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経営コーチコラム

  税理士の使命と経営コーチ


一般社団法人日本経営コーチ協会 理事
税理士  鯨井 規功



税理士の使命とは?

 一昨年、外部講師を招きまして私どもの事務所の職員と顧客の経営幹部の方々に対して幹部養成塾を開催いたしました。全6回コースで、前半3回はマネジメントの手法、後半3回は人材活性化の手法です。

 私も受講生として参加いたしましたが、その中で1番印象に残ったのが「物にはそれぞれ使命があります。」という言葉でした。

 講師の先生が腕時計をはずされて、受講生の皆さんにこう問いかけました。

 「例えば、腕時計に皆さんは何を求めますか?」

 1人ずつ答えていきました。「時計なのですから、正確に時を刻むことを求めます。」「私はデザインが一番ですね。」「携帯性は重要ですね。つまり軽くて小さいほうが良いと思います。」「値段が大切ですよ。コストパフォーマンスに優れているかどうかは気にしますね。」「ブランドイメージを大切に選んでいます。」などなど、いろいろなご意見が出ました。

 ある程度の意見が出尽くした後先生がいいました。「皆さんが今いわれた事柄全てが腕時計の使命なんです。では、改めて考えてみてください。皆さん方の仕事の使命とは何ですか?」

 私はその言葉にはっとしました。「自分のしている仕事の使命はいったいなんなのであろうか?」今まで考えたこともありませんでした。

 税理士法第1条に税理士の使命が次のように記載されております。

 「税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする。」

 当然私どもは税理士業務を営んでおりますので、私どもに求められる使命は適正な納税義務の実現にあります。ただし、先ほどの腕時計に様々な使命があったように私ども税理士の使命も多種多様であると考えております。



藤原塾

 時を同じくして経済アナリストの藤原直哉先生が師事されている藤原塾((株)プロス主催)に4期生として参加させていただきました。その時に教わりましたのが、藤原先生の考えておられる税理士の使命(役割)でした。

 「私(藤原直哉先生)の考えている税理士の役割は、飛行機にたとえるとコックピットの計器盤だと考えております。顧問先の社長がパイロットです。つまり、税理士は会社の現状を正確に把握し、会社の経営の舵取りをしている社長の意思決定を誤らせないための情報をタイムリーに提供するのが役割なのです。」

 今飛行機がどのくらいのスピードで飛行しているのか?高度はどのくらいなのか?飛行条件はどうなのか?例えば前方に乱気流があればどれほどの規模で、何キロ先に発生しているのか?そのまま直進したほうが良いのか?迂回したほうが良いのか?迂回するには右が良いのか、左が良いのか?着陸予定地の飛行場の気象条件はどうなのか?などなど。

 それらの情報を総合的に判断して飛行機を運行するのがパイロット(顧問先の社長)なのです。

 このお話を戴いたとき、私自身肩の力がすっと抜けたのを今でも記憶しております。「そうか。私どもの業務は、社長の経営の判断材料を適時に・的確に・正確にご提供すればいいんだ。」

 それまでは、社長に喜んでいただくためには、経営コンサルティング業務を強化し、社長を引っ張って業績をあげていかなければならないと考え、その業界ではプロである社長以上の能力をみにつけなければならないと肩に力が入っていました。当然そんなことはできるはずもなく、日々これでいいのかと自問自答の日々が続いておりました。

 その手法としての、先生のご回答が税理士は経営コーチを目指しなさいというものでした。



経営コーチ

 藤原先生は、税理士について、次のようにもお話されていました。

 「税理士の強みは経営者とサシで話ができる存在です。毎月数字を押さえている税理士には、はったりやうそはつきません。税理士というのは、経営者が本音で話すことのできる唯一に近い存在です。」

 また、今後の税理士の業務のあり方についても次のようにお話されました。

 「今の時代、税務の申告や記帳の整理などは、誰でもやろうとおもえばできます。もちろん、法律上、税理士資格が必要となるところもありますが、パソコンや会計ソフトが発達し、事務職員のレベルが向上すれば、資格が必要とされないところまででは誰でもやればできるものです。では、規制緩和の時代に税理士が生き残る道は、経営者と率直に話ができるという関係を生かしていくことにあります。」

 確かに、現在私どもの関与先でも、「数字合わせであれば毎月こなくてもいいよ。」と言われたこともありますし、新規の関与先の中で、決算だけお願いしますというところが増えてきております。

 私どもからするとかなりの減収となります。では、どのようにすればきちんと毎月訪問させていただけるのでしょうか?その応えのひとつが経営コーチです。

 経営コーチとは、リーダーシップやマネジメントといった経営の知識と、それを的確に伝えるコーチングのスキルを持った会計人が、税務だけでなく経営面でも経営者のサポートをすることを指します。コーチングとは基本的に相手(社長)の問題点を抽出してあげて、相手(社長)がお持ちの答えを相手(社長)の中から導いてあげることにあると思います。これを経営上行なうのが経営コーチの役割です。



税理士の業務と経営コーチ

 経営コーチは、税理士の役割と考えておりますから、税理士の資格をお持ちの方だけができるスキルではなく、基本的には税理士事務所職員が全員で対応できるスキルであると認識しております。

 逆に申しますと、特別な能力を有する方のみが実施できるスキルではなく、みんながやろうと意識すればできるスキルなのです。

 例えば、コーチングをするときに、まずは相手の話を聞きくことからはじめます。話の中で、最初は考え方が点と点でばらばらであるケースが見受けられますが、私たちが、経営コーチのスキルを用いて、その点と点を線で結んでいってあげる。このように社長の頭の中を少し整理してあげるだけで、社長の中からひとつの解答が導き出される。それだけで社長から感謝していただける。

 私が考えるに、経営コーチとは、マラソンランナーのコーチです。選手と一緒に走るわけではありませんが、駅伝でよく見かけるように、コーチは選手の横を車で併走しながら、その状況に合わせた的確な指示をしてあげる。それによって、走っている選手が、その能力を最大限に引き出し、最高の結果(業績)を導き出してあげる。それが経営コーチのイメージではないでしょうか?

 社長の意見を素直に聞いてあげて、問題点を抽出してあげて、それに対する解答を導き出してあげる。そのためには、会社の現状をきちんと把握して、問題点をきちんと整理しておき、社長に解答を導き出すためのヒントを用意する必要もあるでしょうし、社長と本気・本音で話し合える環境を作り出しておかねばなりません。

 つまり、そこには社長の経験やレベルに合わせた職員のレベルアップが必要となります。これは経験でしか身に付かないと考えております。会計事務所の職員に早く経営コーチを身につけてもらい、日々意識しながら社長との話をしてもらう。それを繰り返すことによって私たち税理士業界の資質の向上にもなりますし、関与先が活性化することにより、地域経済の、ひいては日本経済の活性化にもつながると考えます。

 私たち税理士事務所が、顧客にとってなくてはならない存在になるために、皆さん経営コーチを目指しましょう。


鯨井 規功 (くじらい のりゆき)

昭和39年生まれ。専修大学大学院商学研究科卒。
平成5年、(有)鯨井会計入社。
平成7年、税理士登録。(有)鯨井会計つくば事務所設立。代表取締役就任。

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