FRAUD MAGAZINE
(2016.03.22掲載)

保険金請求を急ぐ
「金の王」になりたかった者が銀行の与信枠と保険金支払いを利用する

Rushing an insurance claim
Would-be ‘gold king’ takes advantage of bank’s credit line and insurance company’s payment



金の卸売だったアンソニー・グラウ(Anthony Grau)は他人の金で「世界の王」になりたいと望んだ。しかし、CFEの疑念が自分の会社から金を盗み、それを偽りの強盗でごまかすアンソニーのスキームを明らかにした。

Peter Parillo, CFE, CPA
翻訳協力:荒木理映、CFE、CIA


 この記事はLaura Hymes CFE Dr. Joseph T. Wells, CFE, CPA 編 John Wiley & Sons Inc. 2013年出版の「保険不正ケースブック:犯罪のために保険料を支払う」を、許諾を得て引用した。この事例中の名前は変更されているものもある。

 ほとんどの企業の経営者は、一日の大部分をどうやって事業を成長させるかということを考えて過ごしている―どうやって売り上げを増やし、生産性を上げ、効率を高め、請求書の支払いをするか。しかし、少数ではあるが全く考え方のプロセスが異なる者もいる。彼らは、どれだけの人に影響が出るかにかかわらず、最少の努力から個人的な利益を得られるかを考える。アンソニー・グラウは、当初は正しい方法で、父親から相続した事業をどうやって大きくするかを考えていた。


 アンソニーは、父親の成功と期待を越えたいと望み、卸売業において家族の遺産を守るために、立ち止まろうとしなかった。不運にも、アンソニーの事業を成長させる能力は、彼の生活スタイルに対する要求に合致しなかった。

 アンソニーの両親、ヴィクトリアとフィリップ・グラウ(Victoria and Phillip Grau)夫妻は、ポーランドに生まれ育った。第二次世界大戦が始まってすぐ、ほんの少しの身の回りのものをまとめてヨーロッパを離れてアメリカへと出発した。ニューヨークに着いた直後、まだ18才で、あまり教育も受けていなかったフィリップは、ニューヨークの宝石店街でダイヤモンドを研磨する仕事を見つけた。英語を二言三言しか知らなかったので、これは、フィリップにとっては良い仕事だった。週給は低かったが、家庭に幾ばくかのお金を持ち帰り、妻と自分の生活を支えられて、フィリップは幸せだった。

 何年かすると、フィリップは顧客と直接コミュニケーションをとり、関係を築くのに十分な英語を学んだ。1946年、経営者が退任した後、フィリップは自分自身の会社、ゴールドラッシュ社(Gold Rush, Inc.)を立ち上げるために自身が構築した職業上の関係を利用した。事業は慎ましく、最初はダイヤモンドの研磨を中心としていたが、彼のネットワークが拡大するにつれて事業も拡大した。彼は、金を輸入し、地元の小売店や製造業者に販売することに決めた。

 ゴールドラッシュが成長した時、ヴィクトリアとフィリップは息子アンソニーに恵まれた。アンソニーは幼い時から父親のために働き始め、店にかかわっていたことを子供のころの思い出としてよく語っていた、たとえば父親の店に行き、金のブレスレットや指輪でよく遊んだことなどを。彼は腕、首、指に宝飾品を巻き付け、世界の王の様にふるまった。アンソニーの父親はそれがあまりにかわいかったので写真に撮り、彼の机の上の金の写真立てに入れて飾り、顧客が来た時の会話の種となった。フィリップが亡くなってから、写真はアンソニーの机に鎮座し、アンソニーが「世界の王」になりたいと思い、確実に成功するために何でもすることを思い出させるものとなった。



第2世代 (Second generation)


