FRAUD MAGAZINE

インサイダー取引:人生における賭け
Inside Trade: A wager in life



翻訳協力:石原 直人


 ポーカーのインサイド・ストレートとインサイダー取引との違いは何であろうか?一つはポーカーゲームでの賭け事であり、もう一方は人生の賭けに出ることである。ポーカーゲームのトーナメントであなたは5千ドル儲けるかもしれないが、インサイダー取引の結果、連邦刑務所で5年間刑期を務めることになるかもしれない。

 では何故、善悪の区別もつくはずであり、これ以上金を必要としていないはずの人が、インサイダー取引という人生を棒に振る位リスクのある行為に手を染めて、安易に利益を得ようとするのだろうか?その例として、スコット・ロンドンのケースが挙げられる。KPMG所属の29歳の監査人であったロンドンは、ロサンゼルス監査部門責任者として、53名の監査パートナーと500名の専門家を管理していた。しかし、ロンドンの人生は彼がゴルフ仲間のブライアン・ショーに情報提供したことにより瓦解した。

 フィナンシャル・タイムズは、ロンドンが「ハーバライフ社、スケッチャーズ社、及びデッカース社の売上情報を流した。ロンドンはまた、事前にRSCホールディングスとパシフィック・キャピタルの買収情報を提供した」と報じた(参照:「KPMGを危機に陥れたゴルフ仲間」、カラ・スキャンネル及びマシュー・ギャラハン共著、フィナンシャル・タイムズ、2013年4月12日、http://tinyurl.com/cvqqha5)。

 米国司法省がロサンゼルス地域の宝石商であるブライアン・ショーから見返りの金銭を受け取ったとする嫌疑で、ロンドンの顔写真掲載に踏み切った翌日、KPMGはロンドンを解雇した。検察は内部者情報提供の報酬として、ロンドンはショーが得た利益の10%、12,000ドル相当のロレックスの時計、そして、ブルース・スプリングスティーン公演を含む数千ドル相当のコンサート・チケットを受け取った。KPMGはロンドンを悪質な従業員であると表現した。

 フィナンシャル・タイムズ記事によれば、ショーはロンドンに対し、「インサイダー取引はラスベガスのカジノ内でカードを数えるようなものだ。もし行為が発覚しても、相手方は証明できないから去れと要求するだけだ」と、心配は要らないと諭した。ロンドンは失念していた。悪党は倫理観を持たないことを。ロンドンは既に当局の監視下にあり、ショーはFBIの盗聴機器を身に付けていた。

 7月2日、ロンドンはインサイダー取引容疑を認めた。判決の結果によっては、20年の刑期が彼を待ち受ける。「私は金のためにやったのではない。」裁判所で答弁を経た後、ロンドンは法廷外でこのように述べた(「KPMGにおけるインサイダー取引容疑に対して、スコット・ロンドンは無罪を主張」、スチュアート・ファイファー、ロサンゼルス・タイムス、2013年7月2日、http://tinyurl.com/mahkm2j)。ロサンゼルス・タイムス記事によると、ショーは5月に提訴された共謀容疑も認めた。ロンドンの判決は9月16日に言い渡される。



そしてまた別の監査人が (And yet another auditor)


 大手監査法人が非公開情報を共犯者に提供した容疑で起訴されることは稀である。しかしながら、デロイト・トゥーシュLLPの前ヴァイス・プレジデント兼パートナーであったトマス・P・フラナガンは自己名義の口座でインサイダー取引をした容疑で起訴された。同人は容疑を認め、2012年10月、刑期21ヶ月の判決を受けて刑務所に送致された(「前デロイトパートナーのフラナガンがインサイダー取引の罪で収監」、スティーブン・R・ストローラー、2012年10月26日、クレインス・シカゴ・ビジネス、http://tinyurl.com/brohsh3)。

 フラナガンによる違法取引は少なくとも42万ドルの利益を生み、後に1.4億ドル相当の年金と繰延給付金の消失につながった。シカゴ・ビジネス記事によれば、法廷で判事は、「私の考えでは、犯行を唯一説明するものは思い上がりである。フラナガンは明らかに金銭を必要としていなかった」と話した。連邦検事補ジェイソン・ヨナンは、「フラナガンは、自分は逃げきれるという傲慢な自信を持っていた」と話した。フラナガンは自分が愚かであったと述べた。問題は、単なる愚かさだけでは塀の中に追いやられることはないが、非公開情報を利用した場合は別である。

