FRAUD MAGAZINE

「スタートしました!」
AND THEY’RE OFF!
競馬の馬券の不正
Horse-racing betting fraud




 3人の兄弟のように仲の良い男たちは、サラブレッドのレース(ブリーダーズ・カップ)で300万ドルを獲得する高度に技術的なたくらみを考え出した。本稿では、彼らは一体どのように悪事をやり遂げ、調査官はいかに素早く彼らを捕まえたかをみてみよう。

Richard Hurley, Ph.D., J.D., CFE, CPA;
And William Mosher
翻訳協力: 岩崎 勉




 競馬場の実況アナウンサーが「スタートしました!」と叫ぶ前には、そのレースの賭けは完全に終了したことを競走馬の馬主と馬券の購入者全員が知っている。ところで、一部の読者の中には、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが演じた1973年のアカデミー賞受賞映画「ザ・スティング」を思い出すかもしれない。主役たちは、場外馬券売場(OTB)を開設して、レース結果が有線で知らされる前に馬券を購入する十分な時間がとれるように、「標的」に、レース結果の連絡を遅らせるよう工作した。映画は、1914年ニューヨーク市の英国人チャーリーとフレッド・ゴンドロフが働いた「有線」として知られた詐欺に基づいていた。(デヴィッドW.モウアによる「大犯罪者」を参照。http://tinyurl.com/9992rp8.)

 3人の兄弟のように仲の良い男たちは、システムを駆使した21世紀の技術で詐欺を働き、2002年のブリーダーズ・カップ 世界サラブレッド チャンピオン・シップ レースから300万ドルを盗んだ。不正実行者たちがどのように行い、調査官たちが如何に早く彼らを捕まえたか著してみよう。



サラブレッド・レースのオリンピック (OLYMPICS OF THOROUGHBRED RACING)


 サラブレッドの馬主、調教師と競馬ファンにとり、毎年行われるブリーダーズ・カップ(そのレースのより一般的名称)は、オリンピックと同種のものである。ブリーダーズ・カップの広報部長であるジム・グラクソンの言葉を借りれば、「ブリーダーズ・カップは、サラブレッドのレースの中でももっとも有名な世界的な催しである。1984年の始まり以来、この催しは1日7レースで1,000万ドルから、最近の形態である2日間15レースで合計懸賞金2,500万ドルを超えるまでに拡大した。」1

 2002年10月26日、ブリーダーズ・カップ2のためにシカゴ郊外のアーリントン公園競馬場に、およそ46,000人の競馬ファンがいた。連勝単式、連勝単式箱、三連勝単式、三連勝単式箱、6レース単勝が、その土曜日の競馬場と場外馬券売場における国民的規模での賭けの魅惑的なオプションだった。言い換えれば、馬券の多くの種類と金を失う多くの方法とがあった。(競馬と馬券の言葉の定義については次を参照のこと。http://tinyurl.com/8njjopj.サラブレッド・レースについてのより詳しい言葉を知るには次を参照のこと。http://tinyurl.com/8j3zvhp.)

 ヴォルポニ(イタリア語で「悪賢い年寄り狐」という意味)という名の馬が42頭のうちの1頭としてアーリントン公園でザ・クラシック(ブリーダーズ・カップの大レースであり、6レース単勝の最後のレース)を制した。その日の6レース単勝で賞金を獲得したものは、まずいないものとみられていた。3(6レース単勝とは、連続する6レースでレースごとに優勝する馬を当てること。)実際には、たった一人馬券を当てた人がいた。ニューヨーク州キャッツキル地区の場外馬券売場に電話で馬券購入をした人だった。この「幸運な」人は、たちどころに口座に200万ドル以上の入金を得た。(場外馬券売場は、所得税として300万ドルのうち1百ドルを差し引く。)

 1つのレースの優勝馬を当てることでさえ難しいのに、6レース連続で優勝馬を当てることは、100万分の1の確率に等しい。4この稀な当り馬券は、明らかに興奮、悪評、監視、そしておそらくは、競馬業界で言うところの「審議(stewards’ inquiry)」を受けることになろう。(審議とは、規則の順守を監視する競馬協会の職員。)この場合、不正の兆候は当たり馬券保持者の周囲に付きまとっていた。



