責任を問われない外部監査人
UNACCOUNTABLE EXTERNAL AUDITORS
『金融危機』における彼らの役割−後編−
Their Roles in the ‘Great Economic Meltdown’ Part 2 of 2
外部監査人はクライアントの財務状況について正確、公平、詳細な情報を提供しなければならない。しかしながら、数多くの外部監査人の怠慢が最近の『金融危機』の一因となったと筆者は強く主張する。企業財務の外部監査に関する米国制度の抜本的な見直しが必要だと彼は述べる。
ギルバート・ガイス(Ph.D., CFE):著
Gilbert Geis, Ph.D., CFE
本記事はスザン・ウィル(Susan Will)、 スティーブン・ハンデルマン(Stephen Handelman)、デービッド・C・ブラザートン(David C. Brotherton)編集、『How They Got Away with It: White-Collar Criminals and the Financial Meltdown』より抜粋したものである。( 2012 Columbia University Press. Used with permission.)著者の意見は必ずしもACFE、その役員または従業員の意見を代表するものではない。
最近の経済危機を引き起こした要因には、多くの犯罪者が加担している。中でも特筆すべきは、抵当証券会社や投資銀行、証券取引委員会(Securities and Exchange Commission , SEC)だ。しかしながら、クライアントの財務状況に関する詳細で正確な情報を提供するはずの外部監査事務所は、その影響をほぼ逃れることができたと一部の者は指摘する。
もちろん、外部監査人の責任逃れは新しい問題ではない。ここでは、金融危機以前に起こった事例、会計監査の改善のために作られた米国の法律、そしてより良い制度を築くための提案を論じる。
貯蓄貸付組合危機 (THE SAVINGS AND LOAN SWINDLES)
1980年代と90年代の貯蓄貸付組合危機は、ある事後分析が「殺し屋」と呼ぶ複数の当事者が関係していた。そしてこの事後分析によると、この「殺し屋」グループは会計士らで構成されていた(Calavita, Pontell and Tillman 1997)。1990年までに米連邦政府は、貯蓄貸付組合の崩壊に加担したとして21の公認会計士を訴え、うち14人は「ビッグシックス」として知られる大手会計事務所に所属していた。ある検事はアーサー・ヤング&カンパニー(Arthur Young & Co.)の監査における怠慢を「Kマートのタイムセール(K-Mart blue light special)」と呼んだ(Waldman 1990, 49)。
アーサー・アンダーセン(Arthur Andersen)はファイナンシャル・コーポレーション・オブ・アメリカ(Financial Corporation of America)の買収が余儀なくされる前にその帳簿を承認し、納税者は20億ドルの費用を被った。デロイト・ハスキン&セルズ(Deloitte, Haskins & and Sells)はフロリダ州にあるセントラスト(CenTrust)のオーナーらが一連のラウンドロビン取引を通じて物件価格を大幅につり上げ資産を膨らましていた時に、その帳簿を認可していた。同様に、トウシュ・ロス(Touche Ross)はビバリーヒルズ貯蓄貸付会社(Beverly Hills Savings and Loan)の倒産間際にその生存能力を保証していた(Calavita et al. 1997)。
サーベンス・オクスリー (SARBANES-OXLEY)
不正に係る25の訴因で有罪判決を受けたエンロンの元CEO、ジェフリー・スキリング(Jeffrey Skilling)は、自分は会計士ではなく、行われていた監査の不正を把握するのに十分な専門知識を持っていなかったと繰り返し主張し、帳簿の不正に関与していた責任から執拗に逃れようとした。スキリングのこうした責任放棄は、エンロンとアーサー・アンダーセンを巡る不祥事を受けて(そしてそれが原因で)成立した改革主義の2002年サーベンス・オクスリー法(正式名は上場企業会計改革および投資家保護法、Public Company Reform and Investor Protection Act)で最も強力だと考えられる要素を生み出した主な要因であった。
この法は、年間純益が12億ドル以上の企業における監査の正確性に対し、最高経営責任者と最高財務責任者が責任を負うというものだ。両責任者はSECに提出される報告書に署名をしなければならず、この承認された報告書に不正が見つかった場合は刑事責任が科される。
サーベンス・オクスリー法の規定はSECが指名する5人の公開会社会計監督委員会(Public Company Accounting Oversight Board, PCAOB)が監督する。同委員会は、委員会が大統領(この場合、上院の承認が必要になる)ではなくSECによって任命されており権力分立に反する、という憲法上の課題を克服した。最高裁判所は2010年、反対者が不適切だと指摘するこの問題は、わずかな修正で十分に改善可能だとの判決を下した(Free Enterprise Fund v. Public Company Accounting Oversight Board 2010, http://tinyurl.com/8o7mm5t)。
