「相続法改正~預貯金債権の一部行使について~」
さて、今回は私から、相続法改正の中から「預貯金債権の一部行使」という新制度を紹介します。
1 預貯金債権の払い戻しが必要になる場面
相続が開始されると、被相続人が遺した遺産を共同相続人が遺産を分割すべく、協議あるいは調停(以下では、「協議等」と呼びます)に入ることになります。
ただし、何でもかんでも協議等をする必要があるわけではありません。
例えば、被相続人が他人に貸し付けた貸金といった金銭債権は、可分債権であり、遺産分割の協議等を経なくとも、相続が開始した時点で、各共同相続人の相続分に応じて各共同相続人に承継されたことになります。
金融機関に預けた預貯金債権も金銭債権であり、可分債権といわれます。
そうであれば、この預貯金債権も遺産分割の協議等を経ずに承継されるということになりそうですが、これについては判例が、預貯金債権は遺産分割を経てから各相続人に承継されると判断しましたので、遺産分割の協議等を経てからでないと承継されません。その間、預貯金債権は相続人間で共有することになり、各共同相続人が単独で、行使すること、すなわち払い戻しを受けることはできません。
ところが、被相続人が亡くなってから割りと早い段階で預貯金債権の払い戻しを受ける必要が生じます。
例えば、葬儀費用や、亡くなる直前まで入院していた病院の入院費用といった、費用の精算が迫ってきます。あるいは、相続人のうちの1人が被相続人と一緒に暮らしていた場合で、被相続人から生活費を支出してもらっていた場合は、生活費の確保が急務となります。
こうした事情があった場合、共同相続人間で合意があった場合は別として、合意が得られない場合、対応に窮することになります。
2 預貯金債権の一部行使の新設
今回の相続法の改正により、各共同相続人が、他の相続人の同意がなくとも、単独で払い戻しを受けることができるようになります。この制度を、「預貯金債権の一部行使」といいます。(「行使」は「払い戻し」と言い換えて結構です。)
新設民法909条の2、および民法909条の2に規定する法務省令で定める額を定める政令、から同制度に基づく払い戻しの要件は次の通りとなります。
ア:行使できる人
相続人
イ:行使の対象
遺産に属する預貯金債権
ウ:行使できる金額
相続開始の時の債権額の3分の1に当該払い戻しを求める共同相続人の法定相続分を乗じた金額。ただし、同一の金融機関に対しては、預貯金債権の債務者ごとに150万円を限度とする。
行使できる預貯金債権の割合および金額については、個々の預貯金債権ごとに判断されることになります。
例えば、甲銀行に普通預金300万円、定期預金(以下では、満期が到来しているものとします)600万円があった場合で、相続人が被相続人の子ども達2人だった場合を想定します。
各人の法定相続分は3分の1ですので、相続人1人につき、払い戻しを受けることができる金額は、
普通預金(甲):300万円×3分の1×2分の1=50万円
定期預金(甲):600万円×3分の1×2分の1=100万円
となります。
また、金融機関ごとに150万円を限度としているため、同一の金融機関に複数の口座がある場合、その金融機関に単独で行使できる金額は150万円となります。
仮に普通預金が600万円だったとすると、
普通預金(甲):600万円×3分の1×2分の1=100万円
定期預金(甲):600万円×3分の1×2分の1=100万円
となりますが、限度額をオーバーしているため、甲銀行に対して150万円しか単独で払い戻しを受けることができません。
一方、甲銀行に対して普通預金600万円、乙銀行に対して定期預金600万円があった場合は、
普通預金(甲):600万円×3分の1×2分の1=100万円
定期預金(乙):600万円×3分の1×2分の1=100万円
となりますが、150万円の限度は金融機関ごとに判断します。
甲銀行との関係でも、乙銀行との関係でも限度額内ですので、結果的に、共同相続人1人あたり、甲銀行に対して100万円、乙銀行に対して100万円、合計200万円を単独で払い戻しを受けることができます。
3 施行日
最後に施行日をおさえておきましょう。
預貯金債権の一部行使については、2019年7月1日が施行日とされています(なお、今回の相続法改正は、制度によって施行日が異なりますのでご注意ください。)。
施行日後に開始した相続について制度を利用することができるのはもちろんですが、施行日前に開始した相続についても、施行日以後は制度を利用することができます。