全ての配当率に対して (Against all odds)


 10月27日9時15分頃、ある情報提供者が、ニューヨーク競馬協会(NYRA)のパリミューチュエル方式(勝ち馬に賭けた人々に手数料・税金を差し引いた全賭け金を分配する賭けの方式)担当副社長ジェームス・ギャラガーに電話してきて、「全てのブリーダーズ・カップ6レース単勝の当たり馬券がキャッツキルから出て、彼らは「2002年10月30日付でギャラガーにより署名された確認証書にしたがい、馬券購入のシステム(もしくは電子投票)に入ってきている。」(馬券購入のシステムは、競馬業界の全ての投票馬券のデータを集め配当を計算する。)と伝えた。

 情報提供者の発言が事実ならば、賭博業界の誠実さに壊滅的な影響を与えるであろう。ギャラガーは、情報提供者の申し立てを確かめるために、オートトート社−場外馬券売場組合(OTB)から電子投票データを集め、配当を計算する会社−のエンジニアにコンタクトした。調査の結果、彼らは6レース単勝で12ドルを賭けて賞金を獲得した一人の人物を見つけ出した。その人物は、最初の4レースの優勝馬を正確に的中させ、それから最後の2レースで全ての馬に万遍無く賭けた。(投票馬券上は、これは「オール/オール」と呼ばれ、一般的には「回転」と呼ばれている。) この完全な賭けは、1馬券あたり12ドルで96通りあり、賭け金合計は1,152ドルになる。

 ギャラガーやNYRA上級副社長ビル・ネイダーのような経験豊富なレース管理者は、このような勝ち馬投票券を獲得する人が出る確率は極めて低いとみている。1番目から4番目のレースで一つ選択を間違えれば賭け金の全てを失っていたかもしれないのに、なぜ最後の2レースにそれほど多くの金をつぎ込むのだろうか。通常ならば、96通りをカバーするだけの多額のお金を使うぐらいならば、もっと早い賭けの選択肢を増やしていることだろう。

 NYRAは、直ちにブリーダーズ・カップとアーリントン公園の当局者に知らせ、調査が終わるまで配当金の電信送金を凍結した。

 それぞれの業界には独自の不正の兆候の項目があり、競走馬業界では、莫大な額の賭け金の分析で異常な賭けを発見することができる。最初の4つのレースの勝ち馬をそれぞれ当てて、最後の2レースで残りの馬を「回転」すれば、ザ・クラシックの勝者になれるだろう。ただし、最初の4つの選択が正しいという条件付ではあるが。

 調査官は、その馬券が、統合音声応答システム(IVR)経由キャッツキル(ニューヨーク州)の場外馬券売場のシステムを通じて購入されたことを決定づけた。IVRシステムにより、馬券購入者はプッシュホン式電話のキーパッドを通じて購入することができる。このシステムの使用にあたっては、事前にアクセス権を申し込んでおく必要がある。



不正実行者たちの予行演習 (Fraudsters’ dry runs)


 ニューヨーク州警察の調査官は、キャッツキル場外馬券売場の運営担当副社長アーサー・ワインフェルドにインタヴューを行った。ワインフェルドは、担当分野のうち、電話投票システムと大金の支払いを報告する内部の収益サービスの活動を監督する立場にある。

 2002年10月初め、最初の2レースの優勝馬をそれぞれ当てて、次に最後の2レースの優勝馬をそれぞれ当てる4レース単勝で、初めての客への1,757ドルの支払いに気付いた。数日後、その同じ客は6レース単勝で107,608ドルを当てた。1馬券16ドルで最初の4つのレースでそれぞれの優勝馬を正確に当てた後、最後の2レースで42通り賭け金672ドルで全ての馬に賭けた。

 ワインフェルドに拠れば、「賭けを細かく分析した結果では、著しく常軌を逸した選択の兆候は無く、顧客がラッキーなだけだったように思えた」と、同氏の署名がなされた2002年11月10日付報告書は述べている。彼は、馬券を当てたニューヨーク市のグレン・ダシルヴァに、同氏が勝ち馬馬券の払い戻しをファックスで請求してきた後、電話でインタヴューした。その時、ワインフェルドは何も疑わしいものは発見せず、小切手をダシルヴァに郵送した。

