であるかの区分が明らかでない金額(上記①~③及び(1)の少額又は周期の短い費用の損金算入適用を受けるものを除く。)がある場合において、法人が継続してその金額の30%相当額とその修理、改良等をした固定資産の前期末における取得価額の10%相当額とのいずれか少ない金額を修繕費とし、残額を資本的支出として修理している場合には、それが認められる(法基通7-8-5)。

(3) 被災資産に係る形式基準

 被災資産について支出した費用の額のうちに資本的支出であるか修繕費であるかが明らかでないものがある場合において、その支出した費用の額の30%相当額を修繕費とし、残額を資本的支出として経理しているときは、その処理が認められる(基通7‐8‐6)。

5 ソフトウェアに係る修繕費と資本的支出の区分

 コンピュータ・ソフトウェアは法人税法上、減価償却資産である固定資産のうち「無形固定資産」の一種と規定されている。したがって、無形固定資産であるソフトウェアについて支出されたシステム修正や機能追加などの費用については基本的に「建物」や「機械・装置」などの固定資産全般について支出される修繕費や資本的支出と同じ基準で判断する必要がある。

 しかし、ソフトウェアについては、一般の有形固定資産とは異なり「物理的な減耗や棄損」及び「物理的な使用可能期間の延長」といった概念があてはまらないことになるためソフトウェア独自の解釈基準として法人税基本通達7-8-6の2が示されている。

 この法人税基本通達7-8-6の2では「プログラムの機能上の障害の除去、現状の効用の維持等に該当するときは…修繕費」とし「新たな機能の追加、機能の向上等に該当するときは…資本的支出」とするソフトウェア独自の解釈基準が示されている。

 この基準は、定性的な解釈基準を示すに止まっている。具体的事例に即して判断すると次の様なケースについては基本的には修繕費としての処理が可能と思われる。

① 消費税の改正や減価償却制度の改正に伴う事務処理システムの修正費用は「現状の効用維持」のための支出として修繕費

② 社内組織変更などに伴うコード変更・入出力画面の変更等のための費用は「現状の効用維持」のための支出として修繕費

③ コンピュータウイルスの除去作業等やセキュリティ機能維持の費用は、機能上の障害の除去」のための支出として修繕費

④ 新札や新貨幣の発行に伴うレヂや自動販売機などのプログラム修正費用は「機能上の障害を除去し現状の効用を維持」するための支出として修繕費

6 資本的支出と解される事例・修繕費と解される事例

(1)資本的支出の事例

 資本的支出に該当するとされた事例として、次のようなものがある。

① 自動火災報知設備および避難誘導灯の増設費用は、新しい機能の物理的負荷による保安地域の増加があるので、資本的支出に該当するとされた事例

② 建物の窓ガラスにガラス飛散防止フィルムを取り付けた費用は、資本的支出であるとされた事例

③ 建物の窓枠の木製からアルミサッシ製への取替費用は、資本的支出に当たるとされた事例

④ 工場の屋根をトタン葺からカラー鋼板葺への全面葺き替えの費用は、資本的支出であるとされた事例

⑤ ビルのコンクリート壁を全面的にタイル壁に張り替えた費用は、資本的支出に該当するとされた事例

⑥ ボイラーの運転を集中制御にするため、そのメーターを全部取り替えた費用は、資本的支出に当たるとされた事例

⑦ 各種タンクの配管について、塩化ビニール製からステンレス製に取り替えた費用は資本的支出であるとされた事例

⑧ 製造プラントに設置されている計器類を新型のものに取り替えた費用は、資本的支出に該当するとされた事例

⑨ ビルの広場の路面に、雨天などの際の転倒事故防止のため、新たに滑り止めの工事を行った費用は、資本的支出であるとされた事例

⑩ ゴルフ場経営会社のミドルホールをロングホールに改造するために要した費用は、資本的支出であるとされた事例

⑪ 鉄道会社がいわゆるパスモの導入に際して要した、改札機や券売機、料金箱などの改良のための費用は資本的支出であるとされた事例

⑫ 中古のホテルを取得し、営業を続けながら外壁塗装や雨漏りの修理を行った費用は、修繕費ではなくホテルの取得価額に算入すべきであるとされた事例

(2)修繕費の事例

 修繕費に該当するとされた事例として、次のようなものがある。

① 法律の制定に伴う防災設備である消火栓の取替費用は、消火栓の口径をおおきくするものであっても、修繕費でよいとされた事例

② 無線電波の割当周波数の変更に伴う無線機の取替費用は、修繕費に当たるとされた事例

③ 法律の改正に伴う高層建築物の航空機障害灯の変更(ランプの取替え、標識の塗替え)費用は、修繕費に該当するとされた事例

④ 取得直後に第三者から故意に破損された建物の修復費用は、原状回復の費用として修繕費でよいとされた事例

⑤ 絵画、額縁に対する修復、清浄のための費用は、修繕費に当たるとされた事例

⑥ プロパンガスボンベのバルブを定期検査ごとに取り替える費用は、そのバルブがまだ使用に耐えるものであっても、修繕費に該当するとされた事例

⑦ 長年事業の用に供している機械のオーバーホール(分解、修理、点検、整備)の費用は、部品の交換について品質や性能の高いものに取り替えたものでない限り、修繕費でよいとされた事例

⑧ 排ガス規制に伴い、ディーゼル車に装着した「粒子状物質減少装置」の装着費用は、条例に従って現状回復費用であるとして修繕費でよいとされた事例

⑨ 大型貨物自動車に速度抑制装置(スピードリミッタ)を装着した費用は、その自動車の使用可能期間の延長または価値の増加をもたらすものではなく、また、法令の規定に従って行う通常の維持管理のためのものであるから、修繕費に該当するとされた事例

⑩ 所有建物などのアスベストの有無の検査・調査のための費用やその除去のための費用は、アスベストの除去等は法的な義務(石綿障害予防規定)に伴うものであるから、修繕費でよいとされた事例

⑪ 土壌汚染のある土地の所有者は、汚染の除去、浄化等の改善を要することとされたが(土地汚染対策法)、それに伴う土壌の入替え、浄化、封じ込めなどの費用は、原状回復の費用として修繕費でよいとされた事例

参考文献 成松洋一著「新減価償却の法人税務」(財)大蔵財務協会



執筆者情報

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税理士 小畑 孝雄

昭和41年東京国税局入局、国税庁法人税課、国税不服審判所勤務等を経て平成16年東京国税局法人課税課長、18年同調査第2部長を歴任し19年退官、税理士登録(日本橋支部所属)

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2019.09.26 13:22:21