FRAUD MAGAZINE
(2016.04.20掲載)

情報提供者と内部告発
善玉、悪玉、卑劣漢

Informants & whistleblowers
The good, the bad and the ugly



時に、犯罪者は他の犯罪者を捕まえるのに最も役に立つ存在となる。しかし、CFEが情報提供者や内部告発者、司法取引により検察に協力する被告人(訳注:cooperating defendants, 以下「協力的な被告人」)を利用する際には、事件解決を妨げないための重要なルールを守らなければならない。

Martin T. Biegelman, CFE, ACFE Fellow, CCEP
 この記事は、マーティンT.ビーゲルマン(Martin T. Biegelman)氏の著書“Faces of Fraud: Cases and Lessons from a Life Fighting Fraudstersからの抜粋を、著作権者John Wiley & Sons Inc.の許可を得て掲載したものである。(著書についてはhttp://tinyurl.com/n2ezuxl を参照)
 不正の実態を最もよく知っているのは、積極的な加担者や目撃者など、その不正に密接に関係した者たちである。経験則によれば、不正を発見し通報するのは、従業員、納入業者、顧客など、内情を知っている人々であることが多い。ベテランの管理スタッフや経理担当者は、会社のどこに「死体が埋められているか」を知っていて、聴く気満々の捜査官や検事、マスコミ関係者に話す機会を与えられれば、価値ある情報を提供する。
 筆者は、情報提供者と彼らがもたらす情報を高く評価している。彼らは、筆者自身ではとても発見できないような証拠を提供してくれた。情報提供者の多くは、さまざまな不正の容疑で筆者が逮捕した被告人が、協力的な被告人に転じたもので、共犯者に不利な価値ある証拠を提供してくれただけでなく、彼らが気づいた他の不正についても報告してくれた。訴追に必要な証拠を得るために、情報提供者をおとりとして不正の現場に送り込んだり、裁判で証言させたりしたこともある。全面的に協力し正しい情報をもたらしてくれた情報提供者のおかげで、筆者は犯罪捜査官として大きな成果をあげることができ、その後民間企業に転じてからも、また現在はコンサルタントとして、引き続き情報提供者を活用している。
 情報提供者、内部告発者、協力的な被告人は、史上最悪の企業スキャンダルにおける犯人の摘発および訴追に貢献した。ワールドコムのシンシア・クーパー(Cynthia Cooper)は、同社の経営陣による会計不正を発見した。(Fraud Magazine 2008年3月/4月号掲載の“Extraordinary Circumstances: An Interview with Cynthia Cooper”を参照)巨額不正摘発への貢献により、彼女は内部告発者として尊敬を集め、Time誌により2002年のパーソン・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。その後、ワールドコムのCFOであったスコット・サリバン(Scott Sullivan)は被告人として検察に協力し、同社の元CEOバーナード・エバーズ)Bernard Ebbers)に対して不利な証言を行った。サリバンは検察側の重要証人として、彼とエバーズらがどのようにしてワールドコムの決算報告を改ざんし投資者を欺いたのかを、自らの体験として克明に説明した。エバーズは禁固25年の有罪判決を受けた。とはいえ、情報提供者や内部告発者、協力的な被告人を活用して望ましい結果を得るのは容易なことではない。犯罪に関する情報は、正直な市民よりも犯罪者からのほうが得やすいとは言われるものの、特に犯罪行為に加担していた者が検察に協力して証言する場合、被告側の弁護士は必ずその信憑性に疑義を唱える。検察官としては、被告側に攻撃の材料を与える余地のない証人を得たいところだが、手持ちのカードは限られており、犯罪者を他の犯罪者に対する証人として利用しなければならないこともある。
 問題は、情報提供者、内部告発者、協力的な被告人はそれぞれ自分なりの思惑を持っており、不正や汚職の調査や訴追に協力していると主張しつつも、うそをついて司法妨害をすることも少なくないという点だ。検察側を助けるどころかその活動を妨げ、訴追を台無しにしてしまう恐れもある。
匿名の情報提供者への対処 (Managing confidential informants)