サーベンス・オクスリー法の第2編は、利害の衝突を制限するために外部監査人の独立性に基準を設けた。うち201条は、記帳サービスや保険数理サービス、経営への関与、その他さまざまなコンサルタント業務の提供など、監査事務所が同じクライアント相手に他のビジネスを行うのを制限するものだ(Fletcher and Plette 2003; Prentice and Bredeson 2008; Thibodeau and Freir 2007)。経験的調査により、外部監査人及び監査コンサルタント業務以外から発生する料金と企業の監査異常の間に正の相関関係を発見した(Frankel, Johnson and Nelson 2002; but for a contrary conclusion, see DeFord, Raghunandan and Subramanyam 2002; see also, generally, Ashbaugh 2004)。
また第2編は監査の承認に係る新たな規定を盛り込み、企業が第一責任者である主任またはコーディネーター役の監査人、あるいは当該の監査の査閲責任者によって監査を受けられるのは、連続で5会計年度までとする、と明記している。また企業は、過去1年間にそのCEO、CFOまたは会計監査役が所属した会計事務所を外部監査人として雇うことはできない。この法律はアーサー・アンダーセンとエンロンの不祥事の要因となった状況に対処するもので、この法が既に存在していたら、同事件の発生は防げたかもしれない。しかしながら、熟練した弁護士は企業の振る舞いを制限する法や規制を回避する術を見つけるのに非常に長けている。
不健全なヘルスサウス (AN UNHEALTHY HEALTHSOUTH)
公開会社の役員は会社の財務報告書を承認しなければならないというサーベンス・オクスリー法の規定に違法したとして初めて起訴されたのは、ヘルスサウスのCEOであった。その起訴状は、アラバマ州バーミンガムに位置し、5万人を超える従業員を有する米大手の医療サービス提供会社である同社が、1999年以来その収益を少なくとも14億ドル偽っていたとするものであった(Johnson 2003, http://tinyurl.com/8pr35xh)。この不正の明らかな誘因は、ウォール街のアナリストが定める収益予測を達成または上回るように見せなければならないという、同社の設立者でありCEO兼取締役会長のリチャード・M・スクラッシー(Richard M. Scrushy)の主張である。収益がその基準に達しない場合、スクラッシーの使命はそれに見合うように修正を行うというものであった。
サーベンス・オクスリー法の規定に従い、スクラッシーとデイビス(Davis)は、「重要な事実に関して偽りの記述はない」と宣誓した上で収益報告書に署名した。起訴状は、ヘルスサウスの財務状況は4,722%水増しされていたとしている(Johnson 2003)。しかしながら、スクラッシーは慈善的な寄付行為を通じて地元バーミンガムで好印象を得ていたためか、陪審裁判で無罪放免となった(Morse, Terhune and Carms 2005, http://tinyurl.com/9s6youj)。彼はその後間もなくして、アラバマ州のドン・シーゲルマン州知事(Don Siegelman)に対し、病院の規制委員会での地位獲得と交換に50万ドルを渡したとして、6年10ヵ月の懲役刑を受けた(Lewis 2010)。
ヘルスサウスの事件が提起した主な疑問は、サーベンス・オクスリー法が刑事告発の根拠となった場合、悪事を働く者たちを罰することで同法が求める成果を効果的に生み出すことができるのかであり、またより判断が困難なのは、他者が同類の違法行為に関与するのを防ぐことができるのか、という疑問である(Taylor 2005)。そして明らかに、外部から企業の財務状況の詳細を入手することができ独立しているはずの監査人が、差し迫った破滅の前兆となる状況の警告に失敗したことを、その後の金融危機は強く示している。
ドット・フランク経済改革措置 (THE DODD-FRANK ECONOMIC REFORM MEASURE )
連邦議会と上院・下院調整委員会(Senate-House reconciliation committee)を通過し2010年にオバマ大統領により署名され法制化された、2,000ページに及ぶ経済改革措置の中のある一条項は、本記事の主題と特に関連している。経済危機の発端の一因と考えられる問題の一つは、投資商品の相対リスクを判断する3大組織であるスタンダード&プアーズ(Standard and Poor’s)、ムーディーズ(Moody’s)、フィッチ(Fitch)による有毒デリバティブの誤った格付けであった。
