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民事信託契約に関する裁判例紹介

法務
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 近年、将来的に発生する相続に対する備えの一環として、信託契約を締結するという方法が広まっています。
 そして信託といえば、従来は信託銀行のような信託業上の登録を行っている信託業者との間で信託契約を締結して金融資産を信託する商事信託が主流ですが、ここ最近は、民事信託や家族信託という名称で、信託業者を介さない信託契約を締結する例が増えています。

 ここで、信託契約とは、委託者が受託者との間で、受託者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨、並びに受託者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他当該目的達成のために必要な行為をすべき旨の契約のことをいいます(信託法3条1号)。
 そして、信託契約では委託者と受託者以外に受益者という立場が存在し、受益者は、信託行為(ここでは信託契約)に基づき受託者に対して受益権を有します。
 信託契約では、委託者や受託者、受益者の定めのほか、信託目的や信託財産、信託事務、受益者が得られる権利の内容等が明記されます。
 このように、信託目的の設定によって信託財産の使用方法を指定できたり、受益者の定め方次第で、委託者の希望に沿った財産の行先を指定できるという点で、財産を残す側にとっては、遺言よりも柔軟性のある方法だと評価されることもあります。

 もっとも、遺言の代わりに信託契約を締結したとしても、遺留分など法律上規定のある権利を侵害することはできませんし、一時期、話題となっていた節税効果という点でも、目覚ましい効果があるわけではないようです。
 とはいえ、財産を残す側の意思をより尊重するという意味で、制度的には十分に意義がある制度だと考えている次第です。

 この民事信託契約に関しては、活用され始めたのが比較的近時であったため、法律上の論点について裁判所の判断というものはさほど多くありませんでした。
 そのような中で、近時、民事信託契約に関する裁判例が、地裁レベルではありますが出ましたので(東京地裁平成30年9月12日判決)、本稿で紹介します。

 前提となる事案ですが、被相続人Aには、推定相続人としてX,B,Yの3人の子が存在し、生前有していた財産は、合計16筆の土地建物、預貯金や有価証券でした。
 Aは死亡の半月前に、AB間でAの全財産の3分の1に相当する財産を死因贈与し、AY間でAの全財産の3分の2に相当する財産を死因贈与する旨の契約をそれぞれ締結しました。(AX間にはありません)。
 また、上記死因贈与契約の締結直後、AY間で、Aを委託者、Yを受託者とする信託契約が締結され、信託契約に基づき登記がされました。
 信託契約の内容ですが、まず信託財産は、Aが所有していた16筆の土地建物(信託不動産)、及び300万円(信託金銭)です。
 信託事務としては、受託者Yが信託金銭を用いて信託不動産の維持管理に必要な費用を支払い、また信託金銭を受益者の身上監護のために使用することができるという定めでした。
 受益者については、信託契約設定時点ではA、A死亡後は第1順位としてXが6分の1、Bが6分の1、Yが6分の4の受益者割合で取得するというという定めでした。
 受益権の内容としては、信託不動産の売買代金や賃料等、信託不動産より発生する経済的利益を受けることができるという定めでした。
 そして上記信託契約締結後、Aは死亡し、その後Xが信託契約が無効であるという主張に基づき、所有権移転登記及び信託登記の抹消登記手続等の請求を行ったというものです。
(上記以外にも様々な事実関係及び法的主張がありますが、多岐にわたりますので省略します)。

 判決では、信託契約の有効性に関し、結論としてその一部が公序良俗違反であるとして無効と判断されました。
 その理由として、本件信託契約における受益権として「信託不動産により発生する経済的利益を受益権割合に従って分配を受ける」ものとされているところ、16筆の土地建物のうち、6筆の土地建物については、これを売却するのも賃貸して収益を上げることも現実的に不可能であると評価し、別の6筆の土地建物については、その一部を賃借して賃料収入が発生しているが、不動産全体の価値には見合わない程度で、全体を賃借して相応の収益を上げることや売却することは現実的に不可能であると評価した上で、「(被相続人は)各不動産から得られる経済的利益を分配することを本件信託当時より想定していなかったものと認めるのが相当」と判断されました。
 また、本件ではXが遺留分減殺請求を行うことは十分に予想されるところ(実際にXは遺留分減殺請求を行っています)、同請求により、本件信託におけるXの受益権割合が増加したとしても、12筆の土地がそもそも経済的利益を生まないとされているのであるから、実際にXが増加した受益権割合に応じた経済的利益を受けることは不可能であるとされました。
 また、受益権の取得請求についても、その取得価格が固定資産税評価額をもって計算したものであるから、受益権取得請求によっても経済的利益を受けること不可能であると判断され、以上の事情により、被相続人が信託の目的財産として経済的利益の生じない12筆の不動産を含めた部分については、「遺留分制度を潜脱する意図で信託制度を利用したものであって、公序良俗に反して無効というべきである」という結論となりました。

