【事例から学ぶ「有効な不正対策」】　３つの顔をもつ女（前編）

３つの顔をもつ女
～会計責任者、馬のブリーダー、横領犯～（前編）
Comptroller, horse lady and crook, Part 1 of 2
How one woman (allegedly) embezzled $53 million

　１９８３年以来、イリノイ州の小都市ディクソンの会計責任者を務めるリタ・クランドウェルは、銀行口座間の資金移動や小切手の発行、支払の承認など、町の財務に関する全てを取り仕切っていた。彼女の年棒は８万ドルであったが、豪華な暮らしを楽しみ、全米でも有名な馬のブリーダーであった。ある時、町の職員が銀行口座の異常に気づき、町長はFBIに通報した。半年後、捜査官はクランドウェルを逮捕した。５３００万ドル以上の公金横領の罪に問われた彼女は無罪を主張した。

　１９７０年、当時１７歳のリタ・ハンフリーは、高校の就業プログラムの一環で、イリノイ州ディクソンの市庁舎で働き始めた。彼女は優等生で、ホームカミングや４－Ｈクラブの活動にも参加していた。卒業後はコミュニティカレッジに進学予定であったが、そのままディクソン市の職員となった。１９７１年、リタは、地元で開かれた馬の品評会で２位を獲得し、馬に熱中するようになった。彼女の家族はかつて馬のブリーダーをしており、ハンフリーの家名を復活させたいと思った。

　１９７４年１０月１２日、リタはジェリー・クランドウェルと結婚。結婚生活は１２年近く続いたが、１９８６年４月、精神的虐待や度重なる口論を理由に彼女は離婚を申し立てた。離婚は２カ月後に認められた。

会計責任者のリタ　（Rita the comptroller）

　１９８３年、ディクソン市の会計責任者が退職し、リタはその後任となった。市の財政局長（finance commissioner）であり、市議会議員でもあるウォルター・ローゼが彼女を推薦した。リタは、ローゼに対して、自分は市庁舎で長年働いているため後任に適していると思うとアピールしていた。

　ディクソンは、シカゴの南西１００マイルに位置する人口１万５０００人の都市で、１９８３年の年間予算は９百万ドルに満たなかった。リタは、財務・会計部門の責任者として二人の事務員を監督する立場になった。その後の数年間に市は何度か財源不足を切り抜けたが、リタは不足が生じるたびに、その理由をイリノイ州が市に借金をしているためと説明した。市の幹部は毎年財務監査を行ったが、彼女の説明を信用した。経験を積むにつれて、リタは市の会計や勘定処理に関する知識を高め、市議会議員の誰よりも市の財政に詳しくなった。彼らはリタを信頼し、彼女の説明を信じた。

　１９９０年１２月、リタはオハイオ・フィフス・サード銀行（the Fifth Third Bank of Ohio）に口座を開設した。口座名義は「ディクソン市および、リタ・クランドウェル方RSCDA」とされ、通称RSCDA口座と呼ばれた。市は通常、法人会計、消費税会計、資本プロジェクト会計、自動車燃料会計、マネーマーケットおよび資本開発会計などの口座を維持していた。

　捜査担当者によると、リタは会計責任者の立場を利用して、１９９０年１２月から２０１２年４月の間に、市のマネーマーケット口座から他の様々な銀行口座に資金を移動させた。彼女は、市の資金をRSCDAに繰り返し送金し、馬牧場の運営、私的なクレジットカード払い、不動産、自動車などの個人的な出費に不正流用したとされている。

「リタ帝国」の形成　（The creation of an empire）

　１９８０年代から９０年代はじめにかけて、リタは自分の給料に見合った生活を送っていたようだ。自分の小さな牧場で作業をするため、日中、勤務先と牧場とを行き来することも多かった。彼女は、１９７８年に地方レベルでクォーター馬（注）のレースに自分が育てた馬を出場させ始め、１９８５年には、Indiana State Quarter Horse ChampionshipとNational Texas Classic State Hunter Under Saddle Championshipを制した。１９８９年、リタは三頭の馬を購入した。

