FRAUD MAGAZINE

鉱業所のキックバック事件
THE KICKBACK MINE
事件の真相
What seemed an ordinary case became more intriguing


当時FBI特別捜査官であった著者は、クリムソン鉱業所(以下クリムソン Crimson Mine)の総合弁護士から連絡を受けた。超過請求が発覚したある業者を起訴したいと言う。本事件は業者の強欲が生んだよくある事件だろうと著者は考えた。しかし、さらなる容疑者を発見し、先の不正実行者はこの55万米ドルの不正事件における被害者でもあることがわかった。時間の節約と証拠発見のため、早期取り調べが賢明であること、「短絡的な視点からなる捜査」の問題点、および不正捜査の範囲を限定する利点について、読者はこの事件から教訓を得てほしい。

本記事は、CFE、CPAのジョセフ・T・ウェルズ(Joseph T. Wells)氏、CFEのローラ・ハイムズ(Laura Hymes)氏による編集、ジョン・ワイリー・アンド・サンズ社(John Wiley & Sons Inc)より2012年に発行された、「贈収賄事件および汚職事件の事例集:違法取引の概要(Bribery and Corruption Casebook: The View from Under the Table)」より、使用許可を得て抜粋、編集したものである。本事件に関わる名称は変更を加えている。



 特別捜査官として勤務していたウェストバージニア州のベルヴィル(Bellville, W.V)にあるFBI事務局で、私はいつものようにゆったりとした1日を過ごしていた。会計知識を備えた唯一の捜査官であったため、知的犯罪が起きた時の役割を担っていた。クリムソン鉱業所の総合弁護士であるジョージ・ブレント(George Brent)から私に電話があり、ある取引業者が超過請求していたことが最近判明した、と伝えられた。ブレントは起訴することを望んでいた。当初私は、これは業者の強欲が生んだよくある事件だろうと考え、被害額を捜査しその業者に自白させることだけがやるべき仕事だと思った。しかし、捜査している間にさらなる容疑者が浮上し、この事件は新たな展開を見せた。悪党である男は、実は好ましい人物であり、容疑者であると同時に被害者でもあることがわかった。この事件はこれまでにベルヴィルで起きた最大の不正事件の1つであっただろう。

 クリムソン鉱業所は40年以上続く地元の大企業だった。しかしながら、最近では3つの鉱業所の内2つが閉鎖され、仕事の量が減ってきていた。大手上場企業のダイバースファイド・ホールディングス社(Diversified Holdings Inc.)は、我々が不正捜査を開始する2〜3年前にクリムソンを買収していた。同社は通報制度を設け、その電話番号を鉱業所内の休憩所などに掲示していた。同社は、クリムソンが採掘に注力できるよう、鉱業所建設のサポートを地元業者に下請け依頼した。長年、複数業者と契約していたが、過去5年間は専らリチャードソン・コンストラクション(以下リチャードソン社 Richardson Construction)を使っていた。対応が早く、仕事ぶりが大変優秀だったからである。

 キース・リチャードソン(Keith Richardson) は8年前ベルヴィルに移り、小規模な建設会社を設立し、クリムソン鉱業所やその地域の製造会社に専門的な金属製作業務を提供した。リチャードソンが会社を興した当初、従業員はたった1名だったが、数年を経て事業は軌道に乗り、30名の従業員を抱える企業にまで成長した。

 リチャードソンは自身の成功に誇りを持っていたと同時に、常に従業員のために仕事を確保しなければならない、という大きな責任も感じていた。自分の事業が30家族を養っていることを思うと、他人には計り知れないほどの重圧が彼に圧し掛かっていた。その地域には産業が少なかったため、リチャードソンは主に6つの企業から仕事を受託していた。クリムソン鉱業所は最大の得意先で、総売上高の30パーセントを占めていた。仕事量が多く、また、リチャードソン社がクリムソンと長期にわたって関係を築いていることから、両者間で「一括発注(PO)」契約を締結した。この契約により、鉱業所の現場監督が手を必要としている時は、リチャードソン社に連絡し、競争入札せずに事前に決められた労賃に資材費を加えた額で発注できた。鉱業所の現場監督は一括発注契約に基づいて、後ほどリチャードソン社のタイムシートと資材リストを承認し、その書類を支払勘定担当部署に送付する。クリムソンはリチャードソン側のタイムシート、賃金支払帳、および資材請求書を、通知なしに随時確認できる権利を保有していた。

