FRAUD MAGAZINE

財務諸表における虚偽の見積り
紙切れ一枚の価値もない数字

Not worth the paper they're printed on
Phony estimates in financial statements



財務諸表不正は今までになく複雑で発見しにくくなっている。複雑なM&A、のれん(営業権)や貸倒引当金に関する最近の判例などが、不正検査を難しくしている。本稿では、帳簿の調査に加えて数字の背後に見え隠れする関与者の性格を探る手法を紹介する。

ロバート・タイ(CFE, CFP)著
By Robert Tie, CFE, CFP


状況設定:マホガニーの壁で覆われた役員室でのCEOとCFOのやりとり

CEO 「何かいい話か。」

CFO 「買収案件が一件あります。他の案件をうまくカバーできるかもしれません。」
スプレッドシートを見せながら、
「ただし、厄介な点が一つ。相手方は無免許でのれん狩り(Good Will Hunting)をやっている可能性があります。」

CEO 「そんなところだろうな。」と数字を見ながらニヤッと笑う。

CFO 「恐らく、競合先を買収した後で架空の損失を計上したんでしょう。でも、折よく商品市況が暴落してうまくごまかせた。大胆かつ抜け目ないやり方です。もちろん、我々には及びませんが。」

CEO 「当社に勝てる相手はそうはいないさ。このディールは相手より我々にとって使い勝手がいいと君が思うのなら、法務部を巻き込んでデューディリをやり、私宛に議案書のドラフトを上げてくれ。次の四半期取締役会も平穏な美食ランチで終わらせたいからな。それから、別途指示するまでは、この件は極秘だぞ。」

CFO 「承知しました。このディールは、最低でも2年前のアジアでの買収案件くらいのうま味はあるはずです。相手に8百万ドル騙し取られましたが、2,300万ドルの不良資産を誰にも怪しまれずに消すことができました。(のれんは)頼りになる高速艇のようなものです。」

CEO 「それはいい。今回はさらにうまくやってくれ。」

CFO 「わかりました。」



偽装の上塗り (Layers of deception)


 この会話は架空のものであるが、ここに示されたのれん会計に対する経営者の姿勢や用いられるテクニックは現実のものである。

 オールトン・サイズモア(CFE、CPA)は次のように語る。「不正行為者を巧妙なご都合主義者と表現するのは、彼らの悪質さを過小評価しています。そのため、双方向(当事者がお互いを欺く)不正スキームがいかに多いかということに気づいてない不正調査担当者もいます。」

 サイズモアは、25年のFBI勤務を経て、現在はバーミンガム、ダラス、ワシントンDCに拠点を置くフォレンジック会計事務所、フォレンジック・ストラテジック・ソリューションズの調査責任者をしている。

 「不正行為者どうしのだまし合いは放っておいても構わないのでしょうか?」とサイズモアは問題提起する。「もちろんそんなことはありません。だまされた側は、損を取り返すために今度は罪のない人をだますからです。」

 不正行為者たちは、資産の過大評価や負債の隠ぺいによる市場価値水増しが疑われている企業を買収する際、それによって損をすることを恐れない、とサイズモアは付け加える。正直な買収者はそのような案件には手を出さないが、そうでない者たちは逆に、より多額の不正をはたらくチャンスととらえる。つまり、のれんの不正償却によって、売却者への過払い額以上に儲けようとする。さらに、のれん償却を悪用して、不正行為者は企業からの横領を隠ぺいする。(アメリカ公認会計士協会の評価業務基準書第一号(http://tinyurl.com/agks3dd)はのれんを「・・・名称、評判、顧客ロイヤルティ、所在地、製品、その他の類似する不可分な要素から生じる無形資産」と定義している。)

 「のれんの不正償却が期待どおりに行かなくても、損害を被るのは不正行為者ではなく株主なのです。」とサイズモアは語る。「コイントスはいつも表になる。不正行為者の勝ち、他の人々の負けです。」



煙か炎か? (Smoke or fire?)


 とはいえ、M&A取引の当事者の片方または双方が財務数字を改ざんしているかどうかを見極めるのは容易ではない。現在注目を浴びている大規模買収を巡って、両当事者が相手方を虚偽記載で訴えている事件はその典型例だ。

 2011年に、ヒューレットパッカード(以下「HP」)は英国のソフトウェア制作会社オートノミーを100億ドルで買収した。しかしその翌年、HPは買収額のほとんどを損失処理して市場に衝撃を与えた。HPは声明(http://tinyurl.com/apllysh)を出し、損失のうち50億ドルは「元従業員のために、買収額算出の根拠となる財務指標を水増しして投資家や買収候補を欺こうとういうオートノミーの意図的な不正行為」によるものだと主張した。