（注）	１／４マイルの直線コースを高速で走れる競走馬であることからそう名づけられた。最速の馬は２１秒以内で走る。

　１９９０年代の終わりごろからは全米レベルのレースに出場するようになり、同時に、トップクラスの馬牧場ビジネスという夢を実現するために、所有地内の設備建設に着工した。

　リタは、母親から相続した６．９エーカーの一戸建て不動産の大改造に取り掛かり、１９９７年には敷地内に厩舎を建設。２０００年には自宅を全面改装し、居住スペースを２倍の３，４８４平方フィートに拡張して、プールも作った。

　その後リタは、ディクソンにある８７．８エーカーのRC Quarter Horses（後に「リタの牧場」として知られるようになる）を、家族の１人リチャード・Ａ・ハンフリーから５４万ドルで購入した。代金は、２００２年と２０１１年の２回に分けて支払われた。

　２００６年、リタは購入した牧場内に１９，５８４平方フィートに及ぶ厩舎を建設した。建物内には、競技場、事務所、倉庫なども併設された。

　さらに２００７年には、彼女は４３エーカーの土地を買い増し、敷地内の自宅を取り壊して、２階建ての新居を建てた。また、ウィスコンシン州ベロイトにも８１エーカーの農地と７．５エーカーの牧場を購入した。

　リタは競走馬のブリーダーとしての帝国を築き上げ、自分の会社であるRC Quarter Horses LLCを通じてビジネスを展開した。

クォーター・ホース界のチャンピオン誕生
（A champion develops in the quarter-horse world）

　リタは今や、全米でも有名なクォーター馬のトップブリーダーとなった。彼女の育成事業からは、全米クォーター馬協会（AQHA）主催の大会で５２頭のチャンピオンが誕生した。

　AQHAは馬のブリーダーの登録団体としては世界最大で、リタは、テキサス州アマリロで開かれる大会、AQHAワールド・ショーで過去８年間チャンピオン馬を輩出し続けている。

　リタは、通常ホルタークラス（出場者が馬を手で引きながら競技場内を回り、馬体と歩き方の美しさを競う競技）に出場した。優勝賞金は２，５００ドルから５，０００ドル程度であるが、牧場ビジネスの宣伝効果は絶大であった。そうして彼女は全米一のブリーダーとなったのである。

不正の発覚　（A fraud detected）

　リタは、年に４週間の有給休暇を取得していた。しかし、２０１１年の秋には、市の承認を得て、有給に加えて１２週間の無給休暇も取得した。そのため、彼女が不在の間、別の職員が経理の仕事を引き継いだ。その間に、フィフス・サード銀行から番号の下４ケタが９５３０の口座（以下「９５３０口座」）の明細書が郵送されてきた。

　業務を引き継いでいた職員は、９５３０口座の取引はディクソン市の事業とは全く関連がないと判断して、ジェイムズ・Ｇ・バーク市長に報告した。市長はそんな口座があることすら知らなかった。

　バーク市長はFBIに通報した。９５３０口座はオハイオ州で開設され、他の州に送金されていたため、（州警察ではなく）ＦＢＩが捜査を担当することになった。２０１１年９月分の口座の取引明細には、６日に２２万５０００ドル、１３日に２１万ドル、２７日に３５万ドルの入金が記録されていた。

　口座明細にはさらに、４０回、合計２６万６６０５ドル７０セントの出金、８４件、合計３６万４９３ドル１３セントの小切手振出しも記録されていた。口座の主名義はディクソン市だが、共同名義人がRSCDAとなっていた。捜査官は９５３０口座から振り出された小切手を精査し、共同名義人として「リタ・クランドウェル方RSCDA」と記載されていることを突き止めた。

　捜査官は、２０１１年９月から２０１２年３月までの間に市が保有していた口座すべてを調べた上で、リタの不正の手口を解明した。市は、ＵＳバンク（US Bank）にマネーマーケット口座（番号の下４ケタ１１２８）を保有しており、そこには２０１１年９月から２０１２年３月にかけて２７８万３９１２ドルが電信入金されていた。送金元はイリノイ・ファンド（訳注：イリノイ州内の各市による投資ファンドで、イリノイ州が運用し各市に配当される。）であった。