 ブレントが私に電話を寄こした数ヶ月前、ダイバースファイド社は自社の通報制度でメッセージを受け取った。それは、リチャードソン社が鉱業所での業務に対しクリムソンに超過請求をしており、「それは何年にもわたって続いている」と言う内容だった。ダイバースファイド社は、4大外部監査事務所の1つの法廷会計部門に調査を要請することにした。監査人はリチャードソンから書類を入手し、過去2年間の請求書をすべて精査して業者の実際の賃金支払帳と比較した。

 発覚したのは、過去2年間で総額55万米ドル近い超過請求だった。支払のためクリムソンに提出していたタイムカード上の実務時間を水増ししたことによるものだった。また、リチャードソン社で勤務実績のない、もしくは、クリムソンに請求した勤務日に別の仕事をしていた架空の従業員がタイムシート上に存在していた。これらが発覚した後、クリムソンは即座にリチャードソンと縁を切り、ブレントはFBIに電話をした。



賭けに出る (TAKING A GAMBLE)


 ブレントの電話を受けた後、FBIのパートナーである特別捜査官トレース・バロウズ(Trace Burrows)と私は、全貌を聴取するためにその鉱業所に出向いた。ブレントは情報提供者から得た話の内容と外部監査による調査内容について話してくれた。彼はその前日にリチャードソンと会い、今後リチャードソン社のサービスを利用するつもりがないことを知らせたが、監査で発覚した内容の詳細は話さなかった。ブレントはリチャードソンの裏切りと強欲に個人的に傷付いているようだった。リチャードソンとは長年の付き合いであり、彼に対して強い好感を持っていた。リチャードソン社が現在に至ったのは実質クリムソンのおかげであるとブレントはわかっており、同時に、鉱業所でのリチャードソン社の仕事ぶりも評価していた。今まで業務中に安全基準違反も傷害事故も起きたことがなく、これは総合弁護士の立場からブレントにとっても大変重要なことだった。友人の過ちに悲しむ一方で、ブレントは会社に対する責任もあった。ダイバースファイド社は彼に、この事件を起訴するよう指示した。

 鉱業所本部にあるブレントのオフィスに到着すると、彼は私に5枚の超過請求書の例と、発覚内容をまとめた2ページの概要書を提供した。彼は前日のリチャードソンとの会話について話し、自分は直接的にリチャードソンを糾弾していないものの、リチャードソンは監査人が不正を発見したことをわかっているにちがいないと言った。また、ブレントは、全ての監査証拠と監査調書はテキサスにある監査人の事務所にあると言った。この時点で、私には下すべき決断があった。詳細な監査証拠を召喚し、何箱分もの請求書やタイムシートや賃金支払帳の捜査に時間を割くか、もしくは、今私が持っている情報を基にリチャードソンの取り調べを行うか、である。

 私はリチャードソンの取り調べを行う方を選んだ。正直に言うと、これはちょっとした賭けだった。リチャードソンが共謀者に密告、証拠隠滅する可能性もあり得たからだ。しかし、ブレントがリチャードソンと話し、自身の不正が発覚したことを知ってしまったため、私は急いだ方が良いと考えた。また、リチャードソンはもはや、不正を続けたりさらなる被害を加えたりできる立場になかった。証拠隠滅に関する限りでは、監査人が既に必要な情報をほぼ入手しており、残りの証拠は銀行口座を召喚することで見つけられるはずだった。この時点では、私は共謀者の存在は認識していなかったが、もしいたとすれば、既に情報を漏らしているはずだった。

 バロウズは、私以外でベルヴィルの事務局に勤務している唯一の捜査官だった。彼は18年間FBI特別捜査官として勤務しており、退職日が近付くにつれ、自宅で過ごす時間が増えることを喜んでいた。FBIに入局する前は、ボルチモア警察(Baltimore Police Department)に勤務しており、署内で凶悪犯罪を専門としていた。知的犯罪の専門家ではなかったが、犯罪者の行動においては専門家であり、取り調べ中は非常に大きな助けとなった。

