FRAUD MAGAZINE

ボスの信頼を裏切った経費精算スキーム
Trusted apartment building handyman betrays boss




 作者は、ほとんどのビジネスで起こり得る経費精算スキームについて述べている。なお、被害者やその家族、そして不正行為者は、全て仮名となっている。

Peter Parillo, CFE
翻訳協力:古瀬 英治




 ロバート・リコーリ(Robert Liquori)は働き者で、休暇を犠牲にし、不動産投資のため可能な限りの金銭を貯めていることを自ら誇りに思っている移民であった。数年が経過し、ロバートは最初のアパート一棟を購入し、それは寝室が2部屋ある6室だった。その購入価格は安かったが、一方で多額の修繕費用が必要だった。しかし彼は、妻ジェシカ(Jessica)や子供のロナルド(Ronald)やナタリー(Natalie)の力を借りて、全ての修繕を自力でこなした。

 ロバートは、25部屋ある隣のアパート一棟を購入した。更に20年が経つと、彼らは合計で300室以上になる10棟を買い増した。ロバートは今や、自ら修繕に携わることが困難となった。そこで、修繕要員としてモーリス(Maurice)を雇うこととした。

 モーリスの賃金は雀の涙程度であったが、一方、アパートの家賃は無料だった。テナントが引っ越して出て行くと、彼は部屋を掃除し、そして壊れている箇所を直した。

 モーリスはよく、修繕に必要な部品類を近所の金物屋に手金で購入し、経費精算のため、領収証をロバートに渡し現金か小切手を受け取っていた。モーリスが提出する経費精算のための領収証は、毎月平均2,000ドル程度であった。テナントは喜んでおり、何もかもが完璧に運営されているように見えた。

 今や大学生となったロナルドとナタリーは、時折帰省するようにしていた。マーケティングが専門のナタリーは、消費者の興味を引くための彼女の研究やマーケティング技法を話したがった。一方保守的なロナルドは、監査を専門としていて、父親の帳簿や会計記録を再検査した。「なぜこんなにたくさんの修繕をしたの?」と一度ロナルドは、父親のロバートに尋ねた。「建物がどんどん古くなるに連れ、物も最近はより頻繁に壊れるようになったのだよ」とロバートが答えた。

 ある帰省の間、ロナルドは、妹のナタリーに、寮の部屋用に衣類フックを金物屋から買うこととした。2つのタイプのフックをクレジットカードで買い、ナタリーが選ばなかった方を返品しようと思っていた。翌日、ナタリーは気に入らなかった方のフックをロナルドに返した。店で、ロナルドは領収証を持っていないことに気付き、返品はできないだろうと思った。レジ係が尋ねた。

「クレジットカードでお買いになったのでしょうか?」

「はい、そうですが…」

「お客様のクレジットカードをスキャンすることで、お使いになったクレジットカードに直接返金いたします。」

「もしクレジットカードで支払っていなかった場合はどうなるのですか?」

「その場合でも大丈夫です。直近3ヶ月で一番低い価格当の金額を、その品物が25ドル以下なら現金で、それ以上なら、ポイントとして次回のお買い物の際にその金額を差し引き致します。」

 ロナルドは両親の家に引き返し、鞄を持つと、学校に戻って行った。



教授の研究:不正を考え付く (Prof’s project: devise a fraud)


 ロナルドは友人の多くに人気がある教授、不正対策の専門家トーマス(Thomas)博士の特別監査コースを受講するのを楽しみにしていた。

 新学期の最初の週に、教授はクラスに「犯行者は何をするだろう?」との課題を与えた。教授は学生達に、個人的利益のために人々から詐取する計画を考えるように説明した。何人かの学生がクラスで自分のアイデアを披露するのを聞き、ロナルドはこう思った。「これらのスキームは余りに複雑過ぎないかな。たくさんの物事がうまくいかないのでは。」彼は、それからの数日、完全で簡単なスキームを考えようとした。

 ある日、以前金物屋で購入したフックをつりさげていたところ、一つの不正にピンと来た。品物を買い、経費精算のため領収証を出し、精算を受けた後に返品する。完璧で簡単かつばれ難い。「ちょっと待てよ。これってモーリスがやっていることじゃないのか?」

 彼は父親に見せる証拠が必要だと思った。「実家に戻って調査すべきだろうか?」「ぼくの勘違いで、モーリスが怒って辞めてしまったらどうなるだろう?これからの全ての維持管理を誰がやる?」ロナルドは12月の休暇まで待つことにした。「もしこれが不正なら、証拠集めに2か月以上の期間がある。もし不正ではないのなら、それはそれで、大騒ぎせずに待って正解だったということだ。」父親に電話して、クラスの研究課題用に、モーリスから提出された領収証を全部保管しておいてほしいと頼んだ。

 ロナルドとナタリーの休暇中、ナタリーは、自分が取り組んでいる新しい研究についてと、創造的なアイデアを思い付くことが如何に面白いことかを説明した。ロナルドは心の中でこう思った。「ナタリーは人が行動するように仕向けるアイデアを考案しているだろうが、ぼくは、人の行動を阻止する計画を考案しているのだ。」



奇妙なパターン (Strange pattern)


 ロナルドは経費精算についての傾向を分析し始めた。経費は、5月と11月がそれぞれ4500ドルであった他は、月平均2000ドルであった。彼は、それぞれの領収証にある品物一つ一つ、詳細も含め集計表に記入した。モーリスはそれぞれの品物の目的を領収証に書き込んでいた。

 ロナルドは奇妙なパターンに気が付き始めた。ある一年では、モーリスはたくさんの室のペンキ塗りを複数回行っており、さらに3C室に至っては、トイレの便器を5回取り替えていた。ロナルドは父に尋ねた。

