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経営コーチコラム

  コーチングスキルの習得で
  コミュニケーションもレベルアップ!



一般社団法人 日本経営コーチ協会 理事
税理士  増山 英和



 今でこそ経営コーチとして仕事をしていますが、コーチングスキルなどという言葉すら知らない駆け出しのころはいくつかの失敗がありました。経営コーチとしてのスキルを習得した今では、お客様とのコミュニケーションもレベルアップし、業務上でもお喜びの声を多くいただけるようになりました。皆さんの参考になればと思い、特に印象に残っている4つの出来事をお話したいと思います。



■分厚い報告書を作ってみたものの

 私が開業間もないころA社長より業績不振による資金繰り悪化の悩み相談を受けました。A社長がどのようなアウトプットを要求しているか、どのようなことに悩んでいるのか、の確認もせずに決算書3期分を預かり、徹夜して頑張って報告書を作成しました。100ページにも及ぶ大作です。もちろん自信をもって報告会に臨みました。


「社長、報告書ができました。いやあ徹夜して頑張って作りましたよ。」

社長
「それはご苦労さま。いかがでしたか。」


「はい、それでは報告します。」

 それから1時間半、分析した内容を喉が枯れるまでしゃべり続けました。さぞかし感動しているだろうと社長を見ると・・・


「社長、ご理解いただけましたでしょうか。」

社長
「うーん、一方的にいろいろ話をされてもなんだかよくわからないな。かえって混乱してきたよ。」


「そうですか。これだけ多くの経営分析値を説明してもわかりませんか・・・。」

社長
「それにこんな多くの資料をいただいても困るよ。日々私は忙しいので読んでいられないよ。結論をコンパクトに3枚程度にまとめてくれたほうがよっぽどよかったな。」


「ええっ?徹夜までして作ったんですよ。大変な思いして。」

社長
「それはそちらの都合でしょう。で、報酬はおいくらですか。」


「ありがとうございます。これだけ大量の資料を作成しましたので20万円です。」

社長
「ええっ?それは高いな。5万円程度だと思っていたよ。そんな金額払えません。」

 そう言ってA社長はお怒りになりお帰りになりました。当時の私は、何でこれだけすごい仕事をしたのにわかってもらえないのか、と釈然としない思いでした。今思い出すと恥ずかしい限りです。


※経営コーチの視点

・相手の悩みをしっかりと聴く(積極的傾聴法)。

・何を期待しているのか、何を求めているのか、を確認する。

・目的は「自己満足」ではなく「お客様満足」である。満足したか否かはお客様が決める。

・一方的な話ではなく「対話」をする。問題に気づかせ、解決策を一緒に考える。

・理解度をその都度確認する。消化不良であると次の行動につながらない。

・事前の予算の確認や見積もりにより、互いに納得いく適正な報酬をいただく。


 当時、私は社長がなぜ不満を持たれたのか理解できず、結果的に顧問解約になりました。苦い思い出ですが、お客様満足の原点を学ばせていただいた貴重な体験でした。

 次は、職業概念をガラリかえた目から鱗の話です。



■試算表は英字新聞

 今の税理士に不満があるとのことでお会いしたB社長。資料ばかり送ってくるが説明がない、との理由で会計事務所を変えたいとのことでした。そこで今の事務所がどのような資料を提供しているのかを知るために、月次の試算表や経営分析表を提出していただきました。


「会計事務所は毎月訪問し、試算表もしっかりしたものを出されてますね。ウチに替ってもさほど資料は変わりませんよ。今のままでもよいのではないでしょうか。」

社長
「会計のプロからすればそうなのでしょう。でもそもそも私はその試算表なるものを見ていませんから、その価値は感じていませんよ。」


「ええっ、見ていないんですか。これだけ資料が出ているのに。」

社長
「はい。専門家からすればそれが【宝】なのかもしれませんが、私からすれば【英字新聞】なんですよ。難しい科目や数字ばかりでさっぱりわからない。もらっても見ないから私にとっては【ゴミ】と同じ、紙の無駄遣いだね。」


「英字新聞・・・ですか。」

社長
「そう、専門家は英語が読めるからその新聞に書いてあることがわかるでしょう。でも私たち素人はそもそも英単語がわからないから、読みたくても読めないんですよ。○○比率とか専門用語で説明されたり、資料をたくさんもらってもちんぷんかんぷん。」


「じゃあ、読めないから教えて、って言ったらいいじゃないですか。」

社長
「そんなこと恥ずかしくて言えないよ。経営者にはプライドがあるんだ。だから説明を受けている時もとりあえずわかった振りしているんだよ。」


「わかった振り・・・ですか。」

社長
「お願いしたいことは、その英字新聞にどのようなことが書いてあるのか、を翻訳しこれからどうしたらよいかアドバイスして欲しいんだ。」


「わかりました。社長もざっくばらんにわからないことはわからない、と言ってくださいね。信頼関係が大事ですから。」

 試算表が英字新聞とはよく言ったものです。わかった振りをしている、との話はショックでした。その後、試算表の見方や気になる経営分析値を絞り込んで社長にも勉強をしていただきました。やがて自計化し事業は順調に進んでいます。


※経営コーチの視点

・相手のレベルを確認し的確に対応する(視線を合わせる)。

・信頼関係を築き、対話を心がける(コミュニケーション能力)。

・その会社がチェックすべき経営分析値を絞り込み、問題の所在と解決策を一緒に考える。

・会計データが経営の意思決定に役立つことを理解していただく。


 以上2つは経営コーチとしての知識を習得する以前の失敗談です。次の2つは経営コーチとしてお役に立てた話です。



■具体的な目標が行動をかえる

 目標額が達成できて喜ばれた話をしましょう。コンビニエンスストアを経営するC社長。売上高減少から業績が悪化し経営者は焦る一方、社員は何食わぬ顔。このギャップにいら立っていました。