 我々が一緒に取り調べを行う時は、通常、どちらが記録を取るか戦略を練り決めていた。本事件の取り調べ中はバロウズが記録を取ってくれたので、私は質問や証拠提示をしたり、相手に不正疑惑をぶつけたりすることに集中できた。本事件における彼のサポートとアドバイスは計り知れないほどの価値があると言えるだろう。

 バロウズと私はブレントに、リチャードソンに電話をして彼のオフィスで話し合いの場を設けるよう頼んだ。リチャードソンのオフィスはすぐ近くだったので、彼は約15分後に到着した。彼は2人のFBI捜査官を見てとても驚いた。しかし、我々がなぜ彼と話をしたがっているかを把握し、腰を掛け同席することを承諾した。私はまず、彼と信頼関係を築き、彼のことをよく知ろうとした。彼の仕事について話してもらい、石炭産業や彼の会社が鉱業所で行っている業務について知るのは、非常に興味深いものだった。次に、どのような経緯でクリムソンと取引するようになったのか話してもらった。不正請求については、あたかも事実のように、話の中にさりげなく入れながら話を進めた。大部分は起こった事実を彼が私にただ話すようにし、こちらからは周期的に明確な質問を投げかけた。

 彼が受け入れ認めづらいであろう罪を尋問することで、彼と対立的かつ敵対的な関係になりたくはなかった。代わりに、彼と30分程時間をかけて威嚇的でない会話で信頼関係を築いた。そして、我々がついに不正疑惑の話を持ち出した時、彼は自らの話にその話題を出し、不正の詳細を自白し始めた。

 リチャードソンは5年ほど前にさかのぼって不正の説明を始めた。彼は自分以外の人間を巻き込むことに気乗りしない様子だったが、鉱業所の主任であるリッチ・ボーデン(Rich Bowden)から週末にある大学の大きなフットボール大会のチケットを何枚か工面するよう頼まれた最初の場面について、ついに語った。その後、ボーデンは金を要求するようになった。ボーデンはリチャードソンに、クリムソンが発注している仕事や、その仕事がなければリチャードソン社がどれほどの損失を被るか、ということをちらつかせた。

 クリムソン内部の者が関与していたという事実は初耳だったが、それを知って驚いたことはリチャードソンにわからないよう振る舞った。途中で、私はリチャードソンに外部監査人が法廷監査の一部として特定した請求書を何枚か見せた。彼は、それらが虚偽であり、ボーデンに現金を渡すために水増し請求したのだと認めた。当初、ボーデンからの金の要求は頻繁ではなかったが、2〜3年前から定期的に金を要求するようになり、現金入りの封筒を受け取りにリチャードソンのオフィスにほぼいつも立ち寄るようになった。

 リチャードソンが話を進めるうち、私はこの陰謀の「理由」に関する質問に焦点を絞った。様々な不正実行者や知的犯罪の陰謀について研究してきたが、私はいつも、一線を越え不正に手を染めることを決意した最初の瞬間に興味があった。リチャードソンは借金を抱えているか何か欲しいものがあって、さらなる金を「必要としていた」のだと私は推測していた。しかし、リチャードソンが不正を行った理由の詳細を話すにつれ、私は彼と彼の状況を実は気の毒に思い始めていた。ボーデンは鉱業所での契約を打ち切ると脅し、それはリチャードソンが、家族を養うために仕事を欲して彼を頼ってくる多くの従業員を、余儀なく解雇することを意味していた。また、リチャードソンは自分の事業用口座から多額の現金を引き出しており、正当な業務上の理由も領収書もなかったため、あたかも個人的に金を引き出したかのように引き出しにかかる税金を払わなければいけなかった。そのため、超過請求額の大部分は追加税の支払いに回され、アメリカ合衆国内国歳入庁(IRS)に入った。取り調べの最後に、リチャードソンは我々の捜査に今後も全面協力すると約束した。我々の次のステップは、ボーデンの家に行くことだった。リチャードソンの気が変わり罪の自白を考え直してボーデンに捜査のことを密告することもあり得るとわかっていたので、バロウズと私はすぐにボーデンを取り調べようと試みた。



