FRAUD MAGAZINE
(2017.3.15掲載)
不正と闘うための10の指針
ウェルズ博士のさよなら講演

10 pointers for fighting fraud
Dr.Wells' departing advice
ACFEの創設者であり会長であるジョセフT.ウェルズ博士(CFE、CPE)は、彼にとって最後の第25回ACFE世界年次総会で、不正検査士に次の提案を行った。

Dr. Joseph T.Wells, CFE, CPA
翻訳協力:岩崎勉、CFE、CIA

1.しばしば明るくにこやかであれ
(BE NICE AND SMILE OFTEN)

 不正と闘うということは、敵と対峙するということである。あなたが誰かが不正を行っていることを明らかにしようとしている時に、自由を失うかもしれない人間以上にあなたに闘いを挑もうとする人はいないだろう。それに耐えられる胃袋を持たないならば別の仕事を見つけた方が良い。不正検査士の仕事は、意気地無しには相応しくない。

 しかしこのことは、あなたが 明るく穏やかな人間であってはならないということを意味しない。事実、私が今までに会った優秀な不正検査士や調査員は、好感のもてる人たちでもある。彼らは、盗人と対峙する時でさえよくほほ笑む。それにより完全に泥棒の敵意を和らげる効果がある。

2.やるべきことを先ず片付けなさい
(DO YOUR HOMEWORK FIRST)

 不正調査をしている時に、やるべきことを済ます前に被疑者に話しかけてはいけない。インターネットをどう使うか、公の記録を突き止めるにはどうしたらよいかを学ぶこと。私は、もっと十分に調査しなければならない不正検査士が、本来は最終段階で実施すべき被疑者への面談を行っているのを知り、しばしば愕然としている。言い換えれば、ここテキサスでは、ただ単に馬を少しの間だけつなぎとめておけ(ちょっと落ち着きなさい)ということわざがある。

3.不正の理論を発展させなさい
(DEVELOP A FRAUD THEORY)

 私はかつてロイという名のFBIのエージェントと一緒に仕事をしたことがある。彼は、勤勉な男に思われた。彼が退職した時、私は彼の全ての案件を引き継いだ。しかし、私が彼のファイルに次々と目を通してみると、彼が何を調査しているのかさえ分かっていなかったのだということが明らかになった。彼の仕事には、方法も理性も分別も無かった。不正案件の調査を成功させるには、起こっていることについて理論付けすることがきわめて重要である。

 贈収賄から横領に至るまであらゆる案件は、独特の兆候を示す。それらの実態を学ばなければならない。これらの兆候を吟味してあなた自身の理論を立証するか反証をあげることがあなたの仕事である。結局、立証するか反証するかどうかは重要ではない。なぜならば、どちらの場合でも、真実が明らかにされるだろうから。

4.事態をややこしくしてはいけない
(DON'T OVERCOMPLICATE A CASE)

 新人不正検査士の確かな傾向の一つは、一つ一つの岩の背後にある大きな共謀による犯罪を見つけようとして、そうではないのに事態をややこしくしてしまうことである。人々が共謀しないと言っているのではない。しかし、不正の多くは、一人の人間が一人で行い、家族も含め他の人から犯罪を隠そうとする。多くの不正案件に関わると、犯罪者はほとんど常に犯罪を行うのに最も安易な方法を見つけるものだということ、そしてそれが一貫して使われる方法だということが分かるはずである。

5.次に何をすべきか分からないならば調査を中断すべきである
(IF YOU DON'T KNOW WHAT TO DO NEXT, STOP)

 経験の浅い不正検査士の多くは、積極的になり過ぎて不正案件をあまりにも急いで解決しようとしがちである。その案件に致命的で、かつ不正検査士を法的な危険にさらすことにもなりかねないミスをするのはこういう時である。もしあなたが次に何をしていいか分からない事態に至った時には、調査を中断すべきである。一息ついて、同僚と議論するか法律の専門家に相談することだ。その後に新たに調査を始めなさい。

6.権限を越えてはいけない
(DON'T OVERSTEP YOUR AUTHORITY)