 アンソニーは大学の学位を取得しておらず、経営学のコースで学んでいなかったが、駆け引きをするのが好きなビジネスマンであった。業者と深い関係を構築し、自分の行うすべての取引が公正であることが心地よいと感じる父親には似ず、アンソニーはほとんどすべての場合で交渉をした。彼は最初の条件をのむことはほとんどなく、しばしば業者により良い条件を要求した。ほとんどの場合、業者は彼により良い値段を提示した。アンソニーは金の売買が富を産むことを、金を保有すればするほど、より多くの金を売ることができるということを知っていた。残念なことに、アンソニーの与信枠があるので、彼がほしいだけの量を買うことができなかった。しかし、状況はすぐに変わった。

 全てのビジネスにおいて、通常の業務目的のため、金融機関の与信枠を持つのは珍しいことではない。宝飾品の卸売業の場合、与信枠は金や宝石の購入、労働を目的とする場合(例:宝石を既製の金の宝飾品にセットするなど)に使用する。宝飾品の卸売業界では、休暇シーズン中、与信枠が特に重要になる。休暇シーズンのための金の購入は早ければ9月に始まるだろう。休暇シーズンの間、宝飾品街でいわれるのは「金を一番持っているものが王」だ。

 事業を拡大し続けるためにはより多くの金が必要だとアンソニーは気が付いた。アドバイザーと話した後、彼は金融機関の与信枠を取得することに決めた。そうすることでアンソニーはより多くの金を購入でき、さらに良いことには、購入した金で与信枠を確保することができた。アンソニーは5番街西40丁目の角にある金融機関にアポイントを取った。

 フォーチュン銀行(Fortune Bank)は宝飾品街では大手の債権者であり、プロセスを熟知していた。アンソニーは財務記録と事業計画書を銀行に提出し、数日のうちにゴールドラッシュは100万ドルの与信枠が承認された。アンソニーは興奮し、与信枠をうまく使いたいと熱望した。与信枠を合意した時に彼がよく理解できなかったのは、フォーチュン銀行が毎月の棚卸をする独立した会社を雇い、ゴールドラッシュがその費用を支払うことだった。与信を受け取ってから最初の数日の間に、アンソニーは50万ドル以上相当の金を購入した。彼は注文可能なすべての業者から買い、ほんの2、3日で小売業者に利益を載せて売却した。アンソニーはついに、心に描いたとおりに事業を経営した。

 フォーチュン銀行が貸付を承認してすぐに、貸付担当役員は毎月の棚卸の精査を金の棚卸に特化した小さな独立した会計事務所であるニューブリッジ会計事務所(New Bridge, CPAs)に依頼した。私が雇用されていたニューブリッジはフォーチュン銀行の近くにあった。この2社には長い業務上の歴史があった。

 ニューブリッジで働くことは多くの長所があった。たしかに、名声はビッグ4と呼ばれる会計事務所とは比較にならないが、様々な経験はどこにも負けない。私は翌週の顧客訪問の予定を立て始めたとき、監査人に対して、ゴールドラッシュの月次の棚卸ができないかと尋ねるメールを見た。私はその頃、直近の予定に新たな余裕があったため、すぐに手を挙げた。私は連絡先と帳簿の詳細を入手して、ゴールドラッシュに電話した。

 「ゴールドラッシュ。何だ?!?」男が吠えるような大声で出た。

 「こんにちは、アンソニーはいますか?」と私は応えた。

「誰だ?何の用だ?」

 私は自己紹介をし、フォーチュン銀行の代理で棚卸の予定を決めるために電話を掛けたと説明した。

「ふん、私がアンソニーだが、棚卸には合意してない!」

 私は棚卸がフォーチュン銀行との契約の一部であり、銀行に直接確認してもよいと説明した。

 「そうするさ」と電話を切るときにアンソニーは言い放った。

 私は、この顧客を引き受けたことを後悔するかもしれない、とすぐに思った。



困った顧客 (Unwelcoming Client)


 数日後、私はフォーチュン銀行の連絡窓口であるロリ・リッツォ(Lori Rizzo)に電話をした。ロリはルールにのっとって仕事をする生真面目な貸付担当役員だった。もし、彼女の担当する貸付金の中で1つでも債務契約が履行されなければ、彼女はすぐに行動した。私は状況を彼女に説明すると彼女は笑い出した。