 チャールズ・ディケンズの「二都物語」の冒頭を思い出してほしい。「それは最高の時でもあったし、最悪の時でもあった」のか?捜査における匿名の情報提供者(confidential informants, 以下、適宜「CI」とする。)の活用についても同じことが言える。CIは、犯罪の内部関係者だけが知る詳細な情報を提供してくれるという点で、捜査官にとって最高の存在となり得る。彼らのおかげで捜査は進展し、裁判に勝訴して、捜査官はスーパースターのようになれる。一方で、彼らはうそをついたり欺いたりして捜査を台無しにし、捜査官の評判を傷つけ、さらに悪い事態を招くこともある。
 FBI(連邦捜査局)が組織犯罪対策に成功した直接的な要因は、犯罪組織の幹部を情報提供者に転じさせる能力にある。犯罪組織の裁判史上最も重要な「テフロン・ドン(傷のつかないドン)」の異名をとったマフィアのボス、ジョン・ゴッティ(John Gotti)の裁判においては、サミー(ザ・ブル)グラヴァーノ(Sammy “the Bull” Gravano)が司法取引によりゴッティに不利な証言をしたことで、ゴッティの有罪が決定的となった。
 CIの活用は、警察や検察に限ったことではない。捜査権限のない民間の調査人も、必要な情報を収集するためにしばしばCIを使う。警察等が利用するCIと民間調査人が利用するCIは若干異なるが、対応ルールは基本的に同じである。CIが情報を提供する動機を理解することが、彼らを活用するための基礎となる。
匿名の情報提供者とは何か? (What is a confidential informant?)
 CIとは、自分の素姓が明かされないという了解の下で情報を提供する人物を指す。しかし、裁判のある過程においては、CIが法廷で証言する必要が生じる可能性が常にあり、その場合にはCIの匿名性が保てなくなるということを関係者全員が認識しておく必要がある。
 不正の内情を知る者の協力を得て、手口や他の犯罪者の役割を詳細に知ることができれば、事件の迅速な解決に役立つ。CIは計画中の犯罪について警告を発してくれたり、盗まれた財産の回復や資産没収に協力してくれたりもする。さらに、他の犯罪者たちの士気を下げたり、仲間割れをさせたりするためにも利用できる。
 CIの利用は手っ取り早い手段の1つだと時には考えられているが、その考えは誤解を招く。CIを確保し、やりとりを記録し、関係を維持するのは骨の折れる仕事だ。CIを利用することで調査担当者とCIとの間には、緊密な人間関係が生じる。
情報提供者の類型 (Types of informants)
 情報源となり得るのは、匿名の通報者、警察官、市民の情報提供者などである。市民は、通常良心に従って、または自分が犯罪の被害者や目撃者となったために情報を提供する。犯罪者が情報を提供する理由は以下のとおり様々であり、情報の信憑性は常に吟味されなければならない。情報提供者は、過去に信頼できる情報を提供した実績のある者とそうでない者に分けられる。後者から得られる情報については、それを利用する前に裏づけを取ることが鍵となる。調査担当者が情報提供者からの裏づけのない情報に頼ると、調査は簡単に行き詰ってしまう。
 1883年、無法者ジェシー・ジェームズの兄であるフランク・ジェームズによる殺人の裁判において、ウィリアム H.ウォレス検事は、彼がなぜジェームズ一味だった者を検察側の証人として証言台に立たせたのかを陪審員に説明した。ウォレス氏は次のように述べている。「人が罪を犯そうとする時は、ラッパを吹くような目立つことはせず、闇の中で密かに事を運びます。強盗や殺人の共犯者を募るときに、誠実で正直な市民を選ぶことはありません。人を殺そうと考えている者が「さあ皆さん、私の残忍な任務に加わりませんか」とは言わないでしょう。犯罪は、正直で法を守る人間たちが寝静まり、獣が静かに地を這う時間帯に行われるのです。ですから、犯罪集団を崩壊させるためには、集団の一味の協力に頼らなくてはならないのです。必死に逃げようとする犯罪集団の中の一人を選んで、他のメンバーを追いつめるために利用するというやり方は、法律と同じくらい古くからある慣習なのです。」(”Speeches and Writings of Wm. H. Wallace; With Autobiography” by William H. Wallace, Kansas City, MO: Western Baptist Publishing Company, 1914の137ページを参照)このことは、現在の捜査にも当てはまる。
なぜ人は情報を提供するのか (Why do people inform?)
