FRAUD MAGAZINE

3つの顔をもつ女
〜会計責任者、馬のブリーダー、横領犯〜(後編)
THE HORSES TAKE A NASTY FALL
Equestrian comptroller’s alledged $53 million fraud exposed




 1983年以来、リタ・クランドウェルはイリノイ州の小さな町ディクソンの会計責任者として、送金、小切手の発行、支払いの承認を含む市の財政の財務関連業務を全て取り仕切っていた。彼女の年俸は8万ドルだったが、その暮らしぶりは豪勢であり、全国で名を知られた馬主であった。市の事務職員が市の口座に問題を発見し、市長がFBIに捜査を要請した。6ヵ月後、当局はクランドウェルを逮捕した。彼女は、5,300万ドルに上る市の資金横領に関し、無罪を申し立てた。

Henry C.Smith, III, Ph.D., CFE, CMA, CCS, and Vincent Alger, Kevin Genter,
Nichole Lawhorn, Melissa Lee, Heidi Mitchell, Kevin Murphy and Jared White




 2012年4月23日、イリノイ州ディクソン市の市議会は全会一致により、市の会計責任者リタ・クランドウェル(59歳)の解雇を決定した。クランドウェルは週末中に辞職を試みたが、市長がそれを拒絶した。これにより、市長と市議会は、彼女が勤続年数にかかる公的年金を受け取ることのないようにした。

 FBIは4月17日にクランドウェルを175,000ドルの有線通信を使った不正の疑いにより逮捕したが、捜査が進むにつれてさらに多くの罪状が明らかになると予測していた。彼女は4,500ドルの誓約保証金を支払い保釈された。有線通信を使った不正は、最高20年の懲役および25万ドルの罰金刑が課される。

 1983年から会計責任者を務め、市の財政の全てを取り仕切っていた59歳のクランドウェルは、4月18日、自己誓約により保釈された。5月7日、彼女はイリノイ州ロックフォード地方裁判所に召喚され、有線通信を使った不正の容疑に対し無罪を主張した。

 最初の召喚以降、捜査の範囲は2006年から2012年に拡大された。クランドウェルには、その期間中に約3,400万ドルを横領した容疑がかけられた。

 その後、クランドウェルが1990年にオハイオ州のフィフス・サード銀行に市の名義ではない口座を開設した日付が判明し、捜査範囲は更に1990年から2012年へと拡大した。推定横領額は5,300万ドルを超えた。20年以上の期間にわたり不正が行われていた。

 司法省によれば、リタは不正の手口の一環として、イリノイ州発行とされる偽造伝票を作成して市の監査人に提示し、彼女が不正にRSCDA口座に入金していた資金が正規の目的であるかのように見せかけていた。

 起訴状では、ディクソンにある2つの家屋と馬牧場、フロリダ州イングルウッドの家屋、2100万ドルの豪華なトレーラーハウス、1ダース以上のトラック、トレーラーその他の農耕作業車、2007年型ハマーH2、2005年型のコンバーチブル型フォード・サンダーバード、1967年型シボレー・コルベットのロードスター、平底船、2つの銀行口座に入っていた現金約224,898ドル、そして不正に得た資金で購入したと疑われるその他資産の刑事法に基づく没収が要請された。これら資産の多くはリタの逮捕時に押収され、政府は5月2日、刑事法による没収の対象とされる不動産につき保全処分を出した。

 更に政府は、リタが所有していたクォーター馬は不正に得た資金により購入・飼育していたものであることを理由に、民事上の没収の対象となることを主張し民事裁判を起こした。6月15日、ロックフォードV地裁の連邦判事は、米国連邦保安局に対し、400頭にのぼるクランドウェルのクォーター馬の売却を許可する判決を出した。

 イリノイ州北区の弁護士であるパトリック・J・フィッツジェラルドは、「政府はディクソン市とその住民や納税者に少しでも多くのお金を取り返すために、不正によって得られた資金を取り戻すためのあらゆる手段を取る。そのため、刑事・民事の両方に基づく没収手続きを進めている。」と述べた。