 「ええ、そのことについては全部知っています。アンソニーには棚卸条項について説明しましたが、いい顔はしませんでした。もし棚卸が実施されなければ返済を求めざるを得なくなると話したことには関係なくですが。」とロリは言った。

 「彼は何といったのですか?」私は尋ねた。

「気が変わった、と言っておきましょう。棚卸のスケジュールには問題がないはずですが、もしあれば、私にすぐ電話してください。」

 ロリとの電話を終えた後、アンソニーに電話した。

 「ゴールドラッシュ。ご用件は?」。緊張しながら私は答えた。「こんにちは、アンソニー、ニューブリッジのピーターですが、お元気―」

 「ああ、わかってる、来てもらわないとな」とアンソニーはさえぎった、「木曜日の3時前に来てくれ」彼はそう言って電話を切った。私は、ダイヤル音が流れてくるのを聞きながら机に座ったまま、これは冗談じゃないかと思った。

 木曜日になり、私は棚卸に必要な書類を準備した。簡単な調書は、総重量と現在の時価に基づいて金の価格を自動的に計算するエクセルシートで構成されていた。ゴールドラッシュまでの10ブロックを歩きながら、私は自己紹介と、アンソニーが棚卸の手続きがあまりにも長いと文句を言い始めた場合に備えて、なぜ金の棚卸が求められているかという問いに対する説明を練習していた。ゴールドラッシュに到着し、ベルを鳴らして返事を待った。突然、怒鳴り声がした「はい!」

 「ニューブリッジのピーターです」と私は答えた。大きなブザーの音がして、ドアが開いた。オフィスに入るとすぐにアンソニーの挨拶を受けた。アンソニーは私が予想していたような人ではなかった。身長6フィート6インチほどでとても痩せていた。彼の着ている洋服は5サイズほど大きかった。父親の服を着て遊ぶ子供を思い出させた。そして、彼のくしゃくしゃの髪と手入れをしていない顎ひげが、まるで寝起きであるかのように見えた。

 「こんにちは、はじめまして」と言い、アンソニーは手を伸ばして私と握手した。「こんにちは、アンソニー、お目にかかれてうれしいです」と私は答えた。在庫の箱置き場に向かってアンソニーの後をついていくと、彼は立ち止って尋ねた。「で、どれくらいの金を数えるんだ?」。意味が分からず、私は困惑した表情でただ彼を見つめた。「つまり、全部を数える必要はないんだろう?」

 自分の答えは彼が聞きたいものではないことを知りつつ、彼の質問とは異なる形で回答することを選んだ。「どうしてそんなことを聞くのですか?始める前に知っておいた方がよいことがありますか?」。「いや、全然」とアンソニーはすぐに答えた。それから彼は在庫管理担当者を紹介した。「こちらはラルフ・ジョセフ(Ralph Joseph)、通称RJ。彼が棚卸を手伝う。」アンソニーは彼の執務室に戻り、RJと私は棚卸を開始した。箱ごとにそれぞれの品目について型番と重さの記録をした。始めて1時間以内にアンソニーは立ち寄り、棚卸の進み具合を見に来た。

 私は彼にここまではうまくいっていると伝え、「通常、最初の棚卸が一番長くかかります、というのもこれが最初の書類作成だからです。今後はより効率的になります。」と付け加えた。

 私はアンソニーにプロセスを説明し、二つの重要な要因は、棚卸当日付の銀行の現金残高と手元にある金の量だと詳細を説明した。

 3時間後、私たちは棚卸を終え、最初の計算だと在庫の水準が十分ではないことが分かった。RJに他の在庫がないか尋ねたが、RJはただ肩をすくめるだけだった。「アンソニーに聞いてみます」とRJは答えた。数分後、RJはアンソニーと一緒に戻ってきた。「どれだけ足りないんだ?」とアンソニーは尋ねた。

