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課税単位についての考察 その2

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1 戦前の課税単位をシャウプ勧告が否定

2 累進構造を採用する所得税制の下での課税単位

 については 7/20掲載『課税単位についての考察 その1』にて掲載済み

3 理想は「2分2乗」か「個人単位課税」か「合算非分割」か

◆独身世帯と結婚世帯で税負担に差が出る「2分2乗方式」

 前章2において、合算分割である「2分2乗方式」を採用することにより「結婚罰」を避けることができることを説明した。またこの方式を採用すると、世帯にとって「所得分割しよう」といった誘惑は感じなくなろう。世帯全体の所得を制度上自動的に2分してくれるからであり、この観点から課税当局が目を光らせる必要もなくなるので、執行の効率性も確保されると言われている。

 こういった点は良いのであるが、独身世帯から見た場合、同じように所得1000万円を稼いでいるサラリーマン同士なのに、独身だと176万4000円もの税負担があるのに、夫一人が稼いで妻が専業主婦の夫婦だと114万5000円の税負担ですんでしまう。しかもこの差は高額所得者になるほど大きくなってしまい、「高額所得者優遇」との非難もなされて、なかなか納得は得られない面があろう。

◆『オルドマン、テンプルの法則』

 課税単位については、有名な『オルドマン、テンプルの法則』というものがある。その内容は、(1)片稼ぎの夫婦は、同じ所得の共稼ぎの夫婦よりも税負担が重くなるべき。(片稼ぎ夫婦には、妻の家事労働などによる帰属所得が発生しているから)、(2)夫婦二人の所得の合計額と、独身者二人の所得合計額が等しい場合、夫婦の税負担が重くなるべき。(夫婦世帯には共同生活による規模の利益があるから)(3)独身者一人の所得と片稼ぎ夫婦の所得が等しい場合、独身者の税負担が重くなるべき。(一人の方が生活費が少なく、その利益は規模の利益を上回るから)。一つひとつを見れば「なるほど」と感じられるのであるが、これらの法則全てを満たす課税単位を探してみると、なかなかやっかいである。

 我が国が採用している個人単位課税制度では、(1)は満たすが(2)は満たさない場合(イコールとなる場合)がある。合算分割の2分2乗方式を採用すると、(1)を満たさない(イコールとなり、帰属所得を無視するケースがある。)こととなる。合算非分割方式を採用すると、やはり(1)を満たすことができず(イコールとなるケースがある)、その上「結婚罰」が生じ、婚姻中立性を阻害すると非難されることとなる。

 このように、(1)から(3)の全てを満足させる課税単位は存在しないようである。そうだとすれば、それぞれの要請をどの程度重視して、他の要請をどの程度我慢するかというように、中間的な解決を模索していくしかないようである。

4 世界各国が採用する課税単位

◆個人単位方式と世帯単位方式を納税者が選択できる国も

 課税単位について、世界各国がどのような方式を採用しているのかを調べると実に様々であり、興味深い。まず、最も多く採用されているのは、我が国と同じ個人単位課税方式である。イギリス、オーストラリア、カナダ、オランダ、ニュージーランドなど、多数に上る。世帯単位方式のうち夫婦単位方式を採用しているのは、スイス、ルクセンブルクであり、世帯単位方式のうちN分N乗方式を採用しているのはフランスである(フランスは実に独特であり、下記で詳しく説明する)。

 個人単位方式と世帯(夫婦)単位方式を納税者が選択できるのは、アメリカ、ドイツ、スペイン、ポーランドなどがある。選択できるということは、「いいとこどり」ができる訳であり、前章3で説明した色々な問題点が解消されないこととなるが、まあ「自分で選択したのだから」という納得感は得られるのだろうか。

◆フランスのN分N乗方式は少子化対策に効果!

 さて、フランスであるが、子供も含めた家族の人数によりN分N乗を行うという、なんとも思い切った制度であり、例えば子供が5人もいれば同じ収入の家計であっても、子供なしの夫婦二人に比べて所得税の納税額がおそらく2分の1か3分の1に減少すると思われる。このような思い切った改革は、よほどの事情があったものと想像される。

 調べてみると主に2点あり、1点目は第2次世界大戦により国民の多くが死亡した事情である。そして2点目は、なかんずく男性が多数死亡したため、生まれる子供の数が極端に減少し、出生率が低下の一途をたどり、急激な人口減少が憂慮される事態であったとのことである(現在の我が国の状況にそっくりである)。このような事態を打開するべく、上記のような思い切った制度導入に踏み切ったと言われている。

 フランスが人口増加を目指して導入した社会システムはもう1つあり、それは「婚姻していない男女のあいだに生まれた子供も、婚姻している夫婦間の子供と全く同じ福祉(子供の手当、学校教育、保育園や幼稚園の扱い等々)が得られる」システムだそうである。

 その結果、現在では、フランスで生まれる子供全体のほぼ半数は、「法律上の夫婦ではない男女」から生まれた子供となっており、出生率は著しい増加に転じている。そしてフランスの人口問題はこの20~30年間で劇的に改善し、人口増加に転じているそうである。

 そういえば、確か前フランス大統領オランドさんの相方であるバレリー・トリルベレールさんは「パートナー」であり、法律上の夫婦ではない。こういった法律上の夫婦ではない相方を伴って、堂々と国際会議に一国の代表として出席するのがフランスでは既に「当たり前」となっている。

 「我が国の人口減少は歯止めがかからず大変だ。近い将来の日本の国力は悲惨なことになる」と各方面から問題提起されているが、身近にものの見事に人口減少を克服したフランスの例が存在することを、忘れてはならないと思う。

執筆者情報

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川根 誠

平成国際大学教授・税理士

昭和63年7月 国税庁間税部消費税課課長補佐(我が国に消費税が導入された際の、初代運用担当補佐)、平成9年7月国税庁長官官房国税企画官(電子帳簿保存法の企画・立案)、平成12年7月関東信越国税局課税1部長、平成13年7月東京国税局調査2部長、平成14年7月金沢国税局総務部長、平成20年7月国税庁長官官房調整室長、平成21年7月札幌国税不服審判所長、平成22年7月税務大学校副校長

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2018.07.26 16:51:45