 投資家はグローバル金融の中で常に競争優位に立つ機会を狙っているが、中には内部者情報を利用した取引で一儲けしようと企む者もいるかもしれない。

 ウォール・ストリート・ジャーナルの報道によれば、2012年10月から2013年4月14日にかけて、米国証券取引委員会(SEC)は26件のインサイダー取引の民事訴訟を提起した。更には、「2009年10月以降、SECにより告発されたインサイダー取引は430を超える。」(「インサイダー取引調査の限界が拡大」、ジーン・イーグルシャム、4月14日、ウォール・ストリート・ジャーナル、http://tinyurl.com/ckbjg5c)



罰金を払って、何も認めない (Pay the fine, admit nothing)


 そして、会社が容疑を認めることも、不正行為を否定することもせず、長期化する法廷手続きを避ける代わりに罰金を払うという選択をするケースがある。150億ドルを運用するヘッジファンドであるSACキャピタル・アドバイザーズLPは、この3月にインサイダー取引による罰金6.16億ドルを支払った。SECは、SACが「ワイエス社とエラン社が製薬の臨床結果発表に先んじて2社株式の取引を行い、利益を得た」と主張した(「SACが記録的なインサイダー取引課徴金6.14億ドルの支払いに応じる」、3月15日、カラ・スキャネル及びダン・マックラム、フィナンシャル・タイムズ、http://tinyurl.com/csv8tjx なお、同記事は額を誤表示した)。

 新体制の元、SECはSACオーナー、スティーブン・A・コーエンに対する締めつけを強化している。7月19日、SECはコーエンを、刑事罰に直面する前従業員の監督を怠ったとして民事訴追した(「SECによる課徴金はSACのコーエンに対する最新の試みである」、7月19日、ブログ「DealB%k」、ピーター・ラットマン、ベン・プロテス著、ニューヨーク・タイムズ、http://tinyurl.com/l57m8xh、を参照)。

 そして、とどめの一撃として、7月25日、ニューヨーク州南部地区米連邦検事局は、41ページに亘る起訴状で、SACに対し数多くの刑事責任を追求した。それは、4件の証券詐欺と1件の有線不正通信行為を含むものであった。起訴状は多数のSAC従業員がインサイダー取引行為を犯したことの背景に、「社内に蔓延した誘惑と内部者情報の不正使用を促した組織内慣習が可能とした」環境があったと述べた。起訴状はまた、従業員の違法行為と「組織的な無関心」が「これまでにヘッジファンド業界で存在しなかった、大規模かつ広範囲なインサイダー取引の蔓延」という結果をもたらした、とも述べた。政府はコーエンに対する訴追行為を途中で緩めた。誰にでも明らかな疑問は「何故?」である。汚職企業の存在は許されるが、汚職CEOの存在は認められないのか?



早く来すぎた折り返し地点 (Folding too soon)


 バイオ製薬企業「アイム・クローン」社の創業者・前CEOであるサム・ワスカルの事例は、あまりにも早く罰金を払った例である。ニューヨーク・タイムズのアンドリュー・ポラックによる、2010年10月31日付記事「アイム・クローンの前CEOが新たなバイオベンチャーに乗り出す」によれば、ワスカルは米国食品医薬品局がアイム・クローン社製の抗がん剤「アービタックス」を認可しないという噂を聞いた。また、会社がニュースリリースを出す前に、ワスカルはマーサ・スチュアートを含む親戚や友人に対し、アイム・クローン社株式を売るよう伝え、自身も保有する同社株式の一部を売却しようとしたとされる。同記事によると、ワスカルは証券銀行詐欺、偽証、司法妨害、及び共謀罪で起訴され、5年間の刑に服した。保有株を売却したスチュアートは連邦捜査官に偽証したため、服役5ヶ月と5ヶ月間の自宅監禁を言い渡された。もし彼らが株式を持ち続けていれば、利益を生み、キャリアを傷つけることなく、そして起訴されることもなかったであろう(判例「米国vs.サミュエル・ワスカル」を参照、http://tinyurl.com/llmraxb)。



逃げられるが、隠れきることはできない (They can run but not hide)


