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経営コーチコラム

  経営コーチが描く夢


一般社団法人日本経営コーチ協会
理事長  榎本 恵一



■原監督との出会い

 今年3月、大不況下で暗く沈んでいた日本に笑顔が戻りました。野球世界一決定戦・ワールドベースボールクラシック(WBC)において侍ジャパンが連覇を達成したからです。

 我々会計人にとっては最も忙しい決算期。仕事に追われながらも結果はどうなったか、気にしていた方も多かったと思います。私もそのひとりでした。いや、もっと強い思いがあった。祈りにも似た思いで日本の優勝を願っていました。それには理由があります。

 昨年、私はあるお客さまの紹介で、秋田で建設業を営む瀬下和夫さんという方と面識を得ました。古くからのラグビーファンなら、この名前に聞き覚えがあると思います。瀬下さんは黄金期の明治大学で活躍し日本代表としてもプレーした経歴を持つ名選手でした。

 初対面の時、私は経営コーチ協会を設立したことと経営コーチの果たす役割についてお話しました。瀬下さんは現役引退後、故郷秋田に戻ってゼロから建設業を立ち上げ、経営を軌道に乗せました。その間には多くのご苦労があったようで「税理士さんが経営のアドバイスまでしてくれると助かります」と私たちの活動に賛同。そこで私ども協会のメンバーが執筆した書籍『経営コーチ』をお送りしたところ熟読され、「勉強になりました」という丁寧な手紙をいただきました。

 その瀬下さんが11月に上京し、「12月に秋田に来ませんか?」と切り出したのです。瀬下さんは会社経営を軌道に乗せた後、地元で社会貢献活動を行う会を始めました。障害を持つ子どもたちや介護が必要なお年寄りを元気づける活動をされているのです。誘われたのは毎年暮れに行われ今回で15回目を迎えるチャリティーイベント。そのチャリティの主役が瀬下さんと学生時代から交流がある巨人軍・原辰徳監督だったのです。

 東京の下町で生まれ育った私は、子どもの頃から巨人ファン。瀬下さんと会った当日も西武との日本シリーズを観戦する予定が入っていました。もちろん原監督は現役時代から応援してきた憧れの人。といって瀬下さんはそのことを知りません。自分の活動を見て欲しいという思いで私を誘ったのです。しかも驚いたことに、チャリティイベントが行われる12月9日は私の誕生日でもありました。

 たまたま紹介された人と交流が生まれ、その人から思いがけず憧れの人物に会える機会を誕生日にプレゼントされた。当の私にしてみれば、これほどうれしいめぐり合わせはありません。12月9日は万難を排して秋田に向かいました。



■伸びる選手の3要素、「素直さ、朗らかさ、謙虚さ」

 当日、原監督は障害児施設とお年寄りが入院する病院などを訪問し交流した後、秋田市のホテルでトークショーを行いました。ここで印象に残ったのは次のような言葉です。

 「伸びる選手には3つの要素があります。それは素直さ、朗らかさ、謙虚さです」

 この言葉は主に巨人の若手選手に向けられたものでしたが、私は「WBCの選手も、この要素を重視して選ぶのだろうな」と思って聞いていました。

 トークショーが終わると食事会で同席させていただきました。遠い存在だった原監督が目の前にいて、直接お話できる機会を得たのです。緊張で普段はおしゃべりの私も口数が少なくなってしまいましたが、勇気を振り絞って聞いたのがWBCへの手ごたえです。

 原監督は決して大言壮語するタイプの人ではありません。が、その時ははっきりと「連覇できると思います」と答えられたのです。

 それから3か月。マスコミは選手の人選や仕上がり具合などを報じ、ライバル国の実力も分析して「連覇は難しい」などと書きたてました。が、原監督から熱い言葉を聞いている私は連覇を確信していました。とはいえ勝負事は何が起こるか分かりません。とくに決勝の相手・韓国は2敗している強敵。さすがにこの日は仕事が手につかず、テレビにかじりつきました。そしてあの劇的な結末を目撃したのです。

 原監督の「連覇できると思います」という言葉は私だけに向けたものではありませんが、私としては、約束を果たしていただいたような気がして深い感動を味わいました。



■マインドの大切さ

 原監督率いる侍ジャパンは不況で暗い話題ばかりの日本を明るくしました。そして私たちが忘れかけていた大事なことを思い出させてくれた気がします。

 それはマインドの大切さです。心や志をひとつにして事に当たるということです。

 おそらく選手個々の実力はキューバやアメリカの方が上でしょう。とくにアメリカ。年俸が何十億円というスターが揃うメジャーリーグから選出された選手たちで、パワーやスピードで勝っていることは歴然です。が、個の力にばかり頼り、全員で戦うというマインドに欠けていました。選考では多くの選手が辞退したと聞きます。国の代表として戦うことより報酬を与えてくれる所属球団を優先したということです。これでは十分に実力が発揮できるわけがありません。

