FRAUD MAGAZINE

窃盗犯の逮捕に向けて
TO CATCH A THIEF
不正実行者の捜査には現金裏付け手法(PROOF-OF-CASH)を適用せよ
Use The Proof-Of-Cash Method When Casting For A Fraudster

ケン・スタルカップ (CPA、CFE、CFF):著
By Ken Stalcup, CPA, CFE, CFF



容易に金を稼げる魅力に取り付かれた不正実行者を、誘い出し、おびき寄せるのに絶大な効果を発揮する現金裏付け(proof-of-cash)の手法を適用すれば,彼らは自らが犯した悪事から逃げ切ることはできない。

真理は、金と同じく、その大きさによってではなく、どれだけ金ならぬものを洗い流したかによって購われる。−レオ・トルストイ(Leo Tolstoy)


 ラッセル(Russell)は、オンライン・ギャンブルにはまっているが、それを賄うだけの十分な資金を持ち合わせていなかった。しかし、彼にはある計画があった。すなわち、会社の資金を着服することだ。あとはその方法を考えるだけだった。

 運よく、ラッセルは、その金にすぐ手の届く立場にいた。中堅の電気機器流通企業で7年以上にわたり経理を担当しており、彼とアシスタントが経理業務の大半をこなしていたからである。

 ラッセルは顧客との通常取引からの横領をすぐに断念した。事業主のタミー(Tammie)は監査役ではないが、顧客からの多額の支払いを少しでも操作すればいずれ気付くだろう。彼は他の選択肢を吟味して、ついに誰からもみつからないと思われる方法をに至った。会社側がラッセルの犯行を発見するまで1年半以上、誰にも見破られることなく被害額は15万ドルに上っていた。

 一人のCFEが雇われ、ついにラッセルの狡知に長けた横領手口を明らかにした。その際、強力なツール「現金裏付け手法」が用いられた。これは現金勘定に影響を与える秘密の操作、あるいは記録されなかった操作をあぶり出すもので、どのCFEにとっても優れた懐刀になる。

 この事例はフィクションだが、CFEにとっての価値あるツールの使用方法を示している。



現金は王様 (CASH IS KING)


 ACFEが発表した2010年の「国民への報告書」(“Report to the Nations on Occupational Fraud and Abuse” )によると、調査事例の90%は資産不正流用スキームであることが明らかとなった。なかでも、多くの場合、横領の対象として好まれたのは現金である。

 スキミング、ラーセニー、または不正な支払いを含む多くの現金の不正ケースでは、簿外取引によって生じた不正行為であると発見しにくくなる。それでもCFEは警戒を怠らず、隠された不正を暴き続ける態勢を常に整えておかなければならない。

 現金裏付け手法は、ある特定の簿外取引を抽出し識別していく方法である。これによって、全ての銀行収支が、現金出納帳における全ての収支と一致していることを証明していくのだ。



タミーの疑念 (TAMMIE IS SUSPICIOUS)


 多くの経営者と同様、タミーもやりくりせねばならないことも多かった。景気の悪化で、経営はますます困難に直面し、受注も、それ以外の収入も減ってしまっている。しかしとりわけ、タミーにとっては、自社のキャッシュフローが気になっていた。

 タミーは近頃、ラッセルが個人的に金銭トラブルを抱えていると匿名の通報を受けていた。ラッセルが電話でなにやら激しいやりとりをしているのも耳にしていた。もしかしたら債権者か金融業者と口論していたのだろうか。確証はないが、ラッセルが事業の当座預金口座から着服しているのではないかと直感が働いた。

 ラッセルは中年であるが、経理としては信頼できる経歴を持っていた。彼はアシスタントと共に、承認された請求書と小切手の発行依頼を受けとり、会社の小切手を作成する担当であった。タミーもその手続きに携わっていた。彼女の役目は関係書類を入念に再審査し、小切手の全てにサインをすることである。

 毎月末後にラッセルは会社の銀行口座と、銀行のウェブサイトからダウンロードした電子版収支報告書を付け合わせている。タミーへの最新情報の報告や日々の収支残高報告には既製の一般会計ソフトの普及版を使っている。またタミーに求められればいつでも小切手振出し記録簿や現金出納帳も見せる。これまでのところ、ラッセルの報告に不信をうかがわせるような兆候は認められなかった。

 表面上は何も問題ないように見える。口座明細が電子版収支報告書と一致しており、小切手振出し記録簿や現金出納帳を見ても特に変わった取引の証拠がない場合、何か問題が発生していることがありえるだろうか。ただタミーの直感が消化不良を起こしているだけなのだろうか?



