FRAUD MAGAZINE

「身を賭して真実を追求する」ことの代償
The Real Cost of ‘CHOOSING TRUTH OVER SELF

2012年クリフ・ロバートソン・センティネル賞受賞者
マイケル・ウッドフォード


これは、新社長が自社を告発するという稀に見るストーリーである。
(記事中、人名の敬称は省略する。)

マイケル・ウッドフォードは、オリンパス株式会社(以下、オリンパス)による不正取引の疑いについて、同社の取締役会を問い質した。ウッドフォードはオリンパスには解任されたが、世論の支持は勝ち取りつつある。


文:Dick Carozza




見て見ぬふりはできなかった (HE COULDN’T TURN AWAY)


 「それはまるで、通りを歩いていて、殺人現場に出くわすようなものです。」カメラおよび医療機器の世界的なメーカーであるオリンパスの元CEOウッドフォードはそう語った。「幸か不幸かその場に居合わせたのだから、目撃者として正しいことをし、証言しなければなりません。」

 ウッドフォードは意を決して、オリンパスの取締役会に対し、10年以上におよぶ投資損失の隠ぺいに関する疑義を突き付け、同社は17億ドル以上の不正会計を認めた。しかし、その結果、彼は職を失い、身の危険まで感じることとなった。「身を賭して真実を追求した」行動を称え、ACFEは、6月17日から22日にフロリダ州オーランドで開催される年次総会において、ウッドフォードに2012年クリフ・ロバートソン・センティネル賞を授与することを決定した。



オリンパス取締役会への6通の手紙 (Six letters to the Olympus Board)


 ウッドフォード(51歳)は、イギリス人として30年以上オリンパスに勤務し、経営幹部に昇進した。彼は、1981年にオリンパスの医療機器部門の英国現法であるKeyMedに入社。2008年には、オリンパス・ヨーロッパ(Olympus Europe Holding GmbH)のエグゼクティブ・マネージング・ディレクターに就任した。

 2011年4月1日、彼は、日本人以外としては初めて、オリンパス本体の社長兼COOに登用されたが、その直後の7月、経済誌FACTAに掲載されたオリンパスの不可解な企業買収に関する記事を目にした。

 FACTA誌は、8月号(2011年7月20日発刊)において、オリンパスが2006年から2008年にかけてアルティス(医療関連廃棄物のリサイクル業)、ヒューマラボ(化粧品等販売業)、NEWS CHEF(電子レンジ用食器の製造販売業)という中小企業3社を総額約7億7300万ドルで買収したが、そのほとんどが当年度中に減損処理されたと報じた。同誌はさらに、買収された3社は赤字続きであるとも指摘した。

 8月2日、オリンパス菊川剛会長との昼食の席で、ウッドフォードはFACTAの記事の真偽を問い質した。会長は、単なる「世論を煽ろうとする大衆雑誌のゴシップ記事」だから心配には及ばないと言った。記事にある不可解な買収のことをなぜ知らせてくれなかったのかとウッドフォードが訊ねると、菊川は、それは日本国内のことであり、忙しい社長をわずらわせるほどのことではないからだと答えた。

 10月1日、ウッドフォードはCEOにも指名された。9月20日に発刊されたFACTA誌10月号に追跡記事が掲載されると、ウッドフォードはオリンパスの役員たちに向けて最初の書簡(全6通中の1通目)を送り、懸念を表明した。

 9月23日付の最初の書簡は、当時オリンパスグループのコンプライアンス・オフィサーであった森久志宛で、取締役会の各メンバーに写しが送られた。その中でウッドフォードは「私は、(FACTA)最新号の記事の翻訳を注意深く読みました。・・・そして、7月号を読んで感じていた懸念がさらに深まるばかりです。」と書いた。

 そのうえで、彼は、名もない赤字企業3社の不透明な買収の詳細を要求し、さらに、2008年に英国の医療機器メーカーであるジャイラス・グループを22億ドルで買収した件についても説明を求めた。

 ウッドフォードは、オリンパスが6億ドル以上の配当優先株を「ケイマン諸島で設立され『アクシーズ・アメリカ・エルエルシーのポートフォリオ・マネージャー』と記載されたアグザム・インベストメント・リミテッドに直接」発行したことに懸念を抱いているとも書いた。ウッドフォードは、ジャイラス買収の「アドバイザリー料」として、オリンパスがなぜアグザムにそれほど多額の支払をしたのかを知りたかった。彼は、KPMGの報告書からの引用として、オリンパスはアグザムに発行した優先株を計上しておらず、「・・・適切な会計記録が維持されていないと考える」と記した。