 一方、日本の勝利は全員野球で勝ち取ったものです。インタビューではどの選手も「このチームでやれてよかった、楽しかった」と口を揃えました。昨年首位打者になったものの脇役的印象があった内川が大活躍。優勝トロフィーに故障で戦線離脱した村田のユニフォームをかけていたのも印象的でした。出番が少なかった川崎も「ベンチにいても、一緒に戦う一員としてできることは何でもしました」と語っていました。

 誰もが所属球団に戻れば看板選手。お山の大将です。自我は強く、チームとしてまとめるのは本当に大変だったと思います。しかし、原監督はそれに成功しました。そのために何をしたのでしょうか。

 まず、選手を“侍”と呼び、チームに“侍ジャパン”という愛称をつけました。日本古来の精神主義とは違う。サムライという男の琴線に響く言葉にプライドを持たせ、「共に事を成そう」という意識づけをしたのではないでしょうか。そのうえで選手を納得させる起用法をとった。原監督は打線を「一の矢」、「二の矢」、「三の矢」と称しました。7番から9番までは下位ではなく、最後に控える頼れる攻撃陣「三の矢」なのです。7番から9番に入った日本人メジャーリーガーたちはプライドを持ってプレーをし、大事な場面でいい働きを見せました。

 選手の人選もそうした指揮官の思いに応えるマインドを持っているかどうかを見て決めたように思います。秋田で語っていたように、素直で朗らかで謙虚な男たちを集めて、チームとしてひとつにまとめることができれば勝てる。その思いがあったからこそ私の問いに強気の言葉で答えてくれたのだと思います。



■苦しいときこそマインドを大切に

 近代から現代まで世界をリードしてきたのは欧米でした。その主役であるアングロ・サクソンが追い求めてきたのが経済性であり、合理性。その行き着いた先にあったのが、現在の金融危機と世界同時不況です。

 日本の企業も欧米につき従うように経済性と合理性を追求してきました。が、その流れが止まった今、我々が追い求めていたことは正しかったのかという疑問が出てきています。

 ちょうどその時期に始まったWBCでアメリカは2度とも敗れ、日本が連覇を果たしました。その日本と決勝で戦ったのは韓国。エコノミックなアメリカが、マインドのアジアに敗れたのです。すべてを結びつけるわけにはいきませんが、この出来事は、世界の価値観が変わりつつあることを暗示しているような気がしてなりません。

経営コーチ
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めざせ経営コーチ
めざせ経営コーチ

  
 今、日本経済は非常事態にあります。私たちのお客さまである中小企業の多くが、生き残りをかけた厳しい戦いを行っています。その策として、人員削減をはじめとする合理化を行う会社も少なくありません。しかしそれでは社員が萎縮し、あるいはやる気を失うという悪循環に陥ります。苦しい時こそマインドが大切なのではないでしょうか。経営者の絶対負けないという熱意、社員の生活を守るという思い、それに応え力を尽くそうという社員の志…。苦しい時代だからこそ、侍ジャパンが見せたように全員の力を結集して戦うことが必要なのです。

 それをサポートするのが経営者に最も近い存在である会計事務所ではないでしょうか。決算書の作成や税務申告をしていればいいというのではなく、決算診断を行い経営の問題点があれば改善のアドバイスをする、経営者の心が折れそうな時は話を聞き、支えになる。そんな役割を果たす存在にならなければならないと私は考えています。だから志を同じくする仲間と「経営コーチ」という概念を作り、賛同していただける方々を増やすことに力を注いでいます。

 経営コーチにはマインドが必要です。お客さまである経営者の心を支え、その企業の存続や成長をサポートする。その流れが生まれれば中小企業は元気を取り戻し、ひいては日本経済の復活につながるはずです。

 そうなることが、経営コーチ協会で理事長を務めさせていただいている私の夢です。いや夢で終わらせるのではなく、実現させなければいけないと思っています。

 侍ジャパンは、元気を失っていた日本人に「やればできる」という夢を与えました。

 次は熱いマインドを会計人が、日本の中小企業経営者に夢を届ける番です。


榎本 恵一 (えのもと けいいち)

1963年 東京生まれ。株式会社イーシーセンター代表取締役、税理士・ファイナンシャルプランナー。一般社団法人日本経営コーチ協会 理事長。

1986年専修大学商学部会計学科卒業、2000年産能大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修了(MBA)、2003年専修大学大学院商学研究科商学専攻 修士課程特別研究生(2年間)。

<著書>「知って得する年金・税金・健康保険の基礎知識2005〜2009年版」(共著)、「経営コーチ」(共著)、「めざせ経営コーチ」(共著)、「負けない!」(共著)他。

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