 彼が具体的な数字を求めているのがわかったので私は「そのようなやり方では計算が意味をなしません。これは棚卸の日の未払い残高と、手元の在庫の残高に基づくものです」と答えた。「ふむ、精錬中の古い金がまだある。数ポンドなので、足りるだろう。私が明日持ってこないといけない。明日一番にきてくれれば、見せられる」

 いやいやながら、私は合意した。私は発見事項を調書に記載してオフィスを後にした。翌日の朝早く、私はゴールドラッシュに戻った。私がオフィスに入ると、アンソニーが「おはよう、物は君の後ろにある」と挨拶した。

 私は振り返り、三つのプラスチックのコンテナが載せられている台車に気がついた。私はすぐに「これらは精錬されるのだと思っていましたが?」と、尋ねた。

 「君が見たら精錬業者に戻さねばならない」とアンソニーはきつい調子で言った。

 この訪問が楽になるように、私が期待したのは1オンスの金の延べ棒を数えることであって、3つのコンテナではなかった。私はパソコンを出して、数量を数え始めた。するとすぐにアンソニーは激怒した。「何をやってるんだ?!」

 「どういう意味でしょうか?」と私は尋ねた。「私は在庫を文書化しなければなりません。」頭をゴシゴシ擦りながら、アンソニーはぶつぶつ言った「永遠に終わらないぞ」。

 一時間後、私はコンテナの品目を文書化できたが、前日に数えたものと一致しないことに気がついた。このことは、アンソニーは私をまんまと騙そうとしたのではない、と私の気持ちを安心させた。またこの計算によって、当月の貸付金残高との関係から、手持ちの在庫は適切であることが明らかになった。私はアンソニーの方を振り返り、「OKです。全て大丈夫です。来月お会いしましょう」と言った。「待ちきれないね」とアンソニーは皮肉っぽく応えた。



豪勢な散財 (Spending Spree)


 翌月、私は二回目の棚卸の準備をした。私はゴールドラッシュの与信枠の残高が2倍になっていることに気がついた。私はすぐに、よし、ゴールドラッシュでもっと時間をかけて金を数える必要があるぞ、と思った。私はRJと棚卸の日程を決めて、事務所に着いた。私がオフィスに入ると、アンソニーが挨拶した。彼は、私達が最初に会った時と全く違って見えた。彼はまるで写真撮影の準備をしているかのように高級なスーツ、ネクタイ、靴を見せびらかしていた。

 驚きながら、私はアンソニーと握手した。「こんにちは、アンソニー。何か特別なことでも?」と私は尋ねた。

 「いや」と彼は答えた「少し身だしなみに気を使うことにした」と。それからアンソニーは大声を上げた。「RJ、ピートがきた!さっさと終わらせよう。」

 RJはオフィスの奥から笑顔で姿を現し、私を在庫の箱へと連れていってくれた。私は質問を抑えることができず、「ねえRJ、アンソニーに何があったんですか?いつ彼はモデルになったんですか?」RJは笑って「二週間前、彼と奥さんは出かけて、デザイナーの服に2万5千ドルを使ったんです」と言った。「冗談でしょう」と私は信じられずに言った。

 「冗談なものですか、アンソニーは先週20万ドルの車を買い、来月には贅沢な休暇を取るんですよ」。「それは彼にとっては普通なんですか?」

 「いいえ」とRJは説明した。「アンソニーと知り合って7年になりますが、彼はケチです。これは普通じゃありません。」

 RJと私が箱の中の金を数え終わった時、また在庫の水準が不十分だった。アンソニーはすぐに飛び込んできて、「分かってる、また足りないと思ってるのだろう。明日、精錬業者から残りを取ってくる」と言った。私はしぶしぶオフィスを出て、翌日戻ると、金のかけらで一杯になったプラスチックの箱4箱が載った台車があった。数えると、在庫水準は足りていたが、十分ではなかった。