ウッドフォードへの妨害 (Stonewalling Woodford)


 ウッドフォードは、9月24日付で森および取締役会宛てに2通目の書簡を出し、「あなた方の回答には満足できません。」と述べた。彼は、書面での回答を求め、なぜ取締役会は自分を妨害するのかと問い質した。「もし満足のいく答えが得られなければ、私は、当社からは独立した著名な監査法人の会計士に関連取引を調査してもらい、正式に当社に報告してもらうよう強く要求します。」とウッドフォードはしたためた。

 9月24日付の書簡にはさらに次のようにも書かれている。「お答えいただきたい質問は数え切れないほどたくさんありますが、特に私が憂慮するのは、ジャイラスを22億ドルで買収するために外部のアドバイザーに6億ドルも払う企業が一体どこにあるのか、ということです。このような資金の授受について、監査人に意図的に隠しているということには、さらに懸念を覚えます。・・・」

 9月25日付の3通目の書簡は、同じく森および取締役宛てである。その中でウッドフォードは、ケイマン諸島のアクシーズ/アグザム両社の実態についてまだ回答がないと指摘した。

 翌26日、ウッドフォードは4通目の書簡を菊川宛に直接送った。その中で、FACTA誌が日本の組織犯罪(婉曲的に「反社会的勢力」と呼ばれる)がジャイラス買収の取引に関与していたのではないかと主張していることに触れ、「私のアドバイザーは、反社会的勢力の関与の有無が明らかになるまでは、日本における私の身の安全が脅かされると考えています。」と書いた。ウッドフォードはその時ロンドンにいたが、東京行きを翌日に控え、菊川が直接面談に応じるのを待っていた。

 その後、菊川はウッドフォードと日本で会うことに同意し、ウッドフォードの質問にいくつか回答した。しかし、9月27日付でコンプライアンス・オフィサーに出した5通目の書簡でウッドフォードは、翌日訪日する前に、残りの情報と書類が必要であると告げた。



「悲惨な過ち」 (‘Calamitous errors’)


 その一方で、ウッドフォードはプライスウォーターハウスクーパーズ(以下「PwC」)に対して、ジャイラス買収に絡むアクシーズ/アグザムとの関係および取引内容についての調査を委託した。PwCは10月11日に報告書を提出し、同日、ウッドフォードは最後となる6通目の書簡を菊川および取締役会宛てに送った。

 「私は、お互いに共通認識を見出し、前進することを心から望んでいました。しかしながら、PwCの報告書は関係者を完全に非難しており、当社の経営首脳陣の交代なくして先に進むことはできないことは明白です。」

 ウッドフォードがFRAUD Magazineに提供してくれたPwCの報告書によると、2008年のジャイラス買収に絡んでファイナンシャル・アドバイザーを務めたアクシーズ、アグザム両社に対して、オリンパスが計6億8700万ドルを支払っていた。彼は、この事実を書簡に記した。同報告書によると、企業買収において支払われる手数料の相場は取引金額の1〜2%であるが、オリンパスが支払った金額は買収額の36.1%にも上る。

 PwC報告書はさらに「ジャイラスの2009年の監査済み会計報告には虚偽記載の可能性があり、買収に際して、ジャイラスからオリンパスに違法な金融支援が行われた恐れがある。」とも指摘している。

 同報告書によれば、非上場会社が買収相手に対して金融支援を提供することは、1985年英国会社法により禁じられている。「ジャイラスがアグザムに発行した配当優先株は、違法な金融支援にあたる。」とウッドフォードは書簡の中で指摘した。

 買収取引が行われた時点において、そのような金融支援は刑事犯罪であり、その結果、オリンパスは罰金刑に、取締役らは2年以下の懲役または罰金刑に処せられる可能性があるとPwCの報告書には書かれている。

 「報告書から明らかなように、ジャイラス買収に関しては、悲惨な過ちと極めてお粗末な経営判断が相次いでなされました。アルティス、ヒューマラボ、NEWS CHEFの買収も合わせると、13億ドルもの株主価値を毀損するという衝撃的な結果を招いたのです。」

