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経営コーチコラム

  職員教育手段としての「経営コーチ」


一般社団法人 日本経営コーチ協会専務理事
税理士  林 充之
(YMG林会計 所長・経営コーチ)



■高まる経営相談のニーズ

 アメリカ発金融危機は全世界を巻き込んだ経済危機へと広がりを見せ、わが国においても多大なる影響がでています。このような経済状況下で中小企業は先の見えない航海を強いられているのです。そして、中小企業の経営者は判断に迷いその悩みは尽きないのです。

 昨今の会計事務所に対する不満の多くは適切なアドバイスをしてくれないというものが多いようです。今回の経済危機でさらに会計事務所に経営相談をしたいという動きがでています。

 ではなぜ、このような経営相談を会計事務所に求めるのであるのでしょうか? 会計事務所は会計のプロであり、会社の財務内容を把握しているはず。よって、経営の助言をしてくれるだろうという中小企業経営者のありがたい誤解から生まれているのです。さらに言えば中小企業にとって、経営コンサルタントに頼みたくてもそのコンサルタントフィーが高く、払いたくても払いきれないという事情もあります。そこで、白羽の矢が我々会計事務所に向いているのです。では、顧客のニーズに合った、安価で提供できる経営コンサルティングは可能でしょうか?



■進まない経営相談の商品化

 そもそも会計事務所は税務や会計の分野で商売をしてきました。そこでは誰からも古くから認識されてきた経営相談という一商品があり、顧問先のニーズに応えるべく努力を重ねてきました。しかし、経営相談を商品化してしっかりとした収益を得ている会計事務所は少ないのが現状です。それは税務会計に軸を置いているため管理会計の分野まで手が回らないからです。その状況下、一部の成功している会計事務所を見てみると、事業計画や予算実績管理、決算報告会といった管理会計の分野に軸を置いたコンサルで実績を上げている。

 しかし、ここで問題にしたいのはこれらの成功している会計事務所には事業計画や予算実績管理、決算報告会といった管理会計の分野では専任担当者がしっかりとした柱として存在します。しかし、専任担当者を育てるということは大変な多額な投資を伴うものであり、すべての会計事務所ができうるわけではありません。

 例えば、年収500万円の職員を専任担当者とすれば、当然、その人件費に見合う売上が必要で、少なくとも人件費の2倍の1000万円以上の売り上げがなくてはならないのです。月換算すると83万円の売り上げが必要です。仮に単価を10万円としても8件強のクライアントとの契約が必要です。しかし、この厳しい経済状況下で月10万円のコンサルタントフィーを支払える中小企業はなかなか見つからないのが現状です。単価を5万円で設定した場合には16件強のクライアントが必要になります。これだけのクライアントを増やそうとしたときに専任担当者の教育と営業にどの程度の期間とコストが必要かと考えるとこの分野への進出を躊躇してしまうのが現実的です。



■雑談が経営相談

 さて、先にも触れたように、経営相談という分野の需要はますます高まるばかりで、その担い手として期待されているのが会計事務所です。むしろ、経営相談というニーズは昔から会計事務所業界でも重要視してきたことですがなかなかお客様の満足が得られるような商品は少ない。

 ところで、税務顧問を通じ「うちの税理士先生にはお世話になって、業績が伸びたよ!」と言ってくれる顧問先は多いのではないのでしょうか? つまり、知らず知らずのうちに月次監査を通じ社長との面談のなかで経営相談を受け、アドバイスを知らず知らずのうちにしているのです。それは、所長先生や幹部職員などでしょうか? 実は会計事務所に入って日の浅い若い職員でも「経営の相談にもよくのってくれて、よくやってくれている。」と言ってくれる顧問先もあるのです。むしろ、「当社の担当は若い彼でいいから変えないでくれ!」といった場合もあります。その若い職員に何を顧問先に提供しているのかを尋ねると、「今はがむしゃらにやっているだけで特別なことはしていません。ただ、社長の話をよく聴いて、うなずいているだけです。」と言うのです。

 では、社長はなぜ満足しているのでしょうか?