 12月は、マンハッタンが最も忙しい月の一つだ。旅行者は街に押しかけてきて、休暇シーズンの光景とざわめきを全て取り込もうとする。ロックフェラーセンターはその全ての中心で、すぐ近くには宝飾品街がある。店のオーナーが上客の気をひこうと互いに競うので、旅行者も地元の人も宝飾品街で、贈り物のためのウィンドウショッピングをする。休暇シーズンがピークに達した時、ゴールドラッシュの与信枠もピークに達していた。アンソニーは、ほとんど使い果たしていた。私は、アンソニーが休暇を切り抜けるのに与信に手をつけるだろうと予想していたが、全額を使い切るとは思っていなかった。私がゴールドラッシュに電話をすると、初めてRJが出た。すぐに私は、なんて嬉しい驚きだろうと思った。

 「ああ、RJ、ピートです。月次の棚卸に伺わなければならないのですが、いつご都合がいいですか?」RJは、アンソニーは出かけていて月曜日まで戻らないと言った。私は休暇シーズンの狂乱にくわえて、ニュースがアメリカ合衆国の北東部を襲う嵐(ノーイースター)が週末に来ると伝えていたことを指摘した。もし予報が正しければ、街は月曜日にはストップしてしまうだろう、と。そうして私はRJに、アンソニーが戻ってくるのを待つよりも、明日私に棚卸を終わらせる方が良いと確信させた。

 翌日、新聞の見出しはノーイースターに集中し、街にどんな影響があるか、それぞれに気の利いたコメントを載せていた。人々が嵐に備えている間に、私は棚卸の準備をした。私がゴールドラッシュに着いた時、雪は降り始めていた。私はRJに挨拶し、素早く棚卸を始めた。また、在庫は不足していた。私はRJに、他の在庫が何処かにないか尋ねたが、答えはノーだった。計算結果を見たあと、外を見ると雪が激しくなっていた。

 「棚卸をするプラスチックの箱はありませんか?」と私は尋ねた。

 「いいえ、アンソニーは他の場所から何かを持ってくるようにとは言いませんでした。」とRJは言った。

 急いで棚卸を終了させるために急いだので、計算ミスをしたのだと思い、雪に埋もれる前に二人とも家に帰る方が良いと決めた。

 次の日、ニューヨーク市は雪と氷で覆われていた。嵐は街を麻痺させ、主要な交通機関は休止した。街に入ることも街から出ることも不可能だった。幸運なことに金曜日だったので、ほとんどの人はこの雪の日が週末の三連休となることが嬉しかった。私は日中に見るテレビ番組が無いことがわかってすぐ、ゴールドラッシュの棚卸計算について考え始めた。私は何度か計算したが、結果はいつも適正な在庫水準を示していた。今回はそうではなかった。私はノートパソコンを開き、補助資料を見始めた。全て整っていて、私の計算は正しかった。ゴールドラッシュは、貸付に対応するだけの十分な金を手元に持っていなかった。私は、なぜ在庫がこんなにも少ないのか、そしてRJが「アンソニーは他の場所から何かを持ってくるようにとは言いませんでした。」と言った言葉の意味を考えていた。



強盗 (The robbery)


 次の月曜日、街は少しずつ元に戻り始めていた。大きな雪の塊が道を埋め尽くし、車をおおっていた。ようやく会社に着くと、留守番電話の伝言が3件入っていた。最初のメッセージはアンソニーから、木曜日の夜だった。彼はいらだっているようで、「ピーター、すぐに電話してください」と単に残していた。

 二件目もアンソニーからで、金曜日のものだった。「ピーター、昨日電話をしたのだが、今日は雪で事務所にこられなかったのだろうか。金の棚卸のことで至急話す必要がある」

 三番目のメッセージは朝6時だった。また、アンソニーからで、「ピーター、出来るだけ早くうちのオフィスに来てください」

 私はコートを脱ぐことさえしなかった。コンピュータの入った鞄を取り出して、ゴールドラッシュにむかった。私が着いた時、アンソニーはRJと話していたが、RJは楽しそうには見えなかった。