 6通目の書簡において、ウッドフォードは菊川および森の辞任を要求している。「お二人が辞任しない場合には、私は社長としての忠実義務を果たすべく、しかるべき先に対して、当社のガバナンスに関する本質的な問題を提起しなければなりません。」とウッドフォードは綴った。



ウッドフォードの解任と追放 (Woodford sacked and sent packing)


 10月14日、菊川は東京のオリンパス本社において臨時取締役会を招集した。会合は9時7分に始まった。菊川はウッドフォードを解任し、弁解の余地を与えなかった。取締役会は9時15分に終了した。ウッドフォードは会社の借上げマンションから退去し、(社用車ではなく)バスで空港に向かうよう命令された。彼は慌ただしく荷物をまとめ、ロンドンに向かった。FACTA誌に書かれていた反社会的勢力の関与を恐れ、帰る道すがらずっと後ろを気にしながら帰国した。

 「彼(ウッドフォード)なら日本人経営者にとって難しいことを成し遂げてくれると期待していました。」菊川は記者会見でそう述べた。「しかしながら、彼は、オリンパスが92年の歴史において培った経営スタイル、そして日本の文化を配慮する必要性を理解できませんでした。」

 菊川によると、ウッドフォードは「当社の組織構造を無視し、極めて独善的な意思決定を行いました。私は何度も諌めましたが、彼は聞く耳を持ちませんでした。」とも述べた。

 ウッドフォードはその後、彼が書いた6通の書簡とそれに対する回答、そしてPwCの報告書を英国の重大不正捜査局(Serious Fraud Office)、米国の連邦捜査局、日本の法務省、証券取引等監視委員会、警視庁、そして東京地方検察庁に送った。2011年10月17日付ニューヨークタイムズ紙の田淵広子記者による記事“Ex-Chief Executive of Olympus Ties Ouster to His Claim of Fraud by the Company”において、ウッドフォードは「オリンパスの会計について徹底的に捜査する必要があります。」と語った。「私は喜んで新経営陣に加わります。しかし、いずれにしても、現在の取締役は全員辞任すべきです。」

 菊川は、日本経済新聞に対して、PwCの報告書に記載された買収関連手数料は過大ではなく、適切な会計手続に沿っていると述べ、手数料の支払額は3億9100万円であったとした。翌日、オリンパスは、アドバイザーに支払った手数料が6億87000万ドルに上ったことを認めた。その後、オリンパスの株価は急落した。

 10月20日には、米国の資産運用会社でオリンパス株の5%を保有していたサウスイースタン・アセット・マネジメントが、アルティス、ヒューマラボ、NEWS CHEF3社の不透明な買収に関する情報をすべて開示するよう要求した。同社はまた、取締役ならびに執行役を解任するための臨時株主総会の開催も要求した。

 菊川は10月26日に辞任したが、代表権のない取締役として残った。高山修一が新社長となったが、会長兼CEOの職は空席のままであった。

 10月31日付のニューヨークタイムズのブログ“Deal Book”において、Peter J. Henningは、FBIは、マネー・ローンダリング、有線通信不正(wire fraud)、旅行法(The Travel Act)違反、脱税など様々な罪状を追求できると指摘した。しかし、Henningは同時に、取引に関連する情報の大部分は日本にあり、(FBIの捜査官が)オリンパスの役員の事情聴取をするのは難しいだろうとも書いた。



罪を認めた? (An admission of guilt?)


 11月8日、ついにオリンパスは、20年以上にわたって投資損失を隠ぺいし続け、帳簿から損失を消し去るために一連の買収を利用したことを認めた。同社は日本の最高裁判所元判事を委員長とする、6人からなる独立委員会を組成し、当該買収取引を調査し、オリンパスによる不正や不適切な行為または不合理な経営判断の有無を調査するよう依頼した。

 11月23日、ウッドフォードは、オリンパスの財務捜査を行う法執行機関と面談し、同社取締役と対決するために、日本に戻った。同時に、彼は本格的な調査と取締役の退陣を求め、自らのCEO復帰を働きかけた。取締役会メンバーは、いずれ退陣すると表明したものの、その時期については明言しなかった。