 逮捕当日、FBIはリタの自宅財産、リタ牧場、メリ・ジェイ牧場および市役所のオフィスの捜索状を取った。彼らは個人的な財務書類、コンピュータのハードドライブ、彼女の仕事と牧場に関わる元帳と伝票、馬主業および会計責任者としての職務に係る請求書および領収書、トロフィーやバックル、米国クォーターホース協会の認定バッジ、馬に係る書類(登録証、獣医関連書類、売買記録、移送書類、種付け記録)、および保険証書を押収した。更に、FBIは、彼女が管理していた2つの銀行口座を凍結した。

 押収された証拠によれば、クランドウェルは少なくとも2人の市職員および1人の人物にお金を貸し付けていた。記録によれば、彼女はドナルド・ウォルバーに2,000ドルを貸し付けていた。彼とクランドウェルの間の関係は明らかになっていない。また、彼女は、ディクソン市の消防隊長ティム・シップマンおよびショーン・オルトジーセンにもお金を貸していた。貸付金額や期間は記録に残っていないが、シップマンによれば、金利1%の短期貸付であった。オルトジーセンは、金利4%の10年ローンで返済を行っていたと供述した。

 クランドウェルは困った人を助けることで知られていたため、シップマンとオルトジーセンは、困ったときに彼女を頼ることにためらいはなかった、また、彼女を友人と思っていたと述べた。市役所での会議の後、彼らは一緒に出かけたり、クランドウェルの家にいったりすることも多かった。

 シップマンは、6−8年前に彼女の家の修理を手伝ったことがあり、家族とも昔からの知己であった。実際、彼は彼女のトレーラーをホースショーから家まで運転することもあった。シップマンとオルトジーセンは、クランドウェルが彼らに貸してくれたお金が、横領した市の資金の一部だとは気づかなかった、資金は馬主業で稼いだものだと思っていたと述べた。シップマンもオルトジーセンも、横領の共犯者とは見なされず、市長は、この2人が借金をしたことは市の規則に違反していないと述べた。

 このスキャンダルは、約16,000の人口を有し、ロナルド・レーガン元大統領の出身地であるディクソン市に衝撃を与えた。市長は、自らが市の財務情報を毎年監査していたが、異常なものは一度も見つからなかったと述べ、市の財務上の不備を不況と州政府の支払い遅延のせいにした。一部の人々は、市長の辞任を要求した。

 当然ながら、多くの市民は、年間約2,000万ドル規模の予算しかない市で、どうやってこれほど長期間の不正が行えたのかを疑問視した。市は内部統制改善のため、会計事務所を雇い、市職員で構成されるチームを組成した。

 本稿の出稿時点では、クランドウェルは裁判を待っている状況である。9月11日および12日、連邦保安局は全国にあった牧場のうち18ヶ所に飼育されていた80頭の馬を1,641,200ドルで売却した。これは、保安局資産没収課のジェイソン・ウォズディロ主任捜査官によれば、これまでで最も上手くいったオンライン上の馬オークションだった。

 シカゴ・トリビュートのメリッサ・ジェンコの記事「州は、消えた数百万ドルに関し、ディクソン市の元会計責任者を告発」によれば、9月20日、リー郡の弁護士であるヘンリー・ディクソンは、クランドウェルが60件の重大な窃盗容疑で起訴されたと発表した。(http://tinyurl.com/d46xkec)

 政府関係者によれば、彼女が有罪判決を受ければ、横領された資金の多くはディクソン市の下へ戻される。一方で、市はクランドウェルのポジションに新たな職員を雇った。(http://tinyurl.com/8sgaxgb, http://tinyurl.com/8k2b466, http://tinyurl.com/8hv8owy)



本件によって得られた教訓 (LESSONS LEARNED)


 市長、市議会およびディクソン市職員達は、この非常識な不正から多くのことを学んだ。無論、最大の危険信号はリタの生活レベルと収入の不一致だった。年8万ドルの収入を得ていた中、堅実だった彼女の暮らしぶりは贅沢なものへと変わった。多くの人々が、彼女は馬主事業が成功し、収入が増えたのだろうと思っていた。しかし、もし注意深く目を向けていたら、馬のショーや繁殖ではその出費は補えないことに気づいたであろう。

 一人の人物が財務のあらゆる局面で重要な権限を持つことを防ぐためには、職務分掌の原則と内部統制(しばしば喧伝されるが滅多に遵守されないものだが)が不可欠となる。このケースでは、職務分掌は全く、またはほとんどないことが明らかであった。クランドウェルは口座を承認・開設し、支払いを行い、小切手を発行し、口座間で資金を移動し、市長や市議会議員に対し、口座残高がなぜマイナスになるか、または貸借が合わないかについて説明することができた。