 アンソニーが、「ここにいて、私に任せておけ」と言っているのが聞こえた。アンソニーはまたも着飾っていて、私の方に歩いて来て言った。「盗難にあった」。「おはようございます」と私は応えた、「盗難にあったとはどういうことですか?」

 アンソニーは嵐の間に誰かがオフィスに入り、プラスチックのコンテナにあった在庫を盗んだと説明した。「既に保険会社に電話して何が起きたか伝えた。彼等は今日、担当者を見に来させる」。アンソニーは私の腕をつかんで、彼の執務室の方へと歩いた。「個人的にはRJが盗んだのではないかと思う」と彼は囁いた。何と続けていいかわからず、私は「まずは保険会社の言うことを聞きましょう」と言った。出口にむかって歩いていると、RJが来てドアを開けてくれた。

 「RJ、また後ほど」と私は歩きながら言った。「ええ、後ほど」と彼は応えた。

 突然、彼は一枚の紙を私に手渡して去っていった。私は建物から外に出ると、紙を見た。電話番号だけが書かれていた。私は近くのコーヒーショップに行くと、その番号にかけた。

 「もしもし、ピート?」と尋ねる声がした。

 「もしもし、どちら様ですか?」と私は応えた。

 「RJです。話があります。今夜7時に角のコーヒーショップで会えますか?どこの事を言っているか分かりますか?」

 私は笑いながら言った、「今、ちょうどそこにいます」。

 私はオフィスに戻って7時になるのを待った。7時15分前にオフィスを出て、コーヒーショップに向かった。RJが何を言うのかと思い巡らせながら、私はとても緊張していた。コーヒーショップに入ると、RJは店の隅にいた。私は歩いていって彼の向かいに座った。

 「RJ、調子はどう?何かあったのですか?」と私は尋ねた。

 「だめです、ピート、良くないんです」とRJは応えた。「あの金はアンソニーのものじゃありません」

 「どういう意味ですか?」

 「つまり、あなたが棚卸に来る時、アンソニーは宝飾品街の友人に電話をして金を貸してくれるように頼むのです。棚卸が終わったら私が返しにいくのです」とRJは説明した。

 この時点で、いろんな考えが私の心の中で渦巻いた。次に何をするべきだろう?アンソニーが正しくて、RJが金を盗んでいて、これはごまかしなのだとしたら?万一、RJが正しいとしたら私にどのような責任があるのだろうか?

「どこから金を手に入れたのですか?」

 「会社の名前はアズテック(Aztec)です。」とRJは答えた。

 どう進めたら良いか分からないので、RJには私達が話した事を誰にも言わないように言い、家に帰った。

 次の朝、私はロリに電話し、出来事を伝えた。彼女はいい顔をしなかった。私がもう一つの会社名を言うと、彼女は笑い出した。

 「そこも我が社の顧客よ」と彼女は言った。

 「素晴らしい。ファイルを見られますか?」と私は尋ねた。

「すぐ送るわ」

 数時間のうちにアズテックのファイルを手にした私は、金の棚卸集計表にアクセスした。形式が全く同じだったので、調査はとても簡単だった。最初にコンテナからリストにした在庫品目を探した―一致した。私はすぐに一致した品目のリストを集計表にした。ゴールドラッシュの棚卸でリストにしたほとんど全ての品目がアズテックの在庫にあった。

 アンソニーは棚卸で嘘をつき、さらに悪いことには、フォーチュン銀行の別の顧客も巻き込んだのだ。

 「ファイルを送って。そうしたら私はアンソニーに電話をしてミーティングに来させます。日時が決まったら教えます」と彼女は言った。

 全く静かなまま数日が過ぎた朝、職場に着くと留守番電話の伝言に気がついた。アンソニーからだった。

 「やあ、ピート、相棒。」―私はいつ彼の相棒になったのだろうと思った―「たった今、保険会社からの小切手を預金して来たから、これで問題は無いはずだ。ロリに電話して全てうまくいっていると伝えてくれ。ありがとう」