 (ワインフェルドはおそらく面談でのインタヴューを目論んだ筈だった。もし彼がそれをこれからやるならば、パメル・メイヤー CFE著、セイント・マーチン出版社から出された「嘘の見抜き方:不正を突きとめる立証された技術」www.ACFE.com/liespotting)を読むように薦めただろう。)おわかりのとおり、これら2つの賭けは、3週間後に行われる一大イヴェントで、より大きな賭けの機会であるブリーダーズ・カップ前の成功した予行演習に過ぎなかった。容疑者は、こうして、不正な賭けが可能なことを悟った。

 ワインフェルドが、6レース単勝の当たり馬券獲得者がキャッツキル場外馬券売場を通じて投票したと聞いた時、新しい客が、最初のレースの開始20分前に投票していたことを見つけた。最初の4レースの優勝馬を選び出し、最後の2レースの全ての馬に結合させた。これには、96通りあり、12ドルの賭け金がそれぞれの組み合わせに賭けられた。

 ワインフェルドは、直ぐに疑念を抱き、ダシルヴァの以前の賭けと結び付けた。メリーランドのデリック・デイヴィスが月曜日に電話してきて当選馬券を持っていると言った。火曜日のニューヨーク・デイリー・ニューズの見出しは、「よほど賭けがうまい人か、場外馬券のシステムへの不法侵入者か」(http://tinyurl.com/8fsoozk)という記事で、デイヴィスの勝ち馬の賭け方について競馬とギャンブルの常習者に対し危険に満ちた疑問を提議した。

 ニューヨーク州競馬馬券委員会は、起訴する権限がないので助けを求めてきた。こうして、10月29日、ジョージ・パタキ知事は、助けに応じるためにニューヨーク州警察に発動を命じた。州警察の特別調査部門の主任調査官のジョージ・プラタが、競馬馬券委員会とFBIからの調査官と共に調査に乗り出した。



当選馬券保持者に払うべきかそれとも泥棒を捕まえるべきか
(Pay the winner or arrest the crook?)



 州警察のコンピューター犯罪部門は、大量の電子証拠の確保と分析に携わった。米国弁護士事務所が調査に加わった。アーリントン公園の当選馬券保持者への払い戻し圧力という厳しい制限時間のもと、全員が一丸となってインタヴューに関わり、証拠を採取し、手がかりを追跡していった。

 表面上は、ダシルヴァとデイヴィスの間には何の関係も無いように思えた。レクシス・ネクシスが運営している有料公共データベース調査サイトであるAccurintのような公共データベース調査ツールは、この二人の29歳の人物が1990年代に共通の住所をシェアーしていたことを突き止めた。それは、フィラデルフィア ポーウェトン通り3421のカッパ・エプシロンという名のドレクセル大学のキャンパス寮である。偉大な陪審員団の寮への召喚状により、1992年から2002年にかけての寮生のリストが入手できた。それで、ダシルヴァとデイヴィスが同じ寮の同期生だったことがわかった。

 調査官は、疑わしい馬券の購入を受けたキャッツキル場外馬券売り場の従業員にインタヴューした。場外馬券売り場のニューヨーク本社のパモナには、管理部門とコールセンターとがある。ニューヨーク本社のプーキープジーが、場外馬券売場と馬券の全ての処理を行うコンピューター・サービスを提供している。調査団は、2002年の5月と6月に、オートトート社が電話での馬券購入を扱うIVRシステムを設置したことがわかった。プログラマーは、システムの稼働中、定期的にプーキープジーのサーバーのそばに待機していた。



魔法のモデム (Magic modem)


 プログラマーがデラウェアの自宅事務所からソフトウェア―の更新と突然の故障を直すことのできるシステム、つまり外部のシステムからのハッキング攻撃から守る制御システムのモデムは、通常は切られている。