 クランドウェルが会計責任者を務めた20年の間に、ディクソン市の予算は900万ドルから2,000万ドルへと拡大した。この予算規模の小ささを考えれば、市は彼女の使途不明金に関する説明が不十分なことに気づくべきであった。市議会は、市のイリノイ州政府に対する債権が継続的に発生しているという彼女の説明に納得していた。クランドウェルの主張を検証するために州会計検査院長官に一報した者はいなかった。

 奇妙なことに、クランドウェルはある時期から市庁舎の郵便物の集配も担当しており、これによって、オハイオ州フィフス・サード銀行に開設した秘密口座から届く銀行取引明細書を抜き取ることが可能となった。この単純ではあるがセンシティブな業務の担当者を指名していなかったことは、市の大きな過ちである。

 市長および市議会メンバーは、人を信用し過ぎることは、その者の行為や実務能力を評価する目を曇らせる危険があることを、身を持って学んだ。業績評価は友情ではなく実務能力に基づき行われねばならない。クランドウェルは皆の友人であり、皆が彼女と交友関係を持ち彼女を信用していたため、彼らは取引明細書の不整合に関する彼女の説明を受け入れ、彼女の仕事や手続きを検証することを怠った。その結果、クランドウェルは20年近くに亘り、この大規模な不正をやりおおせたのである。当たり前のように聞こえるが、ある人が信用のおける人物だという理由で内部統制を無視することは、絶対にあってはならない。極めて多くの組織がこの基本的なミスを犯し、将来その高い代償を払うことになる。

 イリノイ州スターリングの会計事務所であるジャニス・カード・アソシエイツは、毎年ディクソン市の財務諸表の法定監査を行っていた。(6月11日、市は同会計事務所に対し、専門家としての注意義務違反と、大規模な窃盗を見逃した過失による不実記載を理由として民事訴訟を起こした。)

 2011年9月21日付のディクソン市長および市議会に対する独立監査人の監査報告書では、外部監査人は「ディクソン市は・・・米国会計基準により要求される経営者による説明と分析の書類を提示していない」と述べている。本稿の最初のパートにて述べたとおり、政府会計基準審議会(GASB)は、経営者による説明と分析を監査報告書に含めるよう要求している。この基準は、不正が発覚する6年前に試行されていたが、ディクソン市は毎年これを省略していた。役人達は、何故このセクションが常に省略されているのかをクランドウェルに問い質すべきであった。

 市は、職務分掌を徹底しなければならないことを学んだ。クランドウェルは9530銀行口座を市と彼女自身の共同名義で開設し、全ての口座取引を単独で承認することができた。もし、他の従業員がディクソン市の銀行口座の残高を調整し、クランドウェル以外の誰かが郵便物の集配を行っていれば(ディクソンは小さな市ではあるが、何故会計責任者が郵便物の集配をしていたのか?)、彼女のフィフス・サード銀行口座はもっと早い時期に発見されたであろう。


将来における不正を防止するための提言

ディクソン市の組織全てにおいて職務分掌を徹底させる。現在、市はどのような施策を取りうるか検討している。クランドウェルは多数の機能において完全な権限を持っていたことを利用して不正を行い、彼女からその機会を奪うようなチェック機能は存在しなかった。以下は、取りうる措置の一例である。
・公認不正検査士(CFE)を市職員として雇用する。
・外部監査人はCPAとCFE両方の資格保有者とする。
・新規銀行口座開設は全て市長と市議会の承認が必要とする。
・経営陣2名(市長と市議会議員1名等)が全ての伝票を審査し承認する。
・事業予算で定められた一定金額を超える支払いは、2人の承認が必要とする。
・市議会が、電子送金を含む全ての銀行口座間の送金を審査し承認する。

市長および市議会議員が定期財務報告および年次監査をレビューし、詳細な議論に参加する。

市長および(または)市議会は、新しい職員に対する不正防止に関する基礎的オリエンテーション、および年次ベースの参加が義務付けられる不正防止オリエンテーションを実施しなければならない。これには、以下の要素が含まれる。
・市の不正予防に関するポリシー
・不正行為に対するゼロ・トレランス宣言
・職員が報告しなければならない危険信号および報告方法についての考察
・上記の3項目は毎年更新される従業員ハンドブックに掲載されなければならない。