 人がなぜ進んで情報提供者になるのかを究明することは大切である。以下のような理由が考えられる。
  • 復讐するため
  • 妬みから
  • 有罪判決や投獄を恐れて(減刑を受けるため)
  • 善良な市民として(市民としての義務を果たしたいと考える普通の人々)
  • 良心の呵責や後悔から
  • 金銭を得るため
  • 競争相手を排除するため
  • 変わり者
  • 警察マニア
CIの開拓と適切な利用 (Development and proper use of CIs)
 調査担当者にとって、CIの開拓は継続的なプロセスである。情報を提供してくれる人物がいないか、常に注意を払わなければならない。調査の過程で接点をもつ人物全員がCIとなる可能性を秘めている。警察・検察からの接触や照会が情報源となることもある。調査対象企業で働く管理スタッフや経理担当者を最優先で開拓すべきだろう。なぜならば、彼らは通常、組織の内情に通じているからだ。その他に、調査対象者の元配偶者や恋人も情報源となり得る。愛情と憎悪は紙一重であることを肝に銘じておく。
 ホテルのドアマンや郵便配達員、清掃作業員、警備員、レストランの給仕、ホール係、商店主なども情報提供者となり得る。CIとなり得る人物かどうかを見極めるには、調査担当者の経験と想像力だけが頼りだ。被告人や証人などへの対応を適切に行えば、彼らが将来のCIになってくれるかもしれない。また、CIとの良好な関係を保てれば、彼らを情報源として長期にわたり活用できるようになる。
 CIの価値は、彼らが提供する情報次第で決まる。したがって、CIが必要な情報にアクセスできるかどうかを知ることが重要だ。必要な情報を提供できるのか。情報を関連づけながら論理的に考えられるだけの常識、知性、抜け目なさを備えているか。犯罪者と共に活動する場合、彼らから信頼を得られる人物か。加えて、年齢、健康状態、性格特性なども考慮しなければならない。
 CIとしての実績があれば、正直に情報を提供したかどうかなどの行動パターンを検証する。たとえ信頼に足る実績があるとしても、常時行動を監視し、評価する必要がある。経歴調査を活用して、CIとなり得る人物についてできる限りの情報を得なければならない。
 調査担当者は、CIから得た情報の真偽を常に立証しなければならない。すべての情報について独自の裏づけをとることで、関係者全員を保護することができる。うそ偽りを一切許してはならない。うそをついたCIを利用し続けると、調査全体に悪影響を及ぼす。違法行為は一切してはならないということをCIに認識させる必要がある。おとり捜査とはどのようなものか、CIは他人をわなにかけてはならないことを理解させる。最近では、世間の注目を集めた汚職事件の訴追における協力的な被告人の扱いをめぐって、FBIが窮地に陥った。その事件では、海外腐敗行為防止法(FCPA)違反の摘発に向けて、初めて大掛かりなおとり捜査が行われた。FBI捜査官が、複数の国防・警察関連企業から政府との契約を結ぶ見返りに賄賂を受け取ったと疑われているガボン(アフリカ)の偽の国防大臣になりすまし、FBIに協力した被告人リチャード・ビストロング(Richard Bistrong)が、FBIのおとり捜査官と企業の仲介人となった。おとり捜査は当初は非常にうまくいっているように見えたが、裁判においてすべてが崩壊していった。2011年5月12日付の法廷文書において、被告弁護人のエリック・ブルース(Eric Bruce)はこう異議を唱えている。「この訴追は、救いようのない汚れた詐欺師リチャード・ビストロングによってでっちあげられたものであり、政府はビストロングの扱いを誤るなどの不適切な対応によって、ビストロングが捜査活動のすべてを汚すのを許してしまった。」(“Prosecutors, Defense Lawyers Picking Jury in FCPA Case in D.C.,” by Mike Scarcella, LegalTimes blog entry, May 16, 2011, http://tinyurl.com/4xa2fof を参照。)