 誰もがあなたに任意に何でも話すことができるということを忘れてはならない。彼らは彼らがそうしたいと思う記録をあなたに差し出すことができる。しかしあなたは人々を抑圧することはできない。あなたは権利の与えられていない記録を秘密裏に取得することも脅迫することもできない。

 「有毒な木の果実」と呼ばれる証拠についての法律上の概念がある。それは、あなたが有力な証拠だと思うものを収集する過程で不法なことをするならば、その方法で取得したあらゆる証拠は細部に至るまで汚染されており、使い物にはならないということを意味する。

 不正調査をしている時にあなたの権限を越える必要はない。もしその必要があるならば、その案件は流してしまえ。テロリストの取り調べでウォーターボーディング(水責め尋問)が1つのテクニックとして公認されていた時の米国の恥ずべき経験を思い出して欲しい。ほとんどすべての情報が信頼できないことがわかった。人間は脅しに屈した時は大体何でも言うということを考えれば、少しも驚くにはあたらない。これらのテクニックの類は違法であり、拷問と呼ばれる。政治家がそれにどのような解釈を加えようと関係無い。そして、不正案件であなたが誰かを拷問にかける必要があるかどうか迷った際には、原則を思い出しなさい。すなわち、権限を越えてはならない。そこからは何もよい結果が生じない。

7.常により多くの手がかりを探しなさい
(ALWAYS LOOK FOR MORE LEADS)

 私がFBIの新米捜査官だった時、ある先輩が、私に自分の仕事は調査することだと思っているかどうかと尋ねた。私は、これは引っ掛けの質問だと思った。彼は次のように言った。「あなたの仕事は、話すべき人々、調べるべき書類、調査すべき場所等について手がかりを捜すことである。もし君が十分に手がかりを捜してそれらを調べていけば問題はそれ自身で解決する。もしそれでうまく行かないならば、その問題は解決不可能なのだ」
これ以上の真実はない。

8.意見を述べるときは十分に注意深くあれ
(BE VERY CAREFUL ABOUT EXPRESSING OPINIONS)

 会計の世界では、監査意見は時代の慣行である。しかし、不正検査の分野ではそうではない。事実、あなたのゴールはむしろ意見を表明するのを完全に避けることである。意見を述べるのは法律の領域である。もし誰かが不法な行為を働いていると信ずるならば、それはあなたの不正調査で得られた事実から明白であるべきである。もしそうでないならば、あなたはおそらく仕事をやり直さなければならないだろう。

 CFEの職業倫理基準は、いかなる個人や団体についてもその有罪または無罪についての意見を述べることを厳に禁じている。これにはもっともな理由がある。有罪または無罪は、あなたではなくて裁判官か陪審員により裁判の場でのみ決定されるべきである。したがって、もしあなたが意見を述べる時には、これら二つの言葉はどんな場合でも避けるべきである。

9.帳簿と記録は不正をしない。人が不正をする
(BOOKS AND RECORDS DON'T COMMIT FRAUD;PEOPLE DO)

 特にあなたに会計のバックグラウンドがあるならば、数字で調査を進めるのは非常に簡単である。数字のつじつまが合わないのだから不正が起こっているのだ、と私を納得させようとした人は今まで少なくない。確かに、それは不正の兆候の一つの指標ではある。しかし、間違いや誤りの可能性も有り得る。間違いや誤りと不正との違いは、それが意図されたものであるか否かである。数字だけを用いて意図を証明できることはめったにない。不適正な経理を見つけた時には、それを吟味しなければならない。ただ単に伝票の束を法律家や検察官に持って行ってはいけない。数字そのものだけでは証人席に立って証言することも不誠実や貪欲について語ることもできない。そのためには証人が必要である。帳簿と記録は不正をはたらかない。人が不正をするのだということをいつも覚えておくように。

10.アメリカ合衆国憲法の起草者の意図を理解せよ
(UNDERSTAND WHAT THE FRAMERS OF THE CONSTITUTION INTENDED)