 ブリーダーズ・カップレースの当日、見知らぬ人物がIVRシステム上の馬券購入に問題がある、とキャッツキルの顧客サービス窓口に電話をかけてきた。プーキープジー・コンピューター・センターのシステム責任者が問題を探し出そうとしたが、ログインするための彼のパスワードは機能しなかった。彼は、大いなる「偶然」により休暇中のシニアプログラマーの一人であるクリス・ハーンがいたオートトート社のコールセンターに電話した。プーキープジー・コンピューター・センターがモデムのスイッチを入れたので、ハーンはシステムにアクセスでき、午後2時頃疑わしい問題を修復した。

 5時直前に、ハーンはプーキープジー・センターに再び電話してきて、うっかりとバックアップ・テープを止めてしまったので手作業でテープを再開するために人手が必要だと言った。止められたテープは、自動的にシステムからはじき出され、録音を再開するためには手作業で再挿入されなければならない。

 それで、調査官は馬券購入のシステムをチェックし始めた。彼らは、場外馬券売場が最初のレースが始まる直前に全ての6レース単勝の馬券の販売をやめることを知った。賭け金は全て主催者のトラック、この場合、アーリントン公園に送られる。

 6レース単勝の5番目の優勝馬が発表された後で、主催者のトラックは全国の全ての馬券をスキャンし、依然としてチャンスのある馬券購入者を検索する。これにより、誰かがローカルシステムにアクセスし、5番目のレースが発表される前に馬券を変更する特別な技術を使う余地が残る。

 オートトートの職員が、当たり馬券が有効なことを確認し始めた時、彼らは、コンピューターシステムのバックアップ・テープが妨害を受けていることを知った。(紛失したテープの話は、1973年に発覚したリチャード・ニクソンの消えたホワイトハウスのテープの18分と30秒によくたとえられる。)

 オートトートのマネジャーは、主なプログラマーの一人であるハーンが、休暇の日に同社のデラウェアの事務所にいたことから、疑念を抱いた。彼は、小さな子供のストレスから逃れるために外出する必要があったと釈明した。しかし、全ての不正検査士が理解しているように、不規則に働く従業員は不正の兆候である。同様に、休暇や病気で休まない従業員もまた疑わしい。ほとんどの従業員は休暇を取りたがるもので、そうでない人々は、調査の対象となる。

 ハーンは、ブリーダーズ・カップの当日には、投票馬券に影響するIVRシステムの問題を解決した、と言った。しかし、彼の発言内容には一貫性が無かった。ハーンは、最初は、実況システムのところに居なかったが、後にそこに居たことを「思い出した」と主張した。

 デラウェア事務所は、従業員によるメンテナンスと顧客の更新が行われる際には、トラックへのログを記録している。ハーンは、ブリーダーズ・カップ当日の彼の業務を記録していなかったが、セキュリティ記録とは異なっている。彼は、間違ってテープを止め、キャッツキルの従業員に午後3時頃テープを再開するように頼んだと言った。プログラマーと後に調査官は、コンピューターのログを調査し、テープが実際に4時50分から5時までの間止められていたことを見つけた。これは、6レース単勝の4番目と5番目のレースの間の時間、勝ち馬馬券を偽造する理想的な時間、に一致する。(タイムライン解析は昔ながらのテクニックだが法律に忠実なため十分に役立つ。)上司がハーンとこの相違点について対決した後で、ハーンは弁護士を雇い入れ、彼を解雇したオートトート社とは以後一切の連絡を断った。法律の専門家なら誰でも「弁護士の雇い入れ」が不正の兆候であることを知っている。

 (今後こうしたケースを調査する際に面接技術に長けたCFEを雇うことを調査官にお薦めしたい。そうすれば、容疑者との対決を避けることができ、自白を引き出せるかもしれない。)

 明らかに、ハーンは、主犯格の容疑者になった。しかし、彼はどのように行ったのか。調査官は、ハーンをダシルヴァとデイヴィスに結び付けることができるだろうか。調査官は、ハーンの雇用申込書を引っ張り出した。大いに驚いたことに、彼が1990年代に同じドレクセルの寮に住んでいたことを発見した。調査官が、寮の記録を調べるために召喚状を受け取った後で、問題の3人全員が同時期に住んでいたことを突き止めた。2002年にお互いに知らないと主張していながら、1992年に同じ寮に住んでいた3人の奇妙な点は何か。ビールの消費量に関連する話ではない。