匿名通報が可能な不正ホットラインの設置

強制ジョブ・ローテーション制の導入により、ある者が担当した仕事を他の者が引き継ぎ不正を発見することを可能にする。

強制的休暇取得を含む休暇に関するポリシーを詳しく説明する。強制的休暇取得は、ジョブ・ローテーションと同じ効果を持つ。即ち、ある者の担当職務を他の者にやらせる事により、不正があった場合の発見を可能にする。

クランドウェルの不正はこの方法により発覚した。また、従業員に対し、無給休暇は上長の許可を得なければ取得できないことを説明する。

任命された公職(市長または市議会議員)が、内部監査人(または監査チーム)による抜き打ち監査を指示し、全てまたは選び出された一部の取引、口座および財務諸表をレビューする。



明白になった不正のトライアングル (FRAUD TRIANGLE NOW OBVIOUS)


 後になって見れば、不正のトライアングルの3要素は常にそこにあった。クランドウェルには、学生アルバイトとして市役所に雇われたその時から、十分な「機会」が与えられていた。彼女は非常に優秀な働き者として、上司や市議会メンバーの尊敬と信頼を勝ち取った。その信頼は深まり、彼女は市の財務業務について知ることとなった。経理管理官として数年働いた後、彼女はシステムの脆弱性、そして自分の利益のためにそれを利用する方法を理解した。

 彼女は大学に進学しなかったが、人生において成功し家族を喜ばせたいと思っていたため、馬の飼育事業を始めた。3つの地方大会で優勝すると、彼女は全国レベルの大会に出たいという願望に駆られた。彼女は、馬を買いそれらを飼育するための立派な施設を持たなければという「動機」を感じるようになった。

 その結果、彼女は与えられた豊富な機会を利用し、市の資金から、何年にも亘りとてつもない金額を横領した。彼女の「正当化」の大部分は、昔馬を飼育しショーに出していた彼女の家族に名声をもたらしたいという要求から来ていた。

 他の多くの不正スキームと同様、危険信号は点滅していたが、彼女を信頼する人々はそれを無視し、鋭い質問を投げかけるようなことはしなかった。彼らは、彼女が分不相応な暮らしをしているとは夢にも思わなかった。彼女はホースショーの賞金によって事業資金を賄っているのだろうと考えただけであった。市の財務数値は常に整合しなかったが、市は彼女の報告書を受け入れ続けた。

 金銭的損害は天文学的な額にのぼったが、本件は古典的な不正のケースであった。面目を潰され傷を癒している市の公職の人々が、本件から何かを学んだことを祈る。より重要なのは、この一連の騒ぎが他の地方政府に衝撃を与え、何らかの措置を取るきっかけになったかも知れない。それが不正発覚の唯一の望ましい側面である。


著者紹介
ヘンリー・C・スミス3世(Ph.D., CFE, CMA, CCS)はオハイオ州ウェスタービルにあるオッターバイン大学准教授として、学部生および院生に対し管理会計、上級管理会計、および4つの不正集中口座を教えている。スミスは16年以上に亘り不正関連の授業で教鞭をとっており、不正防止教育パートナーシップのメンバーである。また、ACFEオハイオ中部支部の元メンバーであり、現在は支部のトレーニング・ディレクターを務める。

オッターバイン大学2012年春期不正会計クラスのメンバー達

ヴィンセント・アルジャーは会計学士取得に向け学んでいる下級生である。

ケビン・ジェンターは会計学士の学位を取得し、5月に卒業した。

ニコル・ローホーンは経営学修士(ビジネス専攻)コースの学生であり、不正対策集中講座に参加した。彼女はACFEの準会員であり、公認会計官(Certified Public Finance Officer)である。

ハイジ・ミシェルは会計学士の学位を取得し、5月に卒業した。彼女はACFEの準会員であり、CFE試験対策コースを修了し、卒業後CFE試験を受験予定である。

ケビン・マーフィーは会計学士の学位を取得し、5月に卒業した。彼はCFE試験対策コースを受講予定であり、ACFE準会員である。

ジャレド・ホワイトは会計学士の学位を取得し、5月に卒業した。彼はACFE準会員であり、CFE試験対策コースを修了し、卒業後CFE試験を受験予定である。



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