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非居住者が支払を受ける退職所得の課税方式の選択の特例

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1.居住者の退職金に課された源泉所得税の還付を求めることのできる特別措置

海外子会社の役員が定年退職するに際して、国内の親会社がその役員に対して退職金の支払をする場合において、この役員が、国内の親会社にとっては出向中の社員(使用人)であり、かつ、引き続き現地で再雇用される予定であって非居住者に該当するときは、その退職金については、20.42%の源泉徴収の対象になる。ところが、この会社員が、仮に、国内に転居し居住者になった後に退職金の支払を受けるとしたら、退職金の額から退職所得控除額を控除し、その2分の1の金額だけが課税の対象になるわけで、税負担としては相当の開差が生じるという問題がある。

そこで、非居住者が支払を受ける退職金については、居住者が支払を受けたものとみなして、退職金に課された源泉所得税の還付を受けることができる特別措置が設けられている。以下、この特別措置について解説する。

2.居住者、非居住者で異なる課税所得の範囲

日本の所得税は、その納税者が居住者に該当するか非居住者に該当するかによって、課税所得の範囲が異なる。居住者とは、日本国内に住所を有し又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいい、非居住者とは、居住者以外の個人をいう。

納税者が居住者に該当する場合には、その所得が国内源泉所得であれ国外源泉所得であれ、すべての所得について日本の所得税が課される。一方、非居住者に該当する場合には、国内源泉所得に限って原則として日本の所得税が源泉徴収される。

国内源泉所得と国外源泉所得との区分は、収入等の形態別に定められており、給与その他人的役務の提供に係る報酬等については、その人的役務の提供地に所得の源泉があるとしてその提供地の属する国の国内源泉所得に該当するとされている。

3.海外勤務により受ける給与等の課税の原則

上記2により、海外勤務の「会社員(使用人)」が「居住者」に該当する場合には、その会社員が支払を受ける給与等について、国内国外いずれの勤務により受けるかを問わず、その総額に対して日本の所得税が課されることになり、また、「非居住者」に該当する場合には、国内勤務により受ける給与等(国内勤務期間分)については、非居住者に係る国内源泉所得に該当するため、日本の所得税は課されるが、海外勤務により受ける給与等については日本の所得税は課されないことになっている。

ただし、その者が「会社役員」である場合には、その役員の役務についてどこで提供されたのかを特定することが困難なため、その役員が「非居住者」に該当する場合であっても、その役員が支払を受ける給与等について、国内国外いずれの勤務により受けるかを問わず、その総額に対して日本の所得税が課されることになっている。

その会社役員の場合の更なる特則として、その役員が同時にその内国法人の使用人として常時勤務する場合のその役員としての勤務に基因するものは、原則として日本の所得税が課されないことになっている。また、その法人の海外子会社に使用人として常時勤務する場合にも、原則として日本の所得税が課されないことになっている。

4.非居住者に該当するか否かによる税負担の開差

国内の親会社にとっては海外子会社に出向中の社員(使用人)が、非居住者に該当する場合には、上記3により、その社員が国内勤務により受ける退職金(国内勤務期間分)は、非居住者に係る国内源泉所得に該当するため、日本の所得税が課されることになる。この場合の課税方式としては、退職金支給額に対して20.42%の税率による源泉分離課税の対象になり、例えば、退職金が2000万円の場合だと、税額は、408万4000円になる。

仮にこの社員が居住者に該当するとした場合には、例えば、勤続年数20年で、退職金が2000万円の場合、退職所得控除額は800万円となり、残額の1200万円の2分の1の金額600万円だけが課税の対象となり、それに超過累進税率をかけると税額は、77万2500円になるわけで、330万円以上の税負担の開差が生じることになる。

5.非居住者が支払を受ける退職所得の課税方式の選択

上記4は、退職金の支払を受けるタイミングが、居住者に該当する時か非居住者に該当する時かの違いによるものである。そういったタイミングの違いによって税負担が大きく異なることの不公平感があることから、これを調整する措置として、「非居住者が居住者として行った勤務に基因する退職金の支払を受ける場合には、居住者として支払を受けたものとみなす」という特例がある(所法171、172②)。

執筆者情報

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税理士 小田 満

 国税庁勤務22年の後、町田・横浜南・板橋の各税務署長を経て、平成19年税理士登録。
 主な著書は、「図表でわかる新税制による金融商品課税の要点解説」、「Q&A プロ選手・開業医・芸能人等の特殊事情に係る所得税実務」など多数。

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2019.03.19 17:32:36