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金融庁、監査法人ローテーション制度に関する報告書を公表

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 カネボウなどの不正会計事案を受けて、2006年に監査法人の独立性強化策として監査法人のパートナーローテーション制度が実施され、早や10年余りが経った。パートナーローテーション制度とは、監査報告書にサインする業務執行社員(パートナー)が継続的に同じ被監査企業の会計監査に従事できる期間に上限を設け、これを強制的に交代させる制度であり、パートナーの交代により「新たな視点での会計監査」が行われることが期待されていた。

それでは、パートナーローテーション制度の導入で果たして「新たな視点での会計監査」が行われるようになったのであろうか。それについて否定的な見方を示したのが、金融庁の「監査法人のローテーション制度に関する調査報告(第一次報告)」だ。これは、2016年3月に公表された「会計監査の在り方に関する懇談会」(座長 脇田良一明治学院大学名誉教授)提言で、監査法人の強制ローテーション制度の導入について、諸外国の最近の動向等も踏まえつつ、金融庁において、深度ある調査・分析がなされるべきであるとされたことを受けての調査結果である。

この調査では昨今の会計事案の代表例と言える東芝を対象に調査したところ、東芝では「パートナーローテーション制度は期待された『新たな視点での会計監査』という観点からは、結果として、制度導入時に期待した効果を十分に発揮するものとしては機能しなかった」と結論付けている。

 そうなると次に焦点が当たるのが、「パートナー」ではなく「監査法人」自体をローテーションさせる「監査法人のローテーション制度」だ。東芝のケースでは同一監査法人が47年間継続して会計監査を行っていた。「たられば」に過ぎないが、監査法人のローテーション制度が導入されていれば、東芝の会計事案は発生しなかった可能性もある。実際に、EUでは2016年6月より監査法人のローテーション制度(最長10年、4年間以上のインターバルが必要)が導入済み。

 監査法人の強制ローテーション制度案に対しては、一般的に次のような懸念が示されている。
(1)ローテーションによって、被監査企業に関する専門知識と経験が継承されないことから、新しく交代した監査法人において特に初年度及び翌年度の会計監査の実効性が失われる可能性がある
(2)監査法人が受嘱をめぐって競争することに伴い監査報酬が減少し、監査の質が低下する可能性がある(安値受注による質の低下)

 本報告書では、EUにおける状況を分析した結果、(1)については「監査法人それぞれが様々な企業で前任・後任という立場になるため、相互に協力し合う意識が向上している」、(2)については「実際には、監査法人の交代が行われても、一般的に報酬は下がっておらず、むしろ増加しているとの意見もある。その理由の一つとして、監査法人の選任に当たって、監査委員会が詳細に検討を行っていることが監査報酬が合理的な水準に落ち着くことに寄与していると考えられるとのことである」との分析結果を示している。 これらの監査法人ローテーション制度に対する懸念がEUでは杞憂に終わったとなれば、日本でも監査法人ローテーション制度導入に向けての議論が活発化する可能性が高い。

 TOPIX上位100社のうち、この10年間に監査法人が交代した企業は5社に過ぎない。監査法人ローテーション制度が導入されれば、監査法人の固定化という現況を大きく変えるインパクトがある。本報告書は監査法人のローテーション制度実施に向けた布石と言え、「会計監査の在り方に関する懇談会」における今後の議論の動向が気になるところだ。

執筆者情報

日本IPO実務検定協会
財務報告実務検定事務局

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 カネボウなどの不正会計事案を受けて、2006年に監査法人の独立性強化策として監査法人のパートナーローテーション制度が実施され、早や10年余りが経った。パートナーローテーション制度とは、監査報告書にサインする業務執行社員(パートナー)が継続的に同じ被監査企業の会計監査に従事できる期間に上限を設け、これを強制的に交代させる制度であり、パートナーの交代により「新たな視点での会計監査」が行われることが期待されていた。 それでは、パートナーローテーション制度の導入で果たして「新たな視点での会計監査」が行われるようになったのであろうか。それについて否定的な見方を示したのが、金融庁の「監査法人のローテーション制度に関する調査報告(第一次報告)」だ。これは、2016年3月に公表された「会計監査の在り方に関する懇談会」(座長 脇田良一明治学院大学名誉教授)提言で、監査法人の強制ローテーション制度の導入について、諸外国の最近の動向等も踏まえつつ、金融庁において、深度ある調査・分析がなされるべきであるとされたことを受けての調査結果である。 この調査では昨今の会計事案の代表例と言える東芝を対象に調査したところ、東芝では「パートナーローテーション制度は期待された『新たな視点での会計監査』という観点からは、結果として、制度導入時に期待した効果を十分に発揮するものとしては機能しなかった」と結論付けている。  そうなると次に焦点が当たるのが、「パートナー」ではなく「監査法人」自体をローテーションさせる「監査法人のローテーション制度」だ。東芝のケースでは同一監査法人が47年間継続して会計監査を行っていた。「たられば」に過ぎないが、監査法人のローテーション制度が導入されていれば、東芝の会計事案は発生しなかった可能性もある。実際に、EUでは2016年6月より監査法人のローテーション制度(最長10年、4年間以上のインターバルが必要)が導入済み。  監査法人の強制ローテーション制度案に対しては、一般的に次のような懸念が示されている。 (1)ローテーションによって、被監査企業に関する専門知識と経験が継承されないことから、新しく交代した監査法人において特に初年度及び翌年度の会計監査の実効性が失われる可能性がある(2)監査法人が受嘱をめぐって競争することに伴い監査報酬が減少し、監査の質が低下する可能性がある(安値受注による質の低下)  本報告書では、EUにおける状況を分析した結果、(1)については「監査法人それぞれが様々な企業で前任・後任という立場になるため、相互に協力し合う意識が向上している」、(2)については「実際には、監査法人の交代が行われても、一般的に報酬は下がっておらず、むしろ増加しているとの意見もある。その理由の一つとして、監査法人の選任に当たって、監査委員会が詳細に検討を行っていることが監査報酬が合理的な水準に落ち着くことに寄与していると考えられるとのことである」との分析結果を示している。 これらの監査法人ローテーション制度に対する懸念がEUでは杞憂に終わったとなれば、日本でも監査法人ローテーション制度導入に向けての議論が活発化する可能性が高い。  TOPIX上位100社のうち、この10年間に監査法人が交代した企業は5社に過ぎない。監査法人ローテーション制度が導入されれば、監査法人の固定化という現況を大きく変えるインパクトがある。本報告書は監査法人のローテーション制度実施に向けた布石と言え、「会計監査の在り方に関する懇談会」における今後の議論の動向が気になるところだ。
2017.07.31 13:24:51