被告弁護団は、FBIの担当捜査官は、ビストロングと他の被告人との会話をすべて録音していないなど、協力的な被告人への対応に関する内部規定に違反していたと主張した。被告弁護団は、FBI捜査官とビストロングの間で交わされた携帯メールのメッセージ記録も入手し、それにより検察は公訴を取り下げざるを得なくなった。メッセージの内容から、捜査官とビストロングが、セックス、いかがわしい電話、売春婦などについての冗談を交わしたり、下品でいかがわしいコメントや中傷を書いたりしていたことが判明した。「被告弁護団は、これらの不品行をもとに、FBI捜査官は情報提供者と下品なユーモアを共有しただけでなく、意気投合していたのではないかと主張し、捜査官の信頼性とプロ意識を徹底的に攻撃した。」(“Racy Vulgar Texts Hurt Justice Department’s Largest Sting Operation Targeting Foreign Bribery,” by Del Quentin Webber, Washington Post, Feb. 13, 2012, http://tinyurl.com/kfa7tel を参照。)2012年2月21日、連邦裁判所は検察の主張を退け、同事件に関する未審理の公訴についてもすべて棄却した。CIの情報提供に対しては、報酬が支払われることが多い。金銭はしばしば情報提供の誘因となる。報酬を支払うにあたっては、一定のガイドラインに従う。ほとんどの報酬が現金で支払われるため、必ず支払者とCI双方の署名入り領収書を作成し、他の調査人を立ち会わせる。後にCIが法廷で証言する際に、報酬の支払いが争点となることがある。CIには、すべての報酬を納税申告書に記載するよう指示する。CIの個人データ、経歴調査の結果、CIとの面談の詳細、CIから提供された情報、CIへの支払い、その成果の評価、その他の関連情報を整理保管するとともに、住所、電話番号、携帯電話などの連絡先を定期的に更新する。CIの身の安全についても常に考慮する。不正調査の多くでCIに身の危険が及ぶ可能性は大きくないが、担当者はそのようなリスクの可能性に常に留意しなければならない。CIの個人情報をできる限り保護し、報告書には氏名ではなく記号などを使用する。調査との関連を容易に察知されないよう、CIとは事務所の外で会う。CIには裁判での証言が求められる可能性があることを認識させ、不測の事態に備える。常に安全を最優先に考えなければならない。
CIの評価情報提供者の類型 (Assessment of CIs)
 調査担当者は、絶えずCIを評価する必要がある。彼らから得られる情報を常に吟味するのと同じく、CIの行動管理が必須となる。CIが調査対象者と会う際には、法が許容する範囲内で発信器や録音装置を携帯させ、会話の内容を正確に記録できるようにする。そのような記録があれば、CIの情報を裏づけ、信頼性を向上させることができる。また、CIの不誠実な言動を抑止し、不正調査担当者を守ってくれる。CIがうそをついた場合の調査担当者にとっての警鐘ともなる。調査責任者は、担当者およびCIの行動を監視しなければならない。調査担当者が同じCIを長期間利用すると、客観性を失い、問題の発生に気づきにくくなる恐れがある。CIに対する信憑性や信頼性に疑問が生じ、自分では判断がつかない場合には、必要によりうそ発見器の使用を検討する。以下のようなCIは望ましくないと判断し、利用をやめるべきである。
  • 自分自身、調査担当者やその他の調査関係者の命を危険にさらすような行動をとる。
  • 宣誓の有無にかかわらず、うそをつく。
  • 誤った情報を提供する。
  • 調査の焦点となる重要な事実や詳細を省く。
  • CIとしての活動中に犯罪行為に及ぶ。
  • CIとしての行動能力に欠ける。
陥りやすい落とし穴の回避 (Avoiding the common pitfalls)
 調査担当者は、常に適切な手順に従って情報提供者を管理し、以下に示すガイドラインに沿って行動しなければならない。