 調査官は、今やこの3人の間のごく最近のつながりを示さなければならなかった。IVRシステムの申込書には、デイヴィスとダシルヴァの電話番号が記載されていて、オートトートの記録からハーンの電話番号を知った。電話料金の分析は、3人に追い打ちをかけた。「通話記録の調査はグループが悪事で結束しているとなれば、鬼に金棒のようなものだった」とプラタが言った。

 調査官は、関連性を求めて3つの電話の通話記録を調べた。召喚状により入手した記録は、かかってきた電話か、それともかけた電話か、通話の開始と終了時刻、両者間の電話番号、といった情報を含んでいた。これらの記録により、ハーンとデイヴィスがブリーダーズ・カップの日に8回通話していたことがわかった。最初は、6レース単勝の最初のレースの約1時間半前にデイヴィスからハーンにかけられた。それから彼らは、最初のレースと3番目のレースの約10分後に再び話した。最後の通話は、6番目のレースの約45分後だった。それから、ハーンはデイヴィスに確実になされるだろう尋問への対応を用意した。

 通話記録は、ハーンがキャッツキルの電話による馬券購入のシステムで、デイヴィスの口座を使って購入していたことも明らかにした。その後の分析でハーンは彼の以前の2つの勝ち馬馬券の間にもダシルヴァと話していたことも判明した。



眠れない夜がたくらみを産む (Sleepless night spawns scheme)


 それでは、ハーンはどうやってシステムを操作したのか。彼が後にプラタと他の人に語ったことには、彼のたくらみはキャッツキルの場外馬券売り場でIVRシステムを設置して間もなくの眠れない夜に思いついた。6レース単勝の最初のレースが始まる20分前に、通話記録は、ハーンがデイヴィスの口座を使ってIVRシステムを通じて賭けたことを明らかにした。彼は、最初の4つのレースの優勝馬を賭け、最後の2つのレースで全ての馬に賭けた。彼は、また、最初の2レースで全ての馬に賭け、5番目と6番目のレースで優勝馬を賭けた。それでもし誰かが見ても似たような特徴の他のはずれ馬券だと思うだろう。これは簡単なことだった。彼の最初のハードルは、地方のシステムにアクセスすることだった。これは彼に、地方の職員に疑われることなくモデムのスイッチを入れるための理由が無ければならなかった。もし問題が地方の事務所に報告されると、通常は地方で処理されてしまっただろう。しかし、パスワードが変えられたので、地方の係官がシステムにアクセスできなければ、彼らはデラウェアに電話して助けを求めるであろう。なぜならば、賭けを確定するにあたり時間はごくわずかしかなかったため、ハーンは、休みの日に働かなければならなかった。

 通話記録は、キャッツキルのIVRシステムの問題に関するクレームの電話が、午後1時ちょっと前にかかってきたことを示した。ハーンは、プーキープジーのマネジャーのアカウントのパスワードを変えることもできたので、マネジャーは問題をチェックすることができなかった。それでマネジャーはまさしく、ハーンが望んでいた通り、デラウェアに助けを求めた。こうしてハーンには、キャッツキルのシステムへのアクセス権を彼に付与するモデムのスイッチを入れるよう、プーキープジーに頼んだ口実ができた。

 (ハーンにとって)少し幸運にも、そして外部の要請をコントロールする厳格なルールが無いために、モデムは問題が解決した後も直ぐに切られなかった。これで、ハーンは、「勝ち馬」馬券を編集する4番目と5番目のレースの間の4時45分にキャッツキルのシステムに入ることができた。

 入ること自体は、問題の半分に過ぎない。彼は今や、数千の投票馬券を抱えるシステムで彼が作った投票をしなければならなかった。その頭上で、システムは、マスター、その補助、そしてコピーの3つの独立した磁気テープ上に投票馬券を記録する。ごくわずかな時間で投票馬券を見つけて変更するのは手動では決してできなかっただろう。それでハーンは、投票馬券を見つけるために「詮索好き(nosey)」と彼が呼ぶ特別なコンピューター・プログラムを作った。