 それは経営相談の答えは社長の頭の中にあるということです。そもそも、中小企業の社長はその業種に就いて長年の経験を持ち、その知識は膨大なものがあり、我々会計人がいくら頑張ってもその域に達するのは無理です。実は中小企業の社長はその多くの経験と知恵を持ち合わせていますが、その経験と知恵は頭の中でばらばらに存在し記憶されています。決断に悩むのは問題に直面したときにそのばらばらになった経験と知識を生かし切れていないだけなのです。そんなとき、若い監査担当者がその中小企業の社長と雑談をするなかで生かし切れていなかった経験と知識が交通整理され、バラバラに点と点になっていた経験と知識を線で結んであげたのです。そして、その社長自らが問題解決のための答えを見出していったのです。



■コーチング技術が社長を救う

 ではどのようなノウハウをつかって社長の頭の中を整理したのであろうか? 例えば、自分が家に帰り妻の話を延々と聞いてあげると妻の機嫌がよくなります。妻は話を聴いてもらうこと、つまり喋ることで今日の出来事の整理整頓をし、さらに夫と話題を共有できたことで安心感を得るのです。人に何かを話すという行為は、自分の頭の中を整理していかないと話せないし、相手に上手に伝えることができません。

 そこから学べるものは、社長の話をよく聴くこと、コミュニケーションを大事にしていくことです。こんな経験はありませんか? おしゃべり好きな社長がいて、ずっとしゃべり続け、それに呼応してうなずいていただけで1時間を費やしたなんてことはありませんか? その社長が帰り際に一言「やあ、今日はいいアドバイスをもらったよ! 明日からさっそくやってみるよ。ありがとう。」と。

 自分はうなずいていただけなのに相手はアドバイスをもらったと言っています。このギャップは、聴き手がアドバイスをしなくても、会話のなかで問題点を整理しその解決案を模索し解決策を選択したことで、社長自らが問題解決を自己完結していたのです。会話の相手は、うなずくことで社長の問題解決のプロセスの案内人を担っていたのです。コーチングの技術の応用です。私は職員に「社長とお話をしてきなさい。そのネタはなんでもいい。指導しようなんて思わないでおしゃべりをするんだとおもえばいい。そこから何かが生まれるはずだ。」と気を楽に持っていただいて監査に送り出しています。



■多すぎる職員教育項目

 そもそも、会計事務所の職員が身につけるべきスキルは多すぎるのではないだろうか? 税務だけをとってみても、あの分厚い税務六法をマスターしなければならなし、一歩処理を間違えればすぐに損害賠償という問題に発展しかねないので、職員に対する税務に関する細かい教育は欠かせない。さらに、管理会計や経営学など教育しなくてはならない項目は後を絶たない。職員にハッパをかけて目の前にある仕事をこなし、さらに高度な知識を習得しなさいと言っても無理があります。税理士と中小企業診断士の試験を両方取れと言っているようなもので職員がやる気を失うのも無理がない話です。

 職員の教育という観点からいえば、本業としての税務や会計の知識は当然教育を怠らないが、経営相談に関するスキルについてはコミュニケーションを重視し、そのほかに必要な知識は頭の中に目次で持っていればよい。必要なときに調べて実行すればそれで足ります。むしろ、中小企業の社長とのコミュニケーションを通じ経験と知識を身につけていけばいいのです。



■プチコンサルの推奨

 経営コンサルタントと称される人達の仕事も一人ですべてできるわけではないし、得意な業種や分野に特化して企業にアドバイスしているのです。しかし、会計事務所の職員は同業種の顧問先ばかりを担当者ごとに担当させるには物理的に同業種の顧問先が少ない場合など困難を伴います。そのことで様々な業種の経営相談を受けなくてはならないことが経営相談の商品化の障壁になっています。

 そこで専門特化するのではなく、一定の水準のサービスを提供できればよいと割り切ってしまうのです。本格的なコンサルティングではなく、コミュニケーションを中心としたコーチング技術を取り入れ、中小企業の社長の悩みを共有し、社長の頭の中の交通整理をしてあげる。つまり、社長の決断のお手伝いをしていくことを主眼に置いた小さなコンサルティング「プチコンサル」を進めるべきではないでしょうか。

 このプチコンサルでは、来期の事業計画についても大企業や先進的な中小企業に見られるような緻密な事業計画ではなく、ストラック表を中心とした「超簡単経営計画」と称したエクセルの図表を使って経営計画を簡易に策定しています。その際、中小企業の社長には、「経営計画を作りましょう。ただし、初めてのことなので、簡単なところからいきましょう。トヨタやソニーも初めは町工場からスタートしたのですから今年はたとえ1枚の経営計画であったとしても来年は2枚に、再来年は4枚にとグレードアップしましょう。」と気持ちを楽にしていただいて接していく。