決断、決断だ (DECISIONS, DECISIONS)


 ラッセルは、不正をしてもばれない安全確実な財源を見つける必要があった。タミーは小切手記録簿や現金収入帳はもちろん、現金突き合わせや残高についても頻繁に見直しを行っている。

 毎年行われる外部監査では、公認会計士は必ず年度末現金突き合わせについて尋ね、実際に現金の調査をする。だから、ラッセルにとって不正を働くことは容易でなかった。誰にも知られずに不正を働く方法を探すか、さもなければオンライン・ギャンブルをあきらめるしかなかった。

 その答えは各業者からの払戻金を記録しているときに現れた。この時期、会社は業者からの割引金や払戻金をうけとっていた。ラッセルはいつも小切手を受け取るとすぐに保管・記録をしていて、この時まで割引金や払戻金について特に意識することはなかった。

 しかし、ラッセルは、これらの比較的わずかな割引金や払戻金を取引銀行口座に預けて、エントリーをコンピュータ上に記録しないことを思いついた。どちらも少額だったので、タミーが残高をチェックしても気づかない可能性がある。そして、その微少な差異についていつでも言い逃れができるのではないだろうか。トランジットでは未決済小切手と預金があるため、いつも差異がでることを理論的に説明した。記録、調整、追跡する必要のある顧客勘定とは異なり、単純に雑収入を「受領済み」として記録していくのだ。

 ラッセルは、これはうまくいく、と考えた。彼がすべきことは、会社の取引銀行口座の現金勘定にいつもどおり次の払戻し小切手を預け入れることだ。しかし、その預金を記録しないので、費用も記録できないことを彼はわかっていた。そして、現金突き合わせのときに事を単純化するために、同月間に預けた払戻し小切手と等しい金額を、秘かにオンラインギャンブルサイトに費やした。 彼は1年以上まんまと資金を横領することができた。



タミー、CFEを雇う (TAMMIE HIRES A CFE)


 タミーは疑惑を深め、CFEを雇って以下の記録の調査を依頼している。

1.3月の小切手記録簿 Check Register March 31, 2010(別表1)
2.2月の現金残高調整表 Bank Reconciliation Feb. 28, 2010(別表2)
3.3月の現金残高調整表 Bank Reconciliation March 31, 2010(別表3)
4.3月の銀行取引明細書 Bank Statement March 31, 2010(別表4)

 これらの文書は、別表5の現金残高証明書(a proof of cash)に集約されている。つまり、別表5の1列目の「期首残高」(Beginning Balance)と最終列の「期末残高」(Ending Balance)は、それぞれ2月と3月の現金残高調整表の概要を示している。

 また、別表5の現金残高証明書の最上列は3月の銀行取引明細書から引用され、最下列近くの「実際の帳簿残高」(Actual Book Balance)という列は、3月の小切手記録簿から抜き出したものである。すべての金額を縦横両方向に合計してみると、この現金残高証明書は帳尻が合っている。別表の下部で、現金化された額と会社の帳簿記載額に差はないはずである。

 仮にラッセルが100ドルの払い戻し小切手を受け取り、これを着服するとしよう。その小切手を実際には使えないので、会社の取引銀行口座に預金しなければならない。ところがその小切手を正しく入金仕訳帳に記録せずに、預金を隠す。ラッセルはその後、同じ月に小切手を偽造してこの100ドルを使うが、この分の支出も記帳しない。当月末に、銀行勘定調整表は申し分がないように見えるし、小切手記録簿上に問題は見受けられないのだ。



現金裏付け手法で不正を暴く (PROOF OF CASH EXPOSES FRAUD)