ドット=フランク・ウォール街改革・消費者保護法(Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act )は、不正行為が原因で債券所有者が誤った判断をしたと考える場合、彼らが評価者を訴えるのを可能にする規定を設けたもので、前述したような不適切な状況の緩和を目的とする。さらに、債券の発行者が格付け会社を選ぶのではなく、SECが監督する投資委員会が各債券の書面評価を担当する団体を選ぶ。
企業は格付け会社を選ぶことができたため、最も友好的で協調的な団体に商品の評価を任せようとした。この点において、事業内容のわりには非常に高い報酬を得ている格付け機関は、厳格な姿勢を取って顧客を遠ざけないことに気を取られすぎていたかもしれない。また発行者同様、評価する商品の多くが評価者にとっても理解不能であったという事実が、こうした利害の衝突をさらに増幅させた。
監督委員会の設立 (ESTABLISH AN OVERSIGHT BOARD)
多くの者の意見では、外部監査人の仕事にはまだまだ物足りない点が多い。資本主義はその抱える問題が何であれ、政府が介入しなければ時とともに自身で問題を解決するであろうという、アダム・スミスの決まり文句を復唱するのは、もはや流行でも賢明でもない。文字通りに受け取れば、この考えは、健全で活発な自由市場の余計な邪魔者として見なされ得る外部監査人の完全な除去を推奨することになる。
今後も外部監査人を必要とするビジネス社会を維持していくのが得策だと言えるが、しかしそれはアダム・スミスの経済原理以外の理由で、である。監査はその目的を達成できないでいる高価な試みの典型だ。外部監査人もまた、企業の真の財務状況を隠す「ポチョムキン村」(訳注:貧しい実態や不利となる実態を訪問者の目から隠すために作られた、みせかけだけの施設などのことを指す。ポチョムキンがカテリーナ2世の目を欺くために急造したといわれる見せかけだけの村に由来。)を生み出し、そうすることで彼らの報告内容に依存する政府当局や一般市民の判断を妨げているかもしれない。例えば、外部監査人に対するウォーレン・バフェット(Warren Buffett)からの、非現実的ではあるが賢明なアドバイスを見てみよう。米屈指の金融学者で有名なバフェットは3つの基準を設けている。
1. |
監査人が企業の財務諸表作成の全責任を負っていたとしたら、それは異なった形で作成されていたであろうか。その場合、監査人は経営陣の意見と自身の意見をそれぞれ説明すべきである。
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2. |
監査人が投資家であったとしたら、報告期間の企業の財務実績を理解するのに不可欠な情報を受け取っていたであろうか。
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3. |
監査人が企業のCEOだった場合に従うであろう監査手続きと同様の手続きを企業は踏んでいるであろうか。もしそうでない場合、その違いと理由は何であろうか。(Buffett 2007, 612) |
より一般的に言えば、「監査人は利己的な偏見が物事の判断にいかに大きな影響を及ぼすかを理解しなければならない」と研究者らは強く主張する(Bazeman, Loewenstein and Moore 2002, 103, http://tinyurl.com/8km3p52)。
もちろん、問題の核心は利益相反である。外部監査人は監査先企業の雇われ人であり、この利益の上がる仕事に頼っているため、不正行為に気付いたりそれを突き止めたりした際には、対立を避けるために慎重に物事を進め見て見ぬふりをする。
企業財務に長けた有資格の独立した監査人による会計監査を、企業は切に望むべきだという前提を受け入れるのであれば、我々はこの目標をいかにしてより良く達成できるだろうか。現存する利益相反は克服できるのか。
この問題の答えの一部は、前編で触れた対策が示す2つの経路から推測することができる。
ラコフ判事のバンクオブアメリカとの交渉による解決策は、外部監査人と開示責任者はSECが完全に同意する者でなくてはならず、その選択に際し異議が生じた場合は裁判所が問題を解決するものとする、と規定している。
ドット・フランク経済改革措置の条項は、債券の将来性を評価する組織は企業ではなくSECが選択するよう定めている。
外部監査人に関しても同様の対策がなされるべきだ。業務と監査の査閲に完全な責任を負う独立した組織に対し、企業は費用を納めるべきである。監督委員会(Oversight Board)とでも呼ばれるこの組織は、技術を有する会計士と調査員から成る独自の職員を擁し、また違反企業を民事及び刑事裁判にかける権限を持つ弁護士も職員の一人として雇うべきであろう。訴訟で得られた資金は委員会の経営予算に使うことができる。監査チームが気になる情報の追跡に追加資金を必要とし、その必要性を正当化できるのであれば、委員会はその追加費用を負担できるようにしておかなければならない。また監督委員会は、競合する監査事務所の数が増えるよう、監査業界において新人の仕事を奨励し、彼らの成長を促すべきである。
■ FM
この記事に対するメリー・ダッジ氏(Mary Dodge)のコメントとアドバイスに感謝する。