　その２７８万３９１２ドルは、消費税、地方所得税、動産税、自動車燃料税、簡易テレコミュニケーション税などの分配金であった。

　リタは市が保有する９５３０口座への不正入金のために４つの口座を利用したとされている。４口座とは、法人会計（番号の下４ケタ２５６３）、消費税会計（同８３７３）、自動車燃料会計（同３６７５）、資本開発会計（同７５０３）である。自動車燃料会計の口座はミッドランド・ステート銀行にあり、他の３口座はフィフス・サード銀行に開設されていた。リタは、前述のマネーマーケット口座から３０３万９０００ドルを不正に引出し、これら４口座に分散して入金した。

　２０１１年９月から２０１２年１月にかけて、リタは小切手を振り出して資本開発会計（７５０３口座）に入金した。小切手は法人会計（２５６３口座）、消費税会計（８３７３口座）、資本プロジェクト会計（００６６口座）から振り出された。不正に振り替えられた金額は計１２４万４２５３ドルに上った。

　その後リタは、２０１１年９月から２０１２年３月にかけて、資本開発会計（７５０３口座）から１９枚の小切手を振出し、彼女が不正に開設した９５３０口座に入金した。小切手の支払先は「Treasurer（会計担当）」となっており、入金総額は３５５万８０００ドルに上った。同じ時期に、総額３１１万１８６０ドル２５セントが７５０３口座から引き出されており、そのうち７万４２７４ドル２７セントはディクソン市の運営に使われたが、残りはリタ個人のクレジットカードの支払い（６０万ドル）、車の購入（６万７０００ドル）、馬の牧場経営（４５万ドル）などに流用された。

　捜査官は、捜査の対象を２００７年７月まで拡大した。そして、リタはこの期間に合計２９４２万１３１０ドルを資本開発会計から９５３０口座に振り替えたと結論づけた。彼女はまた、その他の口座からも合わせて７９万４９７７ドル４３セントの小切手を不正に振出し、９５３０口座へ入金した。この期間中、同口座には２万２１６ドル８セントの利息が付いた。

　すべてを合算すると、リタは９５３０口座に３０２３万６５０３ドル５１セントを入金し、オンラインバンキングや小切手振出しなどにより３０１７万３００９ドル２セントを引き出した。彼女は、６件で１５万３７４５ドル９３セントの小切手を７５０３口座から振り出し、下水会計、法人会計などディクソン市の運営に充当した。そして残金を着服し、自分の馬のビジネス、キャンピングカー、トレーラートラック、ピックアップトラック、馬を運ぶトレーラーなどの車両購入に流用した。また、３３万９０００ドルの宝石購入を含め、２５０万ドルに上るアメックスカードの利用代金が９５３０口座から支払われた。

財務データの分析　（Analysis of the financials）

　オッターベイン大学（Otterbein University）の２０１２年春学期にフォレンジック会計を受講したメンバー（以下「分析チーム」という。）は、ディクソン市の２０１１年４月期の監査済基本財務諸表を入手し、内容を分析した。同財務諸表には無限定適正意見が付されており、監査報告書には内部統制の脆弱性は記載されていない。しかし、分析チームは、市の一般会計が赤字となっており、少なくとも２年間にわたって、他の会計から不足額の補填を受けている事実に気づいた。

　また、監査報告書には、ディクソン市の財務諸表には、少なくとも過去６年間、政府会計基準委員会（GASB）基準３４号で義務づけられている「経営者による財政状態に関する議論および分析」の項目がないことも指摘されていた。この項目では、市の財政の現状と今後の見込み（改善・悪化）についての幹部の意見が示される。ディクソン市がこの項目を記載しなかった理由は明らかではない。

　ディクソン市は、フィフス・サード、ミッドランド・ステーツ、ＵＳバンクの各銀行に複数の口座を保有していた。２０１１年９月から２０１２年３月までの間に存在した口座は以下のとおりである。

銀行名	口座名	番号（下４ケタ）
フィフス・サード	法人会計	2563
フィフス・サード	消費税会計	8373
ミッドランド・ステーツ	資本プロジェクト会計	0066
ミッドランド・ステーツ	自動車燃料会計	3675
ＵＳバンク	マネーマーケット	1128
フィフス・サード	資本開発会計	7503