 2011年11月25日付ニューヨークタイムズに掲載された田淵広子、Ben Protess両記者による記事“Banks’ Ties to Olympus Scrutinized”によれば、オリンパスはかつて多用された会計操作である「飛ばし」(英語では“to blow away”に近い意味をもつ)を行っていたというのが大方の見解である。会社が不良資産による損失を隠すために、それらの資産を他社(しばしばダミー会社が用いられる)に売却して、あとで単純に買い戻すのである。そうすることで、不良資産を抱えた会社は一時的に損失を覆い隠し、財務状態が改善した時点で清算することができるのである。清算のための支払は、買収手数料や評価損の形態をとることが多い。

 12月1日、ウッドフォードはオリンパスの取締役を辞し、オリンパスの経営権を奪還するための委任状争奪戦を開始することを表明した。



腐った経営中枢 (Corrupt core)


 第三者調査委員会は、12月6日にオリンパスに提出した報告書の中で、「経営の中心部分が腐っており、その周辺部分も汚染され・・・」と辛辣に指摘した。同委員会は、野村證券出身者3人が買収取引の隠ぺいを画策し、オリンパスは彼らに手数料を支払ったとした。また、オリンパスの監査法人であるKPMGあずさ並びにErnst & Young新日本が同社の不正を暴くことができなかったことにも言及した。両監査法人は、自分たちには何ら非はなかったと主張しており、オリンパスも監査法人の不正への関与を否定している。しかし、両監査法人への調査は続いている。

 第三者委員会は、オリンパスは1980年代半ばに、急激な円高による財務状況の悪化を緩和するため、投機的な金融投資により安易に利益を出そうとしたと述べた。そして、その戦略が会計スキャンダルを誘発する一連の出来事の端緒となったと指摘した。

 同委員会はまた、反社会的勢力の関与を裏付ける証拠は見つからなかったとした上で、オリンパスの「ワンマン体制」の経営の下、従業員は声を上げにくかったとも言及した。報告書の結語は「今回の経営トップ主導による長年の不正経理の発覚により、オリンパスの信用は大きく失墜した。」で始まり、「オリンパスは、この際旧経営陣を中心とする病巣を剔抉(てっけつ)し、文字通り人心を一新して再生を目指すべきである。」と締めくくられた。

 第三者委員会の報告書が開示された翌日、オリンパスは、損失隠ぺいに関与した役員全員に対して会社として法的措置をとるとの意向を示し、70人に上る現旧の取締役の責任を調査する委員会を設置することを発表した。

 12月21日午前、日本のテレビニュースは、多数の捜査官がオリンパス本社、買収された3子会社および東京にあるオリンパス役員の自宅に家宅捜索に入り、何箱もの書類を押収する様子を報じた。

 2012年1月6日、ウッドフォードは、オリンパスのトップに返り咲くことを断念した。彼は東京で行った記者会見において「史上最悪のスキャンダルのさなか、海外の株主が説明責任を要求しているのとは対照的に日本の法人株主は一言も批判を述べていない。」彼は、不当解雇でオリンパスを告訴する意向を表明し、「私はビジネスマンとして日本に別れを告げ、帰国します。」と述べた。

 サウスイースタン・アセット・マネジメントのロンドンの拠点長であるJosh Shoresは次のように述べた。「オリンパス社は、粗悪なコーポレートガバナンスと完全に信頼を失った取締役会の下で苦しみ続けるであろう。」

 1月10日、オリンパスは現社長の高山を含む19人の現旧取締役に対して、約5千万ドルの損害賠償請求訴訟を提起すると発表した。

 1月18日、高山は、3月半ばに新しい取締役メンバーを発表し、4月には辞任するとの意向を表明した。また、第三者委員会の新たな報告書を受けて、オリンパスは、同報告書で責任が認められた5人の現旧監査役を訴えた。

 1月20日、東京証券取引所は、オリンパスの株式上場は廃止しないが、約13万ドル(1000万円)の上場契約違約金の支払いを求めると発表した。

 AFP通信によれば、オリンパス株2,310株を保有する株主1名が、ウッドフォードを解任したことについて高山社長および他の13人の取締役を訴えた。AFPはまた、1月24日に38人の日本人株主が、不祥事を起こしたオリンパスに対して約290万ドルの損害賠償請求訴訟を提起した。

 このストーリーは決して終わってはいない(確かに、この記事の入稿後にもいくつかの新たな展開が見られた)。3カ国における捜査は今後も続く。しかし、マイケル・ウッドフォードが不正から目を背けないと決意したことで、オリンパス(そしておそらく日本の経営システム全体)は、今後大きな変革を迫られるであろう。