 不正検査士は、あらゆる案件を解決できない時にしばしば欲求不満になる。それがゲームの性質である。しかし、アメリカ合衆国憲法の起草者が意図したことを心に留めておきなさい。ベンジャミン・フランクリンの次の言葉はよく知られている。すなわち、「一人の無罪の人が苦しむよりも100人の有罪の人が逃れる方がましだ」。無実の人々が、何十年もの刑務所暮らしの後に解放された物語を我々は皆読んでいる。あるいは、もっと悪いのは、刑が執行された後に無罪が判明する場合である。誰か他の人についてそういう話を読む時にそんなに大きな衝撃は無いかもしれないけれど、もしそれがあなたやあなたの愛する人に起こったとしたらどうだろう。

 我々のシステムには欠陥もあるがそれに対応して、被告人を保護するために組み入れられた安全装置がある。これらの安全装置は、不正検査士であるあなたによって起動するのだ。誰かを「やっつけようと」躍起になってはいけない。もしそうするならば、越権行為をするという誘惑の餌食になるのはたやすいことである。仕事をしなさい。しかも上手に。だが狂信的になってはいけない。我々は皆、いわゆる正義のために間違ったことをする男らしい刑事をテレビで見たことがある。

 私をよく知る誰もが、私が刑務所の中から助けた多くの人々も含め、私が犯罪に優しいとは思っていない。しかし、正しい方法と間違った方法がある。手短に言えば、規則に従って行動できないならば、勝者になる資格が無い。

 44年間の経験を数分間に凝縮して抜きだすのは容易ではない。しかし、私は皆さんが私の言ったことを真摯に受け止めることを期待する。私の言葉はきっと皆さんの役に立つだろう。

Dr.Joseph T.Wells, CFE, CPA
ACFEの創設者で会長である
補足記事 (Sidebar)

 ウェルズ博士が貧しい生い立ちから世界的規模の不正対策組織を創設するまでジョセフ・トーマス・ウェルズ氏は、オクラホマのダンカンという小さな貧しい町に生まれ、そこでは、彼の父親や親戚の多くが石油掘削現場で働いていた。彼が9歳の時に両親が離婚し、彼は母親に引き取られた。彼は、一族で最初に高校を卒業し、卒業後二週間で海軍に従軍した。

 退役後、数年働いた後、「復員兵援護法(GI Bill)」の援助を受け、パートタイム学生として大学に進学した。ウェルズ博士は、オクラホマ大学で会計学の学位を取り、優等で卒業した後、CPAの資格を取得してクーパース&ライブランド(Coopers & Lybrand)で職を得た。二年後、同僚の勧めでFBIに応募して間もなく、J.エドガー・フーバーから特別捜査官として採用したいとの電報を受け取った。

 次の10年間で、ウェルズ博士は、小は、数セントを巻き上げる詐欺師の案件から、大はウォーターゲート事件当時の司法長官だったジョン・ミッチェルのケースに至るまで、数千件の不正事例を調査した。1982年、彼は政府での仕事を辞めて、不正の発見と予防を専門とする犯罪学者の事務所であるWells & Associatesを創設した。

 1988年にACFEを創設して以来、ウェルズ博士は数万人の職業専門家に講義を行い、22冊の本を著し、多数の記事と研究事業を執筆した。彼の著作は、Internal Auditor Magazine誌トJournal of Accountancy誌の両方で年間の最優秀記事賞を受賞するなど、数え切れない賞を獲得した。

 ウェルズ博士は、オースティンのテキサス大学大学院のビジネススクールの不正検査の講座の教授となった。米国会計学会は、彼を2002年の会計教育改革者と呼んで彼の教育の現場での先駆者的業績を称えた。彼はまた、反不正シンクタンクのNPOである不正防止協会(Institute for Fraud Prevention)の取締役会長でもある。

 ウェルズ博士は、米国公認会計士協会(AICPA)の種々の上級委員会の委員を務めており、同協会のBusiness and Industry Hall of Fameのメンバーである。彼は、Accounting Today誌の会計上の「もっとも影響力のある人々100人」の年間リストに9回掲載され、ニューヨーク市立大学のヨーク校から商学博士号を受けている。ウェルズ博士は夫人のジャディ・ウェルズと共にテキサスのベルヴィユに住んでおり、現在でも少なくとも週に3日は、テキサス州オースティンにあるACFE本部で勤務している。

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