「売上高が落ちていることを社員はわかっているのですか。」

社長
「ええ、なんとなくわかっているようですが、具体的な金額までは伝えていません。」


「目標売上高は明確に伝えているんですか。」

社長
「はい、年間1億6千万円です。」


「社員さんたちはそれを実現するための方策をきちんと理解していますか。」

社長
「いいえ、そこまでは・・・。」

 そこで社長と一緒に目標額を実現するための1日当たりの売上高・客数・客単価の計算を行いました。その結果、お客様一人当たりの買上単価を現在より50円増やすことで目標額が達成できることが算出できました。


「客単価をあと50円増やすためにはどうしたらよいでしょうか。」

社長
「現場を知っているのは社員ですから、それをテーマにすぐ会議を開きます。」

 しばらくして訪問すると店は見違えるほど活性化されていました。


「社長、いい雰囲気ですね。どうしたんですか。」

社長
「50円という具体的な目標金額のおかげですよ。社員からはレジそばでの少額のお菓子や陳列の変更、積極的な声かけなどの提案が出てきました。掃除は徹底され、何より心がこもった挨拶ができるようになりました。以前はマニュアルどおりの<いらっしゃいませ、こんにちは>でしたからね。」

 「目標が日々を支配する」という言葉がありますが、具体的な目標を持つことで社員の行動が変革したのです。「年間1億6千万円」ではなく「一人50円多く」のほうが社員にとっては理解できたので新たな行動が生まれたのです。その後、目標は達成され、社員の賞与にも反映されたことは言うまでもありません。


※経営コーチの視点

・目標達成にむけての具体的な行動計画は、最後は会社が決める(参画、責任)。

・金額の算定はプロが勝手にせず一緒に行う。社長が考えるというプロセスが重要。

・現場が変わらなければ結果に変化は生じない(現場主義)。

・社員は「末端」ではなく現場に一番近い「第一線」社員であると社長に意識づける。


 最後は、経営承継計画を策定したことで元気が出たD社長の話です。



■経営承継計画が元気の源

 以前より後継者問題で悩んでいたD社長でしたが、ようやく長男が勤務していた会社を辞め自社に入ることになりました。


「社長、よかったですね。これで後継者問題は解決ですね。」

社長
「ええ、一安心だね。」


「平成20年に中小企業経営承継円滑化法が創設・施行されているように、経営承継対策は早めに行うことが大切です。まずは経営承継計画書を策定しましょう。」

社長
「それはわかるけど、この不景気で売上高は落ちてきているし、承継するまで存続できるかが心配だよ。息子もまだ入ったばかりだしね。」

 乗り気でない社長を説得して、経営承継計画書に自分と息子の年齢を書き入れると、社長は徐々に計画書の策定に没頭していった。


「社長、いかがですか。」

社長
「今まで無我夢中に働いてきたけど、歳をとればいつまでも頑張れるとは限らないね。」


「人間はいつかお別れの日がきますが、会社は継続することが前提ですからね。」

社長
「そうそう、まだまだやりたいことはあるけれど、全部は無理だね。私がやり残したことを次期社長に実現してもらいたいね。」


「そうですね。そのためには息子さんが真に喜んで継ぎたくなる魅力ある会社にしなければなりませんね。」

社長
「経営の夢の実現を託すためにも、バトンタッチするまでもっと良い会社にするよ。何だか元気が出てきたぞ、もうひと踏ん張り頑張るとするか。」


 売上減少が続く中、社長は自信をなくし眠れない日々が続いていたようです。しかし経営承継計画書を作成することで、改めて経営ビジョンなどを考え元気が出てきた社長はやる気がみなぎり体調も回復したのです。


※経営コーチの視点

・限りある人生をどう生きるか、を考えるきっかけをつくる。

・経営承継計画書をつくることで改めて経営理念や経営ビジョンの再確認を行う。

・計画書を書きながら社長が自ら気づき、具体的な行動につなげることが大切。

・定期的に計画を見直し、状況の変化に対応する。



■成果をつくるステップ

 経営コーチとして仕事をしているときにいつも注意していることは次のステップです。

「学ぶ」→「気づく」→「動く」→「続ける」

 この中でも特に重視しているのは「気づく」というステップです。他人から言われると「反発」が生じます。しかし自ら気づいたことは「行動の変革」につながります。この自発性が大事です。行動しなければ結果は一切変わりません。多少時間がかかってもこのプロセスだけはカットしてはならないのです。


 以上、私が若かりしときの失敗と経営コーチとしての現場実務を披露させていただきました。私たち経営コーチは『日本を元気にするため』に法人や個人事業主に対して会計や税務のみならず「コーチング」「マネージメント」「リーダーシップ」という3つの技法を日々研鑽している会計人のクループです。税理士などの国家資格を持つ者だけでなく、経営者と日常業務で定期的に接する会計事務所の職員もこのようなスキルを身につけお客様企業の支援活動を行っています。


増山 英和 (ますやま ひでかず)

税理士・経営コーチ・行政書士・CFP。

昭和37年生まれ。中央大学大学院経済学研究科修士課程修了。平成2年、税理士登録。6年、株式会社増山会計設立。7年、CFP取得。10年、行政書士登録。16年、船井財産コンサルタンツ加盟。TKC全国会、創業・経営革新支援委員会、委員。TKC全国会、経営承継支援プロジェクト、委員。

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