Dick Carozza
Fraud Magazineの編集長


コラム
「不思議の国のアリス」の世界を生き抜いたウッドフォード
Woodford Takes a Ride Through ‘Alice in Wonderland’ and Survives

 マイケル・ウッドフォードは、以前よりも落ち着いた日々を送っている。ロンドンの家族の元に戻り、妻との外出も楽しめるようになった。報道関係者からの電話も減り始めている。

 昨年、彼はオリンパスの取締役会と対峙するという苦渋の決断をした。しかし、彼にはすでに感謝の声が寄せられている。ロンドンのインディペンデント紙は彼を“the Businessperson of the Year”に選出し、TIME誌は“Person of the Year”特集号において、彼を“People Who Mattered(重要人物)”の1人に選んだ。そして、ACFEは、創設者兼チェアマンのジョセフ・T・ウェルズ博士(CFE, CPA)が創設したクリフ・ロバートソン・センティネル賞をウッドフォードに授与する。

 「ACFEのセンティネル賞受賞には大変勇気づけられます。」本誌のインタビューにおいてウッドフォードはそう語った。「これまでずっとみじめな時間を過ごしてきた私の気持ちを奮い立たせてくれます。」

 ウッドフォードが不正を告発すると、オリンパスは即座に彼を解任した。マスコミを通じて彼を強く非難し、告訴すると脅した。ウッドフォードはそれに対抗して委任状争奪戦を展開し、彼の復職と混乱の収拾を図ろうとした。彼は、日本人以外の株主からは精力的な支援を得たが、当時、日本国内での支援は皆無だった。一枚岩の「ニッポン株式会社」、排他的な株式持ち合い、そして、彼の家族に対する圧力などに直面したウッドフォードは、この戦いには勝ち目はないと悟り、復職をあきらめた。

 「最初は、こんなことに巻き込まれたくなかったんです。」と彼は言う。「当時すでにオリンパスで恵まれたキャリアを歩み、高い報酬も得ていましたが、それらすべてを失うリスクに自らを晒すのです。そしてもちろん、取締役会全体を敵に回したら、その会社での将来はありません。私はヒーローになんかなりたくなかったし、家族を苦しめたくもありませんでした。しかし、FACTA誌が一連の告発をしたにもかかわらず、日本のメディアもオリンパスの株主も何もしませんでした。だから私が行動を起こさなくてはならなかったのです。」

 オリンパスの株価が急落しても、日本の大手機関投資家がだまっているのを見て、ウッドフォードは驚いた。「でも、日本には、あからさまに相手を批判しないという基本ルールがあるのです。」日本の企業間の競争の欠如は、同国経済に悪影響を与えている、と彼は指摘する。「それが足かせとなって、日本では活力ある起業家が育たないのです。」

 オリンパスには内部通報制度があったが、誰も利用しなかった。なぜならば、通報しても経営者は耳を傾けてくれないと従業員が感じていたからだ。「社長であった私の声さえ聞き入れられなかったのです。通報制度は全く意味のないものでした。」

 ウッドフォードは、自分自身の経験について本を書いており、より透明で責任ある組織環境を醸成できるよう、日本はじめ各国の組織と意見交換を続けたいと考えている。

 「私は日本人そして日本の文化が大好きです。日本滞在中に街を歩いていると、いろいろな人が『あなたは正しいことをしている!』と激励してくれました。だからこそ、私はオリンパスに戻りたかったのです。同僚に対して義理を果たさなければならないと思っていました。」

  日本の同僚の中には、彼が会社を告発してから彼と距離を置くようになった者もいる。「私の心は深く傷つきました。私が信頼し、この悪質な不正を明らかにすることができた仲間もいましたが、結局彼らは社内での自分の立場のほうが心配だったのです。」

 しかし、会社を去らないでほしいと懇願した社員もいた。オリンパス社長を解任され、復帰を目指していた時、ウッドフォードは日本のインターネットテレビ番組に出演し、視聴者と意見交換をした。やりとりを終えた後、視聴者の76%が彼を支持した。

 この7か月間は、ウッドフォードにとって異様な経験であった。「不思議の国のアリスになった気分でした。オリンパスの取締役会が自らを訴えたのです。」しかし、彼は、全く後悔していないと語った。「不正に目をつぶれば、それに加担することになるのですから。」



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