 私はもちろんロリに電話し、アンソニーが保険会社から受け取った小切手を預金したと伝えた。「まあ、それはもっと悪いことになった」とロリは言った。「アンソニーは私を避けているけど、彼の注意を引く方法はあります。銀行を守るために彼の口座を凍結して、もし今週彼に会えないようなら、債権を回収すると知らせます。」

 翌日、ロリから電話があった。アンソニーが二時間後に私のオフィスにきます。準備のためすぐ来て下さい。」私はロリと準備し、精査した調書と日程を取りまとめて彼女のオフィスに向かった。到着すると、彼女は私に挨拶して執務室に招き入れた。

 「話すのは私に任せて下さい」とロリが言った。一時間ほど、様々な雑談をしたあとで、電話の声が響いた。「ロリ!ゴールドラッシュのアンソニーがお越しです。」

 「お通しして」とロリは答えた。

 「ロリは立ち上がってアンソニーをドアのところで出迎えた。「こんにちは、アンソニー。おかけになって。」

 「どうしてこんなミーティングをするのか分からない。口座には十分な金額があり、あなたの馬鹿馬鹿しい要求も満たした。」とアンソニーは言った。

 ロリは身体をアンソニーの方に傾けて顔を見た。「問題なのです、アンソニー。あなたが、保険会社に虚偽の請求をしたので、問題ははるかに大きくなっています。」

「何だって?気が違っているのか?弁護士の所に行って、そして・・・。」

「それからどうするのですか、アンソニー?私達はアズテックについても、貸付の要件に合うよう金を借りたことも知っています。」

 アンソニーが座ったまま身体をがっくりと前に倒した時、顔が真っ青になった。

 「嘘に決まっている」とアンソニーはつぶやいた。

 それからロリは、私に発見したことを説明するよう依頼した。発見事項について説明している間、彼は私の話を一言も聞いていないことがわかった。アンソニーは、私の手渡した集計表ではなく、私の顔を見つめていた。彼は身体を起こして静かに「話す前に、弁護士と話をしたい」と言い、ドアの方へ歩いていった。

 「分かっているとは思うけど、アンソニー。私は保険会社に電話して、明日の朝ミーティングすることにしました。」ロリは言った。「また、あなたの口座は契約に従って凍結します。」

 アンソニーはオフィスを出る時に何も言わなかった。

 次の日、ロリと私は保険会社の担当者マシューと会い、私は再び発見事項を説明した。マシューは書類を精査したが、ほとんど質問はしなかった。それが会社の方針なのか、ショックを受けているからなのかは、私には分からなかった。私は、マシューの依頼で調書を転送したが、それ以来彼から連絡はなかった。保険会社は直接ロリと連絡したのではないかと思う。



慌ただしい終わり (The rush ends)


 数ヶ月後、私はフォーチュン銀行とのミーティングがあり、ロリのオフィスに挨拶しに行った。オフィスを覗きこんだ時、ロリは電話中だった。彼女は電話の相手に、自分の望むことを明確に指示していた。あらためて、この女性は生真面目だと思った。

 「ピート、入って」という彼女の大きな声が聞こえた。

 「こんにちは、ロリ、お元気ですか?」と私は尋ねた。

「今のところいいわ。ゴールドラッシュの現状を知りたくてきたのでしょう?」

「まあ、そうです、でもお話し出来ないのなら大丈夫です。」

「ピート、この件についてすぐに私に知らせてくれたことを感謝しています。あなたのおかげで、私達の損失はたったの12万5000ドルでした。もう一ヶ月やそこら待っていたら、もっとひどいことになっていたでしょう」