ギルバート・ガイス(Ph.D., CFE)はACFEの中心人物で、カルフォルニア大学アーバイン校の社会環境学部(School of Social Ecology at the University of California at Irvine)で犯罪学及び法律と社会学科の名誉教授を務めた。2012年11月10日、死去。 |
参考文献
Ashbaugh, Holly. 2004. “Ethical Issues Related to Provision of Audit and Non-Audit Services: Evidence from Academic Research.” Journal of Business Ethics 2:143-48. |
Bazeman, Max, George Loewenstein and Don A. Moore. 2002. “Why Good Accountants Do Bad Audits.” Harvard Business Review 80:96-103. |
Buffett, Warren. 2007. “Advice to Outside Auditors.” In “Honest Work: A Business Ethics Reader,” edited by Joanne B. Ciulla, Clancy Martin, and Robert C. Solomon, 612. New York: Oxford University Press. |
Calavita, Kitty, Henry N. Pontell and Robert H. Tillman. 1997. “Big Money Crime: Fraud and Politics in the Savings and Loan Crisis.” Berkeley: University of California Press. |
DeFord, Mark L., Kannan Raghunandan and K. R. Subramanyam. 2002. “Do Non-Audit Service Fees Impair Auditor Independence?” Journal of Accounting Research 40:1247-1274. |
Fletcher, William H., and Theodore N. Plette. 2003. “The Sarbanes-Oxley Act: Implementation, Significance, and Impact.” New York: Nova Science. |
Frankel, Richard M., Marilyn F. Johnson and Karen K. Nelson. 2002. “The Relationship Between Auditor’s Fees for Non-Audit Activities and Earnings Management.” Accounting Research 77:2-13. |
Free Enterprise Fund v. Public Company Accounting Oversight Board, 129 S. Ct. 2378 (2010). |
Johnson, Carrie. 2003. “HealthSouth Founder Is Charged With Fraud.” Washington Post, Nov. 5, A1. |
Lewis, Michael. 2010. “The Big Short: Inside the Doomsday Machine.” New York: W. W. Norton. |
Morse, Dan, Chad Terhune and Ann Carms, 2005. “HealthSouth’s Scrushy Is Acquitted.” The Wall Street Journal, June 29, A1. |
Prentice, Robert A., and Dean Bredeson. 2008. “Student’s Guide to the Sarbanes-Oxley Act.” Mason, Ohio: Houston/West. |
Taylor, Jaclyn. 2005. “Fluke or Failure? Assessing the Sarbanes-Oxley Act After United States v. Scrushy.” University of Missouri - Kansas City Law Review 74:411-34. |
Thibodeau, Jay, and Deborah Freir. 2007. “Auditing After Sarbanes-Oxley: Illustrative Cases.” Boston: McGraw-Hill/Irwin. |
Waldman, Michael. 1990. “Who Robbed America? A Citizen’s Guide to the Savings & Loan Scandal.” New York: Random House. |
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