　２０１１年９月から２０１２年２月にかけて、リタは以下のとおり１１２８口座から３０３万９０００ドルを他の口座に電信送金している。

送金額	送金先口座名（番号下４ケタ）
$1,788,000	資本開発会計（7503）
$796,000	法人会計（2563）
$255,000	消費税会計（8373）
$200,000	自動車燃料会計（3675）

　２０１１年９月から２０１２年１月にかけて、リタは以下のとおり「資本開発会計」を受取人とする小切手を振り出し、７５０３口座に預け入れた。

小切手金額	振出元口座
$950,000	法人会計（2563）
$120,000	消費税関係（8373）
$174,253	資本プロジェクト会計（0066）

　電信送金と小切手を合算すると、この期間に２５２万２２５３ドルが７５０３口座に入金された。

　市の２０１１年４月期基本財務諸表および事業報告によれば、資本開発会計には６万３６ドルの歳入があったが、歳出は６３１万９４４４ドルに上った。他の会計から５３０万８０００ドルが振り替えられたが、年度末の残高は１７５万９２９２ドルの赤字となり、前年度末より赤字額が２７万２４０８ドル増加した。

　各会計間の振替／残高に関する脚注（図1）には、様々な赤字を補填するために行われた。資金移動の額が示されている。２０１１年４月期中の総額は1404万9418ドルに上った。市の一般会計は、他会計から計６４５万５６４８ドルを借り入れた。２０１１年４月３０日現在の一般会計の赤字額は５７０万１７３６ドルで、他会計からの借入６４５万５６４８ドルを加えると、赤字額は１２１５万７３９４ドルに膨らむ。

　資本的資産に関する脚注（図2）は、７９６万８１８０ドルの増加を示しており、うち６４５万５３ドルはインフラ整備に充てられた。事業報告には、資本開発会計からの設備投資額は５３７万６４１２ドルと示されている。この金額を発生主義ベースの収支総額に含めると、墓地整備費（cemetery expenses）は２５万６４５９ドルに落ち込む。潤沢な資本的資産（減価償却累計額控除後で９１９８万３９６４ドル）により、ディクソン市は健全な資産残高を維持できている。

次号「馬が激しく転倒」に続く。
In the November/December issue: The horses take a nasty fall.

著者紹介
ヘンリー・Ｃ・スミス三世（Henry C. Smith, III）Ph.D., CFE, CMA, CCS
オッターベイン大学（オハイオ州ウェスタービル）の会計学准教授。大学院および学部にて、管理会計、上級管理会計、４科目で構成される不正対策集中講座を担当している。スミス氏は１６年にわたり不正対策関連の講義を行っており、ACFE不正対策教育パートナーシップのメンバーである。また、ACFEオハイオ中部チャプター理事会の元メンバーであり、同チャプターの教育訓練ディレクターも務めている。

オッターベイン大学（Otterbein University）の２０１２年春学期にフォレンジック会計を受講したメンバー

ヴィンセント・アルジャー（Vincent Alger）：学部３年生、会計学専攻

ケヴィン・ジェンター（Kevin Genter）：今年５月卒業、会計学士

二コール・ローホーン（Nichole Lawhorn）：MBA（ビジネス専攻）コース在学中。不正対策集中講座受講。ACFEアソシエイト・メンバー

メリッサ・リー（Melissa Lee）, CPFO：MBA（ビジネス専攻）コース在学中。不正対策集中講座受講。ACFEアソシエイト・メンバー、Certified Public Finance Officer（CPFO）資格保有者

ハイディ・ミッチェル（Heidi Mitchell）：今年５月卒業、会計学士。ACFEアソシエイト・メンバー。CFE試験準備講座の受講を終え、卒業後に受験予定。

ケヴィン・マーフィー（Kevin Murphy）：今年５月卒業、会計学士。ACFEアソシエイト・メンバー、CFE試験準備講座受講中。

ジャレド・ホワイト（Jared White）：今年５月卒業。会計学士。ACFEアソシエイト・メンバー。CFE試験準備講座の受講を終え、卒業後に受験予定。

＜参考文献＞
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