 この件では、AとB及びYとの間の死因贈与契約により、Aの全財産がBYに渡ることになってしまい、Xによる遺留分減殺請求は必至であったということができます。
 あるいは、AY間の信託契約について、信託財産から得られる経済的収益の6分の1は、Aの死後Xが受領するというの内容でしたが、6分の1という数字はXの遺留分割合と同一であり、これによってXの遺留分対策をした、という意図があったのかもしれません。
 しかし、実際には信託不動産が生み出す収益の程度、得られる経済的利益が実質的にXの遺留分に相当する程度と言えるかどうかという、実質的なところで判断されたようにも思え、その部分に関する本判決の判断には、首肯できるところはあるのではないかと考える次第です。
 この件は控訴されているということで、高裁判決以降で最終的な判断がされることになりますが、その帰趨を見守りたいところです。

 なお、純粋な法的議論として、信託契約に対する遺留分減殺請求を行う場合は、その対象は信託財産そのものなのか、あるいは受益権なのかという議論は以前から存在していました。
 この点に関し本判決は「信託契約による信託財産の移転は、信託目的達成のための形式的な所有権移転にすぎないため、実質的に権利として移転される受益権を対象に遺留分減殺の対象とすべき」と判断しています。この点も、一つの判断がなされたということで、注目に値すると考える次第です。

 最後に、信託契約については、委託者の意思を実現するために柔軟な運用が可能という評価がされていることは、上でも述べたとおりですが、
 遺留分のような既存制度の潜脱と評価されるような意思は実現できませんし、実質的にそのように評価されるリスクのある契約内容は、再考の余地があるのではないかと考える所存です。

