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経営コーチコラム

  経営理念の大切さ


日本経営コーチ協会理事
税理士・経営コーチ  鯨井 規功



 本日は、経営理念の大切さについてお話をさせていただきたいと思います。

 皆様も、日ごろからいろいろな経営者の皆様とお会いして、経営の相談に乗られていらっしゃることと思います。その時にまず、何を確認いたしますか?私の場合、経営者の方からまず聴きとる事が、「経営理念」です。経営理念とは、経営者が自分の経営する会社の使命感や存在価値を言葉として表しているものだと考えております。誰に対してどのような商品やサービスを提供して、どのような満足度を得ていただきたいのか、これを端的に表現しているのが経営理念なのです。

 ここで私の尊敬する、ある会社の経営理念、社是をご紹介したいと思います。皆様ご存知の方も多いと思いますが、長野県の伊那市にあります、伊那食品工業様の社是です。伊那食品工業様は、寒天を製造販売している会社で、約50年間、増収増益を計られている会社です。伊那食品工業様の社是は「良い会社を作りましょう。逞しく、そして優しく」です。そして、良い会社について、次のように定義されています。単に、経営上の数字が良いというだけでなく、会社をとりまく全ての人々が、日常会話の中で「良い会社だね」と言って下さるような会社の事を指します。良い会社は、自分達を含め、全ての人々をハッピーにします。そこに、良い会社を作る真の意味があるのです。

 これを実践されているエピソードを、ひとつご紹介させていただきます。

 ちょうど世の中が健康ブームになった時に、ある大手スーパーさんとの販売契約の話が持ち上がりました。それをまとめた事業部長が意気揚々と帰ってきて、会議の中で報告した時に、塚越会長は大反対をされました。その理由は2つあります。まず一つは、大手スーパーさんとの納期を守るためには、従業員が交代制で生産ラインを稼働させれば可能とはなりますが、ただし、夜中に作業する社員の方がおられる事になります。夜中に仕事をするということは、本来の人としての生活が全うできず、会社の業績は上がるかもしれませんが、従業員を不幸にする事に繋がる。従業員にそんな負担を掛けるべきではない、というのが一つ目の理由でした。もう一つは、人がやりがいを持って仕事をするためには、たとえ1円でもいいから、増収増益を計らなければならない、ということです。減収減益が続けば、人は意気消沈するものであります。確かにここで大手スーパーさんと販売契約を結べば、短期的には、販売が拡大し増収が図れるかもしれません。しかし、いずれ健康ブームが下火になる事もございますし、寒天が大手スーパーさんで相手にされない時代が来るかもしれません。その時に大きく減収減益に繋がり、従業員さんが不安になり不幸になるのであれば、販売契約は結ぶべきではない、というのが二つ目の理由でございました。もちろんこの判断が正しいかどうかはわかりません。ただし、ご自身の経営理念という一本筋の通った判断基準を曲げること無く実践されている事が素晴らしいと思います。

 私もある機会に伊那食品工業様に会社訪問させていただきました。会長のとられた判断は良い結果を生んでいる、と私も実感させていただきました。会社訪問した折、従業員さんと意見交換をさせていただいたりですとか、掃除の風景、会社の中で仕事に携わっていらっしゃる風景、そういったものを拝見しました。社員の皆様が意気揚々として働かれており、皆さんが会社を愛し、自分のすべき役割を認識しながら、社員同士協力をしあいまして、「自分達が自ら良い会社を作るのだ」という意識の元に働かれておられました。業績の良い会社さんの共通点は、しっかりと社会の中で会社の存在価値を認識し、みんなに共感できる理念を掲げて、従業員や得意先や仕入れ先や銀行さんなどに、社長の考え方である経営理念や、経営の方向性としての事業計画をきちんと説明できる事にあると思います。自分はどんな思いでこの会社を経営しているのか、どういったお客さんに何を販売して、いつまでにどこまで進もうとしているのか、そしてそれを実現するためには、どのような手法を用いて、その効果は、どの程度を目標としているのか。それらのことを具体的に目を輝かせながら話ができる人は、強い経営をされていらっしゃると実感しております。短期的には、目先の手法で成果を上げる事は可能だと思いますが長期的に、そして永続的に企業を発展させていくためには、必ず他者を巻き込む経営理念や、それを具現化する事業計画が必ず必要になるのです。

 もし今日、皆様の中で、「自分は経営者では無く社員ですからこの話は関係ない」と思われている方がいらっしゃれば、それは大きな間違いです。例えば、管理者の方もご自身のグループを運営する事になりますし、部下を指導育成する担当の方も、教育対象者を指導するために必要になって参ります。ちょっとした違いは、社長であったり、上司の経営理念や事業計画の範囲内で、それを行う事になる、という点であります。

 ここで一度、ご自身を振り返ってみて下さい。

 自分は、誰のために、何のために今の仕事をしているのですか?将来どのような仕事がしたいですか?給与はどれくらい欲しいですか?自分の部下やお客様を幸せにしていますか?また、業務であれば、自分の役割は何ですか?上司やお客様は自分に何を期待していますか?いつまでに、どの程度の事を期待していますか?自分はその期待に応えられていますか?会社の中での自分の存在価値はどこにありますか?

 以上のように会社の経営理念、会社の経営と一緒ですよね。

 最後に。経営理念は、社員教育や評価基準にも関わって参ります。私は良く、保険商品の販売を例にとってご説明を致します。私共鯨井会計グループの経営理念は、地元企業と共に生きる、ということです。これは、地元企業の経営コーチとして、地元企業の発展に寄与することにより、地域社会の活性化に資する事を私共の社是としております。その為に顧客第一主義を経営理念としていると申し上げて間違いないと思います。そのため、顧客満足度は非常に高いが、保険代理店手数料の低いAという商品と、顧客満足度は多少落ちますが保険代理店手数料の高いBという商品があった場合、私共は、経営理念に沿った社員の行動は、A商品を売ってきた場合に評価し、たとえ業績貢献度は高くてもB商品を販売してきた場合には叱らなければいけない、ということになります。これが、私共の経営理念が、少し言葉はストレートですが、会社の業績向上至上主義的な経営理念であれば、業績貢献度の高いB商品を販売してきた職員を評価し、顧客満足度は高いが、業績貢献度は高いA商品を販売してきた場合には、叱らなければなりません。問題は、経営理念に沿った経営であり、評価が実践されているかどうかなのです。「あの社長は口ばかりでやっている事が正反対だよ」ですとか、状況によって上手い方を使い分けている、等と評価されれば、身を粉にして働いてくれる従業員は育ちませんし、本気で相談に乗ってくれる得意先や仕入れ先や銀行さんなどは現れないと思います。決して格好良く難しい言葉を並べる必要はありません。またきちんとした理由からであれば、経営理念を変える事に臆病になる事もないと思います。分かりやすく、他者が共感できる経営理念であれば良いのです。言葉がうまくまとまらなくても結構ですから、お客様の経営理念を理解し、お客様の良き相談相手となりましょう。


鯨井 規功 (くじらい のりゆき)

税理士法人鯨井会計 代表社員・税理士・経営コーチ
昭和39年生まれ。専修大学大学院商学研究科卒。
平成5年、(有)鯨井会計入社。
平成7年、税理士登録。(有)鯨井会計つくば事務所設立。代表取締役就任。

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