拒絶的な態度 (THE COLD SHOULDER)


 ボーデンの家に通じる私道を車で走ると、20台以上のクラシックカーのコレクションを所有していると噂の大きな工業用建物が見えた。家の左に巨大デッキの付いた大きな地上プールがあり、脱衣小屋の下の方には温水浴槽があった。鉱業所の現場監督の給料を越える良い暮らしぶりがすぐに明白になった。ボーデンは、身長6フィート8インチのかなり威圧感のある、ぶっきらぼうで鉱業所の人間らしい鍛えられた男だった。彼は渋々我々を招き入れキッチンテーブルで話をした。

 リチャードソンとは違い、ボーデンとは話せる空気ではなかった。彼は、鉱業所での28年間のキャリアと、退職をどんなに心待ちにしているかを語った。リチャードソンとの関係に話を向けると、彼は無口になり、我々がどれくらい掴んでいるかを推し量るように聞いているようだった。リチャードソンからの賄賂について単刀直入に尋ねると、彼は即座に「その金の話はしたくない」と言った。彼の気が変わった時のために私は名刺を渡し、我々は、十分な証拠を掴んでいるため、彼の協力がどうしても必要なわけではない旨を伝えた。協力するかしないかは彼次第だった。我々はその後まもなく退出した。

 賄賂の受け取りを尋問された時に見せた、ボーデンの口をつぐむとっさの反応は、私に2つの事を語ってくれた。

1)語るべき金の存在があること。
2)協力を拒んでいること。

 ボーデンが関与しているというリチャードソンの主張はこれで確認できたが、まだそれを示す証拠が必要だった。私の次なるステップは、さらなる取り調べの実施と書類の再検証だった。

 幸運なことに、外部の法廷監査人が、リチャードソン社がクリムソンに超過請求をしていたことを証拠付ける素晴らしい仕事を既にしてくれていた。彼らはその業者の請求書を全て見比べ、そこにはリチャードソンの実際の給与を承認するために提出されたタイムカードも含まれていた。超過請求のほぼ大半はボーデンが承認していたが、他の水増し請求書に別の現場監督の署名があることに気付いた。その名はスティーブ・クロスビー(Steve Crosby)である。

 鉱業所で働く他の作業員を取り調べた結果、ボーデンは過去に他の複数業者に圧力をかけていたという噂があった。ある業者は自社の従業員にボーデンの家のデッキ設置をやらせ、また別の業者は温水浴槽を据え付けており、そのやり口が詳細に語られた。作業員達はボーデンとキース・リチャードソンとの関係も疑っており、ボーデンはリチャードソンからも金を巻き上げているのだろうと語った。超過請求書に関して法廷に必要な手続きをする必要がなかったので、私はリチャードソンの銀行取引明細書に注目した。

 クリムソンから受け取った水増しされた小切手は、リチャードソンの事業用の当座預金口座に振り込まれた。そのため、金の流れを見るにはそこが理に適った場所だった。そこで発覚したことは私を驚かせた。リチャードソン個人を振り出し先としている小切手はごくわずかで、しかもごく稀なペースだった。一般的に考えれば、口座からまず容疑者の懐に流れた多額の現金が見つかるものだと思われるだろう。しかし、私が見つけたのは、ほぼ2〜3週間ごとに「現金」に換えられている定期的な小切手であった。リチャードソン社のオフィスマネージャーは取り調べで、ボーデンは2〜3週間ごとにリチャードソンのオフィスに寄って、書類ホルダーを抱えて出て行ったものだと言った。彼女はその封筒の中身は現金なのではと疑っていたが、それについてリチャードソンに尋ねることは1度もなかった。再び、ボーデンが賄賂を受け取っていた状況証拠が増えたが、具体的な証拠が私には必要だった。