執筆者情報

弁護士 後藤 大輔

弁護士法人ALAW&GOODLOOP

会計事務所向け法律顧問
会計事務所向けセミナー

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 近年、将来的に発生する相続に対する備えの一環として、信託契約を締結するという方法が広まっています。 そして信託といえば、従来は信託銀行のような信託業上の登録を行っている信託業者との間で信託契約を締結して金融資産を信託する商事信託が主流ですが、ここ最近は、民事信託や家族信託という名称で、信託業者を介さない信託契約を締結する例が増えています。 ここで、信託契約とは、委託者が受託者との間で、受託者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨、並びに受託者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他当該目的達成のために必要な行為をすべき旨の契約のことをいいます(信託法3条1号)。 そして、信託契約では委託者と受託者以外に受益者という立場が存在し、受益者は、信託行為(ここでは信託契約)に基づき受託者に対して受益権を有します。 信託契約では、委託者や受託者、受益者の定めのほか、信託目的や信託財産、信託事務、受益者が得られる権利の内容等が明記されます。 このように、信託目的の設定によって信託財産の使用方法を指定できたり、受益者の定め方次第で、委託者の希望に沿った財産の行先を指定できるという点で、財産を残す側にとっては、遺言よりも柔軟性のある方法だと評価されることもあります。 もっとも、遺言の代わりに信託契約を締結したとしても、遺留分など法律上規定のある権利を侵害することはできませんし、一時期、話題となっていた節税効果という点でも、目覚ましい効果があるわけではないようです。 とはいえ、財産を残す側の意思をより尊重するという意味で、制度的には十分に意義がある制度だと考えている次第です。 この民事信託契約に関しては、活用され始めたのが比較的近時であったため、法律上の論点について裁判所の判断というものはさほど多くありませんでした。 そのような中で、近時、民事信託契約に関する裁判例が、地裁レベルではありますが出ましたので(東京地裁平成30年9月12日判決)、本稿で紹介します。 前提となる事案ですが、被相続人Aには、推定相続人としてX,B,Yの3人の子が存在し、生前有していた財産は、合計16筆の土地建物、預貯金や有価証券でした。 Aは死亡の半月前に、AB間でAの全財産の3分の1に相当する財産を死因贈与し、AY間でAの全財産の3分の2に相当する財産を死因贈与する旨の契約をそれぞれ締結しました。(AX間にはありません)。 また、上記死因贈与契約の締結直後、AY間で、Aを委託者、Yを受託者とする信託契約が締結され、信託契約に基づき登記がされました。 信託契約の内容ですが、まず信託財産は、Aが所有していた16筆の土地建物(信託不動産)、及び300万円(信託金銭)です。 信託事務としては、受託者Yが信託金銭を用いて信託不動産の維持管理に必要な費用を支払い、また信託金銭を受益者の身上監護のために使用することができるという定めでした。 受益者については、信託契約設定時点ではA、A死亡後は第1順位としてXが6分の1、Bが6分の1、Yが6分の4の受益者割合で取得するというという定めでした。 受益権の内容としては、信託不動産の売買代金や賃料等、信託不動産より発生する経済的利益を受けることができるという定めでした。 そして上記信託契約締結後、Aは死亡し、その後Xが信託契約が無効であるという主張に基づき、所有権移転登記及び信託登記の抹消登記手続等の請求を行ったというものです。(上記以外にも様々な事実関係及び法的主張がありますが、多岐にわたりますので省略します)。 判決では、信託契約の有効性に関し、結論としてその一部が公序良俗違反であるとして無効と判断されました。 その理由として、本件信託契約における受益権として「信託不動産により発生する経済的利益を受益権割合に従って分配を受ける」ものとされているところ、16筆の土地建物のうち、6筆の土地建物については、これを売却するのも賃貸して収益を上げることも現実的に不可能であると評価し、別の6筆の土地建物については、その一部を賃借して賃料収入が発生しているが、不動産全体の価値には見合わない程度で、全体を賃借して相応の収益を上げることや売却することは現実的に不可能であると評価した上で、「(被相続人は)各不動産から得られる経済的利益を分配することを本件信託当時より想定していなかったものと認めるのが相当」と判断されました。 また、本件ではXが遺留分減殺請求を行うことは十分に予想されるところ(実際にXは遺留分減殺請求を行っています)、同請求により、本件信託におけるXの受益権割合が増加したとしても、12筆の土地がそもそも経済的利益を生まないとされているのであるから、実際にXが増加した受益権割合に応じた経済的利益を受けることは不可能であるとされました。 また、受益権の取得請求についても、その取得価格が固定資産税評価額をもって計算したものであるから、受益権取得請求によっても経済的利益を受けること不可能であると判断され、以上の事情により、被相続人が信託の目的財産として経済的利益の生じない12筆の不動産を含めた部分については、「遺留分制度を潜脱する意図で信託制度を利用したものであって、公序良俗に反して無効というべきである」という結論となりました。 この件では、AとB及びYとの間の死因贈与契約により、Aの全財産がBYに渡ることになってしまい、Xによる遺留分減殺請求は必至であったということができます。 あるいは、AY間の信託契約について、信託財産から得られる経済的収益の6分の1は、Aの死後Xが受領するというの内容でしたが、6分の1という数字はXの遺留分割合と同一であり、これによってXの遺留分対策をした、という意図があったのかもしれません。 しかし、実際には信託不動産が生み出す収益の程度、得られる経済的利益が実質的にXの遺留分に相当する程度と言えるかどうかという、実質的なところで判断されたようにも思え、その部分に関する本判決の判断には、首肯できるところはあるのではないかと考える次第です。 この件は控訴されているということで、高裁判決以降で最終的な判断がされることになりますが、その帰趨を見守りたいところです。 なお、純粋な法的議論として、信託契約に対する遺留分減殺請求を行う場合は、その対象は信託財産そのものなのか、あるいは受益権なのかという議論は以前から存在していました。 この点に関し本判決は「信託契約による信託財産の移転は、信託目的達成のための形式的な所有権移転にすぎないため、実質的に権利として移転される受益権を対象に遺留分減殺の対象とすべき」と判断しています。この点も、一つの判断がなされたということで、注目に値すると考える次第です。 最後に、信託契約については、委託者の意思を実現するために柔軟な運用が可能という評価がされていることは、上でも述べたとおりですが、 遺留分のような既存制度の潜脱と評価されるような意思は実現できませんし、実質的にそのように評価されるリスクのある契約内容は、再考の余地があるのではないかと考える所存です。
2019.01.10 16:09:17