「アンソニーとRJはどうなりましたか?」

 「保険会社に聞いたのですが、彼らはアンソニーにインタビューし、アンソニーはお金の使い道を明らかにしたそうです。アンソニーは自分の服を買い、その後家族の服を買ったと説明しました。そして、彼と奥さんのための車を買ったと。あれは、本当にはじめたばかりでした。」とロリは説明した。

「手元に多くのお金があるのは、誘惑が多いでしょうね」

「ゴールドラッシュが店をたたんでから、RJは他の卸売で働き始めましたが、辞める前に沢山の情報を提供してくれました」

 「どんな?」と、私は尋ねた。

「RJはアンソニーの浪費の癖についての洞察をくれました。アンソニーは贅沢な休暇やゴルフ場の会員権や思いつきで行くギャンブル旅行の自慢が好きだったと。」

 「アンソニーはそのお金が自分の貯金箱にあるような気がしていた、と」と私は応えた。「彼の行いに対する罰は?」「アンソニーは本当にいい弁護士を雇っているので、刑務所にいかなくてすむよういくらでも使うと思います。」とロリは応えた。

 私が椅子から立ち上がろうとすると、ロリが止めた。「ピート、もしあなたが質問やフォローアップを続けなかったら、私達はもっと困ったことになったでしょう。アンソニーはパニックをおこして、抜け出すには金が盗まれたというしかありませんでした。」

 「彼の生活スタイルが収入で支えきれないほど大きかったのと、不運にもフォーチュン銀行と保険会社が彼の生活スタイルに援助してくれると彼は思ったのです。」とロリは続けた。

 私はうなずいて、出て行こうとした。

 「報酬として、次に獲得した新しい顧客から最初に選ぶ権利を差し上げます」とロリが微笑みながら言った。

 「うわっ、それはどうも、ロリ。光栄ですよ」と私は皮肉っぽく言った。



教訓 (Lessons learned)


 自分のオフィスに戻りながら、アンソニーとRJとのやりとりを思い出していた。心の中で全てのミーティングを再現した。もしかしたら、私はアンソニーの悪事をより早く発見するヒントや手がかりを見逃していたかもしれない。

 それとは関係なく、チームの新しいメンバーの研修に、私はゴールドラッシュを例として使った。

 この事例から、失敗をしたり、間違っていることを認めたくない人がいることを学んだ。本当のプロは自分の欠点を認め、是正のための解決法を提供する。そうではないものが、言い訳をしたり、至らない部分を嘘でカバーしたり、問題が解決されることを願って時間を稼いだり、他の人が忘れてくれることを願ったりする。アンソニーは、ただ強欲で自分の収入で賄えないほどの生活スタイルを夢見た。与信枠はあまりに魅力的だったので、アンソニーは出られないほどの深い穴を掘ってしまった。

 保険会社にとって幸運なことに、我々はアンソニーが保険金を使ってしまう前に不正を発見した。



将来の不正を防ぐための提言 (Recommendations for preventing future frauds)


 将来、同様のケースの発生を防ぐため、私は以下のプロセスをフォーチュン銀行に提案した:

与信枠を取得する管理者に対して、従業員は財務上の不適切な行動を報告するためには直接金融機関または第三者のホットラインに連絡することという掲示を出すように求めること。
抜き打ちの棚卸を実施すること。
付加的な保険の補償を追加し、過去の請求を見直すこと
例外を認めない手続きを実行し、債務者が要求されている担保の下限金額を下回るか、合意された契約条項に違反した場合、すぐに債権を回収する。
以下のような追加のフォローアップ手続きを実施すること:
>時間が許せばオフサイトの残高確認状を取る
>オフサイトの残高確認状をとる時間が無ければ、電話で問い合わせる
>時間があり、地理的にも可能であれば、オフサイトの残高確認の為の実地検査



Peter Parillo,CFE,CPA,CBM,CFF,CGMA
ニュージャージーの株式会社の内部監査部門を率いている。15年の不正調査を含む25年以上の内部監査経験がある。


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