「お父さん、3Cには誰が住んでいるの?」

「モーリスの親戚の一人だよ。何でだい?」

「トイレが5回も交換されていて変だよ。」

「モーリスは、トイレの具合が悪いので交換する必要があると私に言った。私は配管工を呼ぶように言ったんだが、彼は自分でやった方が安上がりだと譲らなかった。一体何が起こっているんだ?」

 ロナルドは、父親がモーリスに直接確かめようとするであろうと思った。「経費精算に関して、ちょっと不可解な点があり、今調べているんだ。5月は何故、前の月より経費が多くなっているの?」

「モーリスは6月に休暇をとって出掛けたんだが、出掛ける前に全てをちゃんとしておきたかったんだよ」(ロナルドは思った。「やった。休暇のためのお金を使ったんだ。」)

 モーリスの説明は、父親にはまっとうに思えるであろうと、ロナルドは考えた。だからロナルドは、モーリスが犯罪に手を染めていたことを父親に納得させるだけの確かな証拠が必要だった。ロナルドは領収証を集めると、金物屋まで車を走らせた。父の知り合いでもある店のマネージャーのジョー(Joe)に、疑念について話をした。

 「ある程度は君の役に立てると思うよ。直近の領収証があれば、購入した品物のうち何が返品されたかわかる。更に、返品が現金でされたか店のポイントでされたかも教えられる」とジョーは言った。

 店内を2、3時間歩き回っていると、ロナルドの名前が呼び出された。ジョーは紙の束を持ってサービスカウンターで待っていた。「実に興味深い。」とジョーは言った。「領収証にある品物のほとんどは返品されている。そのうちの幾つかは、購入後数分以内にだよ。」

 ロナルドはプリントアウトした紙をかき集めると両親の家に持って帰った。帰りながら、この不正を父親にどう説明するかを考えていた。どう説明しても、父親はモーリスに対し怒鳴りそして叫ぶことになるだろう。

 ロナルドは父親と証拠を点検し、そして父親が座り込んでしまって言ったことにショックを受けた。「私は何時も何かおかしいとは感じていたけど、こんなに明らかだとは全く思わなかった。何でこんなことになったんだろう?さて、これから、どうすればいい?」



モーリスの清算 (Maurice’s reckoning)


 ロナルドは自分自身で問題に向う必要があると認識していた。そこで、モーリスに電話をし、部屋に来るように言った。モーリスは、部屋に入ってくるやいなや言った。「やあ学生さん、学校で何か学んだかい?」ロナルドは微笑み、そして思った。「今にわかるよ。」

 ロナルドは金物店からの書類のコピーを渡しモーリスの反応を待った。モーリスの顔は、最初の混乱から羞恥のショックの表情に変わった。

「お父さんは知っているのかい?」

「ええ。」

「それでどうする?このことで俺を首にはできないだろう?誰がこれからお父さんを手伝う?」

「それはあなたには関係ないことだ。今月末までに出て行って、二度とこの辺りに顔を出さないくれ。それが嫌なら、突き出すぞ。」

 モーリスは、暫く椅子に座ったまま言い訳の言葉を捜し出そうとしていたが、何も思い浮かばなかったようで、椅子から立ち上がり、ロナルドを見つめながらこう言った。「本当に悪かったとお父さんに伝えてくれ。」そして、部屋を出て行った。

 それから1週間以内にモーリスはアパートから持ち物を運び出した。テナントには、モーリスが引っ越していたことと、今後全ての修理の問題については事務所に連絡するよう告知した。驚いたことに、(修繕にかかる)事務所あての連絡は、週に数回受けるのみだった―それは、モーリスがロバートを信じ込ませていた件数をはるかに下回る数だった。

 ロナルドは過去3年分の領収証の検証を続けた。過去36ヶ月で修理を必要としたテナントの60%は、モーリスがちゃんと仕事をしたのなら、再度依頼をすることはなかっただろう。ロナルドは、モーリスが約$75,000を盗んだものと睨んだ。



教訓 (Lessons learned)


●全てのアパート経費について、その傾向を分析し異常値を確認すべく、検証すること。
●購買に際しては店に会社として口座を開き、返金は会社口座を通じ受けること。
●個人の金を使ったら経費精算は受けられない、という強い会社方針を打ち出すこと。
●全ての修繕を第三者が点検し、その修繕と掛かった費用が異常でないことを確認する
 (例えば、一年間で5回トイレを交換することは異常である)
●従業員の身元調査を、従業員採用時と、また3年に一度は全従業員に対し、必ず行うこと。
薬物検査を確実に開始し、従業員が習性を賄うだけの資金を吸い上げることがないようにすること。(いくつかのテナントから、モーリスと親戚がマリファナを吸っている現場を目撃したという連絡をうけた)。
アパート住み込みの個人ではなく、しっかりとした(保証と補償が受けられる)修理会社を雇うこと。
●帳簿と会計記録を検証する独立した監査人の監査を定期的に行うこと。



二人目のモーリスを出さないために (Prevent future Maurices)


 ロナルドがモーリスを馘首にした後、父親は目が覚め、修理会社を雇い、そして上記の制度(内部統制)を全て導入した。父親は$75,000を失ったが、息子と不正対策に燃える野心的な教授のお陰で、それ以上の不正を防ぐことはできた。



Peter Parillo,CFE
ニュー・ジャージー州(N.J.)のハモントン(Hammonton)にあるサウス・ジャージー産業(South Jersey Industries)内部監査部門担当役員(director of internal audit)。


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