  • 客観性を失ってはならない。情報欲しさにCIの本質を見失ってしまう恐れがある。
  • 調査担当者が聞きたがっていると思われることは何でも言うCIもいることに留意する。
  • 得られた情報には、真実に基づかないものもある。
  • 得られた情報はすべて、信憑性を吟味し、裏づけを取ってからでないと利用できない。
  • 最初に、CIに許される行動と禁止事項を明確にしておく。
  • CIに対して、守れない約束はしない。
  • CIにうそをつかない。
  • CIに違法行為をさせない。
  • 信頼できないCIの利用は即刻停止する。
  • 調査担当者は、調査プロセスおよびCIの行動を常にコントロールする。CIにコントロールされることがあってはならない。
  • 常に専門職としての節度をもってCIと接する。
  • CIに恋愛感情を抱いたり、恋愛関係に陥ったりしてはならない。それにより悲惨な結末に至ったケースも実際にある。
  • 人間関係はもつれやすいということを認識しておく。
  • CIとの金銭貸借は厳禁である。
  • CIと親しくなってはいけない。
  • CIを自宅に招いたり、家族に会わせたりしてはならない。
  • CIの前で、他の調査案件や他のCIについて一切話してはならない。
  • 異性のCIとは二人きりで会わない。
  • CIは調査担当者との会話を密かに録音し、その内容を証言台で繰り返す可能性もある。したがって、CIに対する言動には常に細心の注意を払う。
  • CIのために行った支払いの記録はすべて書面で残しておく。
  • CIに過度の報酬を支払ってはならない。彼らの働きに見合った支払いをする。裁判に至った場合、すべての支払いの妥当性を厳しくチェックされる。
  • 悪質な情報提供者は、調査担当者自身の信頼性や評判に取り返しのつかないダメージを与え得るということを肝に銘じる。
  • CIと接する際は、常に良識や判断力を働かせる。
調査を失敗に終わらせないために (Avoid a failed investigation)
 不正調査も含めて、CIの利用は間違いなく調査にプラスとなり得るが、情報提供者がもたらす価値あるツールが十分活用されないことも多い。CIをうまく活用するためには、しかるべきスキルと経験が必要である。情報提供者を適切に監督し、継続的に評価することが何より大切だ。彼らを適切に管理できない不正調査担当者は、非難を受けたり、調査の失敗を招いたり、さらには法的措置や刑事罰を受けたりするリスクを高めてしまう。善良な情報提供者のことは忘れ去られても、悪意ある情報提供者による不適切な行為は決して忘れられず、許されることもない。
Martin T. Biegelman, CFE, ACFE
IPSAインターナショナル社のエグゼクティブ・バイス・プレジデントである。
コラム 悪事に走る情報提供者
Sidebar: Informants gone bad
 情報提供者が悪事に走るのはめずらしいことではない。情報提供者として採用する者には、必ず最初の段階で、常に真実を伝え一切の情報を隠さないという鉄則を明確に伝える。筆者自身は「ほとんど妊娠しているという状況はあり得ない。真実は妊娠しているか、していないかのどちらかしかない」という例えを用いて、情報提供者にこの鉄則を強調していた。持っている情報や知識をすべて提供してくれなければ、情報提供者として役に立たない。筆者が利用した情報提供者の大半は情報を包み隠さず提供したが、中には、重要な情報を隠そうとした者もいた。
損害保険事故をでっちあげて保険金を水増しした容疑で、筆者が逮捕した男(訳注:A)がそうだった。彼は、被保険者のために保険会社と交渉する公認アジャスター(保険事故の調査人)で、長年にわたり、何百件もの保険金不正請求に関与していたが、筆者は、協力するようAを説き伏せた。最初に協力の同意を得る際に、連邦検事と筆者は、我々に常に正直に接し、不正請求の内容や関与者など知っていることはすべて話すよう繰り返し強調した。そして、協力の要件を満たすためには、友人や家族のことも含めて、一切の情報を隠してならないと伝えた。Aは、すべてを話すと同意した。