 オートノミーの当時のトップは、HPは、自らの無能を隠すための身代わりを探そうとしていると反撃した。「(HPの)主張はすべて不適切で全く受け入れがたい。」オートノミーの元CEOマイケル・R・リンチは、HP取締役会にあてた公開書簡(http://tinyurl.com/a75ar4s)にそう書き記し、「50億ドルの損失のうち、買収後のHPの事業面および財務面の失策によるものは皆無だと、HPは本当に言い切れるのか。」と疑問を呈した。

 米司法省と英重大不正捜査局がこの事件を捜査中である。オートノミーの不正疑惑に対する申立ての詳細を公表するよう迫られたHPは、裁判が開始されるまでは公表しないとの声明を出した。

 HPは声明において「リンチ氏はしきりに論争をしたがっているようであるが、当社としては法的手続きに従って事実を明らかにし、株主の利益となる措置を講じるのが正しい方法だと考える。そのうえで、リンチ氏を含むオートノミーの元役職員が偽証罪を覚悟の上で審問に応じることを期待する。」と述べた。

 まだ捜査がほとんど進んでいない段階で、HPがオートノミーによる財務諸表不正を証明できるかどうかは予断を許さない。しかし、HPは慎重にかつ確信をもって事を進めているようであり、この種の訴訟に勝つために不可欠な次の2つの課題を既に達成している可能性もある。

・オートノミーがどの会計/財務報告基準に違反したのかを特定する。
・その違反の確かな証拠を入手する。

 2つの要素のいずれかが抜け落ちると、HPは敗訴する。では、フォレンジック会計士や捜査官、弁護士であるCFE、あるいはそれらの専門家と共に働くCFEが、これからHPが直面するような法廷闘争の準備を支援するために取るべき最善策には、どのようなものがあるだろうか。



証拠の捜索 (Finding the evidence)


 「財務諸表不正では、作成者が望む数値を、必ずしも正確、適法とはいえない方法で実現する『トップサイドの』仕訳記入が多用されます。」ワシントンDC近郊にある不正対策・リスクアドバイザリー会社ザックP.C.の創業者兼社長のジェリー・ザック(CFE、CPA、CIA)はそう指摘し、次のように説明する。

 例えば、すべての売掛金取引は子会社の元帳に記入され、その合計が総勘定元帳に集計されて連結財務諸表に反映される。しかし、トップサイドの仕訳記入は、その名が示すとおり子会社の元帳には記帳されない。なぜならば、子会社の元帳上での不正取引は多くの従業員の目にふれやすいからだ。そこで、不正な仕訳記入はできる限りトップの側、つまり親会社での連結決算作業中に行われるのである。

 不正行為者は、(従業員だけでなく)監査人にも気づかれないように隠ぺい工作を行う。膨大な数の取引が記帳される企業においては、監査人は非公開の下限金額を設けてサンプリングによる監査を行わざるを得ない。しかし、不正行為者が何らかの方法でその閾値を知ったならば、不正な仕訳記入をその金額未満に抑えることで、監査人に不正を発見される可能性を大幅に低減できる。

 ザックによれば、実際に、米国史上最悪といわれる会計不正を起した企業が、株式市場を満足させるために、監査人が定めた閾値未満の仕訳記帳を何百回も行った事例がある。その悪名高き企業の名は?ヘルスサウスだ。



財務比率は物語る (Ratios tell the tale)


 フォレンジック・ストラテジック・ソリューションズのサイズモアは、FBIのアラバマ州バーミンガム支局の特別捜査官補として2003年にヘルスサウス事件の捜査を担当した当時のことを鮮明に憶えている。サイズモアが執筆した、270億ドルに上る同社の財務諸表不正の解説記事(“Sniffing for Cooked Books,” ACFE article, Aug. 2010, http://tinyurl.com/b3vpxj2)は、財務比率分析が不正発見の有効な手段であることを示している。

 その記事の中で、サイズモアは監査人が見過ごした別の財務諸表不正についても解説している。バーミンガムに本社を置き、全米40州に店舗を展開していた靴のディスカウントチェーン、ジャスト・フォー・フィート(以下「ジャスト社」)の事例だ。不正発覚時には、ジャスト社の株価は20ドルから1.25ドルに下落した。経営陣5人が捜査協力をした末に重罪で有罪判決を受け、ジャスト社は競合先に吸収された。

 ヘルスサウスと同様に、ジャスト社の財務諸表には明らかな不正の兆候が多数みられた。サイズモアは言う。「常識さえあれば、それらの兆候のいくつかには簡単に気づけます。」「例えば、ジャスト社の棚卸資産は4億ドルに上り、あらゆるサイズ、モデル、ブランドの靴を販売していました。しかし、サイズ13(訳注:30センチ以上)の緑色の靴を買う人は少なく、そのような靴は棚ざらしになって陳腐化します。ジャスト社の監査法人は、年次監査を行った際に陳腐在庫の価値を1億ドルから15万ドルに評価減すべきでした。しかし、見逃しようのない不正の兆候を監査人は無視し、その結果投資家はだまされたのです。」