 タミーはラッセルの違法行為を見抜けなかったが、CFEは現金裏付け手法の中で不正の兆候を見逃さなかった。別表5の下の部分を見ると、帳簿残高と実際残高で明らかに100ドルの差が出ている。会社はこの記入漏れあるいは不正の兆候を突き止めなければならない。この実際残高と帳簿残高の差を見れば、銀行での取引が帳簿に不記載であることが分かる。

 100ドルの預入があったが、3月の入金として帳簿に記録が残っていない。引き出された時も、3月の出金として記録されていない。別表4にある3月の銀行取引明細書を見ると、帳簿に不記載の100ドルが2回記録されているのが、比較的簡単に確認できる。3月17日の預入を見てみよう。小切手登録簿には記録が一切ない。3月30日の銀行取引明細書にある支払決済についても同様だ。出金の記録が存在しない。こうなると、ラッセルは釈明する必要が出てくる。

 1カ月分の不正を発見した後、CFEは調査の範囲を広げ、過去3年分のデータを洗い直した。ラッセルは1年半以上もの間、雑収入を使い込んでいることが判明し、会社の損失は合計で15万ドルを超えた。



得られた教訓 (LESSONS LEARNED)


 本事例研究は、ACFEの2010年「国民への報告書」における結果と一致する。この調査では、中小企業ほど不正が発生しやすいことが示されている。また、全事業形態において、不正の手口は、概して平均18ヶ月もの間発見されずにいた。「国民への報告書」において、職業上の不正によって被った中央損失値は、155,000ドルであったと示されている。

 会計項目を記録していない不正実行者を取り押さえることは難しい。次のことを質問してみよう。

●種々の領収書がすべて適切に記録されているか?
また逆に、種々の領収書の金額が予想金額を下回っていたり、領収書がまったく存在しなかったりしていないか?本事例の場合、タミーは、多額の現金収入が確認できない際にラッセルに釈明を求めた。ラッセルは、タミーが不定期で少額の割引や返金償還伝票を見逃す恐れがあると理解した。以上のような、記載されていない、比較的少額な事項には注意すること。

●職務が重複したり、両立しきれない従業員はいないか?
もし、現金取引を開始、記録、調整する業務を一人が担当しているならば、適切に職務分離が成されていないという深刻な状況がある。決して一人の担当者に信頼を置き、全プロセスを管理させてはいけない。

会社資産を扱う権限を持つ人が、常日頃からプレッシャーや動機を感じていることに気付いているか?
2010年「国民への報告書」では、最も頻発する不正の兆候の上位二つは分不相応な生活レベルをしている人、経済的に困窮している人にあると示唆している。

●会社にこのような不正が実行可能なほど有能な従業員はいないか?
倉庫で出荷を担当している従業員がこの種の不正を秘かに行う能力を持つ事はない。監査をごまかしたり、帳簿の数字のつじつま合わせを行うことのできる経理担当者や経理責任者は、大量の疑わしい取引を包み隠すこと、つまり、不正を行う事ができる。前述の「国民への報告書」によると、30%以上の不正スキームに経理部門が関連している。

●内部通報に耳を傾けているか?
もし、タミーが通報に耳をかしていなければ、ラッセルは、いまだに秘密裏に会社のお金をギャンブルに使っているだろう。従来から、通報はもっとも効果的な不正摘発手法である。周りを取り巻く多くの目や耳が、報告されたことのない情報を集めるのである。



細部に隠された真実 (TRUTH HIDDEN IN DETAILS)


 この事例研究を通して、不正実行者がこの種の計画を実行するための思考プロセスを見てとることができる。お分かりのように記録されていない不正を暴くのはたやすいことではない。現金勘定において、この種の不正操作を疑う際、現金裏付け手法テストが最良のツールであり、細部に隠された真実を発見する手助けとなってくれるだろう。



ケン・スタルカップ(CPA、CFE、CFF)はインディアナ州インディアナポリスにあるサマーセットCPAs, P.C (Somerset CPAs, P.C.)の訴訟・評価・科学捜査チーム(litigation, valuation and forensic team)のマネジャーである。


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