 協力者となったAは、我々とのミーティングにおいて、彼が関与した何百という保険金不正請求の詳細について情報を提供し、各案件のファイルを見直しながら、その内容や他の関与者について指摘していった。長年にわたる共犯者のリストは何ページにも及んだ。私はAに隠し事をするなと絶えず強調し、我々に協力する過程で思い出したことがあれば、何でも話すよう言い聞かせた。その度に彼は、自分は100%真実を述べるし、全面的に協力すると同意した。
 Aの共犯者についてさらに証拠を得るために、我々は彼をおとり捜査に起用することにした。Aは公認アジャスターとして事務所をもっており、そこをおとり捜査の場として利用した。事務所内に隠しカメラと録音装置を設置し、Aと他の被疑者との会合の様子を監視した。ほとんどの場合、彼が誰と会うのかは事前に分かっており、彼にどのような質問をさせるか準備することができた。おとり捜査は順調に進み、貴重な映像や音声を証拠として確保した。
ある日、事務所の映像を監視していると、ミーティング開始直前に予期せぬ人物(訳注:B)が現れ、何かを議論し始めた。AはBの突然の来訪に驚いた様子だった。彼の声は、密かに設置した送信器を通して聴くことができたが、Abrは慌てて椅子から立ち上がり、Bの腕をつかんで事務所を出て、我々の監視が行き届かない所に行ってしまった。その時、筆者は調査のパートナーに「これはおかしいぞ」と言ったのを憶えている。Aが、Bの発言内容を我々に聞かれたくないと思ったのは明らかだった。これは不穏な展開であり、隠し事をしないという同意に反する行動であった。
 その後、Aと話すことができた際に、彼は、Bは親友で、私的な用件だったために記録されるのはまずいと感じて席を外したのだと言った。筆者がBは誰なのか尋ねたとき、Aが躊躇したのが分かったが、最後はBの名前を言った。それを聞いて、我々が嫌疑をかけている別の公認アジャスターだとピンときた。Aはそれまで、不正への関与者としてBの名前を一度も口にしたことがなかった。
 筆者はAに、Bが誰なのかを知っていると伝え、我々の監視を避けて交わした会話が、保険金詐欺や我々の調査に関連しているのかと問いただした。Aは否定し、自分が知る限りBはこの不正に関与していないと答えた。筆者はAの言葉を信じなかったが、うそをついているという証拠はなかったため、確かめる必要があった。
 泥棒を捕まえるには泥棒を使え(蛇の道は蛇)という格言どおり、筆者は、Aと親しい同業者(訳注:C)を情報提供者として雇ってAと接触させた。お互いが我々の情報提供者であることは、どちらにも知らせなかった。Cは信頼できる情報提供者で、彼自身も保険金詐欺に手を染めていたが、密かに起訴されて政府に協力していることは知られていなかった。筆者は、Aから何か情報を得られたら知らせるようCに依頼した。すぐにCはAと接触した。Aは、自分は政府に協力しているが、友人たちについての情報を隠していると語り、政府にはすでに大量の情報を提供しているので、隠し事をしているなどとは思いもよらないだろうとも言った。うまく逃れられると勘違いしていたのだ。
 筆者はこの情報をテープに収めるためにCに録音措置を持たせた。そして、隠し事をしていることをAが再び語った時にそれを録音し、弁護士同席の下でAにその証拠を突き付けた。彼は、一定の情報を隠していたこと、そして、そのようなことをしたのは大きな間違いだと認識していることを認めた。彼は泣きだし、もう一度チャンスを与えてほしいと懇願してきた。しかし、それはできない相談だった。
我々はAとの合意を破棄した。Aのような不実の協力者は、政府側の証人として採用できないため、我々は何カ月にもわたる調査活動をふいにしてしまった。Aの裁判官には、彼が我々にうそをつき、そのせいで調査が台無しになったことを知らせた。Aには、実刑の判決が下った。もし、Aが我々に十分かつ誠実に協力していれば、彼は減刑を受けるか保護観察処分となることができただろう。

メニューへバックナンバーへ