 監査のプロセスと目的を研究することで、CFEは多くのことを学ぶことができる。それらに対する理解を深めれば深めるほど、自社の財務比率を業界基準や過年度、景気サイクルと比較するなどして、客観的な視点で情報を入手・分析する能力を高めることができる。

 「そのような能力を向上させるためには、職業的懐疑心が必要です。」とサイズモアは助言する。「ある比率の数値に納得できなければ、明快で納得のいく説明が得られるまで、その数値を所管する部署の担当者から責任者まであらゆる人に確認すべきです。もし、財務諸表をよく見せるために数字をあてはめたとの答える者がいれば、違法性を検討しなければなりません。」(比率分析に関するさらに詳しい情報は、ACFEの不正検査士マニュアル2013年版(英語版)を参照)

 監査人としての訓練を受けていないCFEにとっては、米国公開会社会計監視委員会(PCAOB,サーベインズ−オクスリー法により創設された非営利の民間組織で、政府機関に準ずる規制権限と責任をもつ。)が制定した監査基準が大いに参考になる。(末尾の参考文献に、財務報告における重要な虚偽記載に関連の深いPCAOB基準の一覧を掲載した。)



より困難な障害 (Higher hurdle)


 財務諸表の虚偽記載が意図的に行われたことを証明するのは、元々容易ではない。しかし、2011年に連邦裁判所で下されたある判決により、それはさらに難しくなった。投資者による集団訴訟事件「Fait v. Regions Financial Corporation, et al」において、米連邦控訴裁判所第二巡回区は下級審の判決を支持し、原告の訴えを退けた。この訴訟では、銀行間の買収に関連して、のれんおよび貸倒引当金の虚偽表示による誤認で投資者が損害を被ったとして、銀行の過失責任が争われた。

 同判決について、ニューヨークのコロンビア大学ロースクール教授ジョン・C・コフィー(2011年のACFEクレッシー賞受賞者)は次のように解説する。「第二巡回区は、のれんの金額などについて会社の経営陣が示す見積りは、一つの意見であると裁定したのです。意見に関する会社の責任を認定するためには、それが不正確であるということだけでなく、会社側がその意見を信じていなかったことも示さなければなりません。後者の要件は(検事および原告にとって)勝訴するための新たな、より高いハードルとなります。」

 会社が見積りを信用していなかったという訴えを裏付ける情報は、社内で交わされる情報のやりとりの中に見出せるかもしれない。コフィーはこう述べる。「例えば、格付機関がある投資商品にトリプルAの格付を与えたが、同時期に発信されたeメールの中でスタッフの一人が、その商品は『Bクラスにすら値しない』と書いたとしましょう。しかし、原告側が不正の存在を推定するに足る詳細な事実を適用できなければ、そのようなeメールを発見するための証拠開示は受けられません。」



傲慢なゴリラの愚行 (800 pounds and absolutely bananas)


 クロウ・ホーワース LLPで不正、倫理、汚職対策部門のパートナー・インチャージを務めるジョナサン・マークスはこう語る。「不正の可能性を検知し、調査に着手するに十分な理由を的確に見出す能力を高めたいと、多くのCFEが考えています。」「従業員の性格特性や行動についての認識を深めることは、そのような能力を高めるのに役立ちます。」

 マークスは、破綻した投資銀行リーマンブラザーズのCEOであったリチャード・S・ファルド・ジュニアを例にとって説明する。ファルドの激しい性格とアグレッシブな経営スタイルを評して、同僚は彼を「ゴリラ」と呼んだ。2007年に作られた悪名高い海賊版ビデオは、ファルドの鮮烈な印象を伝えている。その中には、同僚、他の経営者、官僚たちを前に、リーマンの株を空売りしている投資家の「心臓をえぐり取り、ヤツらが息絶える前にそれを食いつくしてやりたい」と演説するファルドが映し出されている。

 「ファルドはあまりに高圧的で傲慢だったため、リーマンの取締役会を含む誰もが彼に異を唱えられないまま、同社は破綻してしまったのです。」とマークスは言う。

 破綻調査官(bankruptcy examiner)としてリーマン倒産の原因を検証したアントン・バルカスは、報告書において「リーマンが読み手を誤認させるような定期報告書を提出したことについて、ファルドには少なくとも重大な過失があることを示す証拠が十分にある。」と述べている。なぜリーマンは財務数字を改ざんしたのか。それは、自社のポートフォリオのリスクが低減されたと格付機関を説得するためである。しかし、実態はそうではなかった。最終的に、リーマンは債権者の信頼を失い破綻した。ファルドおよび他の経営陣に対する刑事告発はなされなかったが、投資家を欺いたことに対する集団訴訟の和解金として、彼らは9,000万ドルを支払うことに合意した。