 ガレオン・グループに対するインサイダー取引調査は、不正行為が発覚し、身柄を拘束されることが現実であることを見せつけた。米国司法省による同社及び内部者のネットワークに対する積極的な捜査が複数名の起訴に繋がった。

 2013年3月、レンガン・ラジャラトナムは複数のインサイダー取引容疑で起訴された。レンガンの兄弟であるラージ・ラジャラトナム、及びガレオン・グループの共同設立者であり億万長者である者は、2011年、米国ヘッジファンド最大のインサイダー取引行為で有罪判決を受けて現在も禁固11年の刑に服している。ラージは内部者情報を兄弟姉妹に流した模様である。

 「嫌疑の通り、レンガン・ラジャラトナムと同人の兄弟はDNA以上のものを共有した。両者はインサイダー取引に対する嗜好をも相通じて有していた」と、ニューヨーク州南部地方検事局のプリート・バララはメディア・リリースで述べた(同人は2013年ACFEクレッシー賞受賞者)。「兄弟のラージとともに、レンガン・ラジャラトナムは数多の人々を汚職の渦に引き込んだインサイダー取引スキームの中心におり、同人を起訴することで、我々はこの物語の章の終幕に一歩近づくことになる」(ニューヨーク州南部地方検事局発表プレスリリース「マンハッタン地方検事とFBI担当部長補、ガリオン社前ポートフォリオ・マネージャー、レンガン・ラジャラトナムに対するインサイダー取引容疑を発表」、3月21日、http://tinyurl.com/klh5qrs、を参照)。

 ペンシルベニア大学卒業生であるレンガンはスタンフォード大学でMBAを取得した。ペンシルベニア大学経営大学院ウォートンスクール卒業生であるラージは、グローバル投資コミュニティにおいて優位を得るために違法行為手段を用いることは許されないことを知っていたはずである。

 プリートが述べた汚職の渦とは、クリアワイヤー社やアドバンスド・マイクロ・デバイシス社(AMD)を含む複数企業の内部者情報を、多くの個人が共有したことを指す。米国連邦検事局の発表によれば、「AMDの内部者情報は、当時世界的な経営コンサルティング企業であるマッキンゼー社のパートナーであったアニル・クマールよりもたらされたものであった。2008年、AMDは自社の製造事業を新たな事業体に移し、アブダビの投資局が同事業体及びAMDに出資するという戦略的事業譲渡計画のアドバイザリーのために、マッキンゼーを雇った。2008年8月15日、クマールはラージ・ラジャラトナムに、『AMDはアブダビ投資局と合意に至り、両者は取引を進める』と知らせた」。

 アニル・クマール(彼もまた、ウォートン校卒業生である)は、2010年、インサイダー取引容疑を認めた。ルジャート・グプタ(ハーバード大MBA取得者)、元マッキンゼー社CEOでありゴールドマン・サックス社の取締役であるこの人物は、2012年にインサイダー取引で起訴され、禁固2年の刑に服した(「著名ハーバード大学経営大学院卒業生がFBIに降伏」、ジョン・A・バーン、「詩人と軽量アナリスト」、http://tinyurl.com/lccw5geを参照)。

 SECのウェブサイトでは次のような分析が公表されている:「インサイダー取引はSECの取締対象として、依然高い優先順位を保っている。2012年度では、SECは131の個人・法人が関わった58のインサイダー取引を摘発した。この3年間で、SECはこれまでの歴史においてどの3年間の統計よりも多くのインサイダー取引摘発をした(計168件)。」SECが防止に成功した不法利得・損失は6億ドルに上った(http://tinyurl.com/ktnzx9dを参照)。



なぜ皆その行為に及ぶのか? (Why do they do it?)



 それでは何故、高い地位にいる人物が自ら築き上げたキャリアを、内部者情報を利用して更なる「成功」を得ようとする賭けに身を投じてしまうのだろうか?それは単純に、どれだけ代償を支払うにしても、目標未達成の恐怖と成功への執着があるからなのかもしれない。従って、もし友人が貴方に、特定の株式銘柄が買いである、という情報提供をされた場合は、より良い人間になり、「結構です!」と返答すべきである。



Richard Hurley, Ph.D., J.D., CFE, CPA
コネティカット大学(スタンフォード)経営大学院教授
Tim Harvey, CFE, JP
ACFEの英国事業部のディレクターであり、トランスペアレンシー・インターナショナル並びにBritish Society of Criminologyのメンバー


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