 彼のソフトの特別な機能をもってしても、ハーンは、わずかな時間で仕事を成し遂げるのは難しいと判断した。彼は、最初の4レースを優勝馬に変更し、残りのレースは全ての馬に賭けた。彼の最後の問題は、はじき出されたバックアップ・テープのことで、ハーンはサーバーセンターに電話して彼がうっかりと「指が操作を間違えて」テープを排出させてしまったので再挿入しなければならないと話した。再挿入は、調査官が過去にさかのぼって調査を始めるまで報告されなかったし気付かれもしなかった。このこと自体は、社会工学上のもうひとつの統制違反の問題である。

 犯罪科学のコンピューターの調査官は、やっきになって改造馬券の決定的な証拠を探した。州警察コンピューター犯罪部門の調査官であるトーマス・ハーバネックは、従属テープを見つけた。それで彼は、全ての材料が出揃ったと思った。しかし、彼は、従業員が不注意にそのテープを再利用したため、全ての貴重な情報が破壊されていることを知った。

 調査官は、ハーンがこの馬券のたくらみを目論む以前にシステムを操作していたことがわかった。彼は、配当を受け取っていない勝利馬券を探すシステムのプログラムを設計した。ハーンは、勝利馬券が配当請求されなかった資金としてニューヨーク州の事務所に戻される前に、馬券を再印刷しダシルヴァとデイヴィスに地方の場外馬券売り場で現金化させた。



動機、動機 (Motive, motive)


 クリス・ハーンはなぜ馬券の不正を働いたのか。おそらく一つの答えがハーンの同僚の一人の証言にある。「我々の妻は共にペルー人で頻繁に話していた。私は、彼が夫婦間の問題を抱えていることを知っています。彼は新しい家を買った。そう、約2ヵ月前に18万ドルぐらいだったか。突然、外壁が塗られ、新しいオーク材の床が敷かれ、地階は完全に出来上がっていた。彼の妻は働いていないし彼は副業をしている様子もなければ残業もしないので、これは私にとっては、奇妙に思えました。」

 それでは、なぜダシルヴァとデイヴィスは、現代の有線不正という昔の寮の友達のたくらみに乗ったのだろうか。愚かさにこれといった理由などないという人もいるかもしれないが、ハーンは2001年以来再印刷した馬券で金を得ていたし、キャッツキルの予行演習は完璧に成功した。成功は、より一層の大胆なたくらみを産み、内部統制はかなり穴だらけで効果が無かった。そこでスリーアミーゴス(3人友達)は、作戦は上手くいく、とおそらくは思ったのだろう。



6レース単勝のセキュリティ増加 (Pick Six security enhancements)


 2003年8月、国立サラブレッド競走馬協会の賭け技術グループは、ジゥリアニ・パートナーズ社と共同で「合衆国のパリミューチュエル方式の賭けシステムのセキュリティを改善 現状報告と改善提案」という報告書を提出した。(http://tinyurl.com/9vj9nc2)

 この報告書は、6レース単勝のセキュリティが増加したことを強調した。良い知らせとしては、合衆国中の多くの場外馬券売場の運営者が、この報告書以前に、ソフトウェアシステムとセキュリティ手続きに多くの変更を施していたことであった。もっとも著しいのは、場外馬券売場は最初のレースの投票を凍結次第トラックに送信する、つまり、現在は、5番目のレースが終わるまでは、地方に保管されないということである。

 オートトート社がクリス・ハーンを解雇した時、彼らは彼を「ごろつきのソフトウェア・エンジニア」と分類した。あらゆる組織のバックオフィスの知識に長けた人には注意すべきである。ごく最近の元バックオフィスの従業員の二人を思い出してください。一人は、2008年のフランスのソシエテ・ジェネラルのジェローム・カーヴィル、もう一人は、2011年の英国のUBSのクェック・アドボリである。彼らは、ごろつきのトレーダーになり、それぞれの組織に49億ユーロと13億ユーロの損害をもたらした。3人が3人共にコンピューターのアプリケーションの弱点を如何に見つけるか知っていたし、機会を上手く利用するだけの理由があった。