犯罪の背後にある心理 (The mind behind the crime)


 「(ACFEの創設者兼会長である)ジョー・ウェルズの『不正を犯すのは帳簿や記録ではない。それを作成する人間だ。』という言葉は、私にホワイトカラー犯罪調査への手法を考え直すきっかけを与えてくれました。」とマークスは語る。「その言葉を聞いたとき、私は『組織のキーパーソンの人物像を探るべきではないか』と自問したのです。そんな手法を認めない人もいるでしょうが、時代は変わったのです。」

 「クレッシーが不正のトライアングルの仮説を提唱した1950年代には、誰もが固定給で働く時代でした。しかし今では業績連動型の報酬が一般的で、不正リスク要因も全く異なります。不正行為者の行動パターンの変化について行かないと、彼らにやられてしまいます。」

 不正調査に携わる者の多くは、書類の調査に力点を置きすぎて犯罪の背景にある心理の究明に十分な時間を割いていない、とマークは懸念する。

 「机に座って書類とにらめっこしているだけでは、就業環境や人間の行動に表れる不正の兆候を察知することはできません。」「会議室や廊下に出て現場の人々と接点をもち、彼らの行動を観察することが大切です。」

 マークスは監査人としての職務経歴をもっており、監査業務に携わる時はいつも、時間をかけて被監査先の事業内容や企業文化、職場の人間関係や情報の流れを把握するように努めた。彼はこんな経験談を話してくれた。ある監査先で棚卸資産を集中的に監査するように依頼され、在庫管理の責任者と時間をかけて話をした。会話が進むにつれて、マークスは相手の落ち着かない様子に気づき、いつもよりも懐疑心を強く持って監査を行った。マークスが在庫管理責任者にいくつかの不可解な取引について説明を求めると、ついに責任者はこう語った。

 「役員から虚偽の帳簿記入をするよう強要されたのです。そのことについて全てお話したい。」

 期首在庫の残高が毎期必ずゼロになっており、不正な仕訳記入や陳腐化を偽装した償却処理により隠ぺいが図られていた。マークスによれば、組織の上層部が考え出したスキームにより、棚卸資産を外部の第三者に不正に売り払い、帳簿操作により隠ぺいしながら、売却代金を横領していたのである。



形勢逆転 (Turn the tables)


 不正の隠ぺいに長けた者は、偽りの誠実性のオーラを漂わせているとマークスは言う。周囲の人々は、そのような者の言動をいちいち注意深くチェックしなくなる。相手を「いい人だ」と思うようになると、人が本来持っている懐疑心は急激に薄れてしまうのだ。

 「そのようにして巧みに人を操ろうとする言動を、不正発見の判断基準として活用しない手はありません。」とマークス。「ホワイトカラー犯罪者は、だます相手の性格を見抜こうとします。ですから、我々も彼らの性格を分析すべきです。」

 巨額のM&A取引が頻繁に行われる現在、財務諸表不正発見のプロセスは、幾層にも重なった複雑なものであるが、CFEは証拠を見出すために事案の全体を見すえた(ホリスティックな)アプローチをとる。比率分析や監査プロセスを学ぶだけでなく、関係者の性格タイプの分析も行う。そして何より重要なのは、机上を離れて現場に出向き、多くの質問をすることだ。



ロバート・タイ(CFE, CFP)
ニューヨーク在住のビジネスライター。Fraud Magazineの寄稿・編集にも携わる。


<参考文献>
Public Company Accounting Oversight Board (PCAOB; pcaobus.org) Auditing Standards.
Established by the U.S. Sarbanes-Oxley Act in 2002 to improve the quality of audits of public companies, the PCAOB registers, inspects, and, when necessary, disciplines accounting firms that perform such audits.
Four PCAOB auditing standards particularly address material misstatements in financial reports:
Auditing Standard No. 5: An Audit of Internal Control Over Financial Reporting That Is Integrated with An Audit of Financial Statements (http://tinyurl.com/ye5spr).
Auditing Standard No. 11: Consideration of Materiality in Planning and Performing an Audit (http://tinyurl.com/bjeuzp6).
Auditing Standard No. 12: Identifying and Assessing Risks of Material Misstatement (http://tinyurl.com/6nrql8b).
Auditing Standard No. 13: The Auditor’s Responses to the Risks of Material Misstatement (http://tinyurl.com/a2lxym3).


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