 つい我々は、今まで作ったこともない事業計画を中小企業に押し付け、本当に社長の思いが詰まった事業計画が作れたとは言えないものが多く見受けられました。その社長の身の丈に合った事業計画を作成することが必要です。私どもの顧問先の多くは小規模零細企業であり、それらの企業が発展し大企業として羽ばたいていく。そのお手伝いをさせていただくことがプチコンサルです。しかし、対外的に聞こえが少々よろしくないので我々は「経営コーチ」と称しているのです。職員のコミュニケーション能力を高めるために(株)プロスの「社長の四季」決算診断提案書システムや事業計画システム「経営コーチ」は、プチコンサル(経営コーチ)の武器として活用しています。



■「経営コーチ」で収益確保

 当事務所でいえば顧問先の中でいわゆるしっかりとした経営計画を必要としている大企業は10%そこそこで、顧問先の中の90%は小規模零細企業です。大企業に対する経営相談は直接所長先生や専任担当者によって顧客のニーズに応えることで問題は生じません。しかし、残りの90%の小規模零細企業に対する経営相談が手つかずになっており、会計事務所を変更する大きな要因になっています。この90%の顧問先は所長先生ではなく職員が顧問先を担当しているのです。となれば、その原因は職員の教育不足によるものが多いといえます。職員を経営コーチに育て上げれば、顧問先が落ちるということは防げます。「経営コーチ」という商品は職員そのものであり、経営者と同じ方向を見据えて社長と泣き笑いを共有し一緒に経営を考える存在です。さらに、顧問先が落ちるどころか友人の社長を紹介していただけることになります。職員が多くの顧問先を拡大してくる可能性を秘めているのです。

 そのような小規模零細企業の経営相談に対する会計事務所の商品化ができていないのです。つまり、顧問先をセグメント別に分類し、そのセグメント別に決算報告会や予算実績検討会が必要な企業、簡易な経営計画の策定を進めるべき企業、小企業には「経営コーチ」といった企業の身の丈に合った経営相談を受ける体制作りが必要です。このセグメント化の最も優れていることはどのステージの企業にあっても他の会計事務所よりちょっとだけ本物志向の経営相談が提供できる会計事務所でいられることです。

 先が見えず混沌とした不況時代における会計事務所の収益確保のための有効な施策として考えられるのは、

(1)値段を安くする方法
(2)新しい商品を創造する方法
(3)個々のお客様を大事にする方法

が考えられます。これらの施策をみてると、(1)は会計事務所では税務申告責任が重いことに加え、原価計算がしにくい業種であること、(2)は新しい商品の開発には相当な投資が必要であることを考えると、(3)の方法が会計事務所にもっとも効果が見えやすい方法といえます。個々のお客様を大事にしてそのお客様の御用聞きに徹することです。つまり、職員を「経営コーチ」化していくことではないでしょうか?



■日本経営コーチ協会と職員教育

 会計事務所は人が全てといわれ、人が成長する組織づくりと教育が会計事務所成長のカギを握っています。業務品質の向上のためには様々な取組みを通じ職員の質を高めなければなりません。そのためには特に時間と費用を要するのが教育です。教育の方法として外部研修やOJTなど多種多様に存在します。しかし、会計事務所職員向けの顧問先に満足を与えるための技術や知識を安価に職員が習得できるシステムがありません。一事務所でそのカリキュラムを作成し、職員研修を実施していくには莫大な時間と費用が必要となります。そこで、同じ思いを持つ会計事務所が集まって研修プログラムを作ればよいのではないかと考え、それに賛同していただいた会計事務所が集まって「日本経営コーチ協会」が誕生したのです。会計事務所のための会計事務所による職員研修システムの構築です。

 日本経営コーチ協会では、職員に財務(マネージメント)や経営(リーダーシップ)の知識を持たせ、その知識と経験で中小企業の社長の頭の中にある答えを引き出して(コーチング)もらうための教育プログラムを構築中です。

 特にコーチングは重要です。我々会計人は会計のプロです。難しいことを難しくしゃべることは誰にでもできます。プロフェッショナルとは難しいことを分かりやすく相手に伝えられることが求められます。顧問先の社長は豊富な知識や経験だけではなく、社長の悩みを親身になって共有し相談相手になってくれることを会計事務所の担当者に求めているのです。それが最大の顧客満足を生むのです。その顧客満足があって初めて会計事務所の収益向上につながっていくのです。


林 充之 (はやし みつゆき)

YMGグループ代表税理士。(株)KAIZEN代表取締役。(社)日本経営コーチ協会専務理事。

横浜で約100名のスタッフを抱える大型会計事務所の代表で、各地で積極的に講演活動を行っており、解り易い語り口調で好評。主な著書として「その時会社は動いた」「経営コーチ」(万来舎・共著)「ときめき会社法」(八千代出版・共著)「社長さん今が決断のときです」(カナリア書房・共著)月刊税理「この資産にはこの評価」他多数。

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