サラブレッドのスピードでの正義の回転 (Wheels of justice at thoroughbred speed)


 ブリーダーズ・カップの不正の余波は、すぐに及んだ。3人の寮仲間は、国家有線及びコンピューター不正、更に、マネーロンダリングの罪で起訴された。(3人のうちの)最初の一人は、犯罪に手を染めた経緯を話した。さて、黒幕のハーンは、ほとんど自白をした結果、罪の軽減嘆願と捜査への協力により1年と1日刑務所に服役をした。最初の2つの疑わしい賭けをしたダシルヴァは、2年の刑、そして、「勝ち馬馬券」のデイヴィスは不正で37カ月の刑となった。

 3人は、10月末に不正を認めた。連邦政府は11月初めに告訴した。彼らは11月末に罪を認め、2003年3月に判決を受けた。不正から判決まで5カ月。サラブレッドのスピードでの正義の回転だった。

 レースは1日だったので、勝ち馬馬券の翌日への繰り越しは無かった。したがって、300万ドルは、6レース単勝の6レースのうち、5レースの勝ち馬馬券保持者に分配された。ほとんどの6レース単勝の懸賞金は、いつも通りに6頭のうち5頭を当てた個人に懸賞金総額の25パーセントが配当された。彼らの当初の払戻金は1馬券およそ4,600ドルだったが39,000ドルが追加された。

 ヘンリー・ゴンドロフは、「有線」不正の行為により1914年にシングシング刑務所に行った。「ザ・スティング」では、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが彼らのフィルムを死んだように見せかけて、より多くの映画を作り続けた。我々の3人の寮の兄弟たちは、刑務所の青いシャツを着ながらペンを握るよりは、大学の青い本にペンで書いている方がましだとわかった。

 ヴォルポニが韓国の種馬牧場で生きているのを知って嬉しく思うでしょう。もしこの馬の歴史的レースに興味があるならば、次のURLを参照されたい。http://tinyurl.com/8el7mls.

 ニューヨーク州警察には、本稿の掲載を許可してくれたことに対し謝意を申し上げたい。また、本事件の調査主任で26年のヴェテラン刑事のジョージ・プラタに対し、彼のノートと詳細にわたる記憶を積極的に提供してくれたことに御礼申し上げる。



Richard Hurley, Ph.D.,J.D.,CFE,CPA
コネチカット ビジネススクール大学教授
William Monsher
ACFE準会員。26年間ニューヨーク州警察に勤務しており、経済犯罪部門を監督する上級調査官である。


1 グラクソンはリチャード・ハーリーへのe-mailに次のことを書いている。
「ブリーダーズ・カップは、毎年、世界の最高の競走馬、調教師、騎手を、サラブレッド・レースのあらゆる部門で事実上チャンピオンを決めるというただ一つの魅力に引き込む。イギリス、アイルランド、フランス、ドイツ、イタリア、アラブ首長国連邦、サウディアラビア、日本、香港、ブラジル、アルゼンチン、カナダからの競走馬が合衆国の競走馬と一緒になって競争する。500万ドルのブリーダース・カップ・クラシックがブリーダーズ・カップのクライマックス・レースである。ザ・クラシックの勝者には、その年の競走馬、11倍という誰もが熱望するタイトルが与えられる。」
2 2012年のブリーダーズ・カップは、カリフォルニア州ロス・アンゼルスのサンタ・アニタ競馬場で11月2日から3日の2日間にわたり行われる予定。懸賞金は、50万ドルからザ・クラシックの500万ドルまである。
3 2002年10月26日のブリーダーズ・カップの全てのレースの配当金と優勝馬の写真は次のURLを参照のこと。
http://tinyurl.com/9d7vjrv
5レースから10レースまでが6レース単勝だった。
2002年のブリーダーズ・カップのプログラム全体と結果は次のURLを参照のこと。
http://tinyurl.com/8rp5mrn
4 リチャード・ハーリーは、ブリーダーズ・カップの超6レース単勝の賭けの6頭全ての優勝馬を選ぶ実際の確率は、5レースから10レースに出走した馬が、14頭、13頭、12頭、13頭、8頭、そして12頭だったので3.6688e-7と計算された、と推定する。


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