 リチャードソンが不正に得た金を何に費やしたかを特定するための捜査上で、地元の信用金庫を振り出し先指定した小切手を数枚発見した。この疑わしい小切手は総額473.54米ドルであった。信用金庫に召喚状を出し、その小切手はリッチ・ボーデンが所有するトラックのローン支払いに充てられたことが明らかとなった。ついに私は、ボーデンが賄賂を受け取った確固たる証拠を掴んだ。彼はリチャードソンに、直接自分のトラックの支払いをさせていたのだ。また、ユージン・クロスビーとボビー・クロスビー(Eugene and Bobby Crosby)を振り出し先としている小切手も見つかった。「クロスビー」という名前をみて、私は鉱業所のもう1人の主任であるスティーブ・クロスビーのことを思い出した。彼は数枚の水増し請求書を承認した人物だった。今度はスティーブを取り調べる時だった。



協力することのメリット (BENEFITS OF COOPERATION)


 ボーデンとは違い、スティーブ・クロスビーはFBIの事務局に話をしに訪れた際、とても控えめな様子で自省の念を見せていた。とても長い間秘めていた秘密を打ち明けて、心の重荷を降ろしたいと思っていた頃だった。スティーブはエリアマネジャー時代、ボーデンが彼をある鉱業所の現場監督に推薦してくれた経緯を話した。また、ボーデンが、リチャードソンの虚偽の請求書を承認するようスティーブに圧力をかけ、これに関して深く尋ねないよう念を押した経緯も詳細に語った。そしてついには、彼もリチャードソンから現金を受け取るようになった。私が発見した小切手は、クロスビーの小学生の息子2人を振り出し先にしていた。彼は十分な信頼性があり、全面的に協力する姿勢を示した。抱えていた全てを話してほっとしたと言い、必要であればボーデンに不利な証言をすることに同意した。

 リチャードソンとクロスビーに対する証拠を再検証したところ、超過請求書やその他の書類だけで、彼らを裁判で有罪にするには十分事足りただろう。クロスビーがリチャードソンから小切手を受け取る理由はどこにもなく、小切手が彼の小さい息子宛てに支払われたという事実はより状況を悪くした。リチャードソンの従業員でさえない者や、クリムソンに請求した勤務日に別の仕事をしていた従業員の分の請求書という明白な証拠は、その業者を十分不利にする証拠であった。

 しかしながら、彼らは信頼できる人物であり、バロウズと私にこの不正を自白したため、郵便詐欺罪で連邦略式起訴されることになった。被疑者が刑事責任の罪を認めると、大陪審で起訴される代わりに連邦裁判所で略式起訴される。この事件では、アメリカ合衆国郵便公社(U.S. Postal Service)を介してクリムソンからリチャードソン社に郵便物が送付されたことで、容疑者が不正による利益を得たため、連邦郵便詐欺法が適用された。(郵便詐欺法は非常に広義であるため、連邦の不正事件の起訴に頻繁に適用されると考えられている。)

 2人の被告はその協力的な態度の結果、逮捕を免れ、聴取のため裁判所に自己申告することを認められた。また、米連邦検事は裁判官に、連邦量刑ガイドライン(Federal Sentencing Guidelines)の中でも軽度な刑罰を提言した。ボーデンは、捜査の協力を求める私の進言に決して耳を貸さなかった。クロスビーの供述、リチャードソンと彼のオフィスマネージャー、虚偽の請求書にあるボーデンの署名、そして大きな鍵となったリチャードソンがボーデンのトラックのローン支払いのために切った小切手が証拠となり、連邦大陪審はボーデンを複数の郵便詐欺罪で起訴した。私は彼を自宅で逮捕し、合衆国治安判事の下へ初出廷させた。ボーデンは釈放されて裁判を待つ身となった。

 ボーデンの弁護士は、彼を不利にする確固たる証拠(虚偽の請求書を承認する署名、リチャードソンによるボーデンのトラックのローン支払い、厚い封筒を手にリチャードソンのオフィスから出ていくボーデンの姿を定期的に見たと言う証人)を再検証した結果、ボーデンに罪状を認めるよう勧告した。ボーデンにはついに罪を認め、3人の被告全員が裁判を免れた。裁判官はリチャードソンとクロスビーに12ヶ月の禁固刑を課し、2人は軽警備の連邦囚人作業キャンプに仕えた。

 裁判官は彼らに寛大な処罰を下したが、彼らは機会があった時に不正を届け出て止めなかったということから、1年の服役に値すると説明した。裁判官は、長年の雇用者を裏切ったボーデンに、自らの行為に責任をとらなかったことに対しより厳しい通告をした。ボーデンは36ヶ月の禁固刑を課され、他州の重警備の連邦重犯罪刑務所に収監された。3人の被告は連帯して、不正総額55万米ドルの賠償責任を負った。判決後、リチャードソンは罪の意識から会社をたたむ方向に動き、不動産を含む会社の資産全てを損害回復命令に基づく賠償金の返済に充てたと知った。



今後の不正防止に向けて (PREVENTING FUTURE OCCURRENCES)


内部通報制度(FRAUD HOTLINE)

 匿名の内部告発者からの情報が今回の不正の最初の発覚につながった。クリムソン鉱業所がダイバースファイド社に買収される前に通報制度を設置していれば、この陰謀はもっと早く明るみに出て、損失ははるかに抑えられただろう。ACFE公表の「職業上の不正と濫用に関する国民への報告書(Report to the Nations on Occupational Fraud and Abuse (ACFE.com/RTTN))」2012年度版によると、通報制度が整備されている組織は、そうでない組織より、はるかに損失を抑えることができ、平均12ヶ月早く不正の陰謀を発見できる。


早期の取り調べ (EARLY INTERVIEW)

 捜査官は往々にして全ての事実を掴むまで容疑者に近づきたがらない。その戦略は有用と言えるが、捜査に要するリソースを無駄にし、不適切な場所で証拠を捜索することになりかねない。本捜査の容疑者は既に捜査に気付いており、証拠を隠滅したり被害を受けた会社にこれ以上の害を加える立場になかったため、リチャードソンに対する早期の取り調べは本事件の捜査において有益だった。捜査官は、豊富な知識に基づく正確な告訴理由に併せて、容疑者に近づくのに十分な証拠をどのタイミングで自分が掴んだか、判断しなければいけない。


短絡的な視点からなる捜査 (INVESTIGATIVE MYOPIA)

 捜査官は当然ながら事件に関し最初に仮説を立てる。(ACFE発行の「不正検査士マニュアル(Fraud Examiners Manual)」の中の不正捜査理論アプローチとして知られている。)しかし我々は、証拠を辿り、最初の見解を疑うスタンスを保っていなければならない。本事件は、強欲な受託業者(リチャードソン)が取引先を騙しているのではなく、強欲な現場監督(ボーデン)がリベートを支払うよう受託業者に強要しているというものだった。

 リチャードソンは何ひとつ利益を得ず、不正の結果、最終的に全てを失った。


内部監査(INTERNAL AUDIT)

 本事件では、親会社の内部監査人が、この比較的小規模な子会社を十分に監視しておらず、不正が行われるさらなる機会を提供してしまった。適切な内部統制と定期的な監査手続きが行われていれば、不正を防止、もしくはもっと早く損失に気付いたかもしれない。


範囲 (SCOPE)

 不正が長期間にわたって行われていた場合、捜査範囲を絞るため、検察官と共に早々に捜査することが重要である(当然として刑事告訴を前提とする)。今回の状況では、不正が過去5年間にわたって行われていたと考えられたが、2〜3年以上前の証拠を集めても、検察官が担当する事件の何の足しにもならなかっただろう。さらに、2年以上前の記録は完全には揃えられず、部分的な監査証跡だけが辿れたほどだったであろう。捜査範囲を限定することで、大陪審に明白かつ論理的な証拠を提示することに注力でき、事件を不必要に複雑化せずに済んだ。



J. Aaron Christopher, CFE, CPA
FBI特別捜査官として勤務し、銀行強盗や殺人逃亡から国家の汚職や横領事件まで、幅広い犯罪事件を捜査。カリフォルニア州リバーサイドのカリフォルニア・バプティスト大学(California Baptist University